夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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11.一等星と優しい月

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 見上げた夜空はビーズをこぼしたみたいに星が散らばって輝いている。都会では見れないほどの満点の星空がそこには広がっていた。まるでいつしか野宮と観に行ったプラネタリウムやその後買った写真集の一シーンみたいだ。
「綺麗でしょ?」
 そう言いながら野宮が僕の隣に寝転んだ。
「うん。とっても綺麗だ。あの本みたい」
「でしょ? 街の光で見えない星もここでは見えるんです」
 彼女はまるで自分のことのように誇っている。
「じゃあ、六等星も見えるかな?」
 輝かない星。肉眼で見える一番暗い星だ。光が弱すぎて都市では街の明かりに負けてしまって見えないほどだ。
「どうでしょう。月明かりがありますからね」
 野宮は空に向かって指を差した。
 そこには黄色い半月がぽっかりと浮かんでいた。
「でも目を凝らして見れば見えるんじゃないですか。ほら、あの薄ぼんやりしてるのとか」
 突き出した指が、すいーっと夜の空を撫でて移動した。
 指が止まった先をじっくり見つめると黒い空に薄く瞬く光が確認できた。
 あれが六等星か……。その消え入りそうな光はまるで今の僕のようだ。
 しばらく無言の時間が過ぎた。
 あと十分。
 人生の最期を目前にして、僕は心のうちをすべて吐き出したくなっていた。
 僕の今までを彼女に聞いてもらいたい。
 深く息を吸った。すっかり秋を帯びた空気が鼻腔を通り過ぎる。
 静かにその空気を吐き出すと口を開けた。
「……僕はさ、野宮。ずっと特別な人間になりたかったんだ。何か秀でた才能を持って人々に尊敬される人に。いわば明るい都会でも見える一等星みたいなもんさ。でも現実はそうじゃなかった。僕は六等星だったんだ。秀でた才能どころか普通の人ができることすら僕にはできない。少しでも明かりがあれば見えなくなってしまう。あの、今にも消えてしまいそうな煌めきは僕だったんだ」
 沈黙が一瞬その場を満たした。それから「ふん」と野宮が唸った。
「たしかに天原さんは六等星かもしれません。でも場所が違うだけで、ほら、こんなにしっかり観測することができるんですよ? それに六等星は地球から見える一番暗い星ですが、それは地球から遠いところにあるからです。本当はもっと明るいかもしれない」
「何が言いたいんだ。野宮?」
「だから、天原さんが今まで居た環境では六等星だったかもしれないですけど、場所が変われば一等星にもなれるってことですよ。現に、〈やりたいこと〉を実行するなかで天原さんは私にとっての一等星になってしまいました。こんなこと初めてです。家族が事故で死んで以来、私にとっての一等星はいなくなってしまいましたから。……それに私を一等星と思ってくれる人も」
 付け足した最後のひと言は寂しそうな口調だった。
「親戚の家族と上手く行ってないのか?」
「あまりいいとは言えませんね。親切に私を引き取ってくれた親戚もどこか冷たい視線を向けるんです。それはそうですよね、食い扶持が一人増えるんですから、しかもほぼ他人の。……でも、天原さんと一緒の時は楽しかった。どんなわがままを言っても結局は付き合ってくれるんですもん」
「だって学生証をとられちゃ、どうしようもないだろ」
「それもです。男女差があるんですから無理矢理、力ずくで奪い返すことだってできたはずなのにそれもしなかった」
「僕は争いごとは嫌いなんだよ」
 目の端で野宮がこっちを向いたのが見えた。だから僕も彼女の方を向いた。目と目が合う。お互い視線を外さず見つめ合った。
 恍惚とした彼女の目がふっと細くなった。
「やっぱり天原さんは優しいんですね。名前と一緒だ。ね、天原優くん?」
「からかうなよ」
 恥ずかしがる僕を見て、野宮は白い歯を見せた。
「それに僕だって野宮と行動するのもちょっとは楽しかったんだ。まあ、関係のない学校に夜忍び混んだり、バイクでパトカーに追われたり、監禁犯の家に乗り込んだり、ハラハラすることの方が多かったけど……。それに君は僕が石山に裏切られてショックだったときもずっと側にいて励ましてくれた。最期にお礼をいわせてもらうよ。ありがとう、野宮は僕の一等星……いや、それよりも明るい月だ」
「それって私の名前とかけてるんですか?」
「違うよ。たまたまだ。地球と月の関係のように僕にとってなくてはならないものってことだよ」
 すると野宮は「天原さんったら!」と頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
 ——そう、彼女は僕を照らす優しい月。
 特別にも普通にもなれなかった僕を認めてくれた唯一の人間だ。それはいつしか恋に落ちてしまうほど僕にとって特別な存在になってしまったんだ。
 そして野宮にとっても僕は特別な存在になっていた。
 きっと独りぼっちだった僕らは互いに認め合える人間が必要だったんだ。そんな時、偶然にもあの公園で出会った。これを運命と言わずになんと言うだろう。
 もし来世があるのならば、また彼女と一緒に過ごしたい。
「野宮、もし来世があるのなら、僕は君を探しに行く。また君と過ごしたいんだ」
「私も天原さんを探しに行きます。そしてお互いを見つけることが出来たら今度は普通の人たちみたいに楽しいことをいっぱいしましょう」
 再び野宮はこちらに赤い顔を向けた。
「じゃあ、その時見つけやすいようにこれをあげるよ」
 僕はネックレスを外した。ダブルデート用に買ったあのネックレスだ。
 それを野宮の手に握らせた。
「ありがとうございます。大事にしますね」
 残り一分。
 ……ああ、だんだんまぶたが重たくなってきた。
 このみすぼらしく、悲しい人生ともおさらばだ。次はもっと楽しい人生だといいな。
 僕は再び上を向いた。
 空には満天の星空と優しい月明かり。
 幻想的な光景も次第に真っ暗になった。
 まるで眠るかのように僕は意識を手放した。
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