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第5会 息子の記憶を辿る駅
第19話 息子との再会④
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電車は、向かい側の上りホームに停車した。やっぱり車内が眩しい。線路1つ分挟んだ下りホームにいるのに、つい目を細めてしまう。
「……父さん。そろそろお別れだね……」
「まだまだ話し足らんというのに……。せめて、電車まで見送らせてくれ」
航平を連れ立って、上りホームへ移動する。電車は俺たちがホームに来るのを待っていたかのようにドアを開けた。
同時にゴーン、ゴーンという鐘の音が辺りに響く。1回目の合図。発車の5分前だ。
ドアから放たれた白い光を見ながら、ふと思ったことを口にする。
「航平、あの世ってどんな感じだ?」
「気になる?」
含み笑いを浮かべながら航平が尋ね、俺は頷く。
手術することに決めたが、あの世はいずれ行く場所だ。せっかくの機会なんだから、様子を聞くくらい良いだろうという軽い気持ちだった。
「あの世って実は……」
口の横に手を添えて、囁く航平に俺は耳をそばだてる。いったいどんな風景を語るのだろうか。
だが、航平は言葉を切ったまま、イタズラっ子みたいに「にひひ」と笑った。
「秘密だよ。あの世がどんな所かは、死者になってからのお楽しみ! それまでせいぜい長生きしてよ」
ゴーン、ゴーンと2回目の鐘が鳴った。
残り1分。今生の別れがすぐそこまで迫っている。俺は何か言おうとして、口を開いたが言葉は出てこなかった。話したいことがありすぎるのだ。
迷っている間に、航平の方から切り出した。
「……本当にお別れだね。父さん。今日は会えてよかった」
「俺もだ。あの頃は、お前を応援してやらんで、すまんかった」
「もう、いいって。それよりちゃんと手術受けなよ?」
「分かっとる。息子の“遺言”だからな」
俺たちの別れに涙は似合わない。だから俺は、無理に明るく振る舞った。航平も理解していたのか、悲しそうな素振りは見せなかった。
「じゃ、また天国で! 大福作って待ってるよ。……それから母さんによろしく」
「おう、任せておけ。大福、楽しみにしておく。手土産に酒でも持っていってやるからお前も楽しみにしておけ」
航平と熱い握手を交わす。その手を俺は離したくなかった。
ゴーン、ゴーン。最後の鐘が鳴る。俺と航平を永遠に隔ててしまう音。
硬く結ばれた手が、ついに解かれた。
俺の顔を見て、今日いちばんの笑顔を浮かべると航平は行ってしまった。その後ろ姿に、俺は何か声をかけようとして躊躇する。アイツにかけたい言葉は山ほどあった。でも口は自然と動いた。
「達者でな」
光を放つ乗り口に溶けていく航平の後ろ姿を眺めながら、ぽつりとつぶやく。もう死んでいる人間に言う言葉ではないのだろうが、それ以外の言葉が見つからなかった。
航平の姿が完全に光に溶ける。発車時刻は、とっくに過ぎているのだろう。電車は、余韻もなく淡々とドアを閉めると足早にホームを後にした。
駅から離れていく電車を、俺は闇の奥に消えるまでじっと見守った。
航平の旅路が良いものになることを祈って。
「……父さん。そろそろお別れだね……」
「まだまだ話し足らんというのに……。せめて、電車まで見送らせてくれ」
航平を連れ立って、上りホームへ移動する。電車は俺たちがホームに来るのを待っていたかのようにドアを開けた。
同時にゴーン、ゴーンという鐘の音が辺りに響く。1回目の合図。発車の5分前だ。
ドアから放たれた白い光を見ながら、ふと思ったことを口にする。
「航平、あの世ってどんな感じだ?」
「気になる?」
含み笑いを浮かべながら航平が尋ね、俺は頷く。
手術することに決めたが、あの世はいずれ行く場所だ。せっかくの機会なんだから、様子を聞くくらい良いだろうという軽い気持ちだった。
「あの世って実は……」
口の横に手を添えて、囁く航平に俺は耳をそばだてる。いったいどんな風景を語るのだろうか。
だが、航平は言葉を切ったまま、イタズラっ子みたいに「にひひ」と笑った。
「秘密だよ。あの世がどんな所かは、死者になってからのお楽しみ! それまでせいぜい長生きしてよ」
ゴーン、ゴーンと2回目の鐘が鳴った。
残り1分。今生の別れがすぐそこまで迫っている。俺は何か言おうとして、口を開いたが言葉は出てこなかった。話したいことがありすぎるのだ。
迷っている間に、航平の方から切り出した。
「……本当にお別れだね。父さん。今日は会えてよかった」
「俺もだ。あの頃は、お前を応援してやらんで、すまんかった」
「もう、いいって。それよりちゃんと手術受けなよ?」
「分かっとる。息子の“遺言”だからな」
俺たちの別れに涙は似合わない。だから俺は、無理に明るく振る舞った。航平も理解していたのか、悲しそうな素振りは見せなかった。
「じゃ、また天国で! 大福作って待ってるよ。……それから母さんによろしく」
「おう、任せておけ。大福、楽しみにしておく。手土産に酒でも持っていってやるからお前も楽しみにしておけ」
航平と熱い握手を交わす。その手を俺は離したくなかった。
ゴーン、ゴーン。最後の鐘が鳴る。俺と航平を永遠に隔ててしまう音。
硬く結ばれた手が、ついに解かれた。
俺の顔を見て、今日いちばんの笑顔を浮かべると航平は行ってしまった。その後ろ姿に、俺は何か声をかけようとして躊躇する。アイツにかけたい言葉は山ほどあった。でも口は自然と動いた。
「達者でな」
光を放つ乗り口に溶けていく航平の後ろ姿を眺めながら、ぽつりとつぶやく。もう死んでいる人間に言う言葉ではないのだろうが、それ以外の言葉が見つからなかった。
航平の姿が完全に光に溶ける。発車時刻は、とっくに過ぎているのだろう。電車は、余韻もなく淡々とドアを閉めると足早にホームを後にした。
駅から離れていく電車を、俺は闇の奥に消えるまでじっと見守った。
航平の旅路が良いものになることを祈って。
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