4 / 22
鶏の魂
しおりを挟む休日の朝は少しだけ遅く起きるのが、茜の中でできた決まり事だ。
輪廻転生案内課は基本土日休みで、規則正しくカレンダー通りの休みがもらえる。毎日亡者の迎えに行くお迎え課は交代で休むシフト制だと天真が言っていたから、課によって違うらしい。
起きたら、カーテンを開けて、朝ご飯の準備をする。それも平日と変わらないルーティンだ。
冷凍していたご飯を電子レンジで温めて茶碗に移し、生卵を落として醤油を二回し。混ぜて馴染んだら、卵かけご飯の出来上がりだ。
茜の毎朝のご飯は、卵かけご飯だ。ここに来てから毎朝食べているが、食べ飽きることはないし、簡単にできて朝にはぴったりだ。
(なんで卵かけご飯なんだろう)
ふとそんなことを思った。
生前の記憶はないのに、卵かけご飯は知っている。初日に食べたら、どことなく覚えているようで、きっと生前にも食べていたのだろうと思った。
朝食を食べて、歯磨きをして、顔を洗い、着替える。買い物くらいしか用事はないが、天気がいいから少し散歩をしてみてもいい。そんなことを思いながら、髪をとかして、食器を洗った。
「いってきます」
誰に聞かせるでもないその言葉を、誰もいない家の中にかけて、ドアを閉めて鍵をかける。鍵につけたキーホルダーの鈴がちりんと鳴った。
スニーカーを履いて歩き出す。駅二つ分離れたところに大きなスーパーがあるとインターネットで調べたから、今日はそこに行こうと思ったのだ。
歩いていっても行けない距離ではないが、軽く一時間はかかりそうだ。自転車でもあればいい運動にもなるかもしれない。お給料が貯まれば、買ってもいい。行動範囲も広がるだろう。
駅に行ってICカードを改札に触れて中に入る。最初は電車の乗り方も知らなくて、麗と六花に教えてもらったのだ。役所と社宅とその近所だけの生活が、電車を知ってぐっと広がった。
すぐに来た電車に乗って、二駅。
地図は頭に叩き込んだし、駅から近くそうだと思ったから、大丈夫だろう。そんなことを思っていると、目的の駅にはすぐについた。電車の窓から大型スーパーの看板が見える。これなら迷わず行けそうだ。
改札を出れば人が多くて、ここは栄えている町らしい。大型スーパーの看板を目印に、そちらの方へ歩いていく。途中、色々な飲食店が建ち並んでいて、歩くだけで楽しくなる。お昼はこのどこかで食べて帰ってもいいなと思いながら歩いていると、あっという間に大型スーパーにたどり着いた。
映画館も入っているという大型スーパーは、休日ということで混雑していた。こんなに多くの人が、生前と同じ暮らしをしている。家族連れのような人たち、カップル、友達同士、そんな人たちがあちこちにいて、ここがあの世であるなんて忘れそうになる。
ぐるりと映画館の上映案内を見たり、服屋や雑貨屋をのぞいたりして、茜は食品売場にやってきた。いつも行っているスーパーでは買えないものがあるのではないかと思って、楽しみにしていたのだ。
野菜売場で春キャベツを買い物カゴに入れて、魚売場でお刺身盛り合わせを手に取った。レトルト食材の売場では、日頃見ないメーカーのものがたくさんあって、レトルトカレーや中華の素を買った。
ヨーグルト売場もジュース売場も見たことのないものがいっぱいで、気になったものをカゴに入れていく。だんだんカゴが重くなって、カートを持ってくればよかったと思った頃、視界の端に見たことのある人物がいる気がした。
そこは卵売場で、そういえば今朝の卵かけご飯で最後の一個だったなと思い出した。
いつものスーパーより倍近く幅のある卵売場の前にいる一人の男性。その人に、茜は声をかけた。
「川井さん」
「え!?」
そこに立っていたのは、川井だった。振り返って驚いたように茜を見る。
「あの、えっと……」
「あ、先日訪問させていただいた役所の輪廻転生案内課の八巻茜です」
戸惑っている川井に、慌てて茜が名乗る。そうすると川井も思い出したのか、ああと納得したような表情になった。
「あの時の、お嬢さんでしたか。先日はお見苦しいところを見せてしまい申し訳ない」
今日の川井は穏やかな中年男性という感じで、泣いてもいないし、悲壮感もない。
「川井さんもここまで買い物に来るんですね」
「八巻さんも役所の方は社宅で暮らされてるんですよね。ここまで少しあるでしょう」
「大きいスーパーというのに興味があって。ここにしかないものがあるもんですから。すでにカゴいっぱいです」
そう言って茜が笑ってカゴを持ち上げると、川井もふっと微笑んだ。
「僕もそんなものです。ここでしか買えないものがあって」
「なんですか?」
「卵です」
「卵?」
川井が卵売場の一番上から、高そうな卵を手に取る。
「これです」
「高そうですね。卵お好きなんですか?」
「養鶏場で働いてたんです。ここに来て。そこの卵なんです。このスーパーか養鶏場でしか売ってなくて。最後の日は卵料理を食べようかと」
「美味しそうですね。私買おうかな」
茜が川井のいう卵を手に取る。いつもの卵の倍の値段がするが、他に贅沢するわけでもないし、これくらいいいだろう。
「私毎日卵かけご飯を朝ご飯に食べてるんです。だから美味しい卵食べたくて」
「六十年育てた鶏たちなので、そう言っていただけると嬉しいです」
転生者は一ヶ月前の通知が来た頃から、身辺整理をすると聞いた。仕事を辞め、家のものを処分し、身一つで転生するため役所にやってくるのだと。
きっと川井も今は養鶏場の仕事を辞め、身辺整理をしているのだろう。茜はあの綺麗に整理整頓された部屋を思い出した。
「転生、もうすぐですね」
その言葉をかけるのが正しいのかわからない。ただ、今の川井は転生を受け入れているように見えたのだ。最後の晩餐を用意するように。
「そうですね。もうすぐだ」
その言葉に茜が安堵していると、川井が茜を呼んだ。
「八巻さん」
「はい?」
「鶏は誰の魂なんだと思います?」
「え?」
「鶏だって魂はあります。猫だって犬だって牛だって。ここでは生命は生まれない。ある日突然鶏がやってきて、六十年経つとどこかに連れて行かれる」
「……」
「生前猫を飼ってました。飼っていたというか、うちの庭にやってくる猫に餌をやっていただけですが。しばらくすると子猫を連れてきて、可愛かったですよ。畜生でも愛情はあるのに……私は」
切実に欲したものを手に入れられなかった者の怨嗟の声がした。
「あの、川井さん……」
「ああ、すみません。では僕はこれで」
そう言って川井はレジの方へと歩いていった。その買い物カゴの中には6個入りの卵のパックしか入っていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる