上 下
11 / 33

第十一話 秘密の仕事

しおりを挟む
 冒険者ギルド支部、三階の応接室。

 ギャンツから冒険者登録するための取引を持ちかけられたレンたちは。

「これから仕事の内容を話すが、引き返すなら今だぜ?」

「いいからさっさと話してくれ。正規の方法で冒険者になれない以上、俺たちに他の選択肢はないんだからな」

「フッ……こっちの兄ちゃんはそう言ってるが嬢ちゃんもそれでいいのか?」

「――レン様がそれでいいならもう私からは何も言いません」

「ちょっと待った。解析版アナリシムで身分を証明できなかったのは俺だけだ。だからその仕事は俺一人で受ける」

 アリスの解析版アナリシムは正常に機能していたので、アリス一人なら正規の手続きで冒険者になれるだろう。

「だからアリスまで危険を冒す必要はな――イテッ」

 そう思ったのだが、アリスに脇腹を思い切りつねられる。
 アリスの細腕でつねられてもはまったく痛くないが、驚いて反射的に声が出てしまった。

「アリス……?」

「なんで、そんなこと言うんですか……レン様にとって私は足手纏いですか……?」

「――いや、そんなことは――」

 失敗した。アリスを危険から遠ざけたいあまり、アリスの気持ちを考えていなかった。

「私たちは仲間です……? レン様の問題は私の問題でもあります。私一人蚊帳の外にするようなことは言わないでください……」

 彼女は怒っている訳ではない。悲しんでいるのだ。

「……ごめん。俺が悪かった」

「分かってもらえたならよかったです。でも次同じことを言ったら本当に怒りますからね?」

「ああ、肝に銘じるよ」

 どうやら許してもらえたようだ。二度とアリスにこんな顔をさせないように気をつけなければ。アリスに嫌われたくはない。

「痴話喧嘩は終わったか? そろそろ仕事の話をしたいんだが?」

 静観していたギャンツが呆れ顔でそう言うと、アリスが顔を真っ赤にして「ち、痴話喧嘩じゃありません!」と叫ぶのだった。




~~~
 


「お前たちに任せたい仕事は端的に言うと人探しだ」

「人探し?」

「そうだ。ドラウグル王国北東にある龍牙りゅうが荒原って場所に、蛇魔じゃまの迷宮ってダンジョンがあるんだが、そこに行った俺の知り合いが帰ってこねェんだ。
 本当はギルドに捜索依頼を出したいんだが、こいつがちと訳ありでな。
 代わりに都合よく働いてくれそうなお前たちに捜索してもらおうって訳だ。もちろん他言無用でな。
 無事に見つけられたらその時は俺の権限で冒険者にでもなんでもしてやる」

 正規の冒険者登録ができないレンと、正規の依頼ができないギャンツ。互いに利害が一致する訳か。
 だが、こちらとしては願ってもいない提案だ。

「では、その方の名前と外見の特徴を教えてください」

「名前はクレア。歳は……十九だったか? 金髪の乳がでかい女だ。目立つから一目で分かる」

「女性一人でダンジョン探索ですか……それで、クレアさんがダンジョンに向かってどれくらい経っているんですか?」

「四日だ」

「それぐらいならまだ探索しているのでは?」

「いいや。蛇魔じゃまの迷宮はそれほど広いダンジョンじゃないからな。普通に探索したら一日もかからない。王都とダンジョンの往復時間を考えても二日あれば余裕で帰ってこれる筈なんだ」

「なるほど、それは心配ですね」

「よく知らないんだが、ダンジョンってのはどういう場所なんだ? 危険なのか?」

「冒険者になりてェのにダンジョンを知らんのかお前?」

 ギャンツは呆れ顔でこちらを見てくる。冒険者にとってダンジョンとは重要な場所なのだろうか。

「まあいい。ダンジョンってのはな、大昔から存在する特殊な地下迷宮のことだ。
 いつから存在していたのか、誰が作ったのかは分からねェが、内部は常に資源で溢れていて、冒険者にとっては宝の山のような場所だ。
 だが、資源が豊富なダンジョンほど魔物も多いし危険なトラップもある。
 ま、それでも一攫千金を狙った無謀な冒険者が後を経たないんだがな」

「ならもう死んでるんじゃないのか?」

「いいや、その可能性は低い。最低限の水や食料はダンジョンからでも取れるし、蛇魔じゃまの迷宮は初心者向けで、トラップも少ない上に魔物もそれほど強くねェからな。
 それにクレアはそこそこ腕が立つ。
 大方、道にでも迷って途方に暮れてるんだろ」

「初心者向けとはいえ、私もレン様もダンジョン探索なんて未経験です。何か策はあるんですか?」

 魔物が襲ってくるだけなら、レンでも対処できそうだが、トラップや迷路などは素人のレンにはどうしようもない。

「冒険者ですらない奴らにダンジョン探索なんて自殺行為だが、そっちの兄ちゃんなら話は変わってくる。お前、つえーだろ」

 ギャンツの目が試すようなものへと変わる。

「なんでそう思うんだ?」

「……イカれた解析版アナリシムを見て、たんなる好奇心でお前を呼んだんだが、お前がこの部屋に入ってきた時に一目で分かった。
 こいつは強ェってな。
 お前は一見、隙だらけのただのド素人に見える……いや、実際ド素人なのかもな。
 だが、並の冒険者じゃあお前には絶対に歯が立たないだろう。
 この矛盾が分かるか?
 今まで数多の冒険者を見てきたがお前のような奴は初めて見た」

「レン様は自分の力を誇示する様な人じゃありません。
 能ある鷹は爪を隠すというでしょう?」

「確かに、ある程度の実力者なら、弱いふりをし、相手を油断させたりもする。だが、こいつのそれは素だろ。
 だから気持ち悪りィ。一体何者だ?」

「それは俺が知りたいところだな……」

 流石は冒険者ギルドの支部長といったところか。感が鋭い。当たらずとも遠からずだ。

「とにかく、俺がお前らに無茶を言ってるのは、兄ちゃんの実力なら問題ないと思ったからだ」

 どうやらギャンツにも無茶を言っている自覚はあるらしい。

「レン様の強さは私が保証しますが、強さだけではどうしようもないこともあります。その辺はどうするんですか?」

「確かに嬢ちゃんの言う通りだ。だから、今から俺がダンジョンについて知っていることを全て話す。ある程度の強さと知識さえあれば、素人のお前たちでもダンジョン攻略はできる」



