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第二十八話 神vs将

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「じゃあ、次は槍のお姉ちゃんだね。どうやって殺してほしい?」

「お前だけは絶対に許さない……ッ!! リリム!!」

 クレアは自身の長槍を地面に突き立て、立ち上がる。
 どうやらただで死ぬつもりはない様だ。

「ふらふらじゃん! 無理しなくていいんだよ? おとなしくしていれば、楽に死なせてあげるから!」

「はああああああああ!!」

 クレアは絶叫しながら、リリムを殺そうと長槍を突き出す。
 そんなものが当たる筈もない。
 リリムは嘲笑しながら攻撃とも呼べない最後の悪足掻きを軽く躱し、クレアの長槍を蹴り飛ばした。

「――ぐっ……!」

 長槍が蹴られた衝撃に耐えられずクレアは元居た地面に勢いよく倒れ伏す。

「はい! 残念でした!」

「――ごめんアリス……ごめんレン……ボクを助けにきたばかりに……こんなことになってしまって……」
 
 クレアは天を仰ぎ、涙を流しながら二人に向けた謝罪を口にする。

「じゃあね、お姉ちゃん。先に逝ったアリスお姉ちゃんによろしく!」

 リリムはクレアの涙などおかまいなしに、首を飛ばそうと双剣を振り下ろす。

「――え?」

 だがしかし、振り下ろした剣はクレアの肉を切るどころか、空を切ってしまった。

「やれやれ、危なかったぜ」

 何が起こったのか分らず困惑するリリムの背後で、動けなくなっていた筈の男の声が聞こえた。

「――傷が……治ってる……?」

 振り返るとそこには、今しがたリリムが殺そうとしていたクレアを横抱きにしながらレンが立っていた。それだけではない、リリムがレンに付けた無数の切り傷が見当たらない。
 いくらレンに再生能力があったとしても、この短時間であの数の傷を全て治すのは不可能だ。

「――レン!? レンだよね?! 怪我は大丈夫なの!? というか今どうやってボクを……」

「黙れ女。貴様の質問にいちいち答えてやるほど悠長な時間はないんだ。死にたくなければ大人しく岩陰にでも身を隠しておくんだな」

「う……っ……!」

 レンは質問には答えず、クレアを雑に地面に放り投げる。それによりクレアはうめき声を上げるがレンはお構いなしだ。
 そしてまたもレンは一瞬の内に姿を消した。

 否、姿を消したのではない。高速で移動しているのだ。リリムの目をもってしても速すぎてまるで消えた様に見える。
 気付いた時にはレンはアリスの亡骸の前に現れていた。 

「ふむ……やはりまだ息はある様だな。この娘を生かすのは不本意だが……背に腹はかえられんか」

 アリスの首に指を当てるレンを見るに、おそらく脈を測ったのだろう。
 殺したと思っていたが、どうやらまだギリギリのところで生きていた様だ。だが、あの出血量なら間違いなく数分も持たずに死ぬ。

神の祝福ベネディクト

 アリスの胸の上に手をかざし、レンが何かを詠唱すると、アリスの身体が淡い光に包まれ始める。
 おそらく治癒魔法の類だろう。魔術師でもないレンが希少な治癒魔法を使えるのには驚いたが、そんなものを使えたところで、今にも死にそうな瀕死の人間を治すことはできない。
 そうリリムは思ったのだが、アリスの傷は見る見るうちに塞がっていった。

「――あの傷を一瞬で塞いじゃうとはね……でも、無駄だよ」

「……これで大丈夫だろう。おい、起きろ小娘。昼寝の時間は終わりだ」

 レンは傷が塞がったのを見ると、ペチペチとアリスの頬を叩く。
 起きるわけがない。大量に血を失ったのだ。
 治癒魔法で傷を塞ぐことができても、失った血液までは戻らない。

「――噓でしょ……」

 リリムはアリスを見て驚愕する。なんとアリスは目を覚ましたのだ。
 失ったものは戻せない。これが治癒魔法の常識の筈。それが覆された。

「――ん……っ…………あれ……私は一体何を――――」

 目覚めたアリスは身体をゆっくりと起こすと、きょろきょろと辺りを見渡す。どうやら混乱している様だ。

「そうだ……私、お腹を刺されて……あれ、でも傷がない……?」

「傷なら塞いだ。魔力も少しだけ回復している筈だ。これで最低限一人でも動くことができるだろう」

「レ、レン様!? ほ、本当だ……魔力まで回復してます……!」

「なら、お前も早く安全な場所に隠れていろ。まだ戦いは終わっていない」

「――あの……!」

「なんだ。これ以上お前とお喋りしている時間はないんだが」

「レン様は、その……記憶が戻られたのですか……?」

「――なぜそう思う」

「雰囲気が全然違います。まるで、別人の様です………」

「……想いを寄せる男の変化には敏感か……女の勘とは分からんものだな」

「想いを寄せる!!? な、なんのことですか!!!?」

 慌てふためくアリスは耳まで真っ赤にする。

「安心しろ。今の俺はレンではない。一時的に身体を預かってるだけだ。分かったら、さっさと身を隠せ」

 レンの言葉にアリスは一瞬困惑するが、後半の言葉に安堵したのか、おとなしく岩陰に身を隠した。

 レンとアリスの一連のやりとりを黙って観察していたリリムは、今のレンの状態について思考を巡らせる。

 目で追えないほどの高速移動に、瀕死の人間を一瞬で全快させ、おまけに魔力まで回復させる高度な治癒魔法、それを可能にさせるほどの闘気と魔力、そして技術、それら全てが明らかに常軌を逸している。先程までの力任せに暴れるだけだった素人とはわけが違う。

 極限状態で失った記憶が呼び覚まされたと考えるのが普通だろう。
 だが、気になるのは今のアリスとレンのやりとりだ。記憶が戻ったのではなく、そもそもレンではない別人だということ。

 そこまで考えてリリムは思考をやめる。今はそんなことはどうでもいい。
 相手が誰であろうと、これはリリムが望んだ展開だ。ならば力の限り全力で戦うのみ。
 
「さて、後はお前を片付けるだけだな、魔将の娘。律儀に事が終わるのを待っていた様だが、この後に及んで腰が引けわけじゃなあるまいな?」

「ふふ、そんなわけないじゃん! これからお兄ちゃんみたいな本物の強者と戦えるのに、不意打ちなんてつまらない真似はしないよ!」

 リリムは全力の闘気を解放しながら、殺気立つ。
 目の前の強敵を倒すためには出し惜しみはしない。

「その代わり、待った分も含めて全力で楽しませてもらうけどね!」

「来い。格の違いを教えてやろう」



~~~



 リリムは大空洞を縦横無尽に駆けながら、龍神に向かって斬撃を放つ。
 降り注ぐ無数の斬撃を龍神は手刀で全て打ち払い、飛び回るリリムとの距離を一瞬で詰める。

「死ね」

 龍神を迎撃しようと振るわれる双剣を、片手で防ぎ、もう片方の腕でリリムの頭部に手刀を放つ。すると桃色の髪が生えたリリムの頭部が真っ二つに割れた。

 しかし、リリムは二つに割れた頭部から黒い液体を出し、やがて全身がドロドロの液体となって消えてしまう。

「ふむ……」

 消えたリリムに驚きもせずに、龍神は背後から首筋に向かってくる斬撃を片手で打ち払った。

「なるほど。面倒な術だな」

「流石だね! 今ので一撃ぐらいは入ると思ったけど、そう簡単にはいかないか!」

 悪戯をした子供の様に無邪気な笑顔を見せるリリムは、双剣をクルクルと指先で回す。

「本体と同格の人形を操る術か、それとも影武者を身代わりに逃げただけか……まあ、後者だろうな」

「へー、一回見せただけでそこまで分かるんだ」

「自ら編み出した術の類は術者の性格が露骨に出るからな。前者はお前みたいな戦闘狂が使えるような術じゃない。大方、俺の攻撃が当たる直前に影武者と入れ替わり、本体は予め定めていた別の地点に転移させたのだろう」

「大正解! 初見でそこまで分析されたのは初めてだよ! ま、大抵の相手はわけも分からずに転移したリリムに殺されるか、そもそもこの術を使うまでもない雑魚かのどっちかだから、分析されること自体あまりないんだけどね!」

 龍神に自身の奥の手を暴かれても、焦るどころか拍手をして称賛するリリム。

「あまり無理をすると小僧の魂に負担がかかるから最低限の力だけで対処したかったが……仕方ない。もう少し速度を上げるか」

 リリムが反応できないほどの速度で攻撃し、術を発動させる前に仕留めようと龍神は考え、即行動に移す。

「――なに………?」

 龍神は先程よりも数段階上がった速度で、一瞬の内にアリスの首を跳ね飛ばすが、またもやリリムの身体は黒い液体となって溶けて消えてしまう。

「あはっ! やっぱ速いね、お兄ちゃん! 全然反応できないや!」

「………まさかその術、一度発動させたら攻撃を自動で感知し作動する様になっているのか?」

「あったりー! すごいでしょ! リリムが認識できない攻撃にも反応することができるんだ!
 リリムはね、産まれたときから戦いの中にいたんだよ。常に自分より強い敵と戦い、負ければ死ぬ、そんな中生きてきた。
 この術はね、そんな環境で生きていくために編み出した術なんだ!
 術の名前は、影の嘲笑ドッペルゲンガー
 相手が自分より強いなら、自分が相手より強くなるまで戦い続ければいいんだよ!」 
  
「……流石は魔将だな。実にふざけた術だ。要はお前の魔力が尽きるまで、本体を殺すのは不可能ってことか。時間が限られている俺には厄介きわまりない」 
 
「ふふっ! そういうこと! まあ、魔力切れを狙っても無駄だけどね―」

「ちっ、こんなことなら最初から全力でお前を消しておくんだったな。結果的に小僧に余計な負担をかけた」

 龍神はリリムの理不尽な術に絶望するどころか、片手の人差し指をリリムに突き出し、先端に魔力を込め始める。

「――すごい魔力だね! でも、どれだけ強力な魔法を使ってもリリムは倒せないよ!」

「それはどうかな。お前の術の性質上、転移できる距離は長くてもせいぜい視認できるこの大空洞内だけだろう? ならば大空洞ごと魔法で攻撃すればお前は転移先を失い死ぬ。違うか?」

「――ハッタリだね……そんなことしたら、岩陰に隠れてるお姉ちゃんたちも死んじゃうでしょ」
 
「それはどうかな――――女神の慈悲ヴァルキリー

「――え……?」

 龍神が魔法を詠唱すると、突き出した指先から眩いほどの光が放たれ、やがてそれは光の大波となって、大空洞全体を呑み込む。
 
「これは魔族だけを消し去る魔法。俺のオリジナルだ。相手が魔将ならその効果は絶大だろう」

 光が収束すると、そこにはもう魔将リリムの姿はない。龍神の魔法によって跡形もなく完全に消滅したのだろう。
 龍神はその結果に満足すると、その場に座り込む。
 
「さて、これで俺の役目は終わりだ。今回の件でこの先何らかの後遺症が残るかもしれんが、小娘を救ってやったんだ文句はあるまい――」

 龍神はそう言い残し、眠ったようにその場に横になった。
 
「れ、レン様!?」

「レン!?」

 それを見たアリスとクレアは慌てて、レンの元に駈け寄るのだった。
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