夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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6.三人目

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「野宮、やめろッ!」
 間一髪、僕は野宮に手を伸ばして腕を掴んだ。
 背後の騒ぎに振り返った倉井は野宮の手に持つものを見て竦み上がった。
 僕は倉井に向かって「シッシ」とジェスチャーを送った。
「君は早く行って!」
 倉井はうなずくと「ありがと」と自転車に飛び乗り去っていく。
 一方で野宮は腕を振り解こうと強引に引っ張る。
「離してください! 止めないって言ったのになんでそんなことするんですか!」
「だって! これはやり過ぎだろ!」
「あいつは私の心を滅多刺しにしたんですよ。だから仕返しに体を滅多刺しにしてあげるんですよ!」
 まるで当然のことだと言わんばかりの口調だ。
 僕は野宮の両肩を掴んで向き合った。彼女の体の小刻みな震えが腕を伝ってくる。のぞき込んだ瞳はまだ濡れていた。
「彼女は反省してるんだぞ!」
「だからなんです? 反省したらすべて許されるんですか? じゃあ被害者の気持ちはどうなるんですか?」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるだろ」
「なんですか。偉そうに説教ですか。友達もいないくせに」
 槍のような言葉が僕の心を突き刺した。本当に刃物で刺されたように胸のあたりが痛く重い。
 ダメージが意外にも大きくて、咄嗟に反論の言葉が出てこない。
「野宮だっていないだろ!」
 やっとの思いで絞り出した必死の抵抗に野宮は「プイッ」とそっぽを向いた。
「私はいないんじゃなくて、作らないんです。初めから独りでいることを選んだんです。あなたみたいに無様に裏切られて独りぼっちになったじゃないです!」
 不愛想で突き放すような口調で言い放った。
「…………」
 本当のことだけに何も言い返せない。
 それにしてもひどいと思う。僕だって石山の件は完全に立ち直った訳ではない。なのに治りかけのケガを攻撃するようなマネをするなんて卑怯だ。
 閉口したままの僕を、野宮は怒りと涙で赤く充血した目で睨みつけた。
「いいから早くこの手を離してください。痛いです」
 彼女は押さえられた肩の自由を取り戻そうともがいている。
 僕はそこで初めて手に力が入り過ぎていたことに気づいて、「わっ」と離した。
 自由になった野宮は肩をさすりながら、転がり落ちた通学カバンを拾い包丁をしまった。
「ホント、天原さんは、私のやることの邪魔ばっかりしてくれますね」
 語気を強めていう彼女に、僕は眉間にシワを寄せた。
「『ばっかり』って? 僕がいつそんなことをした」
 野宮と出会った時から今までのことを思い返してみても感謝されることはあっても責められるいわれはないはずだ。
 そんな僕に野宮は「なぜ分からないのか」と言わんばかりに顔を歪め、じれったそうに話し始めた。
「したじゃないですか。忘れたんですか、私たちが初めてあった夜のこと。天原さんは自殺する私を止めたじゃないですか。私は死にたかったのにあなたに邪魔されたんです。それに今度は仕返しの邪魔ときた」
 野宮は「もううんざりです」と力を込めて言った。
「うんざりとは心外だ。あの場にいれば誰だって自殺を止めるし、今野宮がしようとしたことだって止めるのが当然だろ!」
 すると野宮は目つきを鋭くさせ、まくし立てた。
「当然、当然って、天原さんは、社会からドロップアウトしたくせに、社会規範は守るんですね。いいじゃないですか、どうせ私もあなたも死ぬんです。法を犯そうが関係ない」
「いや、大いに関係ある! 今、君が倉井を刺し殺したら、僕まで共犯者になるんだぞ! 完全犯罪で死体が見つからないならまだしも、こんなところで殺してみろ、すぐ発見される。それで僕たちは仲良く刑務所行きだ。そうなったら自殺なんてできないし、それより辛い刑罰が課されるだぞ! 僕の計画が大狂いだ!」
 僕が興奮気味に喋ると野宮は冷えた表情になって、つかつかと僕のもとに歩み寄った。そして、通学カバンから出したものを、サッと差し出した。
 それは僕の顔写真が入ったカード──学生証だった。
「そうですか、なら天原さんとはここでお別れです。学生証も返しますから、二度と私に関わらないでください」
 野宮の発言に僕は面食らった。
 彼女の〈やりたいこと〉がすべて終わるまで、僕を強制的に協力させるためのモノ質だった学生証。それを返すということは僕と野宮の関係も終わりを迎えるということだ。
「えっ……? 本当にいいのか?」
「はい。どうぞ受け取ってください」
 僕の目を見ていう彼女に、僕は恐る恐る手を伸ばして学生証を受け取った。
 どれほど頼んでも返してくれなかった学生証が今、僕の手の中にある。
「…………」
「これで天原さんは何をするも自由です。好きなことやってください。それと──」
 野宮は学生証とは逆の手にあったメモを僕から奪い取った。
「これは私がもらいますから、では」
「待ってくれ。本当にもうこれで終わりなのか」
 去ろうとする野宮の後ろ姿に思わず声をかけた。自分でもびっくりするくらい寂しそうな悲しい声だった。
「そうですよ。あなたが望んだことです。今、この時点から天原さんと私は何の関係もありません」
 振り返って、もう一度僕の目を見て彼女は言った。
 本来なら両手を挙げて喜ぶべきことなのに、ちっともそんな気分にならなかった。
 それから野宮は「さようなら」と言い残すと去っていった。
 遠ざかる彼女の背中が消えてからも僕はどうすることもできずに、ただその場に立ち尽くしていた。
 ふいに後ろから声をかけられたのはそんな時だった。
 声の方を見ると制帽を被った警察官が二人立っていた。
「この辺で男女が言い争う声が聞こえた、と通報があったんだけど」
 二人組のうち背が高く若い方がいった。
 通報と聞いて、倉井のことが頭をよぎった。彼女が通報したんだろうか。
「通報によると『殺してやる』って叫び声が聞こえたそうなんだよ。君、何か知らないか?」
 今度はもう片方の警察官が言った。目つきが悪く背が低い、丸っとした体つきの警察官だ。
「いやぁー。知らないですね。別の人じゃないですか」
「ホントかなぁ。じゃあ、お兄さんここで何してたの」
 はぐらかす僕を品定めでもするように背の低い警察官が、無遠慮にジロジロとした視線を向ける。目つきが悪い分、余計感じが悪い。
 警察密着のテレビ番組を見ていても思うが、どうして警察官はいつも偉そうな物の言い方をするのだろう。
「散歩ですよ」と答えると二人の警察官の表情がさらに疑い深いものになった。
「散歩だったら、なんで荷物持ってるの。おかしいでしょ?」
 若い警察官が僕のリュックを指した。
「ええっと……これはですね……」
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「ま、いいや。とりあえずお巡りさんと一緒に来てくれる?」
「なんでですか。僕なにもやってませんよ」
「怪しい人を調べるのが警察の仕事なんでね」
 そういうと警察官たちは僕を取り囲んだ。
「さ、早く来るんだ」
「ふざけるな。何もやってないって言ってるでしょ!」
 どれだけ必死に訴えても警察官は「はいはい。そういうのは後でゆっくり聞くからね」とまったく取り合ってくれない。
 二人対一人、それに相手は国家権力だ。かなうわけがない。それにあまり露骨に抵抗すると公務執行妨害で逮捕されかねない。
 諦めて彼らの指示に従おうか──。そう思ったとき女神が舞い降りた。
「その人、何も悪くないです」
 そういって助け船を出してくれたのは意外な人物だった。
「倉井⁈」
 倉井は数分前と同じく自転車を従えて立っていた。
 なぜ彼女がここにいる? そしてなぜ助ける? 通報したのは彼女じゃないのか?
 突然の倉井の登場に僕の頭の中はさらにぐちゃぐちゃになってしまった。
「君は誰だ?」
 背の低い警察官が新たな登場人物に目を向けた。
 倉井は自転車を止めると髪を揺らして僕を指さした。
「私はその人と喧嘩していた相手です」
 はっ? と間抜けな声が出た。すると倉井は話を合わせるように目顔でそれとなく知らせてきた。
 どうやら僕を助けるために芝居をうってくれているらしい。ならば僕も──。
「そうです。彼女と喧嘩しちゃって。それで、頭を冷やそうと散歩していたんです」
 警察官たちに向かって弁解を続けた。
 それから倉井に向いて「ごめん、僕が悪かったよ」と頭を下げた。
 すると彼女の方も「私が悪かったの。ごめんなさい」と駆け寄ってきて、僕の首に抱き着いた。
 甘い匂いがふわりとした。演技だと分かっていてもこれには思わず胸がドキッとする。
 しかし、この抱き着き作戦が功を奏したようで警察官たちは互いに顔を見合わせると硬かった表情をふっと緩ませた。
「なんだ、ただの痴話喧嘩だったのか。時間も時間なんだから人の迷惑も考えないと」
 若い警察官が右の親指で頭を掻きながら言った。
「そうだぞ。まったくつまらん仕事を増やしやがって」
 あきれたように背の低い警察官もいうと、肩にかけた無線機に向かって何やらごにょごにょと話しはじめた。
「ほら、もういいから。仲直りしたならさっさと家にかえりなさい」
 若い警察官が手のひらをひらひら振って僕らに帰宅を促した。
 僕らは二人に挨拶をして河川敷を離れた。
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