9 / 22
家族
しおりを挟むそれはいつも通り、書類を印刷して、折って、封入する作業をしていたときだった。昼前で、まだみんな黙々と作業していた。
隣の生活案内課では、朝から人が入れ替わりで来ていて忙しそうだ。
「今日、隣忙しそうね」
「そうですね」
生活案内課はあの世での生活に関わる相談事を請け負う課で、人数も輪廻転生案内課の倍以上いる。少しだけ聞こえてくる会話では、就職先の斡旋や住居の相談などをしているようだ。
その向こうでは経理課が静かに作業をしている。役所の職員の給与や税金関係を受け持つこの部署は、いつも静かだ。
更にその向こうにあるお迎え課は、相変わらず誰もいない。夕方になると書類仕事をしているのを見るが、ほとんどが現世へ行っているので、オフィスにいないことの方が多い。
手は書類を折りながら、そんなことを考えていると、一人の中年女性が生活案内課のカウンターを訪れるのが見えた。
彼女もきっと仕事の斡旋か、住居の相談をしに来たのだろう。
あの世といっても、働かなくては生きてはいけない。死んだ身なのにお腹は空くし、生活する上で必要なものは生きていたときと変わらない。
仕事をしてお金を稼いで、食べ物を買って食べて、家を借りて暮らす。死んでまで働くようになるなんて、きっと誰も思わないだろう。
折った書類を封筒に入れながら、なんとなく茜はその中年女性を見ていた。
華美なわけではなく、貧相なわけでもない、ごく普通のどこにでもいる女性だ。現代の平均寿命から考えると、死ぬには早いかもしれないけど、それも人それぞれだ。
手の空いた職員が、女性に気がついて声をかける。確か由比さんという二十代の女性で、茜とはたまに挨拶をするくらいの仲だ。
静かなこの課には、二人の会話がよく聞こえてきた。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
「あの……くて」
「はい?」
女性の声が小さくて、由比さんが優しく聞き返す。すると女性は、少し躊躇ってから、意を決したように声を大きくした。
「あの、家族を捜してほしくて!」
その声に、思わず麗と白石が振り返る。茜も目線を戻すことを忘れてしまった。
「あの、ここはですね」
「生活案内課はあの世での生活のことを案内する部署だと聞きました。私の家族を捜してください。もしくはわかるなら教えてください。私の名前は……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
名乗ろうとする女性を、由比さんが必死に止める。周りの人間の目が自分に集中していることに気がついた女性が、俯くのが見えた。
麗も白石も、手元の作業に目線を戻したが、気になっているようだ。ちらりと隣を見ると、神代が黙々と作業をしている。
茜も止めた手を再び動かしながら、それでも耳だけはそちらに向けた。イレギュラーな来訪者は、珍しくてどうしても気になってしまう。いやでも聞こえる位置にいるのだから仕方ないと自分に言い聞かせて、茜は由比さんたちの会話に耳を傾けた。
「先に来ている両親に会いたいんです。兄弟にも。どこに住んでいるか調べてくれませんか?」
「それはできません」
懇願するような声が聞こえて、由比さんの冷静な声が返事をする。
「どうしてですか? ここの部署じゃないなら、どこにいけばいいのでしょうか?」
「いえ、どこの部署にもお調べすることはできません」
「え?」
由比さんは二十代に見えるが、実際はもっと長くここにいる人だと聞いた。こういうことも何度もあったのだろう。由比さんは冷静に、淡々と事実を並べていった。
「誰がいつ死んで、どこの区画にいるかは誰にも教えられない決まりになっています」
「私は家族ですよ? 父は私より三十年前に、母は七年前に亡くなりました。それで区画はわかるでしょう? どうか住所を教えてくださいな」
「何度も言いますが、それはできません」
「後生ですから、どうか、どうか、お願いします」
「申し訳ございません。私どもではどうすることもできないんです」
今にも泣き出しそうな女性の声に、茜の手が止まる。そんな決まりは知らなかった。課が違うと知らないことも多い。
たとえ生前の記憶があっても、そこで見送った人とここで出会おうと思っても、それは叶わないということだ。
それは少し寂しいなと思った。
「あの……」
「はい」
「現世に、夫と娘を残してきました。彼らが亡くなったとして、会うこともできないということですか?」
「役所では生前のことは把握していません。ただ一個人として迎えに行くだけです。亡くなられたからといって、あなたに連絡はいきませんし、知る術はありません」
由比さんの言い方は少しの希望も持たないようにという冷徹さがある。だけどそれが、あの課で働くものの優しさなのかもしれない。
できることと、できないことは、役所で働いてよくあることだ。
「そんな……」
「あとは、自分で探すだけです。仰るように先に亡くなった方の年がわかれば区画がわかります。最近はスマートフォンで家族を捜すアプリなどもありますし、それらを使ってみたらいかがでしょうか?」
「それは役所がやっているものなの?」
「いいえ。役所は推奨しておりませんので」
「そう……ありがとう。やってみるわ」
そう言って女性は丁寧にお辞儀をすると、出入り口へと帰って行った。由比さんはというと、女性を見送ると自分のデスクに戻って、マグカップに入った飲み物を飲んで、すぐにまた来訪者の対応に向かった。
今度は転居したいという男女のカップルだった。二人で暮らす家に引っ越したいと言って、二人用の物件を探しているらしい。
ここでは全ての住宅が役所によって管理されている。どこに誰が住んでいるか役所は把握しているし、転居も役所に申請が必要だ。
あの女性の家族も、役所のデータベースとやらを見ればわかるのだろう。職員とはいえ、そんなものの権限を茜は持っていないが、できる人だっているはずだ。
「神代さん」
隣に座る神代に、茜が声をかける。ちょうどマグカップに入ったコーヒーを飲むところで、質問にはちょうどいいタイミングだ。
「なんだ、ハチ」
「八巻です」
「家族を探すアプリってなんですか?」
「ああ、最近流行っているみたいだな。生前の家族を見つけるってやつだ。名前と写真を登録できて、検索すれば家族と会えるって」
「神代さんは使ってます?」
「いや、俺はそういうのに疎くてな」
茜のスマホには地図と天気予報とニュースくらいしかアプリが入っていない。本当はもっと色々入れると楽しいのだろうが、どれがいいのかわからないまま使っている。
もしそのアプリを使ったら、自分のことを知っている人が現れるだろうか。
「どうして、家族の情報を教えてあげられないんですか?」
「人は一人で死ぬからな。事故や心中でもしない限り一緒に死ぬことはない」
「よくわかりません」
「良い関係も悪い関係もあるからよ。人が集まればね」
麗が前から口を挟む。小休止らしく、花柄の上品なマグカップからお茶を一口飲んで、ついた口紅を指で拭った。
「ここは死後の世界だから」
「?」
「わからないって顔してるわね」
「だってわかりませんもん」
「転生に向けて、整理する時間と場所なのよ、ここは」
じゃあ六十年で転生するという縛りを受けない自分たちは、一体なんなのだろう。他の人たちよりもっと長い時間をかけて整理して、いつか転生していくのだろうか。
「なんで役所で働いているんだろうって思いました」
「ふふっ、哲学的ね。思いが強かったからよ」
「思い?」
「多分ね。恋しいとか憎しみとかなんでもいいのよ、それが強いとスカウトされると聞いたわ。きっと六十年じゃ足りないと思われたんじゃないかしら」
整理する時間が足りない人たち。
それが私たち。
由比さんを見ると、先ほどのカップルとは別の男性の案内をしていた。今度は職業斡旋だった。
「神代さん」
「今度はなんだ?」
「家族ってそんなに会いたいものですか?」
「なんだ急に」
「さっきの人、あんなに会いたそうだったから、そういうものなのかなって」
家族のことはまだ思い出せない。そもそもいたのかどうかすらあやしくなってきた。
誰かを恋しいと思ったり、憎く思う感情も、特にはない。誰かのためにここに六十年以上留まる理由が、茜にはないように思えた。
「神代さんも、家族に会いたいですか?」
そう質問すると、神代は少し考えてマグカップに口をつける。その中身は朝淹れたコーヒーだから、きっと冷めて不味くなっているだろう。
「……会えるなら、会いたい」
ぽつりとそうこぼして、神代が手元に目をやる。そこにはまだ折られていない書類の束があった。転生予定者の中に、家族や友人の名前を見つけたことはないのだろうか。あの転生の扉で、会ったことは。
それは神代だけじゃない。麗や白石、六花や大川にもいえることだ。
いつか自分にも訪れるかもしれない。
思えていない誰かに名前を呼ばれる日が。
その日、茜は帰宅してから家族を捜すというアプリをスマホに入れてみた。
名前とちょっと角度をつけてあまり顔の写っていない写真を撮って登録した。それが終わると、名字である「八巻」を入れて検索してみる。
何件かヒットして、その一つずつを見ていく。どれも享年と死因と生前の居住地が書いてあって、詳しく書く人だと卒業した学校や勤めていた会社なんかも書いてあった。
だが、どれも茜の見覚えのあるものはなかった。覚えていないのだから当たり前だが、なにか思い出すきっかけになればとも思ったのだ。
外見年齢と同じ16、7で亡くなったのであれば、両親はまだ生きているのだろう。祖父母だって健在だと思う。
そうなると、ここに茜の近い血縁はいないことになる。
おそらくだが家族が健在で喜ばしい気持ちと、会える間での時間の長さに、茜はスマホをベッドに投げた。
いつか会えるまで、そのときまで、記憶が戻っていますように。そんなことを思いながら、茜は風呂に入る準備を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる