スズノハの約束

秋月とわ

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3章

第21話 追いかけっこ

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「ごめん。訂正する。遭遇したこと、あったわ……」
「え、どういう意味?」

 首を傾げると、何かに気づいた篤志くんが「しっ」っと、口もとに人差し指を当てる。進行方向にある草むらに視線を向けた。

「みんな静かに」

 つられるようにして、私もそちらへ視線を向ける。草むらの葉がゴソゴソと鳴り、向こう側からは何か荒々しい生き物の息遣いが聞こえてくる。

「まさか……」

 ざざっと、草むらを突き抜けて現れたのは、イノシシの親子だった。私は思わず短い悲鳴をあげる。慌てて口を押さえてけれど、遅かった。

 こちらの存在に気づいたイノシシは、私たちに標準を定めた。雄叫びを上げると私たちに向かって突進してくる。

 これぞ猪突猛進──なんて言える余裕はなく私たちは一目散にイノシシから逃げ出した。

「ちょっ、イノシシ来てるんですけどー! 大丈夫なんじゃなかったの!?」
「いつもは何ともないんだよー!」

 縦に一列に並んだ私たちは、そのまま回れ右する。来た道を駆け戻りながら、夏海は半泣きで叫んだ。最後尾にいた彼女は、ぐんぐんスピードを上げ私を追い抜く。

 振り返ると、立派な牙を突き出したイノシシの土煙を巻き上げながら迫っていた。

「いやー!!」

 いつの間にか最後尾になってしまった私の背中目掛けて、イノシシが鼻息荒く追い上げる。

「こっちだ!」

 篤志くんが道をそれて斜面を登った。続いて夏海も登っていく。遅れて到達した私に篤志くんが手を伸ばす。

 木の根やツルでボコボコした斜面を私は全力で登る。振り返ると、イノシシは元の道をまっすぐ走っていった。走り出したら曲がれないというのは本当だったようだ。

 私たちはそのまま斜面を登り続けて、舗装道路に出た。ここまでくればもう大丈夫……のはず。もう一度、斜面を見下ろして見たけれど、イノシシの気配はなくなっていた。

「危なかったぁー」

 死ぬかと思った。もう二度と森の中なんて入るもんか。

 胸を撫で下ろした束の間、篤志くんが道路の方を「うわぁ」と声を上げる。

「今度は何!?」
「未来、あれ!」

 彼が指した方向には、イノシシが立っていた。前足のヒズメを何度も路面に擦り付け、今にも駆け出しそうだ。

「逃げろッ!」

 夏海が走り出した瞬間、イノシシも地面を蹴った。イノシシは道路のふもと方面側にいるせいで、私たちの逃げ道は頂上側にしかない。

 ただでさえ、走り回ってキツいのにまだ坂道をダッシュしなければいけない。もう足が悲鳴を上げているのだけれど、休憩する暇はなさそうだ。

 それから私たちは、あちこち逃げまわってようやくイノシシを振り切った。疲れ切った私は、汚れることもいとわずにアスファルトの道路の上に座り込んでひと息つく。

 夏海も篤志くんも息を切らし、道路の上にどかりと座る。夏海なんて、座るだけに留まらず、仰向けに寝転がっていた。

 篤志くんもそれを見て、「俺も」と背中をアスファルトに預ける。

「気持ちいいぞ、未来もやってみろ」

 断る理由もなくて、私も仰向けになる。青い空が視界いっぱいに広がった。背中には地面に蓄えられた太陽の熱を感じる。

 視界を巡らせていると、道路の少し先にひらけた場所が見えた。展望台になっているのか、そこだけスペースがあって柵のデザインも違っている。ご丁寧にベンチまであった。私は立ち上がって、そこまで歩いていった。

 近づいてみると、やっぱり展望台のようだ。観光地のそれみたいに案内板や小銭で動く双眼鏡はないけれど、町を見下ろせるようになっている。

 柵に手をかけて、そこに広がる景色に息を飲む。

 気がつけば、ずいぶん山の高い場所まで逃げて来たようだった。家や田んぼがまるでミニチュアみたいに小さく見えて、その奥にはどこまでも広がる青い海があった。

「きれい……」

 私はポシェットからスマホを取り出して、その風景を切り取った。いつもならすぐにSNSにアップするんだけれど、今はもう少しこの風景を目に焼きつけておきたかった。

 田舎もなかなか悪くないじゃん。この町に来て初めてそう思った。

 変なあやかしに目をつけられたり、イノシシに追いかけられたりしたけれど、そう思えるというのは私がこの町を受け入れはじめたということなんだろうか。

 もしそうだったら、それも悪くないのかもしれない。
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