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第二十三話 来訪者①

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 悪魔大蛇デビルバイパーを倒したレンたちは大空洞で休息をとっていた。

 もちろんこの休憩時間、何もしていたかったわけではない。落とし穴のトラップによりレンとアリスが離れ離れになった後の事を互いに話し、情報の共有を行なった。
 互いに話すと言ってもレンは魔物部屋モンスターハウスに落ちただけなので、主にアリスの話を聞いたのだが。

「大変だったな二人とも。でもアリスが今回の捜索対象であるクレアと合流していたのには驚いたよ」

「クレアには何度も助けられました。私が今生きてレン様と再会できたのはクレアのお陰です」

「ボクだって同じだよ。アリスが居なかったら狭い洞窟の中で独り孤独に死んでいただろうからね」

 まだ出会ってからそれほど時間は経っていない筈だが、アリスとクレアはかなり打ち解けている様だ。ここに来るまでの数々の困難を二人で乗り越えた結果だろう。

「それに、君が来てくれなかったらボクもアリスも危なかった」

「レンでいいぞ。俺もクレアって呼んでるしな……ん? でもアリスの話だとこの国の王女様なんだよな? 流石に不敬か?」

 アリスが呼び捨てにしていたので、レンもそうしてしまったが、元とはいえクレアと立場が同じアリスならともかく、レンの様な一般人が一国の王女を敬称も付けずに呼ぶのは良くないかもしれない。

「もちろんボクのこともクレアと呼んでくれていいよレン。その方がボクも嬉しい。呼び方一つで距離ができてしまうのは嫌だからね。キミともボクは仲良くなりたいんだ」

「俺も友達が増えるのは歓迎だ。なんせ友達と呼べる様な存在はアリスしかいないからな」

「……友人……」

 アリスは難しい顔をしながらボソッと呟く。

「あれ……? まだ友達は早かったか? じゃあ……仲間……?」

 まだ出会ってから一月も経っていないとはいえ、親しい友人ぐらいの信頼関係は築けていると思っていたのだが、どうやらアリスはそうは思っていなかったようだ。

「いえ……友達で構いませんよ。物事には順序がありますからね? レン様?」

 なぜかアリスから得体のしれない圧を感じるが、レンには今一つ理解ができなかった。

「え、えーと……そうだ……!」

 この微妙な空気に耐えられなくなったのか、クレアが話題を逸らそうと声を上げる。

「レンが倒した悪魔大蛇デビルバイパーなんだけど、あのレベルの魔物になると素材としても高値で売れると思うんだ。魔物は強ければ強いほど武器や防具の良質な素材になるわけだからね。
 だから持てるだけ持った方がいいよ」

