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9.誕生日石のブレスレット
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「おい、野宮!」
野宮を呼び止めようと手を伸ばすと彼女は叫んだ。
「嫌です! 仲間を見捨てたりなんかできません!」
野宮の真剣な眼差しが僕を貫いた。そうだった。彼女は猪突猛進、一度決めたら止まらない猪だった。
「僕も手伝おう。もしもの時は僕が盾になるから野宮たちは人を呼んできてくれ」
「それも嫌です。言ったじゃないですか、仲間を見捨てたりなんかできないって」
「分かった。もしそうなったら全員で全力を尽くして逃げる」
倉井の元に駆けつけると、野宮は手を差し出した。
「なんで戻って来たんだよ。奥本はすぐそこだぞ」
「莉奈を見捨てるなんて選択肢にない。私をいじめたことは許さないけど命を張って助けに来てくれたのも事実だし、仲間だと思ってる」
「ありがとう、優月。それにあたしのこと仲間って……」
「ほら倉井、靴だ。逃げるぞ」
僕は回収した靴を倉井の足元に置いた。後ろを振り返ると奥本は疲れたのか走るのをやめ、それでも傘を振り上げながら一歩一歩と近づいてくる。
「お前らぁぁぁ! 許さぁぁぁん!」
そう奥本が吠えた時だった。太い道路の方から明かりがぱっと差した。
目を細める奥本に何事かと振り返ると、それは車のヘッドライトの光だった。あちら側も僕たちの状況を理解したようで屋根の上にある赤色灯をちらちらと点滅させると、中から青い制服に身を固めた警察官が二人降りてきた。
「貴様、何やってる!」
「お巡りさん助けて!」
すかさず野宮が叫んだ。
「君たちは離れてなさい」
二人の警察官はそう言うと駆けだして僕たちを通り過ぎた。後ろで傘を振り上げる奥本を包囲すると投降するように怒鳴りつけた。
奥本は警察官の説得も聞かず、あろうことか振り上げた傘を彼らに向かって振りまわし始めた。
しかし警察官もさすがプロだ。奥本をあっという間に羽交い絞めにすると地面に組み伏せてしまった。
「公務執行妨害で現行犯逮捕」
警察官がそう告げて奥本に手錠をかけた。四方八方からパトカーのサイレンが鳴り響いている。その音はどんどん近づいてくる。
「君たちはそこでじっとしていて。応援のパトカーがもうすぐ来るから」
奥本を組み伏せながら警察官の一人が言った。奥本は二人の警察官に抑えられ戦う意欲をなくしたようでぐったりしている。
いい気味だ。野宮を傷つけた報いを受ければいい。警察がいなかったら奴の顔を蹴り飛ばしてやるところだ。
応援のパトカーは警察官の一人が言ったようにすぐにやってきた。
警察官たちはパトカーを降りると二手に分かれた。一方は奥本の方に駆けていきパトカーへと詰め込んだ。そして、もう一方は僕たちを保護してくれた。
「もう大丈夫だ」
僕たちに話しかけてきたのは眼鏡をかけた警察官だ。彼は僕の顔を見ると険しい顔つきになった。
「ケガしているじゃなか、待ってろすぐに救急車を呼ぶ」
そう言って彼はパトカーに戻ると車内から機械を取り出して何か喋っている。
何をしているのかここからではよく見えないが、たぶん車載無線で救急車を要請しているんだろう。
僕は隣に立つ野宮と倉井を見た。ちょうど二人もこっちを向いて目が合った。その目には興奮と安堵が混じった色が浮かんでいた。
無言で微笑みあった。僕たちは野宮を取り返したのだ。それに奥本への仕返しも完了した。
通信が終えた眼鏡の警察官がまた僕たちの元に戻って来た。
「救急車を要請したからすぐに来るよ」
「……ありがとうございます」
僕がお礼を言うと警察官は人懐っこい笑顔をくしゃっと浮かべた。なんだか凶悪犯に立ち向かう警察官というよりケガをした園児をあやす幼稚園の先生をイメージさせる優しい笑顔だ。
「お礼なんていいよ。これが僕の仕事だから。それよりも近くを警らしていてよかった。早く駆けつけることができたからね」
言われてみれば初めのパトカーと遭遇してから応援のパトカーがやってくるまでそう時間が掛からなかった。サイレンも比較的近くで鳴り始めた気がする。
「近くを?」
「ああ、このあたりで二人乗りのスクーターが暴走していてね。捕まえるためにパトカーが集結していたんだよ」
僕はとっさに倉井を見た。彼女は苦笑いをすると、いたずらがバレた子供のようにペロっと舌を出した。
それに僕も苦笑いを返した。
まさか僕たちを捕まえるために集まった警察に助けられるなんて、世の中何が起きるかわからない。
笑いあう僕たちを野宮は「どうしたんですか、二人とも?」と不思議そうに見ていた。
「いいから、いいから」
「そうそう。何でもないよ」
そうはぐらかす僕たちに野宮は「?」の表情を浮かべたまま首を傾げた。
「えー。教えてくださいよ」
「どうしようかなー。な、倉井」
「ね、天原」
じれったそうにする野宮を見ていると笑いが込み上げてきた。僕の笑いは二人にも伝染し、真夜中の住宅街に笑い声が響いた。
それから僕たち三人は到着した救急車で近くの病院まで搬送された。救急車の中からパトカーに押し込められる奥本が見えた。彼は周りを警察官に固められ萎んだ風船のようにうなだれていた。
これから始まる厳しい取り調べで過去の悪事も含めすべて明るみになるはずだ。それを楽しみにしておこう。
野宮を呼び止めようと手を伸ばすと彼女は叫んだ。
「嫌です! 仲間を見捨てたりなんかできません!」
野宮の真剣な眼差しが僕を貫いた。そうだった。彼女は猪突猛進、一度決めたら止まらない猪だった。
「僕も手伝おう。もしもの時は僕が盾になるから野宮たちは人を呼んできてくれ」
「それも嫌です。言ったじゃないですか、仲間を見捨てたりなんかできないって」
「分かった。もしそうなったら全員で全力を尽くして逃げる」
倉井の元に駆けつけると、野宮は手を差し出した。
「なんで戻って来たんだよ。奥本はすぐそこだぞ」
「莉奈を見捨てるなんて選択肢にない。私をいじめたことは許さないけど命を張って助けに来てくれたのも事実だし、仲間だと思ってる」
「ありがとう、優月。それにあたしのこと仲間って……」
「ほら倉井、靴だ。逃げるぞ」
僕は回収した靴を倉井の足元に置いた。後ろを振り返ると奥本は疲れたのか走るのをやめ、それでも傘を振り上げながら一歩一歩と近づいてくる。
「お前らぁぁぁ! 許さぁぁぁん!」
そう奥本が吠えた時だった。太い道路の方から明かりがぱっと差した。
目を細める奥本に何事かと振り返ると、それは車のヘッドライトの光だった。あちら側も僕たちの状況を理解したようで屋根の上にある赤色灯をちらちらと点滅させると、中から青い制服に身を固めた警察官が二人降りてきた。
「貴様、何やってる!」
「お巡りさん助けて!」
すかさず野宮が叫んだ。
「君たちは離れてなさい」
二人の警察官はそう言うと駆けだして僕たちを通り過ぎた。後ろで傘を振り上げる奥本を包囲すると投降するように怒鳴りつけた。
奥本は警察官の説得も聞かず、あろうことか振り上げた傘を彼らに向かって振りまわし始めた。
しかし警察官もさすがプロだ。奥本をあっという間に羽交い絞めにすると地面に組み伏せてしまった。
「公務執行妨害で現行犯逮捕」
警察官がそう告げて奥本に手錠をかけた。四方八方からパトカーのサイレンが鳴り響いている。その音はどんどん近づいてくる。
「君たちはそこでじっとしていて。応援のパトカーがもうすぐ来るから」
奥本を組み伏せながら警察官の一人が言った。奥本は二人の警察官に抑えられ戦う意欲をなくしたようでぐったりしている。
いい気味だ。野宮を傷つけた報いを受ければいい。警察がいなかったら奴の顔を蹴り飛ばしてやるところだ。
応援のパトカーは警察官の一人が言ったようにすぐにやってきた。
警察官たちはパトカーを降りると二手に分かれた。一方は奥本の方に駆けていきパトカーへと詰め込んだ。そして、もう一方は僕たちを保護してくれた。
「もう大丈夫だ」
僕たちに話しかけてきたのは眼鏡をかけた警察官だ。彼は僕の顔を見ると険しい顔つきになった。
「ケガしているじゃなか、待ってろすぐに救急車を呼ぶ」
そう言って彼はパトカーに戻ると車内から機械を取り出して何か喋っている。
何をしているのかここからではよく見えないが、たぶん車載無線で救急車を要請しているんだろう。
僕は隣に立つ野宮と倉井を見た。ちょうど二人もこっちを向いて目が合った。その目には興奮と安堵が混じった色が浮かんでいた。
無言で微笑みあった。僕たちは野宮を取り返したのだ。それに奥本への仕返しも完了した。
通信が終えた眼鏡の警察官がまた僕たちの元に戻って来た。
「救急車を要請したからすぐに来るよ」
「……ありがとうございます」
僕がお礼を言うと警察官は人懐っこい笑顔をくしゃっと浮かべた。なんだか凶悪犯に立ち向かう警察官というよりケガをした園児をあやす幼稚園の先生をイメージさせる優しい笑顔だ。
「お礼なんていいよ。これが僕の仕事だから。それよりも近くを警らしていてよかった。早く駆けつけることができたからね」
言われてみれば初めのパトカーと遭遇してから応援のパトカーがやってくるまでそう時間が掛からなかった。サイレンも比較的近くで鳴り始めた気がする。
「近くを?」
「ああ、このあたりで二人乗りのスクーターが暴走していてね。捕まえるためにパトカーが集結していたんだよ」
僕はとっさに倉井を見た。彼女は苦笑いをすると、いたずらがバレた子供のようにペロっと舌を出した。
それに僕も苦笑いを返した。
まさか僕たちを捕まえるために集まった警察に助けられるなんて、世の中何が起きるかわからない。
笑いあう僕たちを野宮は「どうしたんですか、二人とも?」と不思議そうに見ていた。
「いいから、いいから」
「そうそう。何でもないよ」
そうはぐらかす僕たちに野宮は「?」の表情を浮かべたまま首を傾げた。
「えー。教えてくださいよ」
「どうしようかなー。な、倉井」
「ね、天原」
じれったそうにする野宮を見ていると笑いが込み上げてきた。僕の笑いは二人にも伝染し、真夜中の住宅街に笑い声が響いた。
それから僕たち三人は到着した救急車で近くの病院まで搬送された。救急車の中からパトカーに押し込められる奥本が見えた。彼は周りを警察官に固められ萎んだ風船のようにうなだれていた。
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