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9.誕生日石のブレスレット
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病院までの道中、同乗してきた眼鏡の警察官に事情聴取をされた。
僕たちは奥本が、野宮を監禁したこと、それを助けるために僕と倉井が奥本宅へ乗り込んだこと、そして揉み合いになったことを話した。
眼鏡の警察官はふんふんと話を聞いたあと、ずり落ちた眼鏡を押し上げて言った。
「うん。君たちの言い分は分かった。でもね、緊急事態のときは自力で解決しようとせず、僕ら警察を頼ってほしい。天原君と倉井さん。君たちがやるべきだったのは野宮さんを助けに行くことではなく、警察に通報する事だ。今回はたまたま僕たちがすぐに駆けつけることができたけど、下手をしたら彼女の命まで危険を及ぼしかねない」
「……はい、反省してます」
僕と倉井は膝に手をついてうなだれた。
「そして君も」
今度は野宮に向かって言った。
「いくら担任の先生だからって男の人の部屋にほいほい入って行っちゃダメだよ?」
「ごめんなさい。気をつけます……」
野宮は頭を下げてぽつりと言った。
それを見て眼鏡の警察官は「分かったなら、よろしい」満足そうに頷いた。
「今のは警察官としての言葉だ。僕個人としては君たちの心意気には胸を打たれた。自分の命を顧みず乗り込んで行くなんて、なんて仲間思いなんだ。でも本当に危険だからもし次同じことがあったら即通報だよ?」
いいね? と眼鏡の彼は僕たち三人に念を押した。
病院に着くとすぐに検査されたが、大した異常は見当たらなかった。一番大きなケガでも僕の頭を三針縫った程度だ。他の二人も打撲や擦過傷などのケガはあったがいずれも軽傷で医師によると入院の必要もなく、その日のうちに帰宅してもいいとのことだった。
同行してくれた眼鏡の警察官にそのことを伝えると、彼は事情聴取のために後日警察署に来るように言った。
それから僕らは彼が手配してくれたパトカーで大津駅前まで送ってもらった。初めて乗ったパトカーは思ったより広くて僕たち三人が後部座席に並んで座っても窮屈さは感じなかった。さらに内装は黒で統一されていて、タクシーなんかと比べると高級感があった。
「じゃあ後日。警察署まで来てね」
僕たちを駅前で降すと、眼鏡の警察官はそう言い残してパトカーで颯爽と走り去った。
日付もあと少しで変わろうとしている駅前は人気がほとんどない。居るのはベンチで酔い潰れているサラリーマンぐらいだ。
パトカーが完全に見えなくなったあと、倉井が「じゃ」と声をあげた。
「あたしはここで。奥本のマンションにバイク停めたままだから」
「そうだったな」
今日、野宮を助けに行くことが出来たのは倉井のおかげだ。彼女はバイトを途中で投げ出してわざわざ駆けつけてくれたのだ。彼女がいてくれただけでどれほど心強かったか。
僕は倉井に向き直った。
「ありがとう、倉井。君のおかげで野宮を助けられた。あとバイト中だったのに悪かったな……」
僕が言うと倉井は照れ臭いのを隠すみたいに大袈裟に笑った。
「気にすんな! バイトなんて探せばいくらでもあるわ! それにあたしは二度と優月を裏切らないって決めたんだ」
後半は笑わずに真剣な表情で野宮を見て言った。
「……ありがと。莉奈」
野宮も真っ直ぐな目で見つめ返した。
倉井はニッコリ笑うと「じゃあね」と去って行った。彼女の後ろ姿を見送っている時、野宮がぽつりと言った。
「天原さんもありがとうございます。助けに来てくれて。私、あんな酷いことたくさん言ったのに……」
そして少し間を置いて、
「……ごめんなさい」
気まずそうに野宮は爪先で地面をなぞっている。
しおらしくしている彼女の姿を見ていると胸の奥が温かくなった。なんだか心に空いた穴がじわじわと埋まっていく充足感がある。
「いいよ、もう。野宮が無事なだけで僕は十分さ」
野宮を元気づけるために敢えてあっけらかんに言った。
「さ、そろそろ終電だ。帰ろう」
その日の最終電車に乗って、僕たちは家路に着いた。ふと気づくと右手が軽い。そうだ、ブレスレット……。せっかくのプレゼントだったのに悪いことしちゃったな……。
その時、ブレスレットをくれた時の妹の言葉がリフレインした。
『誕生日の石を身につけていると、いいことがあるって信じられているんだって。ま、お守りみたいなものだよ』
「いいこと」か。確かにブレスレットの石のおかげで奥本の意表を突くことができた。もしかしたら本当に僕は誕生日石とやらに守られていたのかも知れない。今日は二回も見えない力に助けられた。
ふふっと笑うと隣に座っていた野宮が僕を見た。
「どうしたんですか、急に」
「別に。なんでもないよ」
そう答えると野宮は「今日はやけに隠し事が多いですね」とあきれかえってしまった。
そんな彼女を見ていると僕があの夜、野宮と出会ったのもどこかで不思議な力が働いた結果なんじゃないかと思った。
僕たちは奥本が、野宮を監禁したこと、それを助けるために僕と倉井が奥本宅へ乗り込んだこと、そして揉み合いになったことを話した。
眼鏡の警察官はふんふんと話を聞いたあと、ずり落ちた眼鏡を押し上げて言った。
「うん。君たちの言い分は分かった。でもね、緊急事態のときは自力で解決しようとせず、僕ら警察を頼ってほしい。天原君と倉井さん。君たちがやるべきだったのは野宮さんを助けに行くことではなく、警察に通報する事だ。今回はたまたま僕たちがすぐに駆けつけることができたけど、下手をしたら彼女の命まで危険を及ぼしかねない」
「……はい、反省してます」
僕と倉井は膝に手をついてうなだれた。
「そして君も」
今度は野宮に向かって言った。
「いくら担任の先生だからって男の人の部屋にほいほい入って行っちゃダメだよ?」
「ごめんなさい。気をつけます……」
野宮は頭を下げてぽつりと言った。
それを見て眼鏡の警察官は「分かったなら、よろしい」満足そうに頷いた。
「今のは警察官としての言葉だ。僕個人としては君たちの心意気には胸を打たれた。自分の命を顧みず乗り込んで行くなんて、なんて仲間思いなんだ。でも本当に危険だからもし次同じことがあったら即通報だよ?」
いいね? と眼鏡の彼は僕たち三人に念を押した。
病院に着くとすぐに検査されたが、大した異常は見当たらなかった。一番大きなケガでも僕の頭を三針縫った程度だ。他の二人も打撲や擦過傷などのケガはあったがいずれも軽傷で医師によると入院の必要もなく、その日のうちに帰宅してもいいとのことだった。
同行してくれた眼鏡の警察官にそのことを伝えると、彼は事情聴取のために後日警察署に来るように言った。
それから僕らは彼が手配してくれたパトカーで大津駅前まで送ってもらった。初めて乗ったパトカーは思ったより広くて僕たち三人が後部座席に並んで座っても窮屈さは感じなかった。さらに内装は黒で統一されていて、タクシーなんかと比べると高級感があった。
「じゃあ後日。警察署まで来てね」
僕たちを駅前で降すと、眼鏡の警察官はそう言い残してパトカーで颯爽と走り去った。
日付もあと少しで変わろうとしている駅前は人気がほとんどない。居るのはベンチで酔い潰れているサラリーマンぐらいだ。
パトカーが完全に見えなくなったあと、倉井が「じゃ」と声をあげた。
「あたしはここで。奥本のマンションにバイク停めたままだから」
「そうだったな」
今日、野宮を助けに行くことが出来たのは倉井のおかげだ。彼女はバイトを途中で投げ出してわざわざ駆けつけてくれたのだ。彼女がいてくれただけでどれほど心強かったか。
僕は倉井に向き直った。
「ありがとう、倉井。君のおかげで野宮を助けられた。あとバイト中だったのに悪かったな……」
僕が言うと倉井は照れ臭いのを隠すみたいに大袈裟に笑った。
「気にすんな! バイトなんて探せばいくらでもあるわ! それにあたしは二度と優月を裏切らないって決めたんだ」
後半は笑わずに真剣な表情で野宮を見て言った。
「……ありがと。莉奈」
野宮も真っ直ぐな目で見つめ返した。
倉井はニッコリ笑うと「じゃあね」と去って行った。彼女の後ろ姿を見送っている時、野宮がぽつりと言った。
「天原さんもありがとうございます。助けに来てくれて。私、あんな酷いことたくさん言ったのに……」
そして少し間を置いて、
「……ごめんなさい」
気まずそうに野宮は爪先で地面をなぞっている。
しおらしくしている彼女の姿を見ていると胸の奥が温かくなった。なんだか心に空いた穴がじわじわと埋まっていく充足感がある。
「いいよ、もう。野宮が無事なだけで僕は十分さ」
野宮を元気づけるために敢えてあっけらかんに言った。
「さ、そろそろ終電だ。帰ろう」
その日の最終電車に乗って、僕たちは家路に着いた。ふと気づくと右手が軽い。そうだ、ブレスレット……。せっかくのプレゼントだったのに悪いことしちゃったな……。
その時、ブレスレットをくれた時の妹の言葉がリフレインした。
『誕生日の石を身につけていると、いいことがあるって信じられているんだって。ま、お守りみたいなものだよ』
「いいこと」か。確かにブレスレットの石のおかげで奥本の意表を突くことができた。もしかしたら本当に僕は誕生日石とやらに守られていたのかも知れない。今日は二回も見えない力に助けられた。
ふふっと笑うと隣に座っていた野宮が僕を見た。
「どうしたんですか、急に」
「別に。なんでもないよ」
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