夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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1.出逢い

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 そこからしばらく待ってみたが英文のメールが戻ってくることはなかった。どうやらメアドは変わっていなかったみたいだ。
 安堵のため息と同時に汗を拭った。
 久しぶりに他人にコミュニケーションを取ろうとした緊張からかひどく汗ばんでいる。
 僕は気分を落ち着かせる為に夜の散歩に出かけることにした。
 スマホと財布をズボンのポケットに押し込んで外に出た。
 夏の夜のじわっとした暑い空気が体を包む。空を見上げると真ん丸の満月が冴えた光を放っていた。今日は月明かりが強いからあんまり星は見えないな……。
 アパートを出て近くの公園まで歩いた。小高い丘の上にあるこの公園は僕のお気に入りのスポットだ。公園からは街を見下ろすことができた。夜になると街の明かりがイルミネーションみたいにキラキラ光ってとっても綺麗だ。
 それに近所に遊具の充実した大きい公園があるからか、日中でも人気がほとんどない。夜になるとそれはもっと顕著になる。よく眠れない夜には飲み物片手にここで夜空を見ながらぼーっとしていた。気持ちを落ち着けるのにもってこいの場所だった。
 パンダの遊具に腰掛けて一息ついた。何気なく公園内をゆっくり見回す。誰もいない公園に遊具たちも眠りについたように見えてくる。静かな時間。
 その時、ふいに視界の端、ブランコのそばで人影が動く気配を感じた。
 不良だろうか、自分が言うのもなんだがこんな時間に公園にいるやつはまともではない。
 いつもなら面倒ごとに巻き込まれる前にそそくさと引き上げるが、今日は違った。余命があと一ヶ月半だからか、それとも久しぶりに旧友に連絡したからか、深夜の変なテンションのせいか、いや全部かもしれない。ともかくその影の正体を確かめたくなった。
 立ち上がり一歩また一歩と影に近づく。月明かりが影を剥ぎ取るとそれは不良では無かった。
 そこにいたのはきっちり着こなされたブレザーの制服、膝丈までのスカート、墨のように黒い髪を肩まで伸ばした女の子だった。
 たぶん校則通りのそのきっちりとした姿はむしろ不良のそれとは逆の印象を受けた。
 しかしそれより驚いたのが彼女がブランコにくくりつけた紐の輪っかに首をかけて今にも飛び降りそうだったからだ。
「君、何やってるんだ?」
 咄嗟に声をかけると女の子はびっくりしたようで体を震わせた。
 その拍子に台にしていた雑誌の束が崩れ女の子は宙に放り出された。
 苦しそうに足をばたつかせる女の子。
 僕は急いで女の子の体を持ち上げて首と紐の間に隙間を作った。それから首から輪っかを外す。
 ゲホゲホと咳込む女の子を地べたに下ろした。
「大丈夫か?」
 そう声をかけると彼女は僕を睨みつけながら言った。
「なにするんですか! 私は死にたかったのに邪魔しないでください!」
「だって目の前で苦しそうにしてたら普通は助けるだろ。それにその格好、高校生か中学生だろ? 死ぬにはまだ早いよ」
 予想外の反応に少したじろぎながらも彼女を諌めた。
「あなたに私の何がわかるんですか! 私は辛くて辛くてもう耐えれないんです! ほっといてください」
「でもこのまま僕が帰ったらまた死のうとするだろ? こっちの寝覚めが悪い。それに……。そうだ! 死ぬ前にやり残したこととかないのか? せめてそれをしてからでも遅くないんじゃないか」
 自分のことを差し置いて何を言っているのだろう。自殺を決意した僕が彼女の自殺を止めているという現状がおかしかった。何という矛盾だろう。
 女の子は黙り込んだ。それからすぐ立ち上がるとお尻についた砂を払って雑誌の束に再び登った。そしてブランコにくくりつけた紐を解き始めた。
「わかりました。死ぬのはもう少し後にします。そのかわり責任とってください」
 少女は紐を束ねながら雑誌の台を降りた。
「責任って……。感謝されることはあっても責められる覚えはないぞ」
「せっかく覚悟が決まったのにあなたが余計なこと言うから決心が揺らいだんじゃないですか。それにあなたがいうようにやり残したこともいくつかありますし」
 手を前に出して「携帯を貸してください」と彼女は言った。
「このご時世で携帯持ってないのか?」
「いいからごちゃごちゃ言わずに出してください。それともここで大声出してもいいんですよ? 夜の公園にうろつく男と制服の少女、他人が見たらどっちを信用するでしょうね」
 女の子はニヤリと笑うと手のひらをずん、と前に出した。
 僕は新手のカツアゲにでもあっているのだろうか。
 もしそうなら、どこかに隠れている仲間が出てくるかもしれない。あまり刺激しない方がいい。そう判断してスマホを彼女の手のひらに置いた。
 彼女はスマホを受け取ると傍に置いてあった通学カバンから自分のスマホを取り出した。二つのスマホをいじり始めてすぐに「ロック解除してください」とスマホを突きつけられた。言われた通りロックを解除して渡すと今度は数十秒ほどで返してくれた。
「あなたには私のやり残したことをするのを手伝ってもらいます」
 女の子は自分のスマホをカバンにしまうと「では、また連絡します」と言って出口へと歩き出した。
 それを僕は肩を掴んで呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ! 一方的すぎないか。何なんだこれは新手のカツアゲか?」
 女の子は振り返るとふうっと息を吐いて言った。
「一方的? 私はあなたの一方的な独りよがりの正義感のせいで地獄を生きなければならないんですよ。これくらい我慢してください。それからカツアゲではないので安心してください」
 それにと彼女は続けた。
「カツアゲができるような人間なら自殺をしようなんて考えませんよ」
 そう言うと彼女は「明日連絡するので絶対来てくださいね」と言い残し闇に消えていった。
 僕はしばらくその場を動けなかった。今起こったことを頭の中で巻き戻し何回も再生した。何回も何回も思い返しているうちにこれは僕が作り上げた妄想なんじゃないかと思えてきた。そうだ、きっと妄想だ。心のどこかで死を恐怖する部分があったのだろう。それが見せた幻だ。そうに違いない。
 今日は帰って寝よう。もう疲れた。

 アパートに戻るとちょうど隣の部屋の住人が部屋から出てくるところだった。
 僕より二十ばかり年上の加賀かがという名の男だ。いつもよれよれの服を着て辛気臭い表情をしている。たしか写真家をしていると言ってたっけ……。
 僕は彼に会釈で挨拶を済ました。
 部屋に戻ると砂で汚れた手を洗ってからコップ一杯の水を飲んだ。
 変な幻を見るのは疲れているからだ。息を深く吐いて気持ちを落ち着かせてから床に就いた。
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