夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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7.帰省とライブと

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二十分経った。あと一息で屋根があるところに入るという時に一台の黄色いスクーターが路肩に止まってクラクションを鳴らした。
 運転手はシルバーのヘルメットにずぶ濡れのコンビニのロゴがついた制服を着た女だ。ヘルメットの下から短い金髪が見えている。それにしてもなんともミスマッチな格好だ。
 運転手はゴーグルを取ると叫んだ。
「おい! 天原! 後ろ乗れ」
「倉井! その格好は……?」
「バイトばっくれて来たんだよ。クビ確定だ!」
 僕は列を抜け、倉井の後ろに乗った。
「バイクなんて乗れたんだな。免許持ってんのか?」
「当たり前だろ。いつもは自転車なんだよ。燃料代だってただじゃないからな。連絡もらってから一回家に帰って乗り換えてきたんだ」
「それはご苦労様」
 僕は渡されたヘルメットを装着した。
「しっかり掴まっとけよ? とばすからな!」
 倉井はそう言ってスクーターを急発進させた。
 雨粒が流れ星のように後方に飛んでいく。そしてそれが勢いよく顔に当たって痛い。
 スクーターは次々と車を追い抜いていく。猛スピードで車と車の間をすり抜ける運転に肝を冷やした。
 倉井の運転はいつもこうなのか、それとも急いでいるからなのか分からないが、免許を持ってない僕でも明らかに違反だと分かる運転をしている。信号が赤に変わりそうになると、アクセル全開でぶっ放すし、多分スピード違反もしているだろう。
 スクーターは府県境を越え進んだ。流れる景色も幾分か緑が多くなった気がする。交通量が減るとさらにスピードがあがった。
 奥本のマンションまであと少しのあたりで僕が恐れていたことが現実になった。
 倉井が人気のない交差点の赤信号を突っ切った時だ、後方から甲高いサイレンが鳴った。
『そこのスクーター、止まりなさい』
 拡声器による警察官の指示に倉井は「チッ」と舌を鳴らした。
「こっちは急いでんだよ」
 パトカーは僕たちのスクーターの後ろに陣取り、サイレンで威圧する。倉井はスピードを上げ、道を右に左に曲がるがパトカーも追跡を諦めることなくしっかりついて来る。
「どうするんだ、倉井!」
「うるせー、喋るな舌噛むぞ! 今からちょっと乱暴な運転になるから振り落とされんなよ」
「今までの運転は⁉」
「いくぞ!」
 金色の髪をなびかせて倉井はそう言うと思いっきりハンドルを切った。スクーターはほぼ直角に向きを変え細い路地へと入った。遠心力で体が外側に放り出されそうになるのを踏んばって耐える。
 パトカーはいきなりの進路変更について行けず、そのままサイレンを鳴らして後ろの道を直進していった。
「へへっ、どうだ」
 後ろを見ながら得意げな口調で言う。そんな彼女に僕は抗議した。
「ちょっと! 落ちるとこだったぞ」
「だから掴まっとけって言ったろ。で、奥本のマンションってどこだ」
「駅からの道しか知らないから、一度駅前まで行ってくれ」
「了解」
 駅前まで来ると、僕のナビで奥本のマンションまで向かった。その間も何度かパトカーを見かけた。だが、倉井はパトカーを見つけるや否やすぐにスクーターを死角に入れてやり過ごした。
 マンションの前に到着すると、スクーターが完全に停止する前に僕は飛び降りた。
「おい!」
「先に行く!」
「ヤツの部屋は?」
「四階の一番奥!」
 エントランスを抜けてエレベーターへ向かう。ボタンを押して呼び出すがその待ち時間も惜しい。
 僕はエレベーターホールの横にある階段を四階まで一気に駆け上がった。
 四階に到着すると外廊下を通り、一番奥にある奥本の部屋へ急いだ。
 部屋の前まで来ると、外廊下側にある窓に設置された鉄格子にビニール傘の他に女物の傘がかけられているのに気づいた。傘は濡れていて、垂れた滴が真下に水溜りを作っている。
 ちょうどそこにエレベーターで上がって来た倉井と合流した。
「これ優月の?」
「さぁ。でも奥本は一人暮らしぽかった」
「じゃ、この部屋に優月が……」
 倉井の顔が強張った。瞳孔が揺れている。
「突入するぞ」
 上がった息を整える。
 野宮を早く助けたいと焦る気持ちと、奥本と渡り合えるだろうかという不安が僕の中で入り乱れた。
 ドアノブに手を伸ばした瞬間、倉井が僕の腕を引き留めた。
 それからコンビニの制服のポケットからガムを取り出すと口に放り込みクチャクチャ咀嚼し始めた。
「おい、今はおやつタイムじゃないぞ」
 僕が眉を顰めると倉井は「違う違う」と顔の前で手を振った。そして反対のポケットからバナナを一本出した。
「オマエはこれ持ってろ」
 そう言ってバナナを僕に差し出した。
「バナナ? ふざけてるのか」
 受け取ってよく見てもただのバナナだ。こんな時に倉井は何がしたいんだ?
「ハンカチかタオルでそれを包んで。銃の代わりにする」
「こんなので戦えないよ。絶対バレる」
「大丈夫だ。普通の日本人は銃を見たことがない。それっぽく振る舞えば相手は怯む。コンビニ強盗でよくある手口だよ」
 さすが現役コンビニ店員。コンビニで働く彼女にしか出来ない考えだ。
 ジーンズのポケットからハンカチを出してバナナに被せた。しかしハンカチではバナナを隠しきれなかった。そこで今度はさっき買ったばかりのライブグッズのタオルを出してバナナに巻き付けた。タオルは余裕でバナナを包み込んだ。あとは持ち方さえ気をつければ銃に見えるだろう。
 倉井は噛んだガムを口から出すと、ドアののぞき窓にくっつけた。
 振り返った彼女の目が「準備はいいか」と訊いてくる。僕はそれに頷いて答えた。彼女も頷くと、インターホンを鳴らした。
「誰だ!」
 ドアの向こうから野太い男の声が聞こえた。
「夜分遅くに申し訳ございません。宅配便です」
 倉井は素知らぬ顔で言った。
「こんな夜中にか?」
「雨で渋滞しておりまして。遅くなってしまいました」
 よくもそう、ぽんぽんと嘘が出てくるものだ。職質から助けてもらった時もそうだが倉井は即興で演技をするのが上手い。きっと頭の回転が速いのだろう。その場でついて不自然ではない設定を即座に作り上げる。僕なら絶対に出来ない。
 ドアの奥から奥本がこっちに歩いて来る足音が聞こえる。ドアが開くかと身構えたがそんなことはなかった。
「暗いな。もうちょっと離れろ」
 どうやらのぞき窓からこちらを見ているらしい。だが、当ののぞき窓には倉井がガムを貼り付けて塞いでしまった。
「廊下の照明が消えていまして真っ暗なんです」
 倉井がそう言うと奥本は「分かった、今開ける」と鍵が開く音がした。
 きぃーと金属の軋む音を響かせてドアがゆっくり開いた。隙間から奥本の頭がぬっと出てくる。そこにすかさずバナナ銃を突き付けた。
「な、なんだ、お前ら!」
「静かにしろ!」
 バナナ銃に気圧された奥本は両手を挙げてじりじりと後退った。僕と倉井は土足のままでで奥本宅へ押し入る。そのまま銃モドキを突きつけて廊下を過ぎ奥の部屋まで追い詰めた。奥の部屋はキッチンのようで、調理設備の他、ダイニングテーブルが置いてあった。テーブルの上にはコップやティッシュペーパーなどの日用品の他に野宮の通学カバンがぶちまけられていた。
「おい、お前。野宮をどこに監禁している! 今すぐ吐け!」
 奥本は怯えた目で首を振った。
「お、俺は悪くない。だってあいつが……あいつが……」
 そればかりぶつぶつと繰り返すだけでらちがあかない。
「野宮! 助けに来たぞ、どこにいる! 野宮!」
「優月どこー? 優月ぃー」
 僕と倉井は家中に聞こえるように呼びかけた。するとどこからか唸り声が聞こえた。
「倉井、今……」
「聞こえた。浴室の方だ!」
「そ、そっちはダメだ!」
 倉井が浴室に行こうとすると震える声で奥本が叫んだ。
 恐怖で出た汗が額にびっしり浮かび上がっている。バナナ銃の効果は結構あるようだ。
「なんでダメなんだ!」
 バナナ銃を構えたまま一本近づくと奥本は「ひゃあ」と情けない声を出した。
「僕がこいつを抑えておくから見てきてくれ」
「分かった」
 倉井はうなずくと浴室へ駆けて行った。それからすぐに「発見!」と叫ぶ声が聞こえた。
 これで一安心だ。あとは奥本をどうするかだ。
「一体、どういうつもりだ。奥本」
 奥本の鼻っぱしに銃口を向ける。
 彼は首を縮こめ、ぶるぶると震えている。
「こ、こんなことしてただじゃ済まないぞ、分かっているのか」
「質問しているのは僕だ」
 睨みつけると、奥本は目を潤ませた。
「お、お前ら一体、何なんだよ! 野宮の仲間か? 銃なんか持ちやがって。ホント、何なんだよ!」
「教えてやろうか。僕は——野宮のボディーガードだ!」
 バナナ銃から手を離して、奥本の頬目がけて思いっきり拳をふるった。拳は見事命中し奥本は倒れこんだ。
 人を殴りつけるなんて今まで生きてきて初めてのことだ。指の付け根の骨がじんじん痛む。
「天原さん!」
 振り返ると廊下に倉井に支えられて野宮が立っていた。手足に残る痕は拘束によるものだろうか、痛々しい。
 野宮の姿を認識した途端、さっきまで感じていた焦りも不安もすべてどこかへ行ってしまった。ただ目の前に野宮がいる。それだけで心の底から踊り出したくなるほど嬉しい気持ちになった。
「野宮、無事だったか。助けに──」
「天原さん、危ない!」
「天原、後ろ!」
 野宮と倉井が同時に叫んだかと思うと後頭部衝撃が走った。視界はスローモーションみたいにゆっくり動いて、僕は何が起こったか理解出来ぬまま床に倒れこんだ。
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