元奴隷前従者の幸福

亜桜黄身

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その日の夜のことだ。相談のていで私腹を肥やそうとする商館の企みを角が立たない言葉で躱し、無事期限の迫った書類も捌き切った。リチャードの卒なくこなす仕事ぶりを、アドルフはとても尊敬の眼差しで見ている。その視線を知った上で働く領主と、そうなることを見越してアドルフに毎朝主人のスケジュールを言付けている家令は皆笑顔だ。
夕餉を済ませ、湯あみを終えた後のこと。今夜も安眠できますようにと短い祈りと共にリチャードの手の上へ唇を落とし、部屋去ろうとするアドルフを引き止めた。

ところで、リチャードは毒味役と称してアドルフに同じ卓で同じ物を食べさせているし、湯あみの手伝いをさせている。貴族の家系に生まれ育ったリチャードが自分の使用人にそれをさせるのはさほど不自然なことではないのだが、アドルフが来るまで働いていた側仕えの彼はそういった仕事を任されなかった。
リチャードは自分の邸で毒殺の心配などしておらず、加えて何か違和感があれば側仕えが口に入れるより先に気づく自信があった。ならばみすみす危険な仕事をさせる必要もないだろう。また、家督を継ぐ前は社会経験と称して叩き上げの兵士に混じり野宿も嫌な顔一つせず加わった奇特な部類だ。むしろ烏の行水が如くさっさと自分で洗い出たほうが早いと予め側仕えに断っていた。
お陰で未だ柳のように細く痩せぎすのアドルフだが、連れてこられたばかりの風に吹かれれば飛ぶか折れるかといった身体は、風で揺られる程度にはなった。あまり食べさせると戻すから、ぎりぎり許容範囲の適量を皿に盛って出せばそれを毒味と信じて疑わない。
湯あみもリチャードの広い背中に泡を滑らせている途中で熱にやられ呼吸を荒くするものだから、主人はのぼせて上手に身体の動かせない従者の身体を丁寧に洗ってやる。当然中を覗いた猛者はいないので、邸の者は浴室の中で何が行われているのか推測するしかないのである。烏の行水であったはずのリチャードの長風呂を、毎晩湯あたりでぐったりとしたアドルフの身体を抱えて寝室へと向かうリチャードの姿を見て、事実以上に過激なことをなされているという誤解は受けて当然だ。何も知らずされるがままの片方はともかく、下心のある片方としては全くの事実無根であるとも言いづらい。

却説。
寝入る体勢であった主人が身体を起こし、腰を抱いている。アドルフは薄い腰を撫でられながら首を傾げた。

「いかがなさいましたか?」
「アドルフ、今夜は私の寝室で寝なさい」
「はい、ご主人様」

理由は考えず、疑問に思うより先にまず色よい返事をする。そのあとで何故かと考えたが、疑問を口にすることはなかった。ほっと息を吐き出したリチャードに寝具を掛け直す。

「ご主人様」
「旦那様だ」
「旦那様、横になってもよろしいでしょうか?」
「ああ」

立ったまま寝る経験もない訳ではないが、あれはなかなかにきついものだと彼は経験から知っていた。横たわる許可を得て、奴隷癖の染み付いた術者はカーペットの上で身体を丸める。
その様子を見ていた主人が目を眇め、少し低い声でアドルフの名を呼んだ。

「……こちらへ来なさい」

きっと主人より先に寝入ろうとしたことを咎めているのだ。即座に失態に気づいたアドルフは目に涙を浮かべ、跳ねたように身体を起こす。

「も、申し訳ございませ……」
「おいで」

リチャードは寝具を捲り上げると人一人が入り込めるスペースをぽんぽんと叩いた。柔らかな命令を受けて、アドルフはベッドへと足を進める。折檻だ、もう横たわったあとなので起き上がるより呼びつけるのは当然だと一歩一歩近づきながら考えた。
アドルフは常に失態とそれに伴う体罰に怯えているが、リチャードが彼に手を上げた事実は一つとしてない。咳が煩い、くしゃみが気に入らないというだけでその日ありつける食事の有無が決まり、商品の捌けが悪い商人の機嫌一つで新しい傷が増える。そんな過去を持つ。それをわかっているからリチャードとて怯える彼に怯えるなと無理は言わない。
この心を溶かすのは無理かもしれない。だが、それを承知の上で彼を従者としたのだ。今更、伸ばす手は止められない。

