京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

文字の大きさ
80 / 99
第5会 息子の記憶を辿る駅

第1話 コウヘイのいる駅

しおりを挟む
「正月でもないのに、なんでこんなに混んどるんだ」

 俺は混雑した車内を一瞥して、顔を顰める。

 午後の昼下がり。いくらこの路線が京都有数の観光地を抱えているにしても、すし詰め状態はふざけすぎだと思う。

 まだ今が正月なら、初詣客かと納得もできる。むしろ沿線に伏見稲荷大社があるから当然だとも言えるだろう。

 だが、今は4月だ。初詣にしては遅すぎる。

 しかも乗客のほとんどは、日本人ではない。見慣れない肌をした人間が、聞きなれない言語で大はしゃぎしている。

 いつから京都は外国人のものになったのだ。

 やつらの周囲を顧みない態度に、ぎりり、と歯を鳴らした。

 ただでさえコウヘイへの怒りで頭がいっぱいだと言うのに、これ以上、俺を怒らせないで欲しい。

「これだから外人は!」

 強い口調で、でも周囲には聞こえない程度の声量でつぶやいた。聞こえたのは隣に座る家内の聡子だけだろう。

 現に聡子は、俺のつぶやきに表情を曇らせた。

「お父さん、やめてくださいよ。今は外国人って言わないと差別になるんですから」
「外人に外人と言って何が悪い! そもそもコイツらには俺の言葉なんて理解できんだろう」
「そういうことじゃないんですよ。誰が聞いてるか分からないんですから……」

 肝の小さいことを言いよって。周りを反応を気にして大義を見失えば、いずれ何もかもを失ってしまう。国だって、会社だって、家族だって──。

 そもそもいつから“外人”という言葉が差別的意味を持つようになったというんだ。そんな話聞いたことがない。

 聡子は何に対しても怯えすぎなのだ。言葉のひとつひとつまで気にしていたら会話が成り立たないだろうが。

 身体を縮こませながら、座席に座る聡子の姿は弱々しい。昔から気の小さいやつだったが、輪をかけて弱ったように見える。

 いや弱ったのではなく、老けたのだ。髪には白いものが混ざり、張りのない肌なんて老人のそれだ。

 俺の母親とまではいかないが、妻にしては見た目が俺と釣り合わないほど老けている。きっと心労のせいだろう。

 コウヘイのやつめ。これほどまでに母親に心配をかけても何も思わないのか。

 俺は拳を握りしめた。暴力は好かんが、コウヘイにあったら一発お見舞いしてやらないと気が済まない。そうでもしないとアイツの目は覚めないだろう。

『次は、稲荷口。稲荷口です』

 目的地の駅名が聞こえて、立ち上がった。

「おい、降りるぞ」

 巨体の外国人の間を分け入って、ドアへと向かう。背後からは、聡子の「すいません」を連呼する声が聞こえる。

 無理やり押しのければ、日本語がわからんでも伝わるだろうに。丁寧すぎるというかトロいというか。

 窓の外に一瞬だけ伏見稲荷大社の大鳥居が見切れると、いよいよ到着だ。この駅にコウヘイがいる。

 電車を降りると、俺は一直線に改札口に向かう。

 改札は通らず、横にある窓口で降車客を見守っていた女の駅員に迫った。

「おい、ここにコウヘイがいるだろ! コウヘイを出せッ!」

 しかし女の駅員は、キョトンとした表情で目をぱちくりさせる。俺の言っていることが分からないとでも言いたそうに、よく日に焼けた顔を引きつらせた。

「……お客様、そのような者はここにはおりません。何か勘違いなされているのでは?」
「そんなはずない。俺はここでコウヘイを見たんだ! なぜ隠す。コウヘイにそう頼まれたのか!」

 背後で控えていた聡子が、俺の腕を掴む。

「お父さん、やめてくださいな。駅員さんのお仕事の邪魔になりますよ」
「邪魔がなんだ。ここにコウヘイがいるのに、みすみす放って帰れるわけないだろ」

 腕を振り払った。聡子は、疲れきった目で俺を見つめる。

 それを無視して俺は、女の駅員に視線を戻した。

「早くしてくれ!」
「ですから、ここにお客様のお探しの方はおりません」
「いや、いるんだ! 早く出せと言っている!」

 つい言葉にも力が入る。周囲の客が何事かとこちらを見ては、無関心そうに通り過ぎていく。

 女の駅員は、戸惑っている顔をしているくせに態度だけは毅然としていた。どれだけ頼んでもコウヘイはいないと言い張って聞かない。

 頭に血が上ったせいか、さっきからズキズキと脳を刺すような痛みがあった。怒れば怒るほど痛みは増し、痛みが増せば余計に腹が立つ。

 耐えかねた俺は、女の駅員を怒鳴りつける。

「言うことを聞けないというのか! お前、名前を何という。俺を誰だと思っているんだ! 部下に言ってすぐに調べさせてやる」

 俺はいったい何様なんだ。自分で言ったくせに分からない。内心、苦笑する。口ぐせのようにするりと出てしまった。

 しかし効果は絶大で、女の駅員は顔色を変えると姿勢を正し、ビシッと敬礼する。

「私は稲荷口駅・駅務係の福寺夏海と申します」
「よし。ならば福寺とやら、話がわかるやつを連れてこい。貴様の上司のことだ!」

 福寺は飛び上がると、駅務室の奥へと消えていった。

 しばらくして、代わりにやってきたのはもじゃもじゃ頭をした40代くらいの顔の長い男だった。

「お待たせいたしました。わたくし主任の北泉でございます。今日はどのようなご用件で……?」
「用件もへったくりもあるか! ここにコウヘイがいるだろう。俺の息子の!」

 北泉と名乗った男は、ヘラヘラと作り笑いを浮かべたまま、手を揉んだ。

「誰かと勘違いしていらっしゃるんじゃ……?」

 コイツもか──。

 どうやらここの駅員どもは、こぞってコウヘイを匿っているらしい。こめかみの辺りがブチリと音を立てた。

「いいから連れてこいッ!」

 一喝すると北泉は飛び上がってホームへ駆け出していく。

 さっさと俺の言う通りにすればいいものを。余計な体力を使わせやがって。

 俺は北泉が駆けていった方をじっと睨みつけた。

 駅員との一悶着にかなり時間を要したらしい。ホームには次の電車が入ってくるところだった。電車から吐き出された乗客は、ぞろぞろと俺の脇を通り過ぎていく。

 その人混みの中に、駅員の制服を着た、ひょろっとして背の高い青年がいた。彼は、急ぎもせずのんびりと人の流れに乗ってこちらへ歩いてくる。

「──コウヘイッ!」

 気づいた時には、足が動いていた。俺は客をかき分け、コウヘイの胸ぐらを掴む。

「コウヘイ! こんなところでいったい何しとるんだ!」

 だがコウヘイは何も答えない。ただ、悲しそうに肩をすぼめるだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

処理中です...