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第一章
咲山紅の現実(1)
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紅は、診療所に運ばれて三日目の朝には自分でどうにか動けるようになった。点滴も朝の診察時に外された。午後に事情聴取をするために婦人警官がやって来た。
「こんにちは、咲山さんお体の調子はどうですか? 私、警察官の鈴木です」
紅の顔は腫れは引いたが、内出血の跡が生々しく残っていた。それを見て鈴木は顔を顰めることはしなかったが、声に同情したような響きがあった。紅は、それに気付かなかないように応える。
「こんにちは、咲山紅です。点滴が、今日の朝に外れて少し楽になりました」
「点滴、煩わしいですよね。咲山さんにこれからお聞きする上で、あなたを非難する言葉を使う場合がありますが、悪意はありません。あなたが本当の気持ちを話してくれると嬉しいですから、嫌だと思えば話さなくても良いです。ただ、こちらも仕事ですのでよろしくお願いします」
Ωが絡む強姦事件は、Ω保護法の範疇に入り、強姦致死やひとりやグループで数人のΩを強姦した場合の凶悪犯罪以外は警察の介入はしない。事件としては訴えや被害者届けは受け取るが毎日のように起こるこのような事件を直接には捜査しない。
鈴木は『今回のような強姦事件はΩ保護法内の事件であり、警察は不介入だと言う線を引きます』と暗に述べて紅の前にも線を引く。紅はやはり警察は当てにはできないと思った。
「はい」
「今件について、あなたの住所や職場に関するものを安堂久乃先生を通じて提供して頂きお調べしました。あなたの供述に基づき先方の野末病院に確認しましたが、『あなたは4日前から職場放棄して病院には来ていない。やる気のない方には辞めていただきたい』と言っています。レイプ事件ですが、『我が病院内でレイプ事件等が起きたと言う事実はない、院長の息子の野末将克は、母親の実家に一か月前から行っていたので病院にいるわけない。変な言いがかりをいうなら証拠を見せろ』と言うことでした。それとあなたを助けたとされる医者ですが、その夜の夜間には急変した患者が出て患者の治療で朝までつきっきりであったので、リネン室等に行けない状況だった」
「そっ、そんな事ないです」
思わず出た大声に紅はびっくりする。相手はもうあの日に自分が病院にいたことさえ否定してきた。もはや、紅が出勤したと主張しても証拠は全て消されているのだと思った。『仕方ない』紅の頭に諦めの言葉がよぎるが、口からは本心の言葉が声となって出てこようとする。紅は目を閉じて相手の次の言葉を待つ。
「ただ、今月の給料分と1年間分の退職金は支払う。訴えるなら弁護士でも雇って訴えれば良いが、その場合は給料や退職金は一切払わないそうです」
「それでは、そんな微々たるお金でレイプと言う事実がないとことにして泣き寝入りしろってことですか?」
紅は、言った所で怒った所で無駄だとわかっていても口から出て行く言葉を抑えられなかった。
鈴木は悪くない彼女は仕事をしているだけなのだと思う。紅は、深く深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「私もΩです。咲山さんの立場であれば私も腹立たしく思ったと思います。現実はΩ保護法で訴えるしかないのです。そして訴えるなら証拠をΩが揃えないと認められないのです。咲山さんの場合でしたら野末病院のリネン室で強姦事件が起こってΩが犠牲になったと言う証拠です。それはあなたは怖くてその場所から逃げたが、あなたはあの嵐の日に野末病院のリネン室にいたと言う証拠が必要なんです。あなたを助けた医師がレイプ事件を証言してくれたら有力な証拠とはなりますが、彼があなたがその場にいたと言う証拠を持っていないと立件するには難しいと思われます」
鈴木はこの仕事に就いて以来、毎度のΩ保護法について悪法だと思っても警官としての彼女には法を無視して暴走はできない。
「怖くて、追いかけてくると思って逃げたことがダメだったのですか?」
紅は、あの日の恐ろしさを思い出して叫ぶ。
「そうとも言えますが、その場に残っても良い事はなかったかもしれません。Ω保護法で捕まれば、多分、野末病院の責任も問われ、主導した者も参加した者も刑罰に問われます。相手は必死になって裁判を起こしたあなたに自分達を守る弁護士を雇って戦ってくると思います。それとΩ保護法での裁判には警察は何もできません。民事訴訟となるからです」
「確固とした証拠ですか、第三者も必要だと言われればそれは無理ですね。相手がそこまで言うならタイムカードやその他の証拠は全て消し去ったと言う事でしょうね。あのリネン室に至るまで」
民事不介入と言うのはこう言うことなのだとつくづく思う。紅の先輩のΩは、発情期の時に恋人と過ごしただけで子宮を全摘されるほどの怪我をした。相手の男は、恋人だから発情期の相手をしてたまたま相手の身体が思っていたよりか弱く傷つけたと言い訳した。その行為が過剰で過激だったとΩ保護法で訴えるには、先輩が彼との行為がどのように異常だったかを証明しなけばならなかった。
相手の行為が悪いことはわかっていても先輩はその事を証明できない。だから入院費と手術費と幾らばかりの慰謝料しかもらえなかった。それから急な子宮の全摘による後遺症に苦しみ、最後は相手のαを待ち伏せして刺した。そして先輩はその足で電車に飛び込み自殺して亡くなった。
相手のαは、このことが明らかになったためにこの国には居られなくなったが、元気に外国で暮らしていると他の先輩が言っていた。『Ω保護法なんてクソ喰らえ』と言ったその先輩も今では連絡が取れない。
紅はそれ以降の婦人警官の話を聞き流しながら、うわの空で受け答えをしていた。
「こんにちは、咲山さんお体の調子はどうですか? 私、警察官の鈴木です」
紅の顔は腫れは引いたが、内出血の跡が生々しく残っていた。それを見て鈴木は顔を顰めることはしなかったが、声に同情したような響きがあった。紅は、それに気付かなかないように応える。
「こんにちは、咲山紅です。点滴が、今日の朝に外れて少し楽になりました」
「点滴、煩わしいですよね。咲山さんにこれからお聞きする上で、あなたを非難する言葉を使う場合がありますが、悪意はありません。あなたが本当の気持ちを話してくれると嬉しいですから、嫌だと思えば話さなくても良いです。ただ、こちらも仕事ですのでよろしくお願いします」
Ωが絡む強姦事件は、Ω保護法の範疇に入り、強姦致死やひとりやグループで数人のΩを強姦した場合の凶悪犯罪以外は警察の介入はしない。事件としては訴えや被害者届けは受け取るが毎日のように起こるこのような事件を直接には捜査しない。
鈴木は『今回のような強姦事件はΩ保護法内の事件であり、警察は不介入だと言う線を引きます』と暗に述べて紅の前にも線を引く。紅はやはり警察は当てにはできないと思った。
「はい」
「今件について、あなたの住所や職場に関するものを安堂久乃先生を通じて提供して頂きお調べしました。あなたの供述に基づき先方の野末病院に確認しましたが、『あなたは4日前から職場放棄して病院には来ていない。やる気のない方には辞めていただきたい』と言っています。レイプ事件ですが、『我が病院内でレイプ事件等が起きたと言う事実はない、院長の息子の野末将克は、母親の実家に一か月前から行っていたので病院にいるわけない。変な言いがかりをいうなら証拠を見せろ』と言うことでした。それとあなたを助けたとされる医者ですが、その夜の夜間には急変した患者が出て患者の治療で朝までつきっきりであったので、リネン室等に行けない状況だった」
「そっ、そんな事ないです」
思わず出た大声に紅はびっくりする。相手はもうあの日に自分が病院にいたことさえ否定してきた。もはや、紅が出勤したと主張しても証拠は全て消されているのだと思った。『仕方ない』紅の頭に諦めの言葉がよぎるが、口からは本心の言葉が声となって出てこようとする。紅は目を閉じて相手の次の言葉を待つ。
「ただ、今月の給料分と1年間分の退職金は支払う。訴えるなら弁護士でも雇って訴えれば良いが、その場合は給料や退職金は一切払わないそうです」
「それでは、そんな微々たるお金でレイプと言う事実がないとことにして泣き寝入りしろってことですか?」
紅は、言った所で怒った所で無駄だとわかっていても口から出て行く言葉を抑えられなかった。
鈴木は悪くない彼女は仕事をしているだけなのだと思う。紅は、深く深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「私もΩです。咲山さんの立場であれば私も腹立たしく思ったと思います。現実はΩ保護法で訴えるしかないのです。そして訴えるなら証拠をΩが揃えないと認められないのです。咲山さんの場合でしたら野末病院のリネン室で強姦事件が起こってΩが犠牲になったと言う証拠です。それはあなたは怖くてその場所から逃げたが、あなたはあの嵐の日に野末病院のリネン室にいたと言う証拠が必要なんです。あなたを助けた医師がレイプ事件を証言してくれたら有力な証拠とはなりますが、彼があなたがその場にいたと言う証拠を持っていないと立件するには難しいと思われます」
鈴木はこの仕事に就いて以来、毎度のΩ保護法について悪法だと思っても警官としての彼女には法を無視して暴走はできない。
「怖くて、追いかけてくると思って逃げたことがダメだったのですか?」
紅は、あの日の恐ろしさを思い出して叫ぶ。
「そうとも言えますが、その場に残っても良い事はなかったかもしれません。Ω保護法で捕まれば、多分、野末病院の責任も問われ、主導した者も参加した者も刑罰に問われます。相手は必死になって裁判を起こしたあなたに自分達を守る弁護士を雇って戦ってくると思います。それとΩ保護法での裁判には警察は何もできません。民事訴訟となるからです」
「確固とした証拠ですか、第三者も必要だと言われればそれは無理ですね。相手がそこまで言うならタイムカードやその他の証拠は全て消し去ったと言う事でしょうね。あのリネン室に至るまで」
民事不介入と言うのはこう言うことなのだとつくづく思う。紅の先輩のΩは、発情期の時に恋人と過ごしただけで子宮を全摘されるほどの怪我をした。相手の男は、恋人だから発情期の相手をしてたまたま相手の身体が思っていたよりか弱く傷つけたと言い訳した。その行為が過剰で過激だったとΩ保護法で訴えるには、先輩が彼との行為がどのように異常だったかを証明しなけばならなかった。
相手の行為が悪いことはわかっていても先輩はその事を証明できない。だから入院費と手術費と幾らばかりの慰謝料しかもらえなかった。それから急な子宮の全摘による後遺症に苦しみ、最後は相手のαを待ち伏せして刺した。そして先輩はその足で電車に飛び込み自殺して亡くなった。
相手のαは、このことが明らかになったためにこの国には居られなくなったが、元気に外国で暮らしていると他の先輩が言っていた。『Ω保護法なんてクソ喰らえ』と言ったその先輩も今では連絡が取れない。
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