薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第四章

新しい松竹梅

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 良弥は、ホッとして次の策に移る。妓楼の楼主は、嘘とハッタリと舌先三寸で相手をけむにまくぐらいの度量がないと務まらない。
 妓楼の松の位は、看板で見目が1番である。前回の瑞葵は洋装の麗人だった。だから、紅玉を松の位にする為に茨棘から茜凛に目を移す。
「わかった。それでは、松の位だが、ここにいる長さで言えば茜凛がなっても言いとも思えるが、茜凛が松の位になって見るか?」
 茜凛は心でニヤリとした。茜凛は生まれて以来『藤ノ井』で過ごしている。だから、これからの茶番劇を良く知っている。自分がこんなことに加担するとは思わなかったと思いながら素直に良弥の片棒を担ぐ。
 茜凛自身も松の位は紅玉だと思っていたから良弥の言葉に自分の思いを返す。
「楼主、私は『藤ノ井』に長くお世話になっております。少しでも恩返しをしたいと思っております。その希望を叶えさせていただきたいので、梅の位で、後進の世話をして村雨にいさんを手伝いたいと思います」
 良弥の目が細くなったのを確認して自分の役目がつつがなく終えたことを茜凛は実感する。
「そうか、そう言えばお前の指導は当を得ているところが多い。それじゃ、これからは梅の位で、後進の指導とラウンジでの音楽活動を頑張って欲しい」
「はい、ありがたく思います」
 茜凛は心の中で舌を出して笑いを堪えた。
「うーむ、松の位が余った。これは空席とは行かない。紅玉、松の位をやってくれないか」
 ここからが本番だと良弥は気を引き締める。
「えっ、私には診療所の手伝いがあります」
 紅玉は、素直に自分には無理だと思っていた。准看護師の研修中なのだからと言えば抜けられると思っていた。あの時の久乃と良弥とは、そう言う約束だったからだ。まさか自分に松の位が巡っては来ないだろうと思っていた。
「それは、久乃先生に了解を得ている。それにお前は、今高卒認定の資格を取ろうとしていると聞いている。正看護師は大学で取ろうとしているのか? それとも他の道を歩むのか?」
 良弥は、人悪そうに笑みを浮かべて紅玉を見る。彼は、素直に考えを述べた。紅玉は外堀が埋められていたことに気づいた。
「それはまだ考え中です」
 紅玉は、自分の無謀な計画を言う自信が無かった。
「私は、お前の計画をちゃんと教えてもらえれば手伝いもできると思っているから言ってはどうだ。人は自分の考えている事をちゃんと口に出して言うと思いが叶うとも言われている」
 良弥は人の悪い顔でもう一歩踏み込んで聞く。紅玉は、結局背中を押されたように自分の計画を吐露した。
「はい、難しいとは思いますが、医学部に入って医者を目指したいと思っています。久乃先生のように子供から大人までちゃんと診れる医者になりたいと思っています」
 紅玉は顔を紅く染めて長い間考えて誰にも言わずに夢見たことを言ってしまったと思った。
 久乃が、良弥に紅玉の優秀さを切々と初めに言った時からこの自己肯定感の低いのが欠点の紅玉を少しずつ懐柔して此処にした久乃に良弥は脱帽する。そして、それなら自分はその後押しをすると決めた。
「久乃先生は、定期検診の時は手伝って欲しいがとおっしゃっていたから、それぐらいは都合はつける。医学部を受ける為にはそれ相応の勉強が必要だから、家庭教師もつけよう。瑞葵は、弁護士を目指すようだから、お前も医者を目指して、Ωの優秀さを世の中に示せば良い。二代に亘って『藤ノ井』の松の位が、大学生になるという快挙を現実の物にして欲しい、いいやお願いする」
 良弥は楼主としてもΩに携わってきた者としても、遊女のΩが大学合格して法学部や医学部に入学すると言う快挙に立ち会えることが嬉しくてたまらなかった。これがΩの地位向上の一歩になるだろうと思った。
「はい、わかりました。どこまで力が及ぶのかはわかりませんが、一遊女いちゆうじょが大学生になるよりも松の位の遊女が大学生になる方が世間に訴えるものがあると私でも思います。Ωの地位が向上する為に、松の位ありがたくさせていただきます」
 紅玉は久乃が言ったΩの地位向上を現実するために頑張ってここまで来たことを思い出していた。初心を忘れずに邁進していくと決めた。
「良く言ってくれた。ありがとう。頼みましたよ」
「村雨、今日のお昼ミーティングで、部屋持ちの発表はお前に任せる」
 良弥は支配人と村雨を見て、ニコリと笑う。それを見て2人も策通り進めて良かったと笑顔で返した。
「はい、かしこまりました」
 紅玉の松の位が決定して、新生『藤ノ井』の新たな門出が始まった。
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