ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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二章

ご無事で何よりでした

 陣営に帰ってから、時間は瞬く間に過ぎていった。
 都で派手に戦った俺たちは、中央政府にとって、もはや看過できる存在ではなくなった。
これから都の兵が責めてくる。戦いが長引くことは必至だし、精神的肉体的に試練を要する戦いになることは間違いがなかった。
 戦の準備のために、やることは山ほどあった。篭城に備え、商人から買った食料や油、木材や礫、石を、山中にいくつかある城の中に、うずたかく積み上げた。
 貯水船の準備は特に大変だった。貯水船は、水源を立たれた時の為の備えで、五丈(約一五メートル)ほどもある大きな船を三艘も作り、そこにたっぷりと水を汲んだ。
 俺は忠頼を遠くからちらりと見かけることはあったが、勿論、こちらから声を掛けることはできない。それに、忠頼自身も、連日、作戦を立てるための会議や、物資の確保のための根回しや交渉で忙しそうだった。
 しかし俺が陣営に戻って一五日ほどだったある日。忠頼の使いのものが来て、部屋へ来るようにと言われた。
 その言葉が嬉しい反面、俺は少しだけ気後れしていた。
 陣営に命からがら帰ってきたあの日から、俺はどこか、自分が変わってしまったような気がしていた。そんな場合じゃない、と、頭ではわかっているのにも関わらず、なんだか全てに気がのらない。
 何が気に入らないのかも、はっきり言えない。だが、周りの士気が高いことも、なんとなく気に触った。俺は、幸運にも、陣営に帰ってきていた五郎兵衛と、孝太郎と少し話す以外は、一人で過ごす時間が多くなっていた。


「左衛門殿。弥次郎です」
「入れ」
 俺が忠頼の部屋に行くと、忠頼は文机に向かい、何か書き物をしていた。
 忠頼は字が上手いらしい。大将である南波様の祐筆係は別にいるのだが、こうして沢山の手紙を火急に送る必要がある際に、度々代筆を頼まれているようだ。
 俺は忠頼の邪魔をしないように、部屋の隅で正座し、じっと、忠頼を盗み見た。
――会いたかった――と、思っていた。
 会えない間、俺は忠頼にずっと会いたいと思っていた。その気持ちは確かだ。なのに俺の気持ちは今、暗雲が立ち込めた空のように、落ち込んでいた。
 忠頼の顔を見れれば、きっと気持ちが変わるだろうと思っていたが、そんなこともない。俺は、自分の気持ちを持て余しながら、部屋の中をぼんやりと見渡した。
 ふと、部屋の隅に置いてある箱に、目が留まった。この箱には見覚えがあった。忠頼の着物や武具の手入れをする道具の箱だ。
 俺たちが今いるのは、以前の、寺を間借りした部屋ではなかった。ここは、寺のさらに上方に山を切り開き、一年かけて建てた、新しい城だ。
――初めて部屋に呼び出された時にも、この古ぼけた箱があったな。
 俺はそれを懐かしく思うと同時に、少し気持ちが沈んだ。
――あの時とは、いろいろなことが、変わった気がする。
 と、その箱の上に、奇妙なものが置いてあることに、俺は気が付いた。
 小さな枝の先に、緑色の袋状のものがついている。
――何かの、繭か?
 俺はその中を覗いてみたが、中は空だった。
「それは蛾の繭だ」
 いつの間にか、筆や硯を片付けていた忠頼が、立ち上がりながら言った。
「大きな、黄色い蛾だ。雨が多くなりだすと、鮮やかな緑の繭を作る」
 なんでこんなの拾ってきたんだ、と言いかけて、俺は気が付いた。もしかしてこれは、俺に見せるために持ってきたのかもしれない。そこまで考えて、俺はさなぎに目線を移した。
「そりゃ面白えな」
 忠頼はそんな俺を、無表情のまま、じっと見ていた。俺はあまり縁起が上手くない。俺はきまりが悪くなって言った。
「虫が好きなんだな」
「ああ。息子が好きだったんだ」
 好きだった、という言葉から、仲間たちの言葉を思い出した。妻子は死んだんだと言っていた。
  俺は姿勢を正し、改めて床に手を着くと、その場で深く礼をした。
「左衛門殿。ご無事で、何よりでした」
  忠頼は、俺の傍に歩み寄り、すぐそばに膝を着く。
「ああ。お前も――よく戻って来た」
  頭を下げたままの俺の肩に、忠頼の指が触れる。
 その途端、俺の中で、気持ちがあふれ出そうになり、俺は思わず目を眇めた。
 俺は顔をパッと上げると、あえて威勢のいい声で言う。
「『今俺たちは天下を揺るがしてる』」
 忠頼が少し驚いたように俺を見つめ返す。『俺たちは今天下を揺るがせている』。それは誰とはなく、兵たちが口にしている言葉だった。
 俺は忠頼に、笑顔を作って見せた。
「自分たちが擁したお方が政治の実権を握る。そうなったら、どれだけ世の中は変わるだろう、って、皆が期待してる。雑兵たちさえ、俺たちが、世の中の新しい波を作ってるんだって言ってるぜ」
 忠頼は少し微笑むと、静かに言った。
「――そうだな。南波殿が表舞台に立つことになれば、それはきっと世の益になる」
 俺は頷く。
――俺も、その通りだと信じている。
  俺は、中央の政治にあまり興味がない。孝太郎が話す、政治や流通の話は興味深いが、自分とは遠い出来事だとしか思えなかった。だが、南波殿を尊敬はしている。それだけで、戦う理由は十分だった。
 だが――
  俺は自分の胸のあたりを掴んだ。どこか息苦しく、汚泥が詰まっているような感じがした。
「今回の戦では――お前はよく周りを見、対処していたそうだな」
「え」
「お前の隊の頭に話を聞いた。お前を褒めていたぞ」
「――そ、そうか」
 意外な言葉に、俺は落ち着かなくなる。嬉しい、という気持ちと同時に、やはり何とも言えない居心地の悪さが沸き上がる。
――俺は、兵として、少し、おかしいのかもしれない。
 俺はしばらく言葉をなくした。忠頼がふと言った。
「どこか――痛むのか」
「そうじゃねえって」
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