身体を引きベッドへと転がすと、アドルフは無垢な瞳でリチャードを見上げた。これから己の身に起こることを正しく理解していないのかもしれない。きっと彼はリチャードがその細い首を絞めようと同じ反応をした。それをわかってリチャードは自嘲の笑みを浮かべる。

「アドルフ、私は今からお前を辱める。お前がそれを拒む言葉を持っていないと知っていながらだ」

アドルフが何かを言うより先に唇は塞いだ。ひたりと吸い付く肉の感触に満たされるものと甘さを感じながら、目を細める。
アドルフは困惑しながらも臥せたベッドの上から主人を見上げた。この行動の意図することがわからないのではない。何故そういう行動に至ったがわからないのだ。

アドルフに具体的な知識はないが、完全なる無知ではない。奴隷は粗相のないようにと一定の知識は授けられているのだ。主だった内容──というよりそれしかないが──と言えば、抵抗しないこと。ただその一点に尽きる。
奴隷を多頭飼いしていたあの賭博場ではもっと活きの良い奴隷が沢山いたので、触れるだけで死んでしまいそうなアドルフをわざわざ選んで手を出す物好きは存在しなかった。だからこれがアドルフの正真正銘初めてになるわけだが、アドルフにしてみればそんなことはどうでもよい・・・・・・・・・・・・
主人は別の奴隷を飼わないのだろうか。
ただ合わせるだけだった唇に肉厚な舌が這う感触を感じながら、アドルフは思考を働かせる。
必ずしも奴隷に用途が必須というわけではないが、奴隷の使用用途はある程度決まっているものだ。買い上げる際にはそれに合わせて商人が用意する。子供専属の小間使いがほしいなら子供に近い年齢のものを、何かしら仕事の補助をさせるなら学が必要なので、生まれながらの奴隷より奴隷の身に堕ちた元平民を用意する。
賭博場にいたアドルフは、今もあそこにいる奴隷たちは、何も持たない。一から教育するには育ちすぎ、言葉を知らず文字も書けない。ただ娯楽で死ぬために存在する。
この行為を行うのであれば、もっと別の奴隷を用意したほうがよいのではなかろうか。それとも主人はこの日のために自分に色々なことを施してくれたのだろうか。

「ン、ふ……っ」
「は……ッ、アドルフ……」

疑問の答えは持たないので、考えることはやめにした。
唇が離れる合間に溢れる熱い吐息がアドルフの首にかかる。そこで首元のタイが緩められているのに気づいた。

「……っ、旦那様……」

貴族の相手をするための奴隷など聞いたことがないが、娼婦相手にもできない猟奇的な真似をするために大量の奴隷を買い付けた男の話を聞いたことがある。とても綺麗な男に買われ、豪華なお城に勤めるのだと喜んだ仲間は死体となって帰って来た。手足のない身体を蹴りながら「折角買われたって変態に気に入られりゃこうなる。奴隷ってのはつくづく可哀想だよな」と嘲り、笑った商人の顔を今も鮮明に思い出す。

──何が行われても、抵抗せずにいられるだろうか。

なけなしの生存本能がどうか働かないことを願うしかない。アドルフは身を起こし、主人が一つ一つ丁寧にボタンを外してくれたシャツから腕を抜き取った。湯あみの際に散々見せてしまっているが、何も感じないものがないわけではない。擦ったところで薄くなるはずもないとわかっていても、皮膚の引き攣った切り傷やそこだけ色が変わったままの火傷痕を手のひらで撫で擦る。

「アドルフ、綺麗だ」

唇を這っていた舌が擦った指先をなぞるように傷跡を辿る。リチャードは言葉に偽りなく、まばゆい何かを見たかのように目を細める。アドルフがリチャードを見つめる瞳によく似ていた。
アドルフが初めて彼を見たとき、宗教画を見たことがない奴隷は「天使や神はこういう見た目をしているのだろう」と思った。整えられた金糸の御髪に凪いだ表情、しかし猛りを隠さない金の瞳。
彼が「喜べ」と命令したあのとき、あの瞬間から、リチャードはアドルフの全てだ。

「アドルフ、もっとよく見せてくれ」
「はい、旦那様」

彼は自分が底辺であると知っている。命に平等はなくいつも底から他者を見上げている。けれど名前を頂いたそのとき、アドルフはリチャードに掬い上げられた。それでもなお底辺だと言うのならば、それは主人に対する侮辱だろう。
だからアドルフは否定する言葉を持たない。どうしたらよいのかと視線をさまよわせ、自身も同じく主人の身につけているものを寛げようと手を伸ばした。

「わ、わたしも……旦那様に喜んでもらいたいです」

今朝も触れたそこをさすさすと撫でてそう言えば、手の下に感じる熱がひくりと動いた。少し固く、大きくなった気がする。

「……ッ、どこで覚えたんだそんなことを……!」
「何も知りません……旦那様が教えてくださいますか」

もう邸にいない親切な側仕えだった彼の言葉を思い出す。わからないことがあったら取り敢えず笑っとけ、教えてくださいと言っておけば悪いようにはされないだろう……その言葉を忠実に守ったアドルフは、本当に何も知らない。
布越しに形を確かめるように指を動かしながら幼気な瞳で見上げると、言葉に詰まったリチャードが苦しげに呻いた。

「……わ、私はいい。それよりお前に準備が必要だ」
「じゅんび」

そういえば下の準備があるとも言っていた。詳しいことは聞けていないが、だから服を脱ぐのかと合点が行く。アドルフは家令の言葉を思い出してはっとした。

「ご主人様、わたし、教育を受けていません!」
「旦那様だろう。……何故今それを?」
「必要なことなのでしょう、アルバ様が言っていた教育です」
「アルバが?」

アルバとは家令の名前だ。リチャードは少し考えて『教育』が何を指す言葉かを理解して、なるほどと頷いた。

「教育は私がする。今からすることをちゃんと覚えておきなさい」

はいと色よい返事とともに大きく頷く。
勿論アドルフは一言一句、行動一つに至るまで、主人に施された恩恵を忘れたことなどない。



リチャードの指が体内に抜き挿しされ、ぬぷぬぷと音を立てる。仰向けに主人を見上げるアドルフは既に焦点の定まらない視線を主人の顔があるはずのところへ向け、涎まみれの顔面を晒すことしかできなかった。

「あひっ、は、ふお、ッ、んん゛っ」
「唇を噛むな。息をしなさい」
「は、はひィ、ッ!?」

ずるん、と一際奥まで入った指が引き抜かれる。最初こそ固く閉じたそこに触れられ緊張と戸惑う雰囲気を悟らせまいと努めた彼であったが、たっぷりと香油を使った指を当てがわれ、皺を伸ばすように触れたりトントンと軽く叩かれる間に強張った身体はいくらか弛緩した。無理に広げたり、痛いことはしないのだとリチャードはちゃんと言葉に出して言ってくれた。
初めは一本、文字通り手探りで事を進めていたリチャードの指もアドルフから声が漏れるにつれて段々と大胆になっていく。三本の指を咥え性器になった後孔を押し広げ、中を確かめた。

「だん、な、さま……っ」

散々抜き挿しさせておいて今更そこは汚いと止めるのは理由としていかがなものか。そう思うと次の言葉が出て来ない。それに、主人の行動を咎める奴隷がどこにいる。アドルフは散々溶かされた理性にも染み付いた奴隷根性で考える。

甘く蕩けた切なげな声を出されては、それを催促だと解釈するのは仕方ないことだろう。リチャードは熱い吐息を吐き出した。

「此処に、私のものを挿れる」

ぴとりと当てられたものが指ではないのはわかった。涙でぼやけた視界を拭い下を見ても臀部は見えない。代わりに、くたりと重力に逆らわない自分の性器が視界に入った。

「……出逢った頃。商人はお前を15歳だと言ったが、あれは適当に言った言葉だと思っている。答える前、自分の半分にも年齢が満たない子供に興味はないと言った覚えがあるからだ」

二人の出会いは三年ほど前の話だ。となると、アドルフは18歳ほどということになる。
だが、年齢があやふやな奴隷を15歳と紹介するのはよくある話だ。この国では16歳が成人であり、商人は「これはあと半年も待てば成人ですよ」と言うのが売り文句だからだ。奴隷は例外なく発育が悪く、成人していようと未成年だと言い張る分にはある程度誤魔化しが利く。逆に15にも満たない奴隷の年齢を偽るのは、信用を失えない客商売として得策ではなかっただろう。
そういえば、ちょうど大規模な賭け試合が行われたあとで、成人した奴隷の数が少なかったのを思い出した。

「当時のお前は到底そんな年齢は見えなかった。顔つきこそ12歳の誕生日を祝ったばかりの甥より歳上に見えたが、身体つきはさして変わらないかより細いくらいだった」
「っ、」

リチャードの指が今も薄い腹を撫でる。ただ指を掠めただけの行為に不思議と気分が高揚して、鼻から抜ける息を必死に悟らせまいと押し殺した。

「今もお前は抱き締めれば折れてしまいそうなほどに儚い。だが、触れるだけで消え入りそうだった頃より育ったほうだろう」

にゅるにゅると下に指とは違った硬いものの先端が入って来る。もっと太くて、熱い。

「まだ精通も迎えていない子供に手を出すとは……罪悪感を感じないわけではないが、書面上お前はもう18歳だ。仮に甥と同じ歳だとしても成人に近い。発育が遅いだけだ、そうだろう?」
「だんなさまぁ……っ」
「もう十分、待った」

次の瞬間、アドルフはあまりの衝撃に一瞬視界が飛んだと感じた。

「──……ぁ、っ」
「ッ、息を止めるな、アドルフ、私が見えるか?」

耳が遠い。だが間近で声がするのはわかる。声のするほうへ向かってアドルフは笑みを作った。自分の表情筋が動いているかもわからないから、作ったつもりでいるだけかもしれない。大丈夫でなくとも「大丈夫です」と声を出したかったが、声を出せと身体を叱咤しようにも脳という器官が機能しなかった。それでも聴覚は働いていたので音は拾えている。この獣のように意味のない断続的な声を上げるのは誰だろう。

「アドルフ……すまない、止めてやれない」
「ん゛お、ひぎ、ぁ゛……あぁ゛ーー~~……ッ」

ずちゅんッ!と身体に衝撃が走る。腰を掴まれ全身が揺さぶられる。
気持ちが良いか悪いかわからない。ただ衝撃から声が出ている気がした。だがそれだけではなく、以前より感じていた形容し難い違和感を強く感じる。今度はむずむずなんてものではない、明確にずくずくと痛むようなむず痒さと、腹の奥を突いてほしい欲求がある。
抜かれ、腰が押し進められるたびにその欲求が満たされて涙が止まらない。身体の自由が利かず、元からするはずもない抵抗はしろとしたところで出来ないだろう。これは蹂躙される行為だ。それなのに。

「あぐ……ッ、ひ、り、ちゃ……りちゃーどさまァ……っ!」

このときアドルフは初めて征服される幸福感というものを感じた。

「ああ、アドルフ……私の、アドルフ……ッ」

脚を持ち上げられ、一層深くまで入ろうと腰を密着させられる。元よりアドルフの腹は長物を限界まで咥え込んでいて、それでも余りある根元まで挿れたいとぐりぐり押し付ける。

「おご……ッ、~~あ゛ひッ……!?」
「ッ、狭い、な……!」

中を破るように押し広げ、痛みより強い快感が全身を襲った。入ってはいけない奥の奥にある器官がぐぽぐぽと開くのを感じた。薄い腹が突き破られるのではないかと思うほどそれは強く腹の中にある内臓全てを押し上げている。

「はは……っ、ここまで入っているのがわかる」
「ぎ……ッ、りちゃ、やあ……ッ」

薄い腹を撫でられその下にある硬い存在を確かめるように外側から押されると、いよいよ腹が破られると思って涙が止まらない。その涙をリチャードは楽しげに舐め取って、涎と喘ぎ声が垂れ流しの唇にキスを落とした。

「はぁ……ッ、可愛い、可愛い私のアドルフ……」

蠕動ぜんどうの止まらない内臓に何度目かの律動を感じた後、耳元に低い呻き声と腹の奥に叩きつけられる熱いものを感じた。

アドルフの記憶があるのはここまでだ。
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