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紡いだもの
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「お腹空いた」
終業後、役所を出た茜から思わず出たのはそんな言葉だった。
もうなにか自分で作るのも億劫だし、スーパーで総菜を買うのも味気ない。なにか温かなものが食べたかった。
社宅への道を歩いて、社宅を通り過ぎる。
そうしていつも行くスーパーや食べ物屋の並んでいる辺りにやってきた。
ハンバーガーに中華、蕎麦屋にイタリアン、それらを見ながら、自分の舌と相談する。
温かくて、味の濃いものが食べたい。
そんな自分の本能のままに探していると、一軒の店の前で足が止まった。
「とんこつラーメン?」
黄色いのれんに大きくとんこつラーメンと書かれた店が目の前にある。開かれた入り口から中が見えて、2、3人の先客がいることがわかった。
家でもインスタントのラーメンは作るし、好きだ。だけど、ラーメン屋というのに入ったことはない。
もしかしたら記憶のない生前には行ったことがあるのかもしれないけど、それはカウントしないことにする。
「いらっしゃいませーうちは替え玉一個無料だよ」
中から店主らしい、頭にタオルを巻いた男性が笑って呼ぶ。
初めてだけど、自然と足は店内に向かっていた。
カウンターだけの店内の真ん中辺りに座ると、目の前に水の入ったコップが置かれる。それを一口飲んで、頭上に並ぶメニューを見た。
「お嬢さん。なんにする?」
「えっと、ラーメンで」
「あいよ!」
威勢のいい返事がして、麺がお湯が煮えている鍋の中に放り込まれる。隣では先客の男性が替え玉を注文していた。
(替え玉って麺だけおかわりするってことか)
一つ勉強になったと思っていると、目の前に赤いどんぶりが置かれる。
「ラーメン、おまたせ!」
「あ、ありがとうございます!」
全然待ってないのにと、その早さに驚きながら、割り箸を取って、レンゲでスープをすくって一口飲む。
「おいしい……」
それは日頃食べるインスタントのとんこつラーメンとは全然違って、これが本物なのかと感動した。
細麺をすすって食べると、これまたインスタントで体験していたものと全然違って、どことなく懐かしい気がした。
「お嬢さん、替え玉は?」
「お願いします!」
夢中で食べていたら、どんぶりの中の麺はあっという間になくなっている。店主の申し出にすぐに飛びついた。
替え玉を待つ間、卓上を見れば紅ショウガが置いてあった。周りの客を見ると、それをラーメンの中に入れて食べている人がいた。
なるほどそうやって食べるのかと、紅ショウガを少しスープに入れたところで、替え玉がやってきた。
それをスープに入れると、ほぐして紅ショウガと一緒に食べる。先ほどとは味が変わって、これはこれで美味しかった。
社宅からも近いし、この店はまた来よう。ラーメンの値段だって安いし、替え玉だって無料だ。天真を連れてくれば喜ぶかもしれない。
そんなことを考えながら食べ終えると、会計をして外に出た。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとうございました。またどうぞ!」
お腹はいっぱいで、心も満たされた。初めてラーメン屋に入って食べたという達成感もあって悪くない。
社宅への道を歩きながら、茜は空を見上げた。
月は相変わらずそこにある。
あのとんこつラーメンの店主もいつか転生してしまうのだろう。そうすればあの美味しかったラーメンは食べれなくなる。
それは少し寂しいなと思った。
明日転生してもかまわないと思っていた。でも、ラーメン屋を天真に教えないといけないし、麗や神代たちと別れるのは少し寂しい。
自分にはなにもなかったはずだ。
記憶も家族も友人も。
でもいつの間にか、後ろ髪を引きずるものができたらしい。
それは思っていたよりも、怖くはないし、温かいものだった。
終業後、役所を出た茜から思わず出たのはそんな言葉だった。
もうなにか自分で作るのも億劫だし、スーパーで総菜を買うのも味気ない。なにか温かなものが食べたかった。
社宅への道を歩いて、社宅を通り過ぎる。
そうしていつも行くスーパーや食べ物屋の並んでいる辺りにやってきた。
ハンバーガーに中華、蕎麦屋にイタリアン、それらを見ながら、自分の舌と相談する。
温かくて、味の濃いものが食べたい。
そんな自分の本能のままに探していると、一軒の店の前で足が止まった。
「とんこつラーメン?」
黄色いのれんに大きくとんこつラーメンと書かれた店が目の前にある。開かれた入り口から中が見えて、2、3人の先客がいることがわかった。
家でもインスタントのラーメンは作るし、好きだ。だけど、ラーメン屋というのに入ったことはない。
もしかしたら記憶のない生前には行ったことがあるのかもしれないけど、それはカウントしないことにする。
「いらっしゃいませーうちは替え玉一個無料だよ」
中から店主らしい、頭にタオルを巻いた男性が笑って呼ぶ。
初めてだけど、自然と足は店内に向かっていた。
カウンターだけの店内の真ん中辺りに座ると、目の前に水の入ったコップが置かれる。それを一口飲んで、頭上に並ぶメニューを見た。
「お嬢さん。なんにする?」
「えっと、ラーメンで」
「あいよ!」
威勢のいい返事がして、麺がお湯が煮えている鍋の中に放り込まれる。隣では先客の男性が替え玉を注文していた。
(替え玉って麺だけおかわりするってことか)
一つ勉強になったと思っていると、目の前に赤いどんぶりが置かれる。
「ラーメン、おまたせ!」
「あ、ありがとうございます!」
全然待ってないのにと、その早さに驚きながら、割り箸を取って、レンゲでスープをすくって一口飲む。
「おいしい……」
それは日頃食べるインスタントのとんこつラーメンとは全然違って、これが本物なのかと感動した。
細麺をすすって食べると、これまたインスタントで体験していたものと全然違って、どことなく懐かしい気がした。
「お嬢さん、替え玉は?」
「お願いします!」
夢中で食べていたら、どんぶりの中の麺はあっという間になくなっている。店主の申し出にすぐに飛びついた。
替え玉を待つ間、卓上を見れば紅ショウガが置いてあった。周りの客を見ると、それをラーメンの中に入れて食べている人がいた。
なるほどそうやって食べるのかと、紅ショウガを少しスープに入れたところで、替え玉がやってきた。
それをスープに入れると、ほぐして紅ショウガと一緒に食べる。先ほどとは味が変わって、これはこれで美味しかった。
社宅からも近いし、この店はまた来よう。ラーメンの値段だって安いし、替え玉だって無料だ。天真を連れてくれば喜ぶかもしれない。
そんなことを考えながら食べ終えると、会計をして外に出た。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとうございました。またどうぞ!」
お腹はいっぱいで、心も満たされた。初めてラーメン屋に入って食べたという達成感もあって悪くない。
社宅への道を歩きながら、茜は空を見上げた。
月は相変わらずそこにある。
あのとんこつラーメンの店主もいつか転生してしまうのだろう。そうすればあの美味しかったラーメンは食べれなくなる。
それは少し寂しいなと思った。
明日転生してもかまわないと思っていた。でも、ラーメン屋を天真に教えないといけないし、麗や神代たちと別れるのは少し寂しい。
自分にはなにもなかったはずだ。
記憶も家族も友人も。
でもいつの間にか、後ろ髪を引きずるものができたらしい。
それは思っていたよりも、怖くはないし、温かいものだった。
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