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【第一部】後日談(小ネタ)

ケチャとアルチェロ

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 グレン・クランストン辺境伯が起こした反乱は終息を見せていた。歴史上、類を見ないほどに迅速で手早い仕舞いだったと言えよう。まだ事が起きてから3日と経っていない。

 反乱軍を影から支援していたアルチェロも、ガゼッタ王国の王城入りしてグレンと共に反乱終結のための差配を進めていた。主にグレンが前面に立って残党となった上位貴族の派閥を抑え込んだり、味方となった貴族に対して指示を出したりしている中、アルチェロはグレンの手が回らない王城内部の掌握を進めていた。

 グレンにも話したが、アルチェロの強みは「金と権力」だ。王と王太子亡き今、国家間の地位の差もあってガゼッタ王国にアルチェロ王子よりも位の高い人間はいない。

 そういうわけで、アルチェロもアルチェロなりに活躍をしていたのだ。グレンの考えが及んでいなさそうな「反乱軍および王城に詰めかけた貴族達への食事の振る舞い」もアルチェロが準備をしたわけだが……。

「いやぁ、グレン君、顔色悪かったからねぇ」

 グレンを励ますために、と王宮料理人に命じて豪華な晩餐を作らせたのだが、グレンにはそれが合わなかったらしい。晩餐の途中で中座し、そのまま退席の運びとなってしまった。

「グレン少年はもともと食が細い上に辺境の住人だ。こっちの食事には慣れていなかったんだろう」

 アルチェロが反省しきり、といった態度を見せれば慰める……わけでもなく、ケチャが身づくろいをしながら単なる背景を語った。その言葉にアルチェロもなるほど、と頷く。

 ここはガゼッタ王国のとある客室だ。王城の使用人に命令して用意させた客室である。アルチェロの護衛は、隣の客室を交代で使うことになっている。今、廊下に立っているのは今日の夜番の護衛だろう。

 アルチェロは「はずれ王子」と蔑まれながらも他人を使うことには慣れていた。そこはさすが帝国の王族、といったところ。

「ところでケチャ、グレン君の護衛って言ってずっとそばにいる人が悪魔のドーヴィって人?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」
「だって纏う雰囲気が全然違うよぉ。あれは、見た目以上に場数を踏んでるだろうし……ボクに対して『グレンに値する人間か』って値踏みしてきたからね」

 アルチェロはドーヴィを紹介された時の事を思い出す。アルチェロと出会った人間はだいたい、王子という肩書きに恐れを感じて畏まるか、あるいは「はずれ王子」という噂を鵜呑みにして侮るか、だ。ドーヴィはそのどちらでもない。アルチェロが自分の主人に相応しい人間だろうか、と視線を寄越してきた。

「あいつはそういうところがあるからな……アルチェロもよく気付いたな」
「まあね。王族として、いろんな人と会ってきたわけだし。ボク結構うまく受け答えできてたと思うけどな~」

 言いながらアルチェロは質の良い枕に頭を投げ出した。ケチャが面白そうに目を細めながら、寝転がったアルチェロの顔を覗き込む。

「良くできてたと思うぞ。あれならドーヴィも文句は言わないだろう」
「それなら良かった。……あれはねぇ、あのドーヴィって悪魔は……本当にケチャが言ってた通り、平気でボクの事を殺すと思うよ」

 しみじみとアルチェロは言った。

 アルチェロの顔の隣に座りこんだケチャを両手で持って自分の胸の上に乗せ、アルチェロは手慰みにケチャの顎から耳の裏まで手でかいてやった。ケチャが気持ちよさそうに目を細める。

「……ふむ、それがわかっているならお前は大丈夫だな」
「うん。グレン君もなかなか危ないけど……あの悪魔の地雷を踏まないようにしないとねぇ」
「グレン少年の敵になったら一発退場だ」
「わかりやすいけどわかりにくいよ。今日の晩餐の件でも、もしかしたら、ってちょっとヒヤヒヤしてたんだから」

 真っ青な顔をして晩餐から退席したグレンのことを思い出す。あの時、アルチェロは心配していると言う顔を作ったが、ドーヴィからピリピリとした殺気を向けられていたのも事実だ。

 アルチェロが普段から帝国で殺伐とした環境で過ごしているからこそ気づいた些細な殺気ではあったが。

 あくまでもアルチェロは厚意でグレンのために食事を用意しただけだ。すぐにこちらから謝罪の手紙をメイドに持たせ、料理人と薬師に命じて薬湯を用意させた。

 その後すぐ、グレンからは「気にしていない、むしろせっかくの厚意を無下にして申し訳ない」と返事が送られてきたのだが……話を聞けばそのまま寝込んでしまったようで。ドーヴィの地雷うんぬんを置いておいても、それなりに人の良いアルチェロは申し訳ない事をしたなぁと頭をかいたのだった。

「そう言えばケチャとドーヴィって悪魔だとどっちが強いの?」
「ドーヴィ」
「うわぁ即答だねぇ」
「正面からぶつかったらまず勝てない。策略込みで五分、と言ったところだ」

 ケチャはアルチェロの胸の上でごろんと転がって丸くなった。その毛並みを撫でてやりながらアルチェロは「とか言ってもこの悪魔は勝ちをもぎとるんだろうなぁ」と思う。

 ケチャには、それだけの底知れない力がある。短い付き合いであっても、アルチェロにはそれがわかっていた。

「まあ、ボクもグレン君は気に入っているから。よっぽどのことが無い限り、彼とは良い関係を築けると思うよぉ」
「ククク、お前はグレン少年が持ってないものを持っているし、グレン少年はお前が持っていないものを持っている。上手く関係を築き上げれば、良いコンビになるだろうさ」
「うん」

 金と権力は持っているが武力を持たないアルチェロと、武力を持っていても金も権力もないグレン。二人で協力すれば、この国はどこにも負けない強い国になるだろうとアルチェロは夢を見る。

「……ところでケチャはいつまでいるんだい?」
「お前が王になったら」
「そうだねぇ、そういう契約だったからねぇ……」

 はぁ、とアルチェロはため息をついた。ケチャの目的はアルチェロを王にすること。王になったアルチェロにはもう興味もなければケチャにとっての価値もないのだろう。

 これまでのケチャの言動や断片的に教えられた悪魔の生態から考えれば、ケチャがそう答えるのは容易に想像できた。その上で、聞いてみただけ。

「またいつか遊びに来ておくれよ」
「おれが遊びに来るときはお前が人生詰んでる時だぞ」
「あはは、それはちょっと嫌かも」

 ケチャの皮肉気な笑いと共に言われた言葉に、アルチェロは苦笑を返した。寂しくはなるが、この悪魔を引き留めることはアルチェロにはできない。

 そういう意味では、ドーヴィとグレンの関係は少し羨ましくもあった。あれだけ献身的に支え、守ってくれる相手がいるグレンのことが特に。少しだけ熱を帯びた目でドーヴィを見上げるグレンは、傍から見ていても幸せそうだなぁと思う。

「ま、戴冠式までよろしく頼むよ、悪魔のケチャ」
「ああ。どうせ何も起こらないだろうがな」

 ケチャがそう言うからには、もう何も起こらないだろう。ケチャと出会ってからの刺激的な日々を懐かしく思いながら、アルチェロはケチャを退かして毛布を被り直した。


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ケチャ結構好きです
近況ボードに今後の予定などを書いたのでもし良かったらご確認ください。
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