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第5会 息子の記憶を辿る駅
第18話 息子との再会③
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「なんで黙るんだよ。……もしかして、どこか悪いのか?」
「……ああ。頭の中に腫瘍がある。取れば大丈夫らしいが、手術は受けん」
「えっ、なんで!?」
親からもらった身体に──と表向きの理由を言いかけた口が止まる。航平との最後の機会に見栄を張るのはなしだ。等身大でぶつかってこそ意味がある。
ひとつ咳払いをして覚悟を決めた。
「笑うなよ? ……手術が怖いんだ。いい年して、小さな子供みたいな理由だろ」
弱音を吐く相手が息子というのは、どうも格好が悪い。客観的に自分を見てそう思った。普段の俺なら、きっと表向きの理由を何食わぬ顔で話していただろう。
でも今は、そんな気分にはなれんかった。
この場所の非日常的な雰囲気が、そうさせていたのかもしれん。
航平は俺の話を聞きながら、真剣な表情をしていた。
「笑うなよ」と自分で前置きしたくせに、俺は航平に笑い飛ばして欲しかった。「まったく、父さんは子供っぽいんだから」と、とりとめない日常会話をするみたいに。
だけど航平が放った言葉は、正反対のものだった。
「……笑わないよ。手術なんてみんな怖いはずだ。……でもだからって死ななくてもいいだろ? 受けろよ、手術。腫瘍を取れば大丈夫なんだろ?」
「もう、いいんだ。仕事も引退したし、あとは寿命が尽きるのを待つだけだ。お前が生きとったら、また違ったんだろうがな。今の俺には長生きする理由がない」
「母さんが、いるだろ。俺が死んで、父さんまで死んだら、母さんは独りぼっちだ。俺と違って、父さんは生きるかどうか選べるんだ。なんで、生きようとしないんだよ!」
事故で死んだ航平は、生死の選択すらできなかったのだ。そんな人間からの言葉は、身に染みた。
航平からすれば、俺は贅沢な悩みを持っていることになるのだろう。そう思うと何も言い返せない。
「…………」
言葉を探しながら、俺はただ俯くことしかできなかった。この状況で事故死した息子に言い返すことができようか。
「手術して、長生きしてくれよ。父さんが来るまで、俺は天国でもっと大福作りの腕あげておくからさ」
「……お前も酷なことを言うんだな」
ベンチから立ち上がると、思いっきり上半身を伸ばした。身体中の骨がポキポキと小気味のいい音を立てる。
俺も腹をくくる時が来たのかもしれん。航平に振り返ると宣言する。
「でも分かった。お前がそこまで言うなら、俺も頑張ってみるか。……せっかくお前の大福が食えるチャンスだったのに残念だ」
おどけながら言う。手術は怖いが、息子にここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
航平と再会して数時間、俺の心はとっくに満たされていた。贅沢なことを言えば、航平の作った大福が食べたかった。
時計の針は、いつしか夜明けの時刻を指している。もう少しすれば始発列車がやってくるだろう。
だが空は依然暗く、太陽が顔を出す素振りさえ見せない。まるでこの空間が闇の中に閉じ込められているようだった。
──ちりん。
闇の中から鈴の音がした。その音が、入場券に鋏を入れてもらったときに聞こえたものと同じだと気づくと同時に、ホームの先の暗闇に小さな明かりが灯る。
その明かりが、始発電車でないことは車内から漏れる光の強さですぐにわかった。普通の電車は、あれほど強い光を放たない。
やってくる電車を眺めながら、俺はこの幸福なひと時に終わりが訪れたことを悟った。
「……ああ。頭の中に腫瘍がある。取れば大丈夫らしいが、手術は受けん」
「えっ、なんで!?」
親からもらった身体に──と表向きの理由を言いかけた口が止まる。航平との最後の機会に見栄を張るのはなしだ。等身大でぶつかってこそ意味がある。
ひとつ咳払いをして覚悟を決めた。
「笑うなよ? ……手術が怖いんだ。いい年して、小さな子供みたいな理由だろ」
弱音を吐く相手が息子というのは、どうも格好が悪い。客観的に自分を見てそう思った。普段の俺なら、きっと表向きの理由を何食わぬ顔で話していただろう。
でも今は、そんな気分にはなれんかった。
この場所の非日常的な雰囲気が、そうさせていたのかもしれん。
航平は俺の話を聞きながら、真剣な表情をしていた。
「笑うなよ」と自分で前置きしたくせに、俺は航平に笑い飛ばして欲しかった。「まったく、父さんは子供っぽいんだから」と、とりとめない日常会話をするみたいに。
だけど航平が放った言葉は、正反対のものだった。
「……笑わないよ。手術なんてみんな怖いはずだ。……でもだからって死ななくてもいいだろ? 受けろよ、手術。腫瘍を取れば大丈夫なんだろ?」
「もう、いいんだ。仕事も引退したし、あとは寿命が尽きるのを待つだけだ。お前が生きとったら、また違ったんだろうがな。今の俺には長生きする理由がない」
「母さんが、いるだろ。俺が死んで、父さんまで死んだら、母さんは独りぼっちだ。俺と違って、父さんは生きるかどうか選べるんだ。なんで、生きようとしないんだよ!」
事故で死んだ航平は、生死の選択すらできなかったのだ。そんな人間からの言葉は、身に染みた。
航平からすれば、俺は贅沢な悩みを持っていることになるのだろう。そう思うと何も言い返せない。
「…………」
言葉を探しながら、俺はただ俯くことしかできなかった。この状況で事故死した息子に言い返すことができようか。
「手術して、長生きしてくれよ。父さんが来るまで、俺は天国でもっと大福作りの腕あげておくからさ」
「……お前も酷なことを言うんだな」
ベンチから立ち上がると、思いっきり上半身を伸ばした。身体中の骨がポキポキと小気味のいい音を立てる。
俺も腹をくくる時が来たのかもしれん。航平に振り返ると宣言する。
「でも分かった。お前がそこまで言うなら、俺も頑張ってみるか。……せっかくお前の大福が食えるチャンスだったのに残念だ」
おどけながら言う。手術は怖いが、息子にここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
航平と再会して数時間、俺の心はとっくに満たされていた。贅沢なことを言えば、航平の作った大福が食べたかった。
時計の針は、いつしか夜明けの時刻を指している。もう少しすれば始発列車がやってくるだろう。
だが空は依然暗く、太陽が顔を出す素振りさえ見せない。まるでこの空間が闇の中に閉じ込められているようだった。
──ちりん。
闇の中から鈴の音がした。その音が、入場券に鋏を入れてもらったときに聞こえたものと同じだと気づくと同時に、ホームの先の暗闇に小さな明かりが灯る。
その明かりが、始発電車でないことは車内から漏れる光の強さですぐにわかった。普通の電車は、あれほど強い光を放たない。
やってくる電車を眺めながら、俺はこの幸福なひと時に終わりが訪れたことを悟った。
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