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第三章
紅玉と瑞葵
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『藤ノ井』で初めての事件が起きた。瑞葵の松の間に郷原が入ったのだ。主たるお客様としてのお接待であった。茨棘は、遂に来たのかと思い、紅玉はあの瑞葵が暗黙のルール違反を承諾したことに驚いた。
お客様の意向があっても他の遊女の旦那様を自分の部屋に入れることは、その部屋の主が承諾し妓楼が承認しなければならないとされるが、遣り手の村雨は、支配人と楼主が承認を決めたこととは思いながらも理不尽を感じていた。『茨棘が名誉をかけて瑞葵に抗議しても旦那様がしたことをとがめることはできない。遊女は売り買いされる商品なのだ。この後の顛末は茨棘が惨めにならないようにしたい』歯痒いと思っても村雨が、動くことはできない。
紅玉は診療所に行った時に久乃に猛烈に抗議した。紅玉は瑞葵の暴挙を誰も何も言わないことに腹を立てたのだ。茨棘はあの日以降も気丈にお客様の相手をしてまぐわう、だが新規の客もそれまでの予約も無くなっていく可能性、茨棘の今の気持ちを考えると本当に心苦しくなる。締め切られた竹の間、やたらと笑い声が聞こえる松の間、この事が諸行無常を感じさせるのだ。
久乃は、紅玉の怒りはもっともだと思うが、そこは遊郭であり旦那=お客=お金で買う人なのだ。遊女は買われる側でありそこに選ぶと言う権利はない。それでも遊女が揺れれば妓楼は疑心暗鬼な空気が流れて人気など直ぐになくなる。それを知っている久乃は、考えを巡らせた。特に瑞葵には復讐と言う目的がある。彼は復讐をあきらめない、其の為に無理を通す。
この世のαとΩの間にある切っていも切れない関係である運命の番と言われるものがある。瑞葵にはそれがいる。だが、運命が近くにいても抗い歯を食いしばって演じ切ってここまで来た。瑞葵の運命相手も彼の事情を理解し共に抗うことを選択して海外に出た。そして瑞葵の復讐の完遂を応援している。久乃は、策を練らねばならないと思った。
紅が、金曜日に診療所に行くと靖子がいた。
「おはようございます。靖子先生」
「おはよう、紅、母さんが話があるそうだよ」
「はい」
靖子は、何でもないように診察の用意をしている。紅は、久乃の話? に疑問を持った。
「おはようございます。紅です」
「おはよう、紅、中に入りなさい」
久乃の院長室に入ると、そこに久乃と瑞葵がいた。
「えぇーっと瑞葵さんどうして」
『藤ノ井』で紅玉は朝早くに瑞葵の姿を見たことがなかったので、自分より早くに診療所にいると言う事実に驚いた。
「今、久乃先生に怒られたの、勝手を強行したんでね」
瑞葵はいたずらが見つかった子供のような顔をしていた。
「この瑞葵の馬鹿が、なんの味方もなしに急に始めるから、お灸をしたんだ」
瑞葵を睨み付けている。
「あぁ、茨棘さんの事ですよね。何かわけがあるんだろうとは思うんですが、何の脈絡も無くて想像がつかないんです」
「そうだろう、お前に何も言わないから茨棘の事も頼めやしない」
久乃は、紅を見ながら困ったような顔をしていた。
「訳があるんですね」
紅玉は推察していたと言うように瑞葵を刺すように見る。
「うん、これを読んでくれる」
瑞葵は、『藤ノ井』で一番怒らせてはいけない人間である紅玉を怒らせたことを反省した。彼は『藤ノ井』で遊女からの人気も高いだけでなく何かあれば的確な意見を言ってくれる。それはいかにも正論だが、紅玉の口から出る言葉はとても真摯的で素直に聞ける。察しの良い彼は絶対相談相手を傷つけないのであった。
瑞葵も紅玉の利点を重々わかってはいるし、認めてもいた。彼に茨棘の事も察しられていると思うと、やっぱり紅玉にはかなわないと瑞葵は思うと吹っ切れた。そして、徐に風呂敷をさしだす。紅は、中身を確認しながら、瑞葵を見つめる。
