9 / 90
第一章 Travel to Whiteford
9話
しおりを挟む
9
競技用コートに辿り着いた二人は、すぐ隣にある男女別の更衣室で着替えを済ませた。
シャツの襟の存在とシューズの滑り止め用のスタッドの少なさを除けば、用具は男女とも、二十一世紀のものと同じだった。
コートは芝生で、広さは現代サッカーのものと変わらなかった。中央付近では、エドを含む数人の結社の会員が、体操やパス交換をしている。
一通りストレッチを終えた桐畑が辺りを見渡していると、「桐畑君」。遥香の涼やかな声がした。
向き直ると、縫い目のある茶色のボールが足元に転がってきた。
右足の内側で止めた桐畑が顔を上げると、集中した様子の遥香が視界に入った。すぐに蹴り返すと、遥香は滑らかなトラップを見せた。
「気付いたんだけどさ、朝波って、アルマの性格をコピってんだろ。俺もさ、ケントの演技、すべきなのかな? あとさっきの続きだけど、結局朝波は、現代にどうやって帰るつもりなんだよ」
抑えた声で桐畑が問うと、遥香は、「まーた一度に訊いてくる」と口を窄めてむっとした面持ちになった。
「私がアルマを演じてる理由は、アルマが何者かに憑依されてるって疑われないようにするため。スピリチュアリズムの盛んな時代だからね。だけと、君は演技は必要ないよ。君が成り代わる前も、ケントは、ざっくばらんな明け透け男子だったからさ」
「ざっくばらんは良いとして、明け透けってなんだよ、明け透けって。なんか俺、すっごいアホな子みたいじゃん」
あっさりと言い切った遥香に、桐畑は軽く声を荒げた。
「ごめん、気を悪くしたなら謝るよ。でも悪口のつもりじゃあないんだよ。」
桐畑の詰問に、遥香は申し訳なさげに即答した。
「おう、そうかよ。そんじゃあ気にしないことにするわ」と、拍子抜けの思いで桐畑は答えた。
「で、帰る方法だったよね。じゃあ、今から教えてあげる」
声を微かに弾ませた遥香は、足の先端で、ボールを宙に浮かせた。落ちる前に足を振り抜き、大きく蹴り上げる。
高々と上がったボールが、下降を始めた。落下点に入った桐畑は、右足を内に曲げてボールを去なした。
(うっわ、完璧なトラップ。足に吸い付くったぁ、まさにこのことだな)と、内心、自画自賛をする。
「ね、もうわかったでしょ?」
澄まし顔の遥香は、軽やかな雰囲気だ。
「私たちのアビリティーは、十九世紀のイギリスに相応しいものに変わった。日本語の代わりに、英語が自然と口から出るようになった、みたいにね。私なんか、乗馬までできるようになったしさ。馬なんて怖くて、触れなかったにも拘わらず、だよ?」
姉が弟に言い聞かせるような語調に、桐畑は口を挟めない。
「でもさっき、君は私の蹴り上げたボールを、そこそこ綺麗にトラップした。サッカーのスキルは、タイム・スリップの前後で変化してないってわけ。ここに何かがあると思わない?」
「……そこそこね。まあ、俺は器が大きいからスルーしてやるとしよう。んで、アビリティーの件だけどよ。俺には早計に思えるね。俺らを過去に飛ばした何者かが、フットボールの技術も、『十九世紀のイギリスに相応しい』って見做してるとも考えられるんじゃあねえか?」
努めて冷静に指摘を返すが、遥香は依然として、光明を見出したような雰囲気だった。
「うん、なかなか合理的な意見だよね。だけど思い出してみて。私たちはこの時代に来る前に、どんな出来事を経験したか」
歌うような調子の遥香の台詞に、桐畑はタイム・スリップに至った経緯を思い出す。
「結社はちょうど今、全英フットボール大会に出てる。強豪だから、ここまで危なげなく準々決勝まで勝ち上がってるの。優勝ができたら、日本に戻れる。百%じゃあないけど、努力してみる価値があるとは思わないかな?」
遥香の主張は希望を湛えていた。
だが、(どうだろうな。俺には、机上の空論に思えるけどな)と、桐畑は首を捻る思いだった。
競技用コートに辿り着いた二人は、すぐ隣にある男女別の更衣室で着替えを済ませた。
シャツの襟の存在とシューズの滑り止め用のスタッドの少なさを除けば、用具は男女とも、二十一世紀のものと同じだった。
コートは芝生で、広さは現代サッカーのものと変わらなかった。中央付近では、エドを含む数人の結社の会員が、体操やパス交換をしている。
一通りストレッチを終えた桐畑が辺りを見渡していると、「桐畑君」。遥香の涼やかな声がした。
向き直ると、縫い目のある茶色のボールが足元に転がってきた。
右足の内側で止めた桐畑が顔を上げると、集中した様子の遥香が視界に入った。すぐに蹴り返すと、遥香は滑らかなトラップを見せた。
「気付いたんだけどさ、朝波って、アルマの性格をコピってんだろ。俺もさ、ケントの演技、すべきなのかな? あとさっきの続きだけど、結局朝波は、現代にどうやって帰るつもりなんだよ」
抑えた声で桐畑が問うと、遥香は、「まーた一度に訊いてくる」と口を窄めてむっとした面持ちになった。
「私がアルマを演じてる理由は、アルマが何者かに憑依されてるって疑われないようにするため。スピリチュアリズムの盛んな時代だからね。だけと、君は演技は必要ないよ。君が成り代わる前も、ケントは、ざっくばらんな明け透け男子だったからさ」
「ざっくばらんは良いとして、明け透けってなんだよ、明け透けって。なんか俺、すっごいアホな子みたいじゃん」
あっさりと言い切った遥香に、桐畑は軽く声を荒げた。
「ごめん、気を悪くしたなら謝るよ。でも悪口のつもりじゃあないんだよ。」
桐畑の詰問に、遥香は申し訳なさげに即答した。
「おう、そうかよ。そんじゃあ気にしないことにするわ」と、拍子抜けの思いで桐畑は答えた。
「で、帰る方法だったよね。じゃあ、今から教えてあげる」
声を微かに弾ませた遥香は、足の先端で、ボールを宙に浮かせた。落ちる前に足を振り抜き、大きく蹴り上げる。
高々と上がったボールが、下降を始めた。落下点に入った桐畑は、右足を内に曲げてボールを去なした。
(うっわ、完璧なトラップ。足に吸い付くったぁ、まさにこのことだな)と、内心、自画自賛をする。
「ね、もうわかったでしょ?」
澄まし顔の遥香は、軽やかな雰囲気だ。
「私たちのアビリティーは、十九世紀のイギリスに相応しいものに変わった。日本語の代わりに、英語が自然と口から出るようになった、みたいにね。私なんか、乗馬までできるようになったしさ。馬なんて怖くて、触れなかったにも拘わらず、だよ?」
姉が弟に言い聞かせるような語調に、桐畑は口を挟めない。
「でもさっき、君は私の蹴り上げたボールを、そこそこ綺麗にトラップした。サッカーのスキルは、タイム・スリップの前後で変化してないってわけ。ここに何かがあると思わない?」
「……そこそこね。まあ、俺は器が大きいからスルーしてやるとしよう。んで、アビリティーの件だけどよ。俺には早計に思えるね。俺らを過去に飛ばした何者かが、フットボールの技術も、『十九世紀のイギリスに相応しい』って見做してるとも考えられるんじゃあねえか?」
努めて冷静に指摘を返すが、遥香は依然として、光明を見出したような雰囲気だった。
「うん、なかなか合理的な意見だよね。だけど思い出してみて。私たちはこの時代に来る前に、どんな出来事を経験したか」
歌うような調子の遥香の台詞に、桐畑はタイム・スリップに至った経緯を思い出す。
「結社はちょうど今、全英フットボール大会に出てる。強豪だから、ここまで危なげなく準々決勝まで勝ち上がってるの。優勝ができたら、日本に戻れる。百%じゃあないけど、努力してみる価値があるとは思わないかな?」
遥香の主張は希望を湛えていた。
だが、(どうだろうな。俺には、机上の空論に思えるけどな)と、桐畑は首を捻る思いだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい
あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか?
「やはり、世界は丸いほうがいい……」
過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。
157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく……
Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。
全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!
【第一部完結】科学で興す異世界国家 ~理不尽に殺された技術者は第三王子に転生し、科学で王座に至る~
Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。
それでも、組織の理不尽には勝てなかった。
——そして、使い潰されて死んだ。
目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。
強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、
因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。
武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。
だが、邪魔する上司も腐った組織もない。
今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。
石炭と化学による国力強化。
情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。
準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。
これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、
「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、
滅びの未来を書き換えようとする建国譚。
※1話から読んでも大丈夫。ただ、0話を読むと「あのシーン」の意味が変わります。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる