46 / 50
11.一等星と優しい月
3
しおりを挟む
見上げた夜空はビーズをこぼしたみたいに星が散らばって輝いている。都会では見れないほどの満点の星空がそこには広がっていた。まるでいつしか野宮と観に行ったプラネタリウムやその後買った写真集の一シーンみたいだ。
「綺麗でしょ?」
そう言いながら野宮が僕の隣に寝転んだ。
「うん。とっても綺麗だ。あの本みたい」
「でしょ? 街の光で見えない星もここでは見えるんです」
彼女はまるで自分のことのように誇っている。
「じゃあ、六等星も見えるかな?」
輝かない星。肉眼で見える一番暗い星だ。光が弱すぎて都市では街の明かりに負けてしまって見えないほどだ。
「どうでしょう。月明かりがありますからね」
野宮は空に向かって指を差した。
そこには黄色い半月がぽっかりと浮かんでいた。
「でも目を凝らして見れば見えるんじゃないですか。ほら、あの薄ぼんやりしてるのとか」
突き出した指が、すいーっと夜の空を撫でて移動した。
指が止まった先をじっくり見つめると黒い空に薄く瞬く光が確認できた。
あれが六等星か……。その消え入りそうな光はまるで今の僕のようだ。
しばらく無言の時間が過ぎた。
あと十分。
人生の最期を目前にして、僕は心のうちをすべて吐き出したくなっていた。
僕の今までを彼女に聞いてもらいたい。
深く息を吸った。すっかり秋を帯びた空気が鼻腔を通り過ぎる。
静かにその空気を吐き出すと口を開けた。
「……僕はさ、野宮。ずっと特別な人間になりたかったんだ。何か秀でた才能を持って人々に尊敬される人に。いわば明るい都会でも見える一等星みたいなもんさ。でも現実はそうじゃなかった。僕は六等星だったんだ。秀でた才能どころか普通の人ができることすら僕にはできない。少しでも明かりがあれば見えなくなってしまう。あの、今にも消えてしまいそうな煌めきは僕だったんだ」
沈黙が一瞬その場を満たした。それから「ふん」と野宮が唸った。
「たしかに天原さんは六等星かもしれません。でも場所が違うだけで、ほら、こんなにしっかり観測することができるんですよ? それに六等星は地球から見える一番暗い星ですが、それは地球から遠いところにあるからです。本当はもっと明るいかもしれない」
「何が言いたいんだ。野宮?」
「だから、天原さんが今まで居た環境では六等星だったかもしれないですけど、場所が変われば一等星にもなれるってことですよ。現に、〈やりたいこと〉を実行するなかで天原さんは私にとっての一等星になってしまいました。こんなこと初めてです。家族が事故で死んで以来、私にとっての一等星はいなくなってしまいましたから。……それに私を一等星と思ってくれる人も」
付け足した最後のひと言は寂しそうな口調だった。
「親戚の家族と上手く行ってないのか?」
「あまりいいとは言えませんね。親切に私を引き取ってくれた親戚もどこか冷たい視線を向けるんです。それはそうですよね、食い扶持が一人増えるんですから、しかもほぼ他人の。……でも、天原さんと一緒の時は楽しかった。どんなわがままを言っても結局は付き合ってくれるんですもん」
「だって学生証をとられちゃ、どうしようもないだろ」
「それもです。男女差があるんですから無理矢理、力ずくで奪い返すことだってできたはずなのにそれもしなかった」
「僕は争いごとは嫌いなんだよ」
目の端で野宮がこっちを向いたのが見えた。だから僕も彼女の方を向いた。目と目が合う。お互い視線を外さず見つめ合った。
恍惚とした彼女の目がふっと細くなった。
「やっぱり天原さんは優しいんですね。名前と一緒だ。ね、天原優くん?」
「からかうなよ」
恥ずかしがる僕を見て、野宮は白い歯を見せた。
「それに僕だって野宮と行動するのもちょっとは楽しかったんだ。まあ、関係のない学校に夜忍び混んだり、バイクでパトカーに追われたり、監禁犯の家に乗り込んだり、ハラハラすることの方が多かったけど……。それに君は僕が石山に裏切られてショックだったときもずっと側にいて励ましてくれた。最期にお礼をいわせてもらうよ。ありがとう、野宮は僕の一等星……いや、それよりも明るい月だ」
「それって私の名前とかけてるんですか?」
「違うよ。たまたまだ。地球と月の関係のように僕にとってなくてはならないものってことだよ」
すると野宮は「天原さんったら!」と頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
——そう、彼女は僕を照らす優しい月。
特別にも普通にもなれなかった僕を認めてくれた唯一の人間だ。それはいつしか恋に落ちてしまうほど僕にとって特別な存在になってしまったんだ。
そして野宮にとっても僕は特別な存在になっていた。
きっと独りぼっちだった僕らは互いに認め合える人間が必要だったんだ。そんな時、偶然にもあの公園で出会った。これを運命と言わずになんと言うだろう。
もし来世があるのならば、また彼女と一緒に過ごしたい。
「野宮、もし来世があるのなら、僕は君を探しに行く。また君と過ごしたいんだ」
「私も天原さんを探しに行きます。そしてお互いを見つけることが出来たら今度は普通の人たちみたいに楽しいことをいっぱいしましょう」
再び野宮はこちらに赤い顔を向けた。
「じゃあ、その時見つけやすいようにこれをあげるよ」
僕はネックレスを外した。ダブルデート用に買ったあのネックレスだ。
それを野宮の手に握らせた。
「ありがとうございます。大事にしますね」
残り一分。
……ああ、だんだんまぶたが重たくなってきた。
このみすぼらしく、悲しい人生ともおさらばだ。次はもっと楽しい人生だといいな。
僕は再び上を向いた。
空には満天の星空と優しい月明かり。
