京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

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第4会 姉の願いに気づく駅

第9話 私の贖罪②

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 交差点を曲がってきた軽自動車が、速度を緩めずにこちらに突っ込んでくる。危ない、と思う頃には、軽自動車はすぐそこまで迫っていた。

 ──轢かれる。

 無意識のうちに身体が固まった。私はくるべき運命を覚悟して、目を閉じる。ジェットコースターと一緒だ。これから轢かれると思えば怖くない──そんなはず、ない!

 思わず上げた悲鳴と同時に、胸元に軽い衝撃があった。

 私は尻餅をつくように、後ろへと倒れ込む。ゆっくりと後ろに進む視界には、私を片手で突き飛ばしたお姉ちゃんが一瞬だけ映っていた。

 そして轟音。悲鳴。

 起き上がると、さっきまでお姉ちゃんが立っていた場所に軽自動車が止まっていた。ボンネットが、大きくへこんで、周囲にはヘッドライトのガラス片が飛び散っている。

「──お姉ちゃん!」

 慌ててお姉ちゃんの姿を探す。すると、車から数メートル離れた場所に倒れた人影が見えた。

 全身から血の気が引く。嘘であれと何度も祈りながら、駆け寄った。転んだ時に左足を挫いたようで、歩くたびに鋭い痛みが走る。

 でも、そんなことどうでもいい。痛む左足をほとんど引きずるようにして歩いき、倒れた人をのぞき込む。

 その瞬間、息ができなくなった。心臓は早鐘を打ち、足元がぐらりと揺れる。目の前の状況を私は信じたくない。

 お姉ちゃんは、そこにいた。アスファルトに血を流して、ぐったりしているお姉ちゃんが。

「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんってば!」

 呼びかけても、返事は返ってこない。目をずっとつぶったまま、私の声をお姉ちゃんは無視し続けた。

 私を庇ったせいで、お姉ちゃんが死んでしまう。

 遠くから聞こえる救急車のサイレンが、じれったい。

 救急車を待つ間の時間は、私の短い人生の中でとても長く感じた。もう永久にこないんじゃないかってくらい。

 ようやく到着した救急車に乗せられたお姉ちゃんを見て、救急隊員の人やお医者さんが、きっと救ってくれると信じていた。目をつぶったままのお姉ちゃんにも、何度も「大丈夫やで、お姉ちゃん。すぐに治してくれるからな」と喋りかけ続ける。

 だけど、お姉ちゃんは二度と目を開けることはなかった。即死だったらしく、病院に運ばれた時には、もう手の施しようがなかったらしい。

 お姉ちゃんが死んだという事実を私は受け止めきれなかった。だって、明るくて、快活で、春そのものみたいなお姉ちゃんが死んでしまうなんて、そんなことあり得ない。

 お葬式で、突然の別れを悲しむ両親やお姉ちゃんの友達を見ていると、心が張り裂けそうなほど痛かった。死ぬなら私だったのだ。梅雨みたいに暗くて、ジメジメして、死んだところで悲しむ人も少ない。ぴったりじゃないか。

 お父さんもお母さんも口を揃えて、私だけでも助かってよかったって言っていたけれど、私はそう思わない。

 あのとき、お姉ちゃんが私を庇わなければよかったんだ。いや、そもそも私があの日、ひらパーに行きたいとわがままを言ったせいだ。お母さんが言うように我慢しておけば、お姉ちゃんは今も生きていた。もしかしたら、憧れの鴨川西高校の制服だって着られたかもしれないのに。

 全部、私のせいだ。私がお姉ちゃんを殺したようなものなのに。それなのに、いま私は、お姉ちゃんの命を踏み台にして生きている。

 胸に手を当てて感じる鼓動が憎かった。今すぐ包丁でも突き刺してやりたいけれど、それもできない。だって、この鼓動はお姉ちゃんが守ってくれた大切な命でもあるんだから。

 死ねないなら、私はどう償えばいいんだろう。できることなら、もう一度だけお姉ちゃんに会って謝りたい。「私だけ助かってごめんない」と。「お姉ちゃんの夢を奪ってごめんなさい」と。ちゃんと謝罪したい。

 そんなこと無理だなんて百も承知だ。ならば私がお姉ちゃんにできる償いはなんだろう。

 一生懸命考えて、私は自分の人生をお姉ちゃんのために使うことにした。私は“雫”という存在を消して“咲良”として生きる。

 もちろん、本当に私がお姉ちゃんに成り変わることなんてできない。だから私は自分を捨てる。そしてお姉ちゃんになりきって、お姉ちゃんの夢をすべて私が叶えてあげるのだ。

 それが私にできる唯一の贖罪だ。
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