こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ

文字の大きさ
21 / 22

見送り

しおりを挟む

 次の日、鯛焼きの入った紙バッグを持って役所に出勤した茜を待っていたのは、思いがけないことだった。
「え、神代さん、今なんて?」
 いつも茜より遅く来る神代と大川が、今日はもう来ていた。そうして神代の口から告げられたのだ。
「だから、一ヶ月後に転生することに決めた」
 役所の職員は、六十年で転生の縛りを受けない。その代わりに、六十年を過ぎた職員は転生したくなったらしていいという決まりがある。
「そんなどうして急に……」
 突然のことに動揺する茜に、神代が顔を近づけて小声で言う。
「あの二人の転生案内をする自信が、俺にはない」
「神代さん」
 あの二人というのは、照生と美代のことだ。顔を離した神代は穏やかに笑っていて、茜は苦しくなった。
「一ヶ月で身辺整理をしないといけないんだ。欲しいものはやるぞ」
「じゃあ、テレビください」
「デカいもの言うなぁ」
 一ヶ月なんてあっという間だ。
 それまで、神代からいくつ色んなことを教えてもらえるだろう。何度恩返しができるだろう。
 考えるだけで、泣きそうになった。
 離れたくないと思ったし、行かないで欲しいと思った。
 でももう神代は決めてしまったのだ。
 それを覆す力を、茜は持っていない。
 神代が転生するという知らせは、あっという間に役所内に広がった。長いこと勤めているだけあって、色んな人が別れの挨拶にきて、来世への激励をしていった。
 それを見ては、舌打ちしたい気持ちを抑えて、茜は毎日神代の隣で仕事をし、昼を食べ、美味しいものを教えてもらった。
 思いだけが膨らんで、どうしようもなかった。
 毎朝、神代が出勤すると安堵したし、いつもより遅かったら不安になった。
 本当はみんなと一緒に、来世への激励をしたい。来世が良い人生でありますようにと願いだい。
 だけど願ってしまうと、神代との別れが早く来てしまいそうで、願うことはできなかった。
 一日一日を噛みしめるように暮らして、茜はその日が来るのを、震えるように待った。



 神代の転生日は、快晴だった。
 肌寒い日だったが日向は暖かくて、心地がいい。
 神代は前日まで仕事をして、今日一番最後に転生の扉をくぐる予定だ。
 この前の休みに、神代からテレビを譲ってもらった。それはまだ新しいもので、神代が転生を急に決めたのだとわかった。
 天真も協力してくれて、テレビを家の中に運んでもらい、せっかくだからと一緒に行きつけのとんこつラーメンを食べた。
 美味いと笑った顔が嬉しくて、もっと一緒にいろいろ食べたかった思った。それを伝えてしまうと神代が困ると思って、飲み込んだ。
 主を失った神代のデスクは、綺麗に整理整頓されて、次の主を待っている。
 その横で今日の分の仕事をし、昼を一人で食べた。
 約束の時間が来なければいいのにと思いつつも、時間は容赦なく進んでいく。あっという間にいつもの十六時になって、茜は重い腰を上げた。
「あかね」
 そんな茜に、麗が気遣うように声をかける。
「麗さんたちも行きますか?」
「ううん、お別れは昨日したし」
「そうですか」
「あかねが見送ってあげて」
「はい」
 神代はあの世から消えるが、死ぬわけではない。現世に転生して新しい人生を歩むのだ。
 頭ではわかっているが、どうしても心がついていかない。
 重い足を引きずりながら、一段一段階段を上っていく。扉の前の列を見ると、きゅっと胸が苦しくなった。
 ゆっくり近づいて、その列に神代がいないと少しだけほっとした。最後に入ると聞いていたから、まだ来ていないのだろう。
 もう顔なじみになった転生課の職員に聞くと、今日転生予定で連絡が取れなかった者はいないらしい。あとは神代が来れば全員だと教えられた。
 しばらく待っていると、神代が現れた。
 ニットにジーンズというラフな格好は、いつもスーツばかり見慣れているから、見違えそうになった。
「神代さん」
「ハチ」
 もう茜のことを「ハチ」と呼ぶ人もいなくなる。それが寂しくてたまらない。
「お前が泣いてどうする」
「え?」
 神代に指摘されて、自分が泣いているのだと気がついた。記憶が戻ってから、よく泣いている気がする。
 今は泣いてはいけないのに、仕事を全うしないといけないのに、と思っても涙は止まってくれなかった。
「大丈夫だ、ハチ。俺たちは縁が繋がっている」
「袖振り合うも多生の縁」
「そうだ」
 縁がある人間はまたいつか繋がる。
 きっといつか神代に会えるだろう。お互い、神代と茜という人間ではないかもしれないが。
「お前なら大丈夫だ、ハチ」
「はい」
「泣くなよ。今日はハンカチも持ってないんだ」
 袖で涙を拭いたら、子供かと笑われた。
 なんでもいい、神代が笑ってくれるなら。
「ハチがいてくれてよかった」
「私なんにもしてません」
「いや、あの公園で、俺は助けられた」
 神代の前にいた転生者が扉の向こうに消え、扉が閉められる。
 今度は神代の番だ。
 ついにそのときが来てしまった。
「神代さん、ありがとうございました」
「ああ、またな」
 扉が開く。光の洪水が流れ出す。
 そのとき、神代の影が近づいて、額に温かなものが触れたと思った。
「次に会うときはいい女になってろよ」
「神代さん!」
 額にキスされたのだとわかったときには、もう神代は光の中だった。影だけが朧気に見え、それもすぐに消えてしまった。
 転生課の職員が扉を閉める。そうして片づけを始めた。最後の転生者だった神代が扉の向こうへ行けば、今日の仕事はもう終わりなのだ。
 しばらく転生の扉を見ていたが、転生課の職員たちの片づけが終わった頃、茜も自分の課に戻った。
 麗たちはいつも通り迎えてくれて、茜はぎゅっと麗に抱きついた。そんな茜を麗は抱きしめ返してくれた。
 もうここに神代はいない。
 「ハチ」と呼ぶ人はいない。
 今なら、神代が言った意味が分かる気がした。照生と美代の転生を案内する自信がないというあの言葉は、確かにその通りだ。
 苦しくてたまらない。
 失う痛みは、なんと鋭いことか。
 目に見えない血が流れて、落ちていく気がした。
 来世は幸せに。
 愛する人と一緒になれますように。
 長生きできますように。
 見送って初めて、茜は初めて神代の来世を祈った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...