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彼方へ

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 今、僕がするべきことは足を動かすこと。
 間に合わないという焦りが僕の背中を押した。
 いや間に合わないではない、もう既に……
 こればかりはその場に行って確認しない限り分からない。
 頼む、頼む、頼むから間に合ってくれ。
 人気のない住宅街を僕は1人訳もわからず涙を流しながら走った。
 あと数秒走れば公園につく。怖い。もし、あの人が死んでいたら……惨いイメージが頭の中に彷彿した。
 今までの僕なら怖気付いて逃げていただろう。でも僕は成長したんだ。この罪悪感を一生背負って生きていくなら少しの可能性に賭ける。
 
「ハァハァハァハァ……ッ!!……」

 ついに公園にたどり着いた。長くて短い道のりだった。
 そこにはもう女性はいなかった。体に電撃が走ったかのような感覚に陥る。
 足が勝手に震え、歯がカチカチと音をたてた。
 ヨロリヨロリと杖を失った老人のように歩いて公園の中に入る。
 間に合う訳ないか……

「ハハ……」

 気持ちの悪い笑声が口から漏れる。罪悪感の次は後悔に押しつぶされそうだ。あの時、僕はどうして逃げたんだ。どうせまたここに来ることになるのなら戦えばよかった。

「ごめん、なさ、い」

 弱くてごめんなさい、何も出来なくてごめんなさい、泣き虫でごめんなさい、逃げてしまってごめんなさい。

「どうしたの?」

 誰かが僕の肩に触れた。心配してくれるのは嬉しいけど有難くはない。今は1人にしてくれ。

「すみません、1人にして貰えますか……」

 腹立たしくて怒鳴り散らしたい気持ちを抑えて弱々しく言った。八つ当たりなんて意味がない。災いしか生まないんだ。

「うわぁぁぁ!」

 僕は思わず後転してしまった。
 つまるところイタズラをされたのだ。
 目の前に、目の前にはあの時女の首を絞めていた悪魔の手が……
 振り返るとそこにはその人がいた。
 涙が溢れた。

「嘘? そんなに怖かったの?」

「違うんだ、その……安堵感という、か……」

 異性を前にして涙を流す男なんてだらしない。だけど、堪えようにも堪えきれず涙は次々と溢れ流れた。今日だけで一生分の涙を流してしまうかとしれないとさえ思えた。

「アンタが逃げたときはもう死んだって思ったわ。」

 そう言って笑いながら悪魔の手を振り回す。

「ごめん、怖くて……」

 俯く僕の頭に悪魔の手のひらをポンとおく。

「ワープゲートを消滅させるのが遅かったら死んでたわよ、まったく」

 赤く、手形の浮かんだ首を擦りながら女が言った。


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