~~~



 二時間後。

「今言ったことはしっかり頭に叩き込んでおけ」

「はい」

 ギャンツから蛇魔じゃまの迷宮に出てくる魔物の種類や、トラップの見分け方など様々なことをアリスは教えてもらった。
 レンも最初は聞いていたが、情報量の多さと、知らないファンタジー用語の数々に理解が追いつかず途中で断念した。
 これをメモを取らずに聞いているアリスには脱帽だ。

「それと最下層には絶対に近づくな。さっき言ったダンジョンの主が居る。
 こいつの強さは他の魔物の比じゃねェからな。ベテランの冒険者パーティが複数集まってやっと討伐できる怪物だ。当然クレアもそんな場所には踏み入らねェ」

「分かりました」

「あとは……そうだ、これを渡すんだった」

 ギャンツはどこからか一枚の古い羊皮紙を取り出し、テーブルの上にそれを置いた。

「これは?」

蛇魔じゃまの迷宮のエターナルマップだ。さっきも言ったが、ダンジョンの地形は定期的に変わる。蛇魔じゃまの迷宮なら一週間だ。
 だからその都度マッピングする必要があるんだが……お前らマッピングのやり方なんてどうせ知らねェだろ?」

「そうですね」

「そこでこのエターナルマップだ。対象のダンジョン内の地形が現在地付きでリアルタイムで描写される」

「そんな便利なもんがあるのに、なんで遭難したんだよ……」

 異世界版グーグ〇マップを持っていて遭難したなら方向音痴の度が過ぎている。

「バカ言え、これめちゃくちゃ貴重なんだぞ。そこらの冒険者が持てるような代物じゃねェ。お前らも絶対返せよ」

 そんな貴重な物を、今日あったばかりのレンたちに貸してくれるとは意外と信用されてるのかと思う。だが、多分そうではない。
 クレアという人物がギャンツにとって余程大切な存在なのだろう。

「俺が知ってることは全部教えたし、できることはもうない。装備の準備ができたら、明日にでも出発してくれ」

 そう言うとギャンツはレンたちに退室を促した。



~~~



 翌日早朝。城門前。

 ダンジョンに向け王都を出発する事を聞いた宿屋の娘、リアが見送りに来てくれた。
 アリスはいつのまにかリアと交友関係を築いていたらしい。

「アリス。これ、お弁当です。レンさんと一緒に食べてください」

「こんな朝早くにわざわざ作ってくれたのですか……!?」

「これくらいしか私にはできませんから。頑張ってくださいね。アリス、帰ったらお話しいっぱい聞かせてくださいね?」

「もちろんです! 楽しみに待っていてください!」

「レンさん、アリスのことよろしくお願いしますね……?」

「言われなくてもアリスは俺が守る」

「……流石、アリスのほれ――ッンーンー!」
 
 リアがレンの脇腹を肘で突きながら何か言おうとしたが、顔を真っ赤にしたアリスがリアの口を両手で塞いだ。

「――リア!? 何を言おうとしてるんですか!?」

 そんな騒がしい見送りを後に、レンとアリスは王都から北東の地、龍牙りゅうが荒原へと向かう。蛇魔じゃまの迷宮を目指して。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼子は最強のテイマーだと気付いていません!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:10,267

異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:23,025pt お気に入り:17,867

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:57,375pt お気に入り:3,048

訳あって、あやかしの子育て始めます

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:337

転生したら倉庫キャラ♀でした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:377pt お気に入り:414

公女は祖国を隣国に売ることに決めました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,118pt お気に入り:105

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:2,500

あやかしと黒田屋やってます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

激レア種族に転生してみた(笑)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,117pt お気に入り:876

処理中です...