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第二話 始まりの森

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 龍園蓮りゅうえんれんは生い茂る木々の間を川沿いに歩く。

「――どこだ、ここ?」

 見渡す限り永遠に木が生い茂っている森には、蓮が住む東京の面影はない。
 耳を澄ませば、多種多様な生き物の鳴き声が聞こえ、空を見上げれば見たこともない、奇怪な鳥が飛んでいる。
 東京どころか最早、日本かどうかも怪しい。
 
「……それにこの身体は……」

 森で目覚めて、近くにあった川を覗き込めば、水面に見知らぬ青年が写っていた。
 それもかなりの美青年で、日本人の両親から生まれた蓮とはそもそも毛色が違う人種だった。

「……もしかして……生まれ変わったのか……?」
 
 蓮はあの時、死んだ筈だ。男のナイフに腹部をめった刺しにされて殺された。
 奇跡的に生き延びたという線も考えたが、目覚めたのが病室ではなく、森の中というのが既におかしいし、そもそも身体が別人のもののため、それはありえない。
 
 にわかには信じ難いが、転生したということなのだろう。
 それもおそらくここは蓮の知る世界ではない。

 なぜそう言い切れるかと言われれば、この身体の外見だ。
 一見、顔立ちが整った美青年なのだが、よく見ると目が人間のそれではない。
 真紅の瞳にトカゲのような縦長の瞳孔をしている。
 こんな目をした人間はファンタジー映画でしか見たことがない。

 それに異様に視力が良い。
 今の蓮には数百メートル先の木に付いてる蟻の様に小さい虫もバッチリ見えている。
 これには前世で世界一視力が高いと言われていたアフリカのハッザ族もビックリだろう。

 感覚的なものを含めれば、この身体のおかしな点はまだまだあるのだが、とにかく、この身体は蓮が知っている人間のものとは常軌を逸しているのは間違いない。

「いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。これが転生だとするなら、早く森を抜け出さないと……また死ぬ……」

 目が覚めた時、辺りにはこの身体の持ち主の荷物らしきものは見当たらなかった。
 身につけている装備も、最初から着ていた鼠色のボロいロングコートぐらいで、水や食料などは持ち合わせていない。

 幸いにも、目覚めたのが川の近くだったお陰で、水不足は解消できそうだが、問題は食料だ。

 都会育ちの蓮にサバイバル知識は当然ない。
 なので、動物を狩ることも食べられそうな植物を見分けることもできない。
 ここが異世界なら尚更だ。

 ならば必然と選択肢は限られてくる。体力の限界がくる前に森を脱出し、村や街とにかく人が生活している場所に向かう。
 
 これが今の蓮ができる、生存率が最も高い選択だろう。

「山で遭難したら、降るのではなく登れって言うけど、森の場合どうすればいんだろうなあ」

 山で遭難した場合、むやみに降ると滝や崖など通れない道に行きあたり、元の道にも戻れなくなるという最悪の状況に陥ることがある。
 それを防ぐために逆に登れというのは有名な話だ。

 しかし、森だとどうだろう。山とは違い、高所から見渡すこともできない上に、辺は背の高い木々が無数に生い茂っているので見晴らしも最悪。 

 現在地を把握することなど到底できはしないだろう。
 
 ならばやはり、ひたすら川沿いに森を進むのがよさそうだ。
 川沿いを歩けばもしかしたら人里があるかもしれないし、海などに繋がっているかもしれない。
 そう思い黙々と歩みを進めていると突如、森に轟音が鳴り響いた。

「――なんだ!?」

 あまりにも大きな音に、蓮は驚き辺りを見渡す。
 すると、森の奥で空高く土煙が舞い上がっていた。



~~~



 蓮が舞い上がる土煙を視認したのと同時刻。

「――ア――ス――!」

 呼びかけられる声にアリスは答えられない。

 耳鳴りがひどい。身体が動かない。
 何が起こったのだろう。直前まで、馬車の中で本を読んでいた筈だ。

 それが轟音と共に視界が弾け、気づいたら地面に打ちつけられていた。

「……だれ……か……」

 掠れた声で助けを呼ぶがアリスの声はうまく言葉にならない。

 やがて耳鳴りが止み、もうもうと立ち込める土煙が薄らと晴れていく。

「……アルネル……?」

 晴れていく土煙から次第に人影が見え、やがてそれは見知った人物だと気づく。
 アリスの唯一の近衛兵、アルネル・メイナーズだ。
 しかし、彼女の胸から背中にかけて剣で貫かれていた。

「――アリ……さ……逃げ……てッ……!」

 アルネルは口から血泡を吐きながら、アリスの身を案じるが、直後、胸部を貫いていた剣が引き抜かれ、そのまま崩れ落ちる。

「――うそ、うそよ……お願い……死なないで……アルネルぅううううう」

 血の池に沈んでいくアルネルを救おうと、悲痛な叫びを上げながら、必死に地面に爪を立て這いつくばる。
 頭ではもう助からないと理解していても、心がそれを拒絶する。
 
 無様に地面で泣き叫んでいると、アルネルを殺した男がアリスの元へやって来る。

「……うるさいぞ。お姫様」

 男は鬱陶しそうにそう吐き捨てると、アリスの長い亜麻色の髪を鷲掴み、無理矢理顔を上げさせる。

「――っ! 絶対に、絶対に許さない……!」

 髪が何本か引き抜け、その痛みでアリスは一瞬、顔を歪めるが、すぐに男を睨みつける。

 この世でただ一人の理解者であり、親友でもあったアルネルを殺された怒りが、恐怖に屈することをを許さない。

「……この状況で、まだそんな目ができるとは大した女だ。お前の義兄たちは最期まで見苦しく命乞いをしていたぞ」

 男はアリスに顔を近づけ、睨みつけてくる。
 男の恐ろしい眼差しに、目を逸らしたくなるが、アリスは決して視線を離さない。

「チッ…………」

「――うっ!」

 アリスが目を逸らさない事に舌打ちし、男はアリスを地面に投げ捨てた。

「お前ら、王女を運べ。俺は先に王城に戻り、報告してくる。
 ……顔が良いからって手は出すなよ? フォルネウス様に殺されたくなければな」

「分かってますよ。ラウル魔将」

 ラウルと呼ばれた男は、黒装束を着た男たちに命令すると目の前から一瞬で消える。

「さて、お姫様。おじさんたちと一緒に来てもらおうか」

「――離して……っ!」

 アリスは男の一人に腕を力強く引かれ、無理矢理立たされる。

 このまま連れていかれるわけにはいかない。そう思いアリスはなんとか男の手から逃れようと抵抗するが、逃れることはできない。

「――おっと、抵抗するなよ? 手は出すなとは言われたが、抵抗するなら相応の対価は払ってもらうぜ?」

 男がアリスのドレスの裾を破り、それにより露わになった傷一つない純白の太ももを撫でる。
 だが、アリスは男を強く睨みつけ、抵抗を続ける。

「……どうやら教育が必要な様だな。――お前ら四肢を押さえろ」
 
 アリスを掴んでいた、リーダー格の男が仲間の三人の男たちに声をかけると、下卑た笑みを浮かべながら、男たちはアリスを地面に押さえつけ始める。

 抵抗していたアリスも男、三人がかりで押さえられては、まったく身動きが取れない。

「ククク……」

 リーダー格の男がアリスの身体に触れ、ドレスを引き裂いていく。
 アリスはゆっくりと布が破れていく音を聞いていくに連れ、心が恐怖の色に染まってゆく。
 
「や、やめて……」

「ハハッ! 堕ちるの早すぎだろ! 強がっても所詮はガキ。もっといい声で鳴いてくれたら、やめてあげるぜぇ?」

「――お願い……お願いします……! それだけは、それだけはやめてください……っ!」

 (――もう無理だ)

 結局、アリスは虚勢を上げることしかできない弱い小娘に過ぎなかった。

 自分が窮地に陥れば、大切な人を殺した連中にも屈してしまう。こんな浅ましく身勝手な自分が心底嫌になる。

 こんな人間だから十六年間、義兄弟からも、実親である王にすらも愛されなかったのだ。

『お前のような汚れた血が、由緒正しき王家の人間と同じ扱いを受けれるなどと思うな!』

 幼き日に義兄から言われた言葉だ。王が戯れに一夜を共にした魔族の血を引く母との間にできた子供。それがアリスだった。

 汚れた血。誰からも望まれずに産まれた子供。そんなアリスの話し相手は近衛兵のアルネルだけだった。

 歳が近く、世話焼きで、アリスに付けられたレッテルなど気にも止めずに彼女は接してくれた。彼女とアリスの間には強い絆があった。

 そんなこの世でたった一人の家族のような存在が、目の前で殺されてしまったのだ。
 最早、アリスに生きる意味はない。

(このまま辱められるぐらいなら、いっそ……)

 アリスは恐怖心を押し殺し、腹部に魔力を集中させていく。
 体内で魔力を暴発ぼうはつさせ自害するためだ。今のアリスができる最後の抵抗。

(……待っててアルネル。すぐに私もそっちに逝くからね……)

 アリスが覚悟を決めた瞬間、目の前にいたリーダー格の男が凄まじい打撃音と共に大空に舞い上がった。

「……思ったより飛んだな……」

 すると、いつのまにか黒髪の青年が真っ赤な瞳を揺らしながら、この場に現れていた。
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