幻想的な光景も次第に真っ暗になった。
まるで眠るかのように僕は意識を手放した。
「綺麗でしょ?」
そう言いながら野宮が僕の隣に寝転んだ。
「うん。とっても綺麗だ。あの本みたい」
「でしょ? 街の光で見えない星もここでは見えるんです」
彼女はまるで自分のことのように誇っている。
「じゃあ、六等星も見えるかな?」
輝かない星。肉眼で見える一番暗い星だ。光が弱すぎて都市では街の明かりに負けてしまって見えないほどだ。
「どうでしょう。月明かりがありますからね」
野宮は空に向かって指を差した。
そこには黄色い半月がぽっかりと浮かんでいた。
「でも目を凝らして見れば見えるんじゃないですか。ほら、あの薄ぼんやりしてるのとか」
突き出した指が、すいーっと夜の空を撫でて移動した。
指が止まった先をじっくり見つめると黒い空に薄く瞬く光が確認できた。
あれが六等星か……。その消え入りそうな光はまるで今の僕のようだ。
しばらく無言の時間が過ぎた。
あと十分。
人生の最期を目前にして、僕は心のうちをすべて吐き出したくなっていた。
僕の今までを彼女に聞いてもらいたい。
深く息を吸った。すっかり秋を帯びた空気が鼻腔を通り過ぎる。
静かにその空気を吐き出すと口を開けた。
「……僕はさ、野宮。ずっと特別な人間になりたかったんだ。何か秀でた才能を持って人々に尊敬される人に。いわば明るい都会でも見える一等星みたいなもんさ。でも現実はそうじゃなかった。僕は六等星だったんだ。秀でた才能どころか普通の人ができることすら僕にはできない。少しでも明かりがあれば見えなくなってしまう。あの、今にも消えてしまいそうな煌めきは僕だったんだ」
沈黙が一瞬その場を満たした。それから「ふん」と野宮が唸った。
「たしかに天原さんは六等星かもしれません。でも場所が違うだけで、ほら、こんなにしっかり観測することができるんですよ? それに六等星は地球から見える一番暗い星ですが、それは地球から遠いところにあるからです。本当はもっと明るいかもしれない」
「何が言いたいんだ。野宮?」
「だから、天原さんが今まで居た環境では六等星だったかもしれないですけど、場所が変われば一等星にもなれるってことですよ。現に、〈やりたいこと〉を実行するなかで天原さんは私にとっての一等星になってしまいました。こんなこと初めてです。家族が事故で死んで以来、私にとっての一等星はいなくなってしまいましたから。……それに私を一等星と思ってくれる人も」
付け足した最後のひと言は寂しそうな口調だった。
「親戚の家族と上手く行ってないのか?」
「あまりいいとは言えませんね。親切に私を引き取ってくれた親戚もどこか冷たい視線を向けるんです。それはそうですよね、食い扶持が一人増えるんですから、しかもほぼ他人の。……でも、天原さんと一緒の時は楽しかった。どんなわがままを言っても結局は付き合ってくれるんですもん」
「だって学生証をとられちゃ、どうしようもないだろ」
「それもです。男女差があるんですから無理矢理、力ずくで奪い返すことだってできたはずなのにそれもしなかった」
「僕は争いごとは嫌いなんだよ」
目の端で野宮がこっちを向いたのが見えた。だから僕も彼女の方を向いた。目と目が合う。お互い視線を外さず見つめ合った。
恍惚とした彼女の目がふっと細くなった。
「やっぱり天原さんは優しいんですね。名前と一緒だ。ね、天原優くん?」
「からかうなよ」
恥ずかしがる僕を見て、野宮は白い歯を見せた。
「それに僕だって野宮と行動するのもちょっとは楽しかったんだ。まあ、関係のない学校に夜忍び混んだり、バイクでパトカーに追われたり、監禁犯の家に乗り込んだり、ハラハラすることの方が多かったけど……。それに君は僕が石山に裏切られてショックだったときもずっと側にいて励ましてくれた。最期にお礼をいわせてもらうよ。ありがとう、野宮は僕の一等星……いや、それよりも明るい月だ」
「それって私の名前とかけてるんですか?」
「違うよ。たまたまだ。地球と月の関係のように僕にとってなくてはならないものってことだよ」
すると野宮は「天原さんったら!」と頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
——そう、彼女は僕を照らす優しい月。
特別にも普通にもなれなかった僕を認めてくれた唯一の人間だ。それはいつしか恋に落ちてしまうほど僕にとって特別な存在になってしまったんだ。
そして野宮にとっても僕は特別な存在になっていた。
きっと独りぼっちだった僕らは互いに認め合える人間が必要だったんだ。そんな時、偶然にもあの公園で出会った。これを運命と言わずになんと言うだろう。
もし来世があるのならば、また彼女と一緒に過ごしたい。
「野宮、もし来世があるのなら、僕は君を探しに行く。また君と過ごしたいんだ」
「私も天原さんを探しに行きます。そしてお互いを見つけることが出来たら今度は普通の人たちみたいに楽しいことをいっぱいしましょう」
再び野宮はこちらに赤い顔を向けた。
「じゃあ、その時見つけやすいようにこれをあげるよ」
僕はネックレスを外した。ダブルデート用に買ったあのネックレスだ。
それを野宮の手に握らせた。
「ありがとうございます。大事にしますね」
残り一分。
……ああ、だんだんまぶたが重たくなってきた。
このみすぼらしく、悲しい人生ともおさらばだ。次はもっと楽しい人生だといいな。
僕は再び上を向いた。
空には満天の星空と優しい月明かり。
幻想的な光景も次第に真っ暗になった。
まるで眠るかのように僕は意識を手放した。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる