夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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1.出逢い

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 小学生の頃、僕は漠然と将来自分は特別な人間になると思っていた。なぜそう思うようになったかはしっかりと覚えていない。もしかしたら当時、僕が他のクラスメイトに比べて頭が良かったことがそう思わせてしまったのかもしれない。
 だって休み時間のたびに昨日見たバラエティ番組の話やゲームの話ばかりして、勉強をまったくしない馬鹿なやつらに囲まれてみろ。まじめに勉強していた僕がクラスで一番の成績を修めるのは当たり前だし、それゆえ自分が周りとは違う特別な人間だって思ってしまうのも仕方ないことだろ?
 とにかく僕は他のやつらとは違い、選ばれた人間だと思い込んでいた。
 だから心の中でいつもクラスメイトを見下していた。こいつらは将来、普通の大学へ行き、普通の大人になるんだ、僕と住む世界が違うんだと。
 そういう態度は周りにも伝わったていたのだろう。好意的に僕に話しかけてくるクラスメイトは誰一人いなかった。だから僕には友達がいなかった。
 それもそうだ。今ならすぐ分かることだが、誰が自分を下に見ているやつと友達になりたいと思うだろうか。でも小学生の僕はそれすら分からなかった。友達がいないのは仕方ないことだと思っていたんだ。僕と他のクラスメイトでは人間のレベルが違いすぎる。だから親しくなれないのは自然なことだと。
 いわば、軽自動車とレースカーが競争するようなものだ。勝負自体がそもそも成り立たないのだ。
 ただ、授業中は辛かった。
 教師が何気なくいう悪魔の呪文「二人組作って」。
 僕は何度この言葉に苦しめられてきただろう。この言葉が発せられると、生徒たちは仲の良い友達のもとへと移動していく。もちろん僕のところには誰も来ない。
 そして次々と二人組が出来ていくのを尻目に僕は一人取り残されていくのだ。クラスの人数が偶数のときはまだマシだ。同じようにあぶれたやつと組めば解決するからだ。問題は誰かが休んだりしてクラスの人数が奇数になったときだ。
 相手を見つけられず立ち尽くす僕にクラスメイトたちはいやらしい笑みを浮かべ、好奇と嘲笑を混ぜた視線を浴びせた。その様子はさながら公開処刑のようだった。
 そしてその公開処刑は教師の「じゃあ天原あまはらくんは先生と組みましょう」というとどめの言葉で完成するのだ。
 それでも僕は負けなかった。特別な人間は、その「特別さ」ゆえ周りに馴染めないものだ。そういった類の話は偉人たちのエピソードでよく聞くじゃないか。この辛さも大人になればお釣りがくるほどになるはずだ。そう自分に言い聞かせ耐えつづけた。
 
 そんな日々が続き、僕は六年生になった。卒業まであと半年かそこらといったある日、それは起こった。
 その日、僕はいつも通り登校した。すると教室の前の廊下に机が一つ置かれていた。なんだろうと不思議に思ったが、その謎はすぐに解けることとなった。
 僕が教室に入るとクラスの喧騒が一瞬止み、クラスメイトの視線がこちらを向いた。あの好奇と嘲笑が混じった視線だ。背中を嫌な汗が伝った。何かがおかしい。そしてすぐ僕は異変に気がついた。僕の席がなくなっているということに。
 慌てて廊下に出て放置された机を確認すると、それは紛れもなく僕の机だった。ご丁寧なことに机の中身までなくなっている。胃に、拳で握りつぶされるような不快な痛みと気持ち悪さを感じた。それでも机を教室へと運んだ。机を元の位置まで戻し終わると、次は中身だ。
 嫌な予感がして教室のゴミ箱を開けた。はずれて欲しかった予感は的中していた。ゴミ箱の中には僕のお道具箱一式が捨てられていた。
 机だけならまだしもここまでするのは確実に悪意を持っている。
 僕はゴミ箱からお道具箱を拾い出した。乱雑に捨てられたお道具箱からはセロハンテープや色鉛筆が飛び出していた。その一つひとつを拾ってお道具箱に戻していく。
 犯人は誰だ。クラスでガキ大将を気取っているあの男子か。はたまた女王さま気分で偉そうに他の女子を侍らせているあの女子か。それとも──クラス全員か。
 そこに恐怖はなかった。ただ、特別な人間である僕にただの凡人が歯向かったということに怒りが湧いただけだ。
「凡人のくせに生意気な」
 呟くように言ったその言葉は、クラスの喧騒に消えていった。