「おお! 本当か! 俺たちは旅を続けるための路銀が欲しくて冒険者になろうとしてたんだよ。纏まった金が手に入るなら願ってもない!」

 思わぬ朗報にアリスと顔を見合わせる。レンたちの当初の目的がこんな形で達成されることになるとは思っていなかったからだ。

「――冒険者になろうとしてた……?」

 そんなアリスとレンを他所にクレアが不思議そうな顔をしながら疑問を呟く。

「あれ? 言いませんでしたか? 私たちは冒険者になるためにギャンツ支部長からの依頼を受けたんですよ」
 
「ええええ……?! 聞いてないよ! というかギャンツさんは冒険者じゃない人たちにこんな危険な依頼をしたの!?」

「本当ですよ! 信じられません!」

「まあ、ギャンツさんは人を見る目はあるから、きっとレンとアリスなら任せれると思ったんだと思うけど……」

「そ・れ・で・も・です。実際、何度も死にかけましたからね!」

 冒険者ギルドでギャンツの話を聞いた時からだが、アリスのギャンツへの怒りはここに来てさらにヒートアップしている様子だ。

「まあまあ、落ち着けアリス。全部うまくいったんだからいいじゃないか。むしろ悪魔大蛇デビルバイパーの素材の分、かなりプラスだ」

「それは……そうですけど!」

 アリスは納得がいかないと怒るが、クレアと二人でそれをなだめ、ギャンツの事は一旦忘れさせる事にする。とはいえギャンツと顔を合わせた時、アリスが大爆発を引き起こさないかだけが心配だ。だが今は考えないことにしよう。



~~~



 三人は肉片と共にバラバラに離散した鱗など素材に使えそうな部位を拾い集め、持ってきた袋に詰めていく。

「金になると分かっていればもうちょっと綺麗に残るよう倒したんだけどな」

「仕方ありませんよ。手を抜けるような魔物ではありませんでしたから」

「とはいえ、あの戦いぶりを見せられたら、レンならそれも可能だと思わせられてしまうね」

 クレアの言葉に「確かに」とアリスも同意する。

「言っておくが、二人があそこまで悪魔大蛇デビルバイパーを追い込んでなかったら、こんな簡単には倒せていないぞ」

 レンが悪魔大蛇デビルバイパーと対峙した時には既に満身創痍な状態だった。
 万全な状態の悪魔大蛇デビルバイパーが相手だったならもっと苦戦しただろう。

「だとしたらクレアの功績ですよ。私の魔法は悪魔大蛇デビルバイパーの強靭な肉体の前にはあまり効果がありませんでしたから」

「いやいや、アリスが時間を稼いでくれなかったらボクは蒼雷壊槍そうらいかいそうを使う事すらできなかったんだ! ボクの功績だと言うならアリスもそうだよ!」

 謙遜しあうクレアとアリスだがどちらが欠けていてもこの結果にはならなかったのだろう。
 そう思うとこの二人はかなり相性が良いように見える。同じ王女という立場から通ずる何かがあるのかもしれない。

「二人は本当に仲が良いな」

「「……」」

「……? どうした二人とも……」

 急な沈黙を不思議に思い、素材集めの手を止めレンは二人に振り返る。
 すると二人は血の気の引いた顔で、ある一点に怯えのような目を向けていた。 
 二人のただならぬ様子にレンも同じ方向に視線を送るが、そこにはレンがここに来るために破壊した通路しかない。

「……何だ? 暗くて何も見えないが……何か見えるのか?」

 レンの問いにまたしても二人は何も答えない。ただ静かに、その場所を見つめ続けている。すると次第に暗闇からコツコツという音が聞こえてきた。足音だ。

 聞こえる足音は一つ、レンが遭遇してきた魔物たちのものではない。

 レンはアリスとクレアの様子がおかしいことから、最大限の警戒を暗闇へと向ける。
 なにが飛び出してきたとしても、二人には傷一つ付けさせない。そんな意思で。

 次第に足音は大きくなっていき、ついには足音の主が暗闇から姿を表した。それは人間だった。それも年端もいかない少女。この中で最年少のアリスよりも更に若いのではないだろうか。

「……迷子か……?」

 あまりにもこの場に相応しくない来訪者に、そんな気の抜けた言葉を呟いてしまうが、よく見ると少女の腰には二本の剣がぶら下がっていた。

「お前冒険者か? 仲間はどうした?」

 武器を装備していることから冒険者だとレンは結論づけるが、少女の後ろから仲間が追ってくる様子はない。まさかこの少女はこのダンジョンに一人で潜って来たのだろうか。
 いいや、流石にそれはないだろう。初級とは言えここはダンジョンだ。少女一人で踏破できるような甘い場所でない事は、レン自身、身をもって知っている。しかし、クレアという例外もいるので絶対に無いとも言えないのだが。
 
「どうして黙っているんだ? 口が利けないのか?」

 なぜかこちらを見て沈黙を貫いている少女。アリスとクレアもそうだが、一体なんだというのだろうか。

「あのさー、お兄さんってもしかして称号持ちだったりする?」

「――何?」

  やっと口を開いた少女は藪から棒にそんなことを訊いてきた。
 称号とは確かこの世界の強さの証、そう冒険者ギルドの受付嬢が言っていた気がするが、それがどうしたというのだろうか。

「……俺は称号なんて大層なものは持ってない。それより俺の質問に答えてくれ。
 お前の名前は? 一人でここまで来たのか?」

「うーん。おかしいな。お兄さんなんか変だね。それにその髪と瞳……生まれつき?」

「――おい……俺の質問は完全に無視か……いいか質問に質問で返すな。お前の質問は俺の質問の後だ。分かったな?」

 少女とはいえその自己中心的な態度に流石のレンも語気が強くなる。だがレンの問いかけに少女は怯えることもなく、ツインテールにした自身の桃色の髪を指先で弄り、こちらを値踏みするような目を向けてくる。

「――れ、レン様、彼女を見て何も感じないのですか……?」

 唇を震わせながらアリスは掠れた声を必死に絞り出す。まるで首元に刃物を当てられ命を握られている様な、そんな形相だ。
 だが、レンには理解できない。アリスが何を言いたいのか。何に怯えているのか。

「感じるって何を……? 一体どうしたって言うんだアリス」

「――彼女は危険です……危険すぎます」

「アリスの言う通りだレン……ボクも脚が動くなら今すぐ二人を連れてこの場から逃げ出したい。でも、脚どころか……恐怖で何も動かないんだ……口を動かせてるのが奇跡だと思うほどに……身体が恐怖で犯されている」

 震える声で二人は目の前の少女が危険だとレンに訴える。
 しかし、レンは少女からは何も感じない。強いて言うなら何度質問してもレンの言葉を無視するその態度に憤りを感じる程度だ。
 恐怖とは対極に位置する感情。だが二人の状態を見れば冗談を言っているとはとてもじゃないが思えない。そしてレンは自分よりも二人を信じている。

 ならばレンがすることは一つ。今すぐ二人を連れてこの場から離脱すること。

「……うーん……お兄さんの事は、考えても良くわかんないや。
 ま、敵だったとしても、そうじゃないとしても……殺せば一緒だよね?」

「――今なんて言っ――――」

 レンが動こうとした瞬間、少女から発せられた一言。その内容にレンは思わず聞き返してしまうが、気付いた時には目の前にいた少女はレンの視界から姿を消していた。

「か、はッ――」

 刹那、レンの首筋に凄まじい衝撃と激痛が走りレンの視界は暗転しながら弾け飛んだ。

「――レン様あああああああああ!!!!」

 全身を貫く凄まじい衝撃とアリスの悲痛な叫びに包まれながら、レンの意識は消えていく。

 何をされたのか何が起きたのか、何も分からない。
 だが、消えゆく意識の中で最後の力を振り絞り、魂だけは取りこぼさぬよう必死に足掻く。
 そうしなければならないと“本能”で感じたからだ。
 
 例えそれが無駄な抵抗だったとしても――
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