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第二十六話 来訪者④

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 死んだ筈だと思っていたレンが生きていた。

 首から鮮血を撒き散らしながら大空洞の奥へと吹き飛ばされていった瞬間の出来事は、今もアリスの瞼に鮮明に焼き付いている。
 なのに、レンが生きているのはどういうことなのだろうか。
 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「――レン様、首は!? 首に受けた傷は!? 出血は大丈夫なのですか!?」

「落ち着くんだアリス。俺は大丈夫だ」

「そんな筈はありません!! 首元を私に見せてください!!」

 レンの首元を見ると大量の血が付いているので、首が切られたのはやはり間違いないだろう。
 そして大量の血がリリムに襲われた場所の地面にあったことから、取り返しのつかない深手だったのも間違いない。それなのに――

「――首の傷が塞がってる…………?」
 
「そうなんだよ。俺も首を切られた時は流石に死んだと思ったけど、目が覚めたら傷が治ってたんだ。てっきり気を失った俺にアリスが治癒魔法をかけてくれたんだと思ったんだが……その様子だと違うみたいだな」

 当然アリスはレンの傷を治していない。あのときはレンの元に駈け寄れるような状況ではなかったし、仮に治癒魔法がかけられても、あれほどの傷はアリスでは治せなかっただろう。


「傷が塞がった理由は謎ですが、一応、治癒魔法をかけておきましょう」

「アリス、君は今魔力切れで倒れたばかりじゃないか。そんな状態じゃ治癒魔法は使えないないよ」

 クレアからの指摘に自身の魔力が底をついていたことを思い出す。

「……ですが……」

「俺のことは気にするな。それよりアリスの方が大変だ。口から血が出てぞ」

 そう言うとレンはアリスの顎を少し持ち上げ、自身のマントでアリスの血の付いた唇を拭う。

「――んぐ!?」

 レンの予想外の行動にアリスは変な声が出てしまう。

「――あ、ありがとうございます……! で、でも、もう大丈夫です……!」

 レンの顔が至近距離でアリスを覗いてくるので、気恥ずかしさで咄嗟に距離をとってしまう。

「…………」

「――い、いえ、違うんですよ!? 今のはちょっと恥ずかしかったからで……嫌だったわけじゃ……」

 レンが急に無言になったので、距離をとったことを誤解されてしまったと思い、アリスは必死に弁明しようとする。

「…………休憩時間は終わりか?」

「――え………?」

「――あっれー? ばれちゃった?」

 振り返ると、レンに蹴り飛ばされた筈のリリムが、いつのまにかアリスの背後まで迫っていた。

「バレバレだ。そもそも、俺の蹴りをわざと受けやがったなお前。本気で蹴ったのにピンピンしやがって」

「まあねー。最初不意打ちしちゃったから、そのお詫びだよお詫び! それにしても、女の子の顔をいきなり狙うなんて、お兄ちゃんも結構酷いことするよねー? 本気で防御しなかったら、美少女リリムちゃんの大事な顔が陥没しちゃうところだったよ!」

「多少陥没してる方が愛嬌がある顔になったと思うぞ。お前は女性陣二人から嫌われ過ぎだ」

「あはは! 確かにっ!」

 リリムは悪びれもせずに笑う。

「それにしても、まさか生きてるとは思わなかったよ。その首の傷、完全に塞がってるね。硬すぎて完全に切断できなかったとはいえ、致命傷だった筈だよ? それをこの短時間で完治させるなんて、一体どんな術を使ったのかな?」

「術なんてそんな大層なものは使ってない。目が覚めたら治ってたんだ」

「それが本当なら、種族特有の特殊能力とかかな? ま、人族でないのは間違いないとして、その深紅の瞳と、黒髪、どこかで聞いたことがある特徴な様な……」

 目をつぶり自身の顎に手を当て、考える仕草をするリリム。
 だが、「うーん、うーん」と数秒唸ったところで考えるのをやめたのか目を開く。

「あああっ! 思い出せないや!」

「そうか。どうせ訊かれるだろうから、先に言っておくが、俺も自分がなんの種族なのかなんて知らないからな」

「はー……槍のお姉ちゃんもそうだけど、みんな意地悪だなあ。それぐらい教えてくれてもいいじゃんっ!」

 リリムはレンが嘘を言っていると思い、子供の様に駄々をこね始める。

「意地悪をしているわけじゃない。俺は記憶が無いんだ」

「…………なるほどね。それが本当なら、リリムが最初に感じた違和感はそこにあるのかな? 
 まあ、いいや。別にお兄ちゃんが何者であろうと、これから分かることだしね。リリムが追い求める本物の強者かどうか!」

 リリムは地面を蹴って跳躍し、レンに向かって飛び掛かる。



~~~


 リリムはレンの拳を右手の双剣で受け流し、伸びきった腕を切り落とそうと、もう片方の双剣を振るう。しかし、レンの左腕の薄皮一枚を切ったところで刃が止まった。

「――おっと、あぶない!」

 そのリリムの無防備になった横っ腹に向かって、レンの蹴りが放たれるが、リリムは身体をひねり紙一重で回避する。

「ちょこまかと動き回りやがって……!!」

「うーん。やっぱり硬いね。まともに闘気を制御できてないのに、この硬さ、どんだけ頑丈な肉体なんだって話なんだけど……」

 いや、レンの身体が異常に頑丈なのもあるだろうが、闘気の質も相当高い。でなければリリムの闘気を纏った本気の一撃を受けて首が落ちない筈がない。

「――闘気……? なんだそれは?」

「本気じゃないとはいえ、闘気も知らない人が、素手でリリムと戦ってるんだから笑っちゃうよ」

 闘気とは戦士なら扱えて当然の技術だ。鎧のように闘気を纏い防御や攻撃に利用できるのはもちろん、身体能力を向上させることもできる。錬度によって闘気の強さは変わるが、戦士を名乗るものなら少なからず扱えるものだ。
 そんな、戦士にとって命とも言える闘気を知らない状態でここまで戦えてるのは、おそらく記憶が無いだけで元は相当な手練れの戦士だったのだろう。
 鍛え抜かれた肉体に研ぎ澄まされた闘気、もしこれらが完璧に制御できていたなら、そう考えるだけで胸の鼓動が高鳴る。

「……随分余裕そうだな。だが、その余裕もいつまで続くかな」

「――? どういう意味かな?」

「お前さっきから俺の攻撃を真面に受けようとしていない。それはつまり、俺の攻撃はお前に充分通用するという事じゃないか?」

 レンの言う通り、リリムは最初の一撃以降、正面から防御する様な事はしていない。
 理由は簡単、レンの異常なパワーで繰り出される攻撃を正面から受けるのはリスクが高いからだ。最初の顔に放たれた蹴りは全力の闘気を纏った腕で防御したが、その衝撃で右腕の骨にひびが入った。
 そんなものを何発も受けられるような耐久力はリリムにはない。
 それでも、余裕を貫くことができるのは、避けるだけなら造作もないのと、殺そうと思えば最初のように一瞬で首を切ることも可能だからだ。

「だとしたらどうする?」

「お前に俺の攻撃が当たるまで、俺はお前を殴りまくる!!」

 馬鹿みたいな考えだがリリムは嫌いじゃない。リリムがレンの立場でもそうするだろう。 それにレンはリリムとの戦闘でどんどん動ける様になっている。もしかしたらリリムと戦ってるうちに、忘れられた戦いの記憶が呼び覚まされているのかもしれない。だとしたらそれはとても面白い。

「アハッ! いいね! お兄ちゃんが諦めない限りはリリムはいくらでも付き合ってあげるよ!!」
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