薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第一章

妓楼『藤ノ井』を選択する(2)

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 南川下町診療所は、いつも朝から賑やかで子供達の泣き声や笑い声が溢れている。それを聞きながら紅は幸せな気分に満たされていた。紅は本当は小児科医になりたかった。児童養護施設で子供たちの面倒を見ていると彼らが病気になっても中々病院に連れて行ってもらえずに悪化していくことをかわいそうだと思うよりもどうにかして助けてあげたいと思っていた。
 孤児で医者になった人のほとんどはαやβで養子先もお金持ちだと聞いている。だが、自分はΩなのだ養子縁組もしていない。フリーのΩでは医者に成る為の大学にもいけない。奨学金をもらえてもアルバイトもままならないΩが医学生として暮らしていくのは逆立ちしても無理だと思えた。やはり、Ωは自分の夢を持てない人間だと納得するしかなかった。しかし、久乃先生の子供たちにかける声のトーンを聞いているとこんな医者に成りたいと儚い夢が浮かんでくる。紅は浮かんだ夢に錘をつけて心の奥に沈めていた。
 下腹部からの出血も傷も治る頃に紅は、これからの自分の先行きが不安で仕方なかった。久乃は、何も言わないので紅から思い切って相談しようと思っていた。
 紅がそう考え始めた時紅に1人の男性が面会に来た。久乃も一緒だった。
「紅さん、こちらがあなたを杉本町からここに運んだ人なの」
 久乃が、紅に男の人を紹介した。
「私、南川遊郭で『藤ノ井』と言う妓楼を商っております、藤井良弥です」
 こざっぱりと紺色のスーツを着こなす紳士は、名刺を差し出して紅を見る。妓楼『藤ノ井』と言う名を紅でも知っている、この国の妓楼の中でも一流の美しい遊女Ωの美青年が揃い、遊女に品格があり他の妓楼とは一線を画すと噂される超高級な妓楼、一晩一緒に過ごすと100万はかかると言われる松竹梅の位の遊女はひっきりなしに予約の声がかかると噂される。そんな超老舗妓楼の楼主には見えないほど良弥は若かった。紅はおずおずと頭を下げて感謝の意を伝える。
「その節は助けて頂きありがとうございました。咲山紅です」
 紅には彼の匂いが全くしないので『αだろうか?』と思いながらドギマギしていた。
「元気そうですね。身体の調子はどうですか」
「身体はすっかり良いですが、まだ久乃先生から退院の許可がいただけていないので、ご迷惑をかけています」
 紅はチラリと久乃を見るが、彼女はニコニコと笑っていた。
「前の就職先から給料を払ってもらわないと決めたと聞きました」
「はい、もし給料を手にしても住むところから探さないといけません、それよりもΩでは仕事を見つける間にお金はあっという間に無くなってしまいます。それに、これから示談金を払ったことをえらそうに言われ続けられるのも腹が立ちます。それよりも縁を切るためにお金はもらわないと決めました」
 紅の潔い言葉を聞いた良弥は、小手先で丸め込もうとすると自分が痛い目に遭うと踏んで正面突破で行くと決めた。
「あなたが良ければ、遊女になりませんか? 私の妓楼『藤ノ井』は、男のΩの遊女を集めています。18~24歳までの間に番を見つける事もできます。ただ、遊女は、身を売る仕事です。Ωの発情期に高値で買われて身を売ります」
「僕が遊女⁈」
「はい、あなたのことを調べて、あなたのこれから先にある希望を叶える方法として、一つの手段として考えてみるのはどうだろうかと思っています。今日再度あなたを見てあなたは売れっ子になると思います。
 遊女になるには、支度金が、300万円必要です。そのお金は借金としてこの地を縄張りにしている暴力団南川組の経営する金貸しから借りて遊女になります。それ以前の借金も南川組が債権を買って管理します。遊女はお客様の相手をしながら借金を返します。
 増やすのも減らすのもある意味遊女次第です。今までも25歳の清算時に店一軒分の利益を得て出ていき料亭を切り盛りしている者もいます」
 良弥は、不味い彼はそういう話ではのってこないのにと思った途端に反撃された。
「良いお話、御伽噺みたいですね。それは、上手くいけばと言う前提の話ですよね」
 紅は、成功談を言われてもと閉口しながらも、降って湧いたような機会を逃すのは惜しいかもと思案していた。紅は良弥の少し人の悪そうな表情を見つめた。
「あなたは頭の良い人ですね。そうです、その遊女の気持ち一つで稼ぎ方も借金の増え方減り方すべてが違います」
「僕の先輩達が遊女になり、まだ遊郭を出れない人が多いのを知っています。だから簡単とは思えないので、准看護師の道に進んだのです。それも潰えましたが…」
 紅は、寂しそうに窓の方に目を向けて会えなくなった友人やシャボン玉のように消えた自分の将来と真っ黒な未来を考えて目を閉じた。
「なるほど、まだ紅さんには早かったのかもしれないですね。今回は私の話を聞いて考えて頂けると嬉しいです。考えてはくださいませんか?よろしくお願いします」
 良弥は少し焦り過ぎたことを反省し、今回は、とりあえず選択肢を与えるつもりだったと引きあがろうとした。
 紅は目の奥に沈めた夢を一つ引き上げた。人のために生きるために看護師になりたいと言う夢をもう一度目の前に浮かべてみた。そして、紅は目を開いて意を決した感じで、良弥の目を見て宣言した。
「いいえ、僕は遊女になります。どうしても正看護師になって人を助ける仕事をしたい。それにはお金が必要です。正看護師は何歳になってもトライできます。僕は、絶対になりたいと思っています。それを目標にして今回の忌まわしい事柄を忘れたい。自分の人生Ωだと悲観するのではなく、Ωを利用して人間らしく生きることを選びます」
 紅は、思い切ったことが口から出たことに自分でもびっくりした。自分にそんな勇気があるとは信じられなかった。それが、崖っぷちにいる紅の唯一の手段だと思った。誰も助けてくれない世間に放り出され、Ωだという事でさげすまれ理不尽にレイプされたことは、紅自身の落ち度ではない。レイプは紅を犯した者、蔑み虐げさげすみしいたげた者のせいだと思う。
 それでも誰にも頼れない自分がΩとして生き、生活していくためにΩで生まれたこの身体を利用して生き、生活していくことが、いまの自分には正解だと思った。人生には正解は無いから正解は人に迷惑かけないで生きて自分で作れば良いと閃いた。
 
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