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第1会 祖母の優しさに触れる駅
第18話 都合のいい嘘①
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──悠ちゃんの話、聞かせてくれる?
トイレから戻った俺に、ばーちゃんはそう言った。ばーちゃんの顔を見た瞬間、さっき入れたばかりの気合いがスルスルと抜けていく。だめだ──俺、やっぱりヘタレだわ。
ベンチに座って、ばーちゃんに訊く。
「俺の話って?」
「学校のこととか、なんでも」
学校のこと──と言われて、表情が凍りついた。
ばーちゃんの弁当の一件以来、俺には友達らしい友達なんていない。中学まで友達に囲まれていたことが嘘のように、俺は他人とどう関わればいいか分からなくなっていた。教室では目立たないように気配を殺し、授業が終われば、誰にも気づかれる前に帰宅する。そんな生活が俺の日常だ。
自分で思い返すだけで、胃が締めつけられる。こんな話をばーちゃんにできるはずがない。ばーちゃんには、“いま“しかないのだ。大切なことは、ばーちゃんに安心してもらうこと、ただ一つ。
俺は嘘をつくことに決めた。ただの嘘ではない。これは優しい嘘だ。思いやりだ。
「うーん、学校は普通かなー。先生が来年は受験生なんやぞ、って毎回言うのがウザいけど。仲のいい奴もそこそこ居るし。うん、充実してる」
「そうか、そうか。……あれから1年経ってるもんねぇ。悠ちゃんも高校2年生かぁ。そういや、背ぇも伸びたんちゃうか」
「……そうかなぁ。あんま、実感ないけど」
笑顔を作ったけれど、心臓はバクバクいっている。上手くごまかせているだろうか。……もっと具体的なエピソードを織り交ぜて、俺が学校生活をエンジョイしていることをアピールしなくては──。
「そ、そういえば俺、彼女できてん。この前も仲のいい奴らとグループデートしたで」
ばーちゃんが「あらまー」とまぶたと口を大きく開くのを見て、俺は罪悪感を感じる。でもここまで来て引き返すわけにはいかない。
「悠ちゃんも、もうそんな年頃かぁ。ばーちゃん、嬉しいわ」
ばーちゃんの声がだんだん湿っぽくなっていく。その目には涙がにじむ。
「小さい頃は、ばーちゃん、ばーちゃん、泣いとった子ぉが、彼女やなんて。……ばーちゃん、ホンマに嬉しいわ」
「ばーちゃん、大げさやって。泣かんといてーや。高校生になったら、彼女の一人ふたりぐらい出来んのが当たり前やで」
「……そうなんか。ばーちゃん、若い子のことよう分からんよってに……」
着物の袖口からハンカチを取り出すと、ばーちゃんは目元に軽く当てる。それから、ちいさく、ふっと息をついた。
「──どんな子なん?」
──ドンナコナン? ばーちゃんの言葉をもう一度、咀嚼して「どんな子なん?」という質問だったことを理解する。……やばい。そこまで考えてなかった。どうしよう……。
脳みそをフル回転させて、架空の彼女を作り上げる。モデルは、俺が片想いしている同じクラスの女子にした。快活な笑顔がチャームポイントで、誰にも分け隔てなく接する。その姿に俺は心を奪われた。
「めっちゃ、ええ子やで。明るくて、誰にも優しくて。みんなの人気者や」
「悠ちゃんは、素直で優しい子や。せやから、アンタが選んだ子はきっとええ子や。でも、あんまりワガママ言うて、その子困らせたらあかんで」
「わかってるって。むしろ、彼女の方が俺に甘えてくるし。俺、頼られてんねん。友達からもよく頼りになる言われるし」
俺のホラ話を、ばーちゃんは疑うこともせず、ただ「うん、うん」と満足そうに聞いてくれる。その姿を見るのは苦しかった。
でも俺はできるだけ自然な素振りで、いかに充実した日々を過ごしているかを語った。この前の日曜日に彼女と河原町でデートしたこと、彼女と鴨川の河原に座ってのんびりしていたら、鳩にフンを落とされて大変な目にあったこと、彼女がそれを見て大爆笑してくれたから少しは救われたこと──。
