こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ

文字の大きさ
5 / 22

タイムアウト

しおりを挟む

「ハチ」
「八巻です」
「今日は新しい仕事があるぞ」
「新しい仕事?」
 書類を印刷して、折って、封入するといういつもの作業をしていた茜に、神代がそう言う。キーボードを打つのはまだぎこちないが、パソコンにも慣れてきたし、そういう仕事が増えるのかと思っていたら、神代が立ち上がった。
「行くぞ」
「え?」
「転生の扉」
 それだけ言うと、神代が歩き出す。慌てて茜も立ち上がって、神代を追う。早歩きで神代の隣に行くと、茜が疑問を投げるより先に神代が口を開いた。
「今日は川井幸一郎の転生日だろう」
「そう、ですね」
「転生予定者は転生日に役所に来て、転生の扉をくぐることになっている四階にあるからな。今回のように問題のある転生予定者がいる場合、輪廻転生案内課も立ち会うことがある。普段は転生課が転生の扉の管理をしている」
「扉の向こうは……」
「誰も知らない」
「怖くないんですか?」
「人それぞれだろうな」
 階段で四階まで行くと、人の列ができていた。みな手には茜たちが送った書類を持っていて、そして誰もそれ以外の荷物を持っていなかった。
「この人たち全員今日の転生者ですか?」
「そうだ。扉は九時から五時までしか開いてない」
「川井さんは……いないですね」
 並んでいる人たちを一人ずつ見ながら、扉の前に来る。それでも川井はいなかった。もう扉をくぐったのだろうかと神代を見ると、険しい顔をしている。
「すまん。輪廻転生案内課の神代だ。今日転生予定の川井幸一郎は来たか?」
 扉の横にいたスーツ姿の職員に神代がそう聞く。すぐに職員は持っていた書類を調べるが、やがて首を横に振った。
 その間も転生の扉は別の職員によって開けられては、人が入り、閉められるを繰り返していた。
「今十六時だな。あと一時間でくればいいが」
「神代さん……」
「待つしかないな」
「迎えに行くとか……」
「俺たちにそういう強制力はない」
「そんな」
 壁にかかっている時計の長針は嫌でも進み、人の列はどんどん短くなっていく。それと比例するように茜にも焦りが出てきた。
 あの転生の扉をくぐらないと、川井は消滅してしまうのだ。まだ二回しか会ったことのない人だが、消滅という結果は悲しすぎると思った。
 今朝だって川井が働いていたという養鶏場の卵で、卵かけご飯を食べてきた。いつも買う卵より濃厚で美味しくて、もういつものものに戻れないと思った。そんな些細なことを伝えたかった。
「あと五分」
 冷静に時間を刻む神代に苛立って、茜は時計から目を逸らした。もう転生の扉に並ぶ者はいない。転生課の職員たちも片づけの準備を始めている。
 秒針が進む音がやけに大きく聞こえる。早く来て欲しいと階段の方を見ていると、足音が聞こえてきた。
 階段に走っていくと、誰かが上がってくるのが見えた。
「川井さん!」
 声をかけると、川井は茜を見上げて微笑んだ。
「八巻さん」
 ゆっくりと上ってくる川井がもどかしい。でもまだ時間はあるし、転生の扉はもうそこだ。そう自分に言い聞かせて、茜は川井を待った。
「川井さん、転生の扉はあれです。あと、あの卵すっごく美味しかったです!」
「それはよかった」
 笑みをこぼす川井に、茜は安堵する。もう大丈夫だと思った。これで川井は転生できる。
「あと一分」
 扉の前で、神代がそう呟く。
 川井も茜も扉の前に来た。あとはくぐるだけだ。一分あれば充分だろう。
「八巻さん、神代さん。僕のわがままをきいてくれてありがとうございました」
 そう言って川井がお辞儀をする。
「川井幸一郎さんですね。どうぞ、転生の扉に」
 転生課の職員が川井の持っている書類を確認して、扉を開ける。光が溢れるその先は、どうなっているかわからなかった。
「八巻さん」
「川井さん、どうぞ、中に」
「私は、何でもない、無の存在になりたい」
「え?」
 あとは一歩進むだけ。
 だが、川井はそれをしなかった。
「タイムアウトだ」
 五時の退勤の鐘が鳴り、神代の声が聞こえる。
 微笑んだ川井が、砂のように消えるのが見えた。
「川井さん!?」
「これでいい……」
 消えるように川井の声が聞こえた。川井がいた場所には川井が持っていた封筒が落ちている。
 転生課の職員たちは慣れているのか「川井幸一郎、消滅」と言うのが耳に入ってきたが、どこか遠くに感じた。
「ハチ」
「……神代さん」
「戻るぞ。退勤時間だ」
「川井さん、消滅しちゃった……」
「そうだな」
「これもよくあることですか?」
「そうだな」
 ぽんと神代が茜の肩を叩いて、輪廻転生案内課のある一階へと戻る。その後ろをのろのろとついて行くと、退勤時間を過ぎているのに、みんながまだいた。
「お疲れさま」
 そう言って、麗が茜を抱きしめる。誰かに抱きしめられるという経験は、茜の記憶にはない。
 こんなにも安堵するものだと初めて知った。
 川井は確かに言ったのだ。無の存在になりたいと、これでいいと。なら泣くのは違う気がする。
 ただ川井が求めたものを手に入れられたことを祈って、茜は麗の背中をぎゅっと抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

翡翠の歌姫と2人の王子〜エスカレートする中傷と罠が孤児の少女を襲う【中華×サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
 次は一体何が起きるの!? 孤児の少女はエスカレートする誹謗中傷や妨害に耐えられるのか?  約束の記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。  しかしその才能は早くも権力の目に留まり、後宮の派閥争いにまで発展する。    一方、真逆なタイプの2人の王子・蒼瑛と炎辰は、熾烈な皇位争いを繰り広げる。その中心にはいつも翠蓮がいた。  彼に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。  すれ違いながら惹かれ合う二人。はらはらドキドキの【中華×サスペンス×切ない恋】

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...