「この原稿は?」
「僕が書いた小説で、今、憲明新聞で連載されているんだ」
瑞葵は、観念したように告げる。
「もしかして、『陰謀の真実』ですか」
「やっぱり、紅玉は読んでくれているんだ、ありがとうございます」
「えぇ、毎回ワクワクして読んでいます」
「あれの殆どが実話を元に書いているんだ。登場人物の名前は違うし時代設定も変えている。けどあれは僕の母親が主人公なんだ。それで、今回どうしても郷原を僕の部屋に呼び寄せたのは、あいつが黒幕だけど証拠は無い。どうしてもあいつが黒幕の証拠が欲しくて茨棘の心を踏みにじるような事をしてしまった。それはしっかり後で償うけどそれまでの間茨棘の事をお願いしたいんだ。俺としてはこれ以上郷原に茨棘を汚されたくないんだ。それについてもこの手紙に書いてある。こっちは、事件が終わった時に茨棘に見せて欲しい。この原稿を読めば郷原の恐ろしさがわかると思う。これはまだ最終稿じゃないけど読んで欲しい」
瑞葵は、心の奥の罪悪感を少し下ろすように窓の外を見る。
「この馬鹿者で頑固者がやらかしたことで、遊女も揺れるだろう。それを内部で支えて欲しんだ。お前の良い知恵で、『藤ノ井』をお願いしたい」
久乃は、どの遊女も可愛い、皆がそれぞれの苦境を越えて遊郭から大手を振って出て行って欲しいと思っている。
「わかりました。それでは一つずつお二方にお願いがあります」
紅玉は、瑞葵が書いた『陰謀の真実』が、これからどんなに皆を巻き込むのかを想像すると身震いがする。
「「何」」
「瑞葵さん、このお話を茜凛と共有したいのです。今、新人教育を任されている相棒と言う事でなく『藤ノ井』を支えるのは僕だけでは無理です。許して欲しいです」
「久乃先生、茨棘にいさんを支えますが、25歳の満了の時に完済の紙を頂きたい。必ずお願いします」
「「了解した」」
紅は、竜介の迎えを待って『藤ノ井』に戻った。
早速、自室にこもって瑞葵の原稿を読んだ。一人の横恋慕が、こじらせて相手の配偶者への陰謀を企て実行していく様を読んで紅玉は背筋が寒くなった。人の執着の恐ろしさを知った。茜凛も呼んで彼は、瑞葵の傍近くにいたのに知らなかったことに涙していた。だけれど『藤ノ井』を揺るがしてしまうのは自分たちがあれこれと噂する事なのかもしれないとふたりは話し合って、茨棘のことを含めて支えることに同意し合った。
クリスマスが近づく頃、周りの関心は、来年に松の位瑞葵の身の振り方とその後には誰が松の位で竹の位なのか梅の位は復活するのかの噂が絶えない。
瑞葵の暴挙は瑞葵が25歳の引退前に少しでも条件の良い旦那を見つけるために後先を考えずにやらかしたのだと言う周りの反応に尾ひれがつき遊郭に留まらず街中でも噂になっていた。
『藤ノ井』では、緘口令が引かれ周りの噂話に惑わされないように再三再四支配人や村雨が口を酸っぱくして言う。当の瑞葵は何もなかったように振る舞い、茨棘は、はじめのうちはショックもあり一週間ほど休みもしたが、今では粛々と仕事をこなしていく。
そして、人々の興味は、松竹梅の位の次の候補を誰がなるのかと言うものに変わり始める。
松竹梅の位を務めるには、旦那様やご贔屓のお客様の数だけでなく、遊女の顔、姿、声、様々な事が必要で、紅玉は聞き上手、茜凛は歌が上手、茨棘は絵画が上手、瑞葵は話が上手と言うように抜きんでて上手くできるものがないと選ばれない。茨棘は、松の位になったとしても一年もない。だから、松の位にはならないだろうと言う者もいたり、それでも茨棘の妖艶さは他の2人にはないから松の位になって欲しいと言う者もいて自分勝手に噂が飛び火していく。
紅玉や茜凛は、位と言うものに興味がない。2人とも部屋持ちになれたことは嬉しかったが、御職の苦労を間近で見てきた二人にとっては特になりたいと思っていなかった。お客様の数を競うよりお客様の満足を一人でも多く欲しいと思うのであった。
それが、『藤ノ井』を支えることだと二人は考えていた。そんな彼らの考えは『藤ノ井』で働くものにも少しずつ分かってもらえるようになった。
お客様の意向があっても他の遊女の旦那様を自分の部屋に入れることは、その部屋の主が承諾し妓楼が承認しなければならないとされるが、遣り手の村雨は、支配人と楼主が承認を決めたこととは思いながらも理不尽を感じていた。『茨棘が名誉をかけて瑞葵に抗議しても旦那様がしたことをとがめることはできない。遊女は売り買いされる商品なのだ。この後の顛末は茨棘が惨めにならないようにしたい』歯痒いと思っても村雨が、動くことはできない。
紅玉は診療所に行った時に久乃に猛烈に抗議した。紅玉は瑞葵の暴挙を誰も何も言わないことに腹を立てたのだ。茨棘はあの日以降も気丈にお客様の相手をしてまぐわう、だが新規の客もそれまでの予約も無くなっていく可能性、茨棘の今の気持ちを考えると本当に心苦しくなる。締め切られた竹の間、やたらと笑い声が聞こえる松の間、この事が諸行無常を感じさせるのだ。
久乃は、紅玉の怒りはもっともだと思うが、そこは遊郭であり旦那=お客=お金で買う人なのだ。遊女は買われる側でありそこに選ぶと言う権利はない。それでも遊女が揺れれば妓楼は疑心暗鬼な空気が流れて人気など直ぐになくなる。それを知っている久乃は、考えを巡らせた。特に瑞葵には復讐と言う目的がある。彼は復讐をあきらめない、其の為に無理を通す。
この世のαとΩの間にある切っていも切れない関係である運命の番と言われるものがある。瑞葵にはそれがいる。だが、運命が近くにいても抗い歯を食いしばって演じ切ってここまで来た。瑞葵の運命相手も彼の事情を理解し共に抗うことを選択して海外に出た。そして瑞葵の復讐の完遂を応援している。久乃は、策を練らねばならないと思った。
紅が、金曜日に診療所に行くと靖子がいた。
「おはようございます。靖子先生」
「おはよう、紅、母さんが話があるそうだよ」
「はい」
靖子は、何でもないように診察の用意をしている。紅は、久乃の話? に疑問を持った。
「おはようございます。紅です」
「おはよう、紅、中に入りなさい」
久乃の院長室に入ると、そこに久乃と瑞葵がいた。
「えぇーっと瑞葵さんどうして」
『藤ノ井』で紅玉は朝早くに瑞葵の姿を見たことがなかったので、自分より早くに診療所にいると言う事実に驚いた。
「今、久乃先生に怒られたの、勝手を強行したんでね」
瑞葵はいたずらが見つかった子供のような顔をしていた。
「この瑞葵の馬鹿が、なんの味方もなしに急に始めるから、お灸をしたんだ」
瑞葵を睨み付けている。
「あぁ、茨棘さんの事ですよね。何かわけがあるんだろうとは思うんですが、何の脈絡も無くて想像がつかないんです」
「そうだろう、お前に何も言わないから茨棘の事も頼めやしない」
久乃は、紅を見ながら困ったような顔をしていた。
「訳があるんですね」
紅玉は推察していたと言うように瑞葵を刺すように見る。
「うん、これを読んでくれる」
瑞葵は、『藤ノ井』で一番怒らせてはいけない人間である紅玉を怒らせたことを反省した。彼は『藤ノ井』で遊女からの人気も高いだけでなく何かあれば的確な意見を言ってくれる。それはいかにも正論だが、紅玉の口から出る言葉はとても真摯的で素直に聞ける。察しの良い彼は絶対相談相手を傷つけないのであった。
瑞葵も紅玉の利点を重々わかってはいるし、認めてもいた。彼に茨棘の事も察しられていると思うと、やっぱり紅玉にはかなわないと瑞葵は思うと吹っ切れた。そして、徐に風呂敷をさしだす。紅は、中身を確認しながら、瑞葵を見つめる。
「この原稿は?」
「僕が書いた小説で、今、憲明新聞で連載されているんだ」
瑞葵は、観念したように告げる。
