20 / 79
第20話 船にて
しおりを挟む
「か、佳賢妃様……!」
「しっ桃玉ちゃん……! あ、この棚入ってもいいかな?」
いたずらっぽく笑いながら小声で桃玉に語り掛ける佳賢妃。彼女の目つきは姉の佳淑妃とは違い、ややたれ目で優しく穏やかな雰囲気をまとっている。
「大丈夫です、お気をつけて」
「んじゃまあ、失礼しますわ」
よっこいしょ。と小声で言いながら桃玉の右側にある棚に佳賢妃は身を隠した。
(い、良いのかな……これで……でも相手は賢妃様だからあんまり強くは言えないしなあ……)
「桃玉様、どうするので?」
女官から尋ねられた桃玉は、彼女にだって、立場上逆らえないし……。と耳元で小さく答える。
「そ、そうでございますよね。お相手は四夫人の一角である賢妃様でございますから……」
「でしょ? だからこっちからは強く言えないって……」
ごにょごにょと女官と話しながら、佳賢妃の入った棚を見つめる桃玉。辺りはしん……。と静まり返っている。
(このままお昼ご飯の時間までいるのかな……)
時間は刻々と過ぎていく。しかしも桃玉が待てども待てども棚から佳賢妃が出て来る気配はないし、桃玉の部屋に佳淑妃が来る気配もない。
(……佳淑妃様の元へ言いに行こうかしら……)
「桃玉様?」
椅子からすっと立ち上がる桃玉へ、女官が目線を向ける。すると部屋の外からがやがやと誰かが話しているような声が聞こえだした。
「なんだろう……? ちょっと見に行ってきます」
桃玉がその会話が聞こえてきた方へと移動すると、そこには佳淑妃が女官達を集めて何やら話をしている場面へと遭遇する。
「もう結構時間は過ぎている。昼食の時間もあるし、早く見つけないと……」
「佳淑妃様、私も佳賢妃様をお探しいたします!」
「佳賢妃を見つけた者には褒美をとらす! 皆、よろしく頼む!」
(褒美!)
褒美という言葉に目がくらんだ桃玉は自身の部屋へと走って戻ると、佳賢妃が隠れている棚の扉を思いっきり開いた。
「なっ、なんだなんだ!」
「佳淑妃様! こちらです――!!」
「ちょ、まっ!」
桃玉が佳賢妃の右手を取り、棚から引きはがすようにして外へと出すのと同時に、佳淑妃が桃玉の部屋へと走ってきた。
「ここにいたのか!」
「桃玉ちゃん匿ってっていったじゃん――! ちょ、姉ちゃん離してって!」
「桃玉に罪はない、ほら帰るぞ! もうお昼ごはんの時間だ!」
「え、もうそんな時間?」
佳淑妃に首根っこを掴まれている佳賢妃はとぼけた様子を見せると、佳淑妃ははあ……全く。と大きなため息を吐いた。
「こんな時間まで籠城していたのだから、午前の稽古は終了だ。さっさと帰るぞ!」
「やった。お昼ご飯楽しみ――!」
「桃玉。褒美は後でつかわす」
「は、はい……」
こうして、嵐のような双子の姉妹は自室へと去っていった。
「……すごかったですね」
桃玉の呟きに女官は大きく首を縦に振った。
「そうでございますね。さすがはお2人というべきでしょうか」
◇ ◇ ◇
時は過ぎ、水龍表演が行われる日がやってきた。
「桃玉様。お時間でございます」
「わかりました。出ます」
桃玉は女官達と共に照天宮を出て、中庭の龍羽池へと歩いて向かう。道中、女官を引き連れた妃達の姿や表演をこっそり見ようとしている下女達が建物の裏に隠れて語り合う姿も見られた。
「なんだか盛り上がってますね」
「そうでございますね。皆大道芸人による表演は楽しみにしていらっしゃいますので」
基本、後宮の女達は宮中の外には出る事が叶わない。その為外部から大道芸人がやってきて芸を披露する事は彼女達からすると貴重な娯楽の1つでもあるのだ。
「ここか」
桃玉の目の前には広大な池が現れた。池の上には桃色の花を咲かせている睡蓮の姿や、睡蓮の間を飛び交う水鳥達の姿も見られる。
「桃玉」
桃玉が後ろを振り返ると、そこには宦官達を引き連れた龍環の姿があった。久しぶりの再会に桃玉はどきっと身体を震わせる。
「りゅ、あ、こ、皇帝陛下……!」
(龍環様って言おうとしてた……! こんな大勢の人達の前で言ったら怪しまれる!)
「噛んだ?」
「あ、はい……」
「なんか思ったよりかわいいね。あ、桃玉は俺と同じ船だからよろしく」
「そ、そうなのですか?」
(初めて聞いたんだけど!)
