こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ

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家族

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 それはいつも通り、書類を印刷して、折って、封入する作業をしていたときだった。昼前で、まだみんな黙々と作業していた。
 隣の生活案内課では、朝から人が入れ替わりで来ていて忙しそうだ。
「今日、隣忙しそうね」
「そうですね」
 生活案内課はあの世での生活に関わる相談事を請け負う課で、人数も輪廻転生案内課の倍以上いる。少しだけ聞こえてくる会話では、就職先の斡旋や住居の相談などをしているようだ。
 その向こうでは経理課が静かに作業をしている。役所の職員の給与や税金関係を受け持つこの部署は、いつも静かだ。
 更にその向こうにあるお迎え課は、相変わらず誰もいない。夕方になると書類仕事をしているのを見るが、ほとんどが現世へ行っているので、オフィスにいないことの方が多い。
 手は書類を折りながら、そんなことを考えていると、一人の中年女性が生活案内課のカウンターを訪れるのが見えた。
 彼女もきっと仕事の斡旋か、住居の相談をしに来たのだろう。
 あの世といっても、働かなくては生きてはいけない。死んだ身なのにお腹は空くし、生活する上で必要なものは生きていたときと変わらない。
 仕事をしてお金を稼いで、食べ物を買って食べて、家を借りて暮らす。死んでまで働くようになるなんて、きっと誰も思わないだろう。
 折った書類を封筒に入れながら、なんとなく茜はその中年女性を見ていた。
 華美なわけではなく、貧相なわけでもない、ごく普通のどこにでもいる女性だ。現代の平均寿命から考えると、死ぬには早いかもしれないけど、それも人それぞれだ。
 手の空いた職員が、女性に気がついて声をかける。確か由比さんという二十代の女性で、茜とはたまに挨拶をするくらいの仲だ。
 静かなこの課には、二人の会話がよく聞こえてきた。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
「あの……くて」
「はい?」
 女性の声が小さくて、由比さんが優しく聞き返す。すると女性は、少し躊躇ってから、意を決したように声を大きくした。
「あの、家族を捜してほしくて!」
 その声に、思わず麗と白石が振り返る。茜も目線を戻すことを忘れてしまった。
「あの、ここはですね」
「生活案内課はあの世での生活のことを案内する部署だと聞きました。私の家族を捜してください。もしくはわかるなら教えてください。私の名前は……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 名乗ろうとする女性を、由比さんが必死に止める。周りの人間の目が自分に集中していることに気がついた女性が、俯くのが見えた。
 麗も白石も、手元の作業に目線を戻したが、気になっているようだ。ちらりと隣を見ると、神代が黙々と作業をしている。
 茜も止めた手を再び動かしながら、それでも耳だけはそちらに向けた。イレギュラーな来訪者は、珍しくてどうしても気になってしまう。いやでも聞こえる位置にいるのだから仕方ないと自分に言い聞かせて、茜は由比さんたちの会話に耳を傾けた。
「先に来ている両親に会いたいんです。兄弟にも。どこに住んでいるか調べてくれませんか?」
「それはできません」
 懇願するような声が聞こえて、由比さんの冷静な声が返事をする。
「どうしてですか? ここの部署じゃないなら、どこにいけばいいのでしょうか?」
「いえ、どこの部署にもお調べすることはできません」
「え?」
 由比さんは二十代に見えるが、実際はもっと長くここにいる人だと聞いた。こういうことも何度もあったのだろう。由比さんは冷静に、淡々と事実を並べていった。
「誰がいつ死んで、どこの区画にいるかは誰にも教えられない決まりになっています」
「私は家族ですよ? 父は私より三十年前に、母は七年前に亡くなりました。それで区画はわかるでしょう? どうか住所を教えてくださいな」
「何度も言いますが、それはできません」
「後生ですから、どうか、どうか、お願いします」
「申し訳ございません。私どもではどうすることもできないんです」
 今にも泣き出しそうな女性の声に、茜の手が止まる。そんな決まりは知らなかった。課が違うと知らないことも多い。
 たとえ生前の記憶があっても、そこで見送った人とここで出会おうと思っても、それは叶わないということだ。
 それは少し寂しいなと思った。
「あの……」
「はい」
「現世に、夫と娘を残してきました。彼らが亡くなったとして、会うこともできないということですか?」
「役所では生前のことは把握していません。ただ一個人として迎えに行くだけです。亡くなられたからといって、あなたに連絡はいきませんし、知る術はありません」
 由比さんの言い方は少しの希望も持たないようにという冷徹さがある。だけどそれが、あの課で働くものの優しさなのかもしれない。
 できることと、できないことは、役所で働いてよくあることだ。
「そんな……」
「あとは、自分で探すだけです。仰るように先に亡くなった方の年がわかれば区画がわかります。最近はスマートフォンで家族を捜すアプリなどもありますし、それらを使ってみたらいかがでしょうか?」
「それは役所がやっているものなの?」
「いいえ。役所は推奨しておりませんので」
「そう……ありがとう。やってみるわ」
 そう言って女性は丁寧にお辞儀をすると、出入り口へと帰って行った。由比さんはというと、女性を見送ると自分のデスクに戻って、マグカップに入った飲み物を飲んで、すぐにまた来訪者の対応に向かった。
 今度は転居したいという男女のカップルだった。二人で暮らす家に引っ越したいと言って、二人用の物件を探しているらしい。
 ここでは全ての住宅が役所によって管理されている。どこに誰が住んでいるか役所は把握しているし、転居も役所に申請が必要だ。
 あの女性の家族も、役所のデータベースとやらを見ればわかるのだろう。職員とはいえ、そんなものの権限を茜は持っていないが、できる人だっているはずだ。
「神代さん」
 隣に座る神代に、茜が声をかける。ちょうどマグカップに入ったコーヒーを飲むところで、質問にはちょうどいいタイミングだ。
「なんだ、ハチ」
「八巻です」
「家族を探すアプリってなんですか?」
「ああ、最近流行っているみたいだな。生前の家族を見つけるってやつだ。名前と写真を登録できて、検索すれば家族と会えるって」
「神代さんは使ってます?」
「いや、俺はそういうのに疎くてな」
 茜のスマホには地図と天気予報とニュースくらいしかアプリが入っていない。本当はもっと色々入れると楽しいのだろうが、どれがいいのかわからないまま使っている。
 もしそのアプリを使ったら、自分のことを知っている人が現れるだろうか。
「どうして、家族の情報を教えてあげられないんですか?」
「人は一人で死ぬからな。事故や心中でもしない限り一緒に死ぬことはない」
「よくわかりません」
「良い関係も悪い関係もあるからよ。人が集まればね」
 麗が前から口を挟む。小休止らしく、花柄の上品なマグカップからお茶を一口飲んで、ついた口紅を指で拭った。
「ここは死後の世界だから」
「?」
「わからないって顔してるわね」
「だってわかりませんもん」
「転生に向けて、整理する時間と場所なのよ、ここは」
 じゃあ六十年で転生するという縛りを受けない自分たちは、一体なんなのだろう。他の人たちよりもっと長い時間をかけて整理して、いつか転生していくのだろうか。
「なんで役所で働いているんだろうって思いました」
「ふふっ、哲学的ね。思いが強かったからよ」
「思い?」
「多分ね。恋しいとか憎しみとかなんでもいいのよ、それが強いとスカウトされると聞いたわ。きっと六十年じゃ足りないと思われたんじゃないかしら」
 整理する時間が足りない人たち。
 それが私たち。
 由比さんを見ると、先ほどのカップルとは別の男性の案内をしていた。今度は職業斡旋だった。
「神代さん」
「今度はなんだ?」
「家族ってそんなに会いたいものですか?」
「なんだ急に」
「さっきの人、あんなに会いたそうだったから、そういうものなのかなって」
 家族のことはまだ思い出せない。そもそもいたのかどうかすらあやしくなってきた。
 誰かを恋しいと思ったり、憎く思う感情も、特にはない。誰かのためにここに六十年以上留まる理由が、茜にはないように思えた。
「神代さんも、家族に会いたいですか?」
 そう質問すると、神代は少し考えてマグカップに口をつける。その中身は朝淹れたコーヒーだから、きっと冷めて不味くなっているだろう。
「……会えるなら、会いたい」
 ぽつりとそうこぼして、神代が手元に目をやる。そこにはまだ折られていない書類の束があった。転生予定者の中に、家族や友人の名前を見つけたことはないのだろうか。あの転生の扉で、会ったことは。
 それは神代だけじゃない。麗や白石、六花や大川にもいえることだ。
 いつか自分にも訪れるかもしれない。
 思えていない誰かに名前を呼ばれる日が。
 その日、茜は帰宅してから家族を捜すというアプリをスマホに入れてみた。
 名前とちょっと角度をつけてあまり顔の写っていない写真を撮って登録した。それが終わると、名字である「八巻」を入れて検索してみる。
 何件かヒットして、その一つずつを見ていく。どれも享年と死因と生前の居住地が書いてあって、詳しく書く人だと卒業した学校や勤めていた会社なんかも書いてあった。
 だが、どれも茜の見覚えのあるものはなかった。覚えていないのだから当たり前だが、なにか思い出すきっかけになればとも思ったのだ。
 外見年齢と同じ16、7で亡くなったのであれば、両親はまだ生きているのだろう。祖父母だって健在だと思う。
 そうなると、ここに茜の近い血縁はいないことになる。
 おそらくだが家族が健在で喜ばしい気持ちと、会える間での時間の長さに、茜はスマホをベッドに投げた。
 いつか会えるまで、そのときまで、記憶が戻っていますように。そんなことを思いながら、茜は風呂に入る準備を始めた。

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