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第4会 姉の願いに気づく駅
第6話 依頼のあとで①
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あれは英語。こっちのは中国語。あっちのは韓国語。向こうのは何語だろう?
夕方の伏見稲荷大社は、まるで異国の街角のようだった。周囲は見渡す限りの外国人、外国人、外国人──。
時々、日本人を見かけると少しホッとする。私は海外には行ったことないけれど、異国の地で日本人に会った時もこんな気持ちなんだろうか。
人混みに流されるようにして私は参道を進む。振り返るとさっきまでいた稲荷口駅が遠くに見える。
──ホント、酷い目に遭った。
まさか、極度の緊張で貧血を起こすなんて。お姉ちゃんのように振る舞い始めて結構経つけど、やっぱり身体は慣れない。
深森さんをはじめ、他の駅員さんにまで迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。たぶん、あの駅の駅員さん全員に心配されていたと思う。
だって依頼の後に休んでいたら、深森さんの上司まで様子を見に来てくれてたから。クルクルな天然パーマ頭のおじさんで、深森さんは彼のことを「主任」と呼んでいた。
彼は何度も「おうちの人呼ばなくて大丈夫かい? 僕ぁ、心配だよ」と私を気遣ってくれた。その優しさは嬉しかったんだけれど、次から次へと知らない人に具合を訊かれる私の身にもなって欲しい。端的に言おう。めちゃくちゃ恥ずかしい。
体調も元に戻り、私は飛び出すように駅を出た。本当は稲荷口駅から帰るつもりだったのに、恥ずかしさから逃れたい一心でホームではなく、駅の出口へと行ってしまった。
今からもう一度戻って、またあそこから電車に乗るなんて気まずすぎてできない。少し遠回りになるけれど、京阪電車で帰ろう。
そう決めたら、すぐに帰るのがもったいない気がした。
目の前には伏見稲荷大社の大鳥居。ここには昔、よく来ていた。懐かしいし、少し寄っていこう。
そういう顛末で、いま私は伏見稲荷大社で人に流されている。
参道を抜けて本殿まで来ると混雑はやわらいでいて、ホッとする。昔はこんなに人で溢れかえっていなかったのに。これもクールジャパンとかなんとかいう日本ブームの影響かな。
せっかくここまで来たしと、お賽銭を入れて願いを唱える。こんな時、お姉ちゃんなら何を願うんだろう。
手首に巻かれたミサンガを見て思う。このミサンガを作った時もそんな話をしたことを覚えている。あのとき、お姉ちゃんは「雨にやんでもらおう」とか言ってたっけ。
ふいに声をかけられたのは、そんなときだった。
「──若いのに感心じゃな」
最初は、私に向けられた声だとは思わず、周囲の喧騒とともに聞き流していた。けれどその声はさらに近くなる。
「──うぬじゃ。そこの女子高生」
その瞬間、はっとした。周囲は外国人観光客ばかりで、この場に女子高生は私だけだ。
顔を上げて声のする方を見ると、そこには巫女さんが立っていた。しかし何か違和感がある。そう感じてすぐに、それが何かわかった。彼女の長い髪が黄金色なのだ。
私は思わず彼女の顔に目を向ける。白い肌に飴玉のような瞳。日本人離れした容姿なのに外国人っぽくもない。不思議な外見をした女の人だった。
「……わ、私ですか?」
控えめに尋ねると、巫女さんは「そうじゃ」と頷く。
「うぬほどの若人が参拝とは、なかなか殊勝な心がけじゃの」
「……あ、ありがとうございます。……昔、よく参拝に来てたんです。近くに寄ったから久しぶりにと思って」
あれはお姉ちゃんが亡くなってすぐの頃。私は願いを叶えてもらうため、毎日のように伏見稲荷大社にお参りしていた。
お願い事はただひとつ──お姉ちゃんを返してください。
きっと神様なら、なんとかしてくれるはず。
当時の私はまだ純粋だったのだ。だから、飽きもせずにそんなことができた。
大きくなった今なら、祈ったところで一度死んでしまった人が生き返ることがないなんてすぐにわかる。だけどその時は、万が一の可能性があるかもしれないと、微かな希望に縋っていた。
けれど、お姉ちゃんが帰ってくることはなかった。当たり前だ。その頃には彼女は、骨になって壺の中にいたんだから。
私は、微かな希望にさえ裏切られて、失意にくれていた。きっとバチが当たったんだ、と自分を責めて、ついには泣いてしまったのだ。
一瞬、何かが琴線に触れた──。
夕方の伏見稲荷大社は、まるで異国の街角のようだった。周囲は見渡す限りの外国人、外国人、外国人──。
時々、日本人を見かけると少しホッとする。私は海外には行ったことないけれど、異国の地で日本人に会った時もこんな気持ちなんだろうか。
人混みに流されるようにして私は参道を進む。振り返るとさっきまでいた稲荷口駅が遠くに見える。
──ホント、酷い目に遭った。
まさか、極度の緊張で貧血を起こすなんて。お姉ちゃんのように振る舞い始めて結構経つけど、やっぱり身体は慣れない。
深森さんをはじめ、他の駅員さんにまで迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。たぶん、あの駅の駅員さん全員に心配されていたと思う。
だって依頼の後に休んでいたら、深森さんの上司まで様子を見に来てくれてたから。クルクルな天然パーマ頭のおじさんで、深森さんは彼のことを「主任」と呼んでいた。
彼は何度も「おうちの人呼ばなくて大丈夫かい? 僕ぁ、心配だよ」と私を気遣ってくれた。その優しさは嬉しかったんだけれど、次から次へと知らない人に具合を訊かれる私の身にもなって欲しい。端的に言おう。めちゃくちゃ恥ずかしい。
体調も元に戻り、私は飛び出すように駅を出た。本当は稲荷口駅から帰るつもりだったのに、恥ずかしさから逃れたい一心でホームではなく、駅の出口へと行ってしまった。
今からもう一度戻って、またあそこから電車に乗るなんて気まずすぎてできない。少し遠回りになるけれど、京阪電車で帰ろう。
そう決めたら、すぐに帰るのがもったいない気がした。
目の前には伏見稲荷大社の大鳥居。ここには昔、よく来ていた。懐かしいし、少し寄っていこう。
そういう顛末で、いま私は伏見稲荷大社で人に流されている。
参道を抜けて本殿まで来ると混雑はやわらいでいて、ホッとする。昔はこんなに人で溢れかえっていなかったのに。これもクールジャパンとかなんとかいう日本ブームの影響かな。
せっかくここまで来たしと、お賽銭を入れて願いを唱える。こんな時、お姉ちゃんなら何を願うんだろう。
手首に巻かれたミサンガを見て思う。このミサンガを作った時もそんな話をしたことを覚えている。あのとき、お姉ちゃんは「雨にやんでもらおう」とか言ってたっけ。
ふいに声をかけられたのは、そんなときだった。
「──若いのに感心じゃな」
最初は、私に向けられた声だとは思わず、周囲の喧騒とともに聞き流していた。けれどその声はさらに近くなる。
「──うぬじゃ。そこの女子高生」
その瞬間、はっとした。周囲は外国人観光客ばかりで、この場に女子高生は私だけだ。
顔を上げて声のする方を見ると、そこには巫女さんが立っていた。しかし何か違和感がある。そう感じてすぐに、それが何かわかった。彼女の長い髪が黄金色なのだ。
私は思わず彼女の顔に目を向ける。白い肌に飴玉のような瞳。日本人離れした容姿なのに外国人っぽくもない。不思議な外見をした女の人だった。
「……わ、私ですか?」
控えめに尋ねると、巫女さんは「そうじゃ」と頷く。
「うぬほどの若人が参拝とは、なかなか殊勝な心がけじゃの」
「……あ、ありがとうございます。……昔、よく参拝に来てたんです。近くに寄ったから久しぶりにと思って」
あれはお姉ちゃんが亡くなってすぐの頃。私は願いを叶えてもらうため、毎日のように伏見稲荷大社にお参りしていた。
お願い事はただひとつ──お姉ちゃんを返してください。
きっと神様なら、なんとかしてくれるはず。
当時の私はまだ純粋だったのだ。だから、飽きもせずにそんなことができた。
大きくなった今なら、祈ったところで一度死んでしまった人が生き返ることがないなんてすぐにわかる。だけどその時は、万が一の可能性があるかもしれないと、微かな希望に縋っていた。
けれど、お姉ちゃんが帰ってくることはなかった。当たり前だ。その頃には彼女は、骨になって壺の中にいたんだから。
私は、微かな希望にさえ裏切られて、失意にくれていた。きっとバチが当たったんだ、と自分を責めて、ついには泣いてしまったのだ。
一瞬、何かが琴線に触れた──。
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