龍環は船着き場の左側に停泊している、最も大きな赤い龍を模したような船を指さした。船には屋根がついており座席も広々としている。
「桃玉、乗って」
「は、はい……」
「最近はあやかしが関係している話は聞いていない。けど油断はしないで」
「! わかりました……!」
「何かあったらすぐに言うから。じゃあ、乗って」
龍環に促されて船に乗船する桃玉。龍環の後ろ側にはひょっこりと佳賢妃の姿もあった。船に乗った桃玉の左隣に佳賢妃が座る。
「桃玉ちゃんじゃん! おはよ、元気だった?」
「はい、おかげさまで……」
「わが妹と皇帝陛下だけではなく、桃玉とも同じ船とはな」
「……佳淑妃様!」
佳淑妃も船に乗船してきた。龍環はあれ、面識あるの? とでも言いたそうな表情を浮かべている。
「皇帝陛下、李昭容とは何度か話をした仲でございます。妹は……この間李昭容に迷惑をかけましたが」
「ちょ、姉ちゃん! や、皇帝陛下。その……いじめたとかそういうのではありませんので……」
「えっ何したの……?」
結局佳賢妃が剣と槍の稽古から逃げて、桃玉の部屋の棚で隠れていた話は全て、龍環にバラされる事となったのだった。
そんなこんなでいよいよ、水龍表演開幕の時間がやってきた。大道芸人の乗ったやや簡素な船が桃玉の目の前へと現れる。
船に乗った大道芸人は、その場で肩車の体勢を取ると、肩の上に座る人物は棒と白い皿を取り出し、皿回しの芸を始める。
「しっ桃玉ちゃん……! あ、この棚入ってもいいかな?」
いたずらっぽく笑いながら小声で桃玉に語り掛ける佳賢妃。彼女の目つきは姉の佳淑妃とは違い、ややたれ目で優しく穏やかな雰囲気をまとっている。
「大丈夫です、お気をつけて」
「んじゃまあ、失礼しますわ」
よっこいしょ。と小声で言いながら桃玉の右側にある棚に佳賢妃は身を隠した。
(い、良いのかな……これで……でも相手は賢妃様だからあんまり強くは言えないしなあ……)
「桃玉様、どうするので?」
女官から尋ねられた桃玉は、彼女にだって、立場上逆らえないし……。と耳元で小さく答える。
「そ、そうでございますよね。お相手は四夫人の一角である賢妃様でございますから……」
「でしょ? だからこっちからは強く言えないって……」
ごにょごにょと女官と話しながら、佳賢妃の入った棚を見つめる桃玉。辺りはしん……。と静まり返っている。
(このままお昼ご飯の時間までいるのかな……)
時間は刻々と過ぎていく。しかしも桃玉が待てども待てども棚から佳賢妃が出て来る気配はないし、桃玉の部屋に佳淑妃が来る気配もない。
(……佳淑妃様の元へ言いに行こうかしら……)
「桃玉様?」
椅子からすっと立ち上がる桃玉へ、女官が目線を向ける。すると部屋の外からがやがやと誰かが話しているような声が聞こえだした。
「なんだろう……? ちょっと見に行ってきます」
桃玉がその会話が聞こえてきた方へと移動すると、そこには佳淑妃が女官達を集めて何やら話をしている場面へと遭遇する。
「もう結構時間は過ぎている。昼食の時間もあるし、早く見つけないと……」
「佳淑妃様、私も佳賢妃様をお探しいたします!」
「佳賢妃を見つけた者には褒美をとらす! 皆、よろしく頼む!」
(褒美!)
褒美という言葉に目がくらんだ桃玉は自身の部屋へと走って戻ると、佳賢妃が隠れている棚の扉を思いっきり開いた。
「なっ、なんだなんだ!」
「佳淑妃様! こちらです――!!」
「ちょ、まっ!」
桃玉が佳賢妃の右手を取り、棚から引きはがすようにして外へと出すのと同時に、佳淑妃が桃玉の部屋へと走ってきた。
「ここにいたのか!」
「桃玉ちゃん匿ってっていったじゃん――! ちょ、姉ちゃん離してって!」
「桃玉に罪はない、ほら帰るぞ! もうお昼ごはんの時間だ!」
「え、もうそんな時間?」
佳淑妃に首根っこを掴まれている佳賢妃はとぼけた様子を見せると、佳淑妃ははあ……全く。と大きなため息を吐いた。
「こんな時間まで籠城していたのだから、午前の稽古は終了だ。さっさと帰るぞ!」
「やった。お昼ご飯楽しみ――!」
「桃玉。褒美は後でつかわす」
「は、はい……」
こうして、嵐のような双子の姉妹は自室へと去っていった。
「……すごかったですね」
桃玉の呟きに女官は大きく首を縦に振った。
「そうでございますね。さすがはお2人というべきでしょうか」
◇ ◇ ◇
時は過ぎ、水龍表演が行われる日がやってきた。
「桃玉様。お時間でございます」
「わかりました。出ます」
桃玉は女官達と共に照天宮を出て、中庭の龍羽池へと歩いて向かう。道中、女官を引き連れた妃達の姿や表演をこっそり見ようとしている下女達が建物の裏に隠れて語り合う姿も見られた。
「なんだか盛り上がってますね」
「そうでございますね。皆大道芸人による表演は楽しみにしていらっしゃいますので」
基本、後宮の女達は宮中の外には出る事が叶わない。その為外部から大道芸人がやってきて芸を披露する事は彼女達からすると貴重な娯楽の1つでもあるのだ。
「ここか」
桃玉の目の前には広大な池が現れた。池の上には桃色の花を咲かせている睡蓮の姿や、睡蓮の間を飛び交う水鳥達の姿も見られる。
「桃玉」
桃玉が後ろを振り返ると、そこには宦官達を引き連れた龍環の姿があった。久しぶりの再会に桃玉はどきっと身体を震わせる。
「りゅ、あ、こ、皇帝陛下……!」
(龍環様って言おうとしてた……! こんな大勢の人達の前で言ったら怪しまれる!)
「噛んだ?」
「あ、はい……」
「なんか思ったよりかわいいね。あ、桃玉は俺と同じ船だからよろしく」
「そ、そうなのですか?」
(初めて聞いたんだけど!)
龍環は船着き場の左側に停泊している、最も大きな赤い龍を模したような船を指さした。船には屋根がついており座席も広々としている。
「桃玉、乗って」
「は、はい……」
「最近はあやかしが関係している話は聞いていない。けど油断はしないで」
「! わかりました……!」
「何かあったらすぐに言うから。じゃあ、乗って」
龍環に促されて船に乗船する桃玉。龍環の後ろ側にはひょっこりと佳賢