 その一件が起きてから僕へのいじめは毎日続いた。朝、教室に行くと僕の机にはイタズラがされていることが当たり前になっていた。天板には読むにも値しない低レベルの落書きが書き殴られ、机の中には紙くずが押し込められていた。
 それらを処理することが登校してからの日課になっていた。タチが悪いのが直接暴力を加える行為をしなかったことだ。落書きや無視など精神的な攻撃ばかりで、児童総お友達説を信じる教師たちは誰一人として気がつかなかった。たとえ気づいたとしても気づかないふりをしていたに違いない。その分余計な仕事が増えるんだから。
 幸い卒業まであと半年だ。それに僕の通うことになる中学校は二小一中、つまり二つの小学校の生徒が一つの中学校に通うことになっている。
 単純に考えてクラスの半分は知らないやつが占める計算になる。そうなると現状を知る者も半分になるということだ。僕に対するいじめもほとぼりがさめるはずだ。
 それにもう中学生になるんだ。こんな子供じみた馬鹿げたことはしなくなるだろう。
 あと半年の我慢。
 僕は、その言葉を心の中で何度も繰り返しクラスメイトからの悪意に耐えた。

 そして待ちに待った中学生になった僕は、予想が外れたことを身をもって知ることになった。
 相変わらず僕へのいじめがなくならなかったのだ。
 少しは大人びるだろうと思っていたクラスメイトたちは、まったくそんなそぶりを見せることがなかった。むしろ、変に知識と体力をつけたせいで、いたずらに拍車がかかり校内の治安が一気に悪くなった。月に一度は窓ガラスか蛍光灯が割られ、授業中には物が飛び交った。
 そんな劣悪な環境にいなければならないことが耐え難かった。
 その頃になると僕は自分の住んでいる地域が悪いのではないかと考え始めていた。この町は程度が低い人間が住まう場所で僕の居場所はここではないと。
 だから僕はここでもほとんど周りの人間と交わらなかった。孤高を貫いたのだ。

 二年生に進級したとき、そんな僕にも一人だけ話しかけてくるやつが現れた。そいつは石山基樹いしやまもときという男子生徒だった。
 ボサボサに伸びきった髪に黒縁の眼鏡という出で立ちの彼は、その地味な見た目に反してよく喋る男だった。
 始業式の日、出席番号順に並べられた席に座っていると、後ろの席だった石山に声をかけられた。
 僕は友達を作る気はさらさらなかったから、適当に挨拶をして会話を打ち切ろうとした。それなのに石山は強引に会話を続けた。
 無視するのも感じが悪いので彼の話に相槌だけうって聞いていた。
 なんとなくそんな関係がしばらく続くうち、僕の隣には石山がいることが普通になっていた。
 僕は彼を友達と認めることにした。石山は他のクラスメイトとは違い知性と教養を備えていたからだ。
 周りが昨日のバラエティ番組の話や誰と誰が付き合っているなどの下世話な話をしているなか、僕と石山は時事問題や人生論について語りあった。
 特に将来の話をするのが好きだった。僕が将来特別な人間になるんだというたびに石山は「天原ならなれるよ」と頷きながらいってくれた。
 今から思うと本当に可愛げのない子供だと思う。でも、当時はそんな議論をしているのが楽しかった。
 ある日の帰り道、僕は並んで歩く石山に他のクラスメイトと違い僕と仲良くするのはなぜかと尋ねた。
 すると彼は「なんだよその質問」と吹き出した。
 それから僕に向き直った。
「天原といたいからだよ。それだけじゃだめか?」
 照れ臭そうにいう彼を見て僕は高校生になっても石山と一緒にいたいと思った。
 石山とは中学を卒業するまでほとんど一緒に過ごした。石山と過ごした時間はとても楽しくて有意義だった。
 残念だったのは高校が別々になってしまったことだ。
 石山が合格したのは府内でも有数の公立進学校だった。僕もそこを目指したが箸にも棒にもかからなかった。悔しいが石山は僕より数倍頭が良かった。
 結局、僕は仕方なしにランクを下げた高校に通うことになった。賢くなければ馬鹿でもない、人並み程度の高校だ。

 そして迎えた卒業式。その日は校門近くに植えられた桜が綺麗に咲いていてまるで僕らの門出を祝福しているようだった。
 式が終わってそれぞれが最後の思い出を残そうとカメラ片手に走り回っている。教室からその様子を眺めている石山に僕は声をかけた。
「石山、高校は無理だったけど大学で一緒になろう」
「ああ、だが俺の目指す大学はレベルが高いぞ? ちゃんとついて来いよ!」
「なんだ、高校の授業も始まってないのに言うじゃないか」
「これくらいの気概じゃないと厳しい受験戦争には勝てないのさ」
 それから、いつでも連絡できるようにと買ってもらったばかりの携帯のアドレスを交換した。
「これからは頻繁に会えなくなるね……」
「そのかわり携帯で連絡しあえるだろ。そんなに悲しそうにするな。離れてたって俺はずっとお前の友達だ」
 石山は小指を立てた手を出した。
「約束だ」
「うん。約束」
 僕は石山の小指に自分の小指を絡めて約束げんまんをした。
 お互いの顔を見合った僕らはなんだかおかしくて笑いが込み上げてきた。
 笑い合う僕らはきっと青春映画の一コマのように見えただろう。そしてこれがこの映画のラストカットだった。
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