嘘の中の日々は甘く楽しそうで、現実の見る影もない。ばーちゃんは、それを本当だと思って喜んでくれる。それが切なく悲しかった。
トイレから戻った俺に、ばーちゃんはそう言った。ばーちゃんの顔を見た瞬間、さっき入れたばかりの気合いがスルスルと抜けていく。だめだ──俺、やっぱりヘタレだわ。
ベンチに座って、ばーちゃんに訊く。
「俺の話って?」
「学校のこととか、なんでも」
学校のこと──と言われて、表情が凍りついた。
ばーちゃんの弁当の一件以来、俺には友達らしい友達なんていない。中学まで友達に囲まれていたことが嘘のように、俺は他人とどう関わればいいか分からなくなっていた。教室では目立たないように気配を殺し、授業が終われば、誰にも気づかれる前に帰宅する。そんな生活が俺の日常だ。
自分で思い返すだけで、胃が締めつけられる。こんな話をばーちゃんにできるはずがない。ばーちゃんには、“いま“しかないのだ。大切なことは、ばーちゃんに安心してもらうこと、ただ一つ。
俺は嘘をつくことに決めた。ただの嘘ではない。これは優しい嘘だ。思いやりだ。
「うーん、学校は普通かなー。先生が来年は受験生なんやぞ、って毎回言うのがウザいけど。仲のいい奴もそこそこ居るし。うん、充実してる」
「そうか、そうか。……あれから1年経ってるもんねぇ。悠ちゃんも高校2年生かぁ。そういや、背ぇも伸びたんちゃうか」
「……そうかなぁ。あんま、実感ないけど」
笑顔を作ったけれど、心臓はバクバクいっている。上手くごまかせているだろうか。……もっと具体的なエピソードを織り交ぜて、俺が学校生活をエンジョイしていることをアピールしなくては──。
「そ、そういえば俺、彼女できてん。この前も仲のいい奴らとグループデートしたで」
ばーちゃんが「あらまー」とまぶたと口を大きく開くのを見て、俺は罪悪感を感じる。でもここまで来て引き返すわけにはいかない。
「悠ちゃんも、もうそんな年頃かぁ。ばーちゃん、嬉しいわ」
ばーちゃんの声がだんだん湿っぽくなっていく。その目には涙がにじむ。
「小さい頃は、ばーちゃん、ばーちゃん、泣いとった子ぉが、彼女やなんて。……ばーちゃん、ホンマに嬉しいわ」
「ばーちゃん、大げさやって。泣かんといてーや。高校生になったら、彼女の一人ふたりぐらい出来んのが当たり前やで」
「……そうなんか。ばーちゃん、若い子のことよう分からんよってに……」
着物の袖口からハンカチを取り出すと、ばーちゃんは目元に軽く当てる。それから、ちいさく、ふっと息をついた。
「──どんな子なん?」
──ドンナコナン? ばーちゃんの言葉をもう一度、咀嚼して「どんな子なん?」という質問だったことを理解する。……やばい。そこまで考えてなかった。どうしよう……。
脳みそをフル回転させて、架空の彼女を作り上げる。モデルは、俺が片想いしている同じクラスの女子にした。快活な笑顔がチャームポイントで、誰にも分け隔てなく接する。その姿に俺は心を奪われた。
「めっちゃ、ええ子やで。明るくて、誰にも優しくて。みんなの人気者や」
「悠ちゃんは、素直で優しい子や。せやから、アンタが選んだ子はきっとええ子や。でも、あんまりワガママ言うて、その子困らせたらあかんで」
「わかってるって。むしろ、彼女の方が俺に甘えてくるし。俺、頼られてんねん。友達からもよく頼りになる言われるし」
俺のホラ話を、ばーちゃんは疑うこともせず、ただ「うん、うん」と満足そうに聞いてくれる。その姿を見るのは苦しかった。
でも俺はできるだけ自然な素振りで、いかに充実した日々を過ごしているかを語った。この前の日曜日に彼女と河原町でデートしたこと、彼女と鴨川の河原に座ってのんびりしていたら、鳩にフンを落とされて大変な目にあったこと、彼女がそれを見て大爆笑してくれたから少しは救われたこと──。
嘘の中の日々は甘く楽しそうで、現実の見る影もない。ばーちゃんは、それを本当だと思って喜んでくれる。それが切なく悲しかった。
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