「もしかして、『陰謀の真実』ですか」
「やっぱり、紅玉は読んでくれているんだ、ありがとうございます」
「えぇ、毎回ワクワクして読んでいます」
「あれの殆どが実話を元に書いているんだ。登場人物の名前は違うし時代設定も変えている。けどあれは僕の母親が主人公なんだ。それで、今回どうしても郷原を僕の部屋に呼び寄せたのは、あいつが黒幕だけど証拠は無い。どうしてもあいつが黒幕の証拠が欲しくて茨棘の心を踏みにじるような事をしてしまった。それはしっかり後で償うけどそれまでの間茨棘の事をお願いしたいんだ。俺としてはこれ以上郷原に茨棘を汚されたくないんだ。それについてもこの手紙に書いてある。こっちは、事件が終わった時に茨棘に見せて欲しい。この原稿を読めば郷原の恐ろしさがわかると思う。これはまだ最終稿じゃないけど読んで欲しい」
瑞葵は、心の奥の罪悪感を少し下ろすように窓の外を見る。
「この馬鹿者で頑固者がやらかしたことで、遊女も揺れるだろう。それを内部で支えて欲しんだ。お前の良い知恵で、『藤ノ井』をお願いしたい」
久乃は、どの遊女も可愛い、皆がそれぞれの苦境を越えて遊郭から大手を振って出て行って欲しいと思っている。
「わかりました。それでは一つずつお二方にお願いがあります」
紅玉は、瑞葵が書いた『陰謀の真実』が、これからどんなに皆を巻き込むのかを想像すると身震いがする。
「「何」」
「瑞葵さん、このお話を茜凛と共有したいのです。今、新人教育を任されている相棒と言う事でなく『藤ノ井』を支えるのは僕だけでは無理です。許して欲しいです」
「久乃先生、茨棘にいさんを支えますが、25歳の満了の時に完済の紙を頂きたい。必ずお願いします」
「「了解した」」
紅は、竜介の迎えを待って『藤ノ井』に戻った。
早速、自室にこもって瑞葵の原稿を読んだ。一人の横恋慕が、こじらせて相手の配偶者への陰謀を企て実行していく様を読んで紅玉は背筋が寒くなった。人の執着の恐ろしさを知った。茜凛も呼んで彼は、瑞葵の傍近くにいたのに知らなかったことに涙していた。だけれど『藤ノ井』を揺るがしてしまうのは自分たちがあれこれと噂する事なのかもしれないとふたりは話し合って、茨棘のことを含めて支えることに同意し合った。
クリスマスが近づく頃、周りの関心は、来年に松の位瑞葵の身の振り方とその後には誰が松の位で竹の位なのか梅の位は復活するのかの噂が絶えない。
瑞葵の暴挙は瑞葵が25歳の引退前に少しでも条件の良い旦那を見つけるために後先を考えずにやらかしたのだと言う周りの反応に尾ひれがつき遊郭に留まらず街中でも噂になっていた。
『藤ノ井』では、緘口令が引かれ周りの噂話に惑わされないように再三再四支配人や村雨が口を酸っぱくして言う。当の瑞葵は何もなかったように振る舞い、茨棘は、はじめのうちはショックもあり一週間ほど休みもしたが、今では粛々と仕事をこなしていく。
そして、人々の興味は、松竹梅の位の次の候補を誰がなるのかと言うものに変わり始める。
松竹梅の位を務めるには、旦那様やご贔屓のお客様の数だけでなく、遊女の顔、姿、声、様々な事が必要で、紅玉は聞き上手、茜凛は歌が上手、茨棘は絵画が上手、瑞葵は話が上手と言うように抜きんでて上手くできるものがないと選ばれない。茨棘は、松の位になったとしても一年もない。だから、松の位にはならないだろうと言う者もいたり、それでも茨棘の妖艶さは他の2人にはないから松の位になって欲しいと言う者もいて自分勝手に噂が飛び火していく。
紅玉や茜凛は、位と言うものに興味がない。2人とも部屋持ちになれたことは嬉しかったが、御職の苦労を間近で見てきた二人にとっては特になりたいと思っていなかった。お客様の数を競うよりお客様の満足を一人でも多く欲しいと思うのであった。
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