後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~

二位関りをん

文字の大きさ
1 / 79

第1話 桃と死

しおりを挟む
 ここは華龍国。いにしえより人々が歴史を紡いできた広大な領土を誇る国だ。そしてこの国には人だけでなく、人ではないモノ達もあちこちに存在する。
 国の長である皇帝が住まう宮殿から少し離れた所にある郊外の山々には、様々な果物や穀物などを育てる畑が広がっている。
 
「ん、美味しい……!」

 食卓に並ぶ、ひとくちに切られた桃を美味しそうに頬張るのは、透き通るような真っ白い肌にきりっとした二重の桃色の瞳を持ち、艶々した黒髪を2つに束ねている少女で、名前を李 桃玉リ・タオユーと言う。14歳になったばかりのやや小柄な彼女の好物は両親が栽培するこの桃だ。

「桃玉、美味しい?」

 台所からこちらへと訪れたのは、桃玉の母親。彼女もまた桃玉と同じような透き通るような真っ白い肌にきりっとした二重の桃色の瞳を持ち、艶々した黒髪をしている。背は高くやや華奢な身体つきだ。
 そんな桃玉の母親は、村一番の美人としても有名だ。

「うん、うちの桃が一番好きだよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」

 母親はほほ……とにこやかに笑いながら顔をほころばせている桃玉をおだやかに見つめた。桃玉は桃を頬張りながら庭先の景色を眺める。
 そこには桃畑が広がっていて、桃玉の1番好きな景色であった。

(桃、豊作だといいなあ)

 しばらくして桃玉の父親が戻って来る。やや茶色い黒髪に白髪が少し浮かんでいる彼の服はやや薄汚れており、粗末なものだ。
 茶色い瞳を輝かせながら戻って来た彼の両腕には、ありったけの野菜が籠の上に乗せられている状態だ。

「まあ! そんなたくさんの野菜どうされたのですか?」
マオ爺さんから貰ったんだ。豊作だから持っていけってな」

 猫爺さんは、この家の近所に住んでいる老人。農民だが所有する畑は大きく、裕福な方の農民と言えるだろう。

「良かったわ! こんなに頂けるなんて嬉しい!」
「父さん、母さん、良かったね……!」
「ああ、桃玉。今日はいつもより豪華な夕飯にしよう!」

 桃玉達3人の家族は互いに顔をほころばせ、いつもより豪華な食事を味わえる事への喜びを噛み締めていたのだった。
 夕飯は白飯にたくさんの餃子のスープと野菜をふんだんに使ったおかず数種類に、畑で栽培されている桃が食卓にずらりと並ぶ。桃玉は目をキラキラと輝かせながらその様子をひとしきり見つめた後、所々塗装が剥げかけているお箸を持った。

「いただきます!」

 もっしゃもっしゃとおかずを口に入れる桃玉。その姿をにこやかな笑顔を持って両親が見ている。

「う――ん! 美味しいっ!」
「ふふっ良かったわぁ」
「母さんの料理はどれも美味しいからねえ。桃玉、たくさん食べると良いぞ」
「うん!」

 夕食を楽しんだ後、桃玉は母親の元へと向かい、お皿洗いを手伝う! と声をかけに行った時。母親が白いお皿を足元に落としてしまった。

「あっ!」

 お皿のあちこちにひびが入り、無残に割れる。それに破片が母親の足元までたくさん及んでいた。桃玉は慌てて近くにあった茶色いぼろきれを持ってきて、その上に割れたお皿を回収していくが、途中でお皿の破片で左手の人差し指の腹を切ってしまった。

「っ!」

 人差し指の腹から赤い鮮血がつ――っとゆっくりと滴り落ちる。それをはっと息をのみながら母親が大丈夫? と心配そうに声をかけた。

「いったた……」
「桃玉、ちょっとごめんね」

 母親が桃玉の人差し指を持つとそこをもう片方の手で覆いかぶせるようにして握った。

(痛みがだんだん消えていっている……)

 母親がそっと握っていた手を離すと、出血は止まっている所か元通りの美しい肌になっていた。
 そう、桃玉はこれまで怪我した時はいつも母親に治してもらっている。桃玉にとってはそれが生活の一部になっているので、どうやって治しているのだろう? という疑問を持った事はあまりない。

「お母さん、ありがとう……! もう大丈夫だよ!」
「良かったわ。気を付けてね」
「うん」

 割れたお皿を2人で回収した後は、ゴミとしてぼろきれにくるんだまま台所の傍らに置いておいたのだった。このお皿は後日、廃品回収の者が来たら手渡す予定となる。
 次の日の朝。この日の桃玉はいつもよりほんの少し早い時間に目を覚ました。

「おはよう……!」
「おっ、桃玉おはよう。今日は手習いに行く日か」
「そうそう。だから早めに起きたの。お父さんはさっき起きたの?」
「ちょっと前にな」

 今日、桃玉はリン夫人のいる屋敷で文字の読み書きと算数を習いに行く日だ。
 林夫人はこの集落一帯を束ねる役人の妻で、いつも黒い艶々とした髪を綺麗に束ね、役人の妻でありながらも質素な服装に身を包んだ品格溢れる才女である。
 すこし大柄だが美しいきりっとした顔つきをしている事から、美人としての評判も名高い人物。そんな林夫人から桃玉ら農民の少女達は読み書きと算数を習っているのだ。

「行ってきます!

 桃玉は母親お手製の朝食である雑炊をかきこむと林夫人のいる屋敷へと颯爽と向かって行った。
 しかし、到着するや否や、彼女は家に帰るように。と屋敷の召使いからあわただしそうに言われてしまったのである。
 桃玉は屋敷の門を行ったり来たりする人達を不思議そうに見ながら、召使いにあの、と口にしてみる。

「何かあったのですか?」
「今はちょっと言えないんだ。申し訳ないけど帰ってもらえるかな?」

 屋敷の奥からは、すすり泣く声やどたばたと言う足音が絶えず聞こえてきている状態だ。

「……は、来たか――?!」
「誰があんな真似を……!」
(何かあったのかな……心配。でもこれ以上は聞けなさそうだなぁ……) 

 桃玉はわかりました。と言って屋敷を後にし、家に戻ったのだった。

「え?」

 玄関には両親の血まみれの遺体が転がっていた。両親の死に顔は眠るようで穏やかなものだが、心臓部分に丸い穴が開けられている。

「……え?」

 桃玉の身体はまるで凍てついたかのように硬くなった。彼女の瞳に写る現実を、彼女の脳内では受け入れる事を拒んでいる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。 彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。 毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。 はたして、己は何者なのか――。 これは記憶の断片と毒をめぐる物語。 ※年齢制限は保険です ※数日くらいで完結予定

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。 ​彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。 ​劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。 ​しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

後宮の下賜姫様

四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。 商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。 試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。 クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。 饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。 これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。 リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。 今日から毎日20時更新します。 予約ミスで29話とんでおりましたすみません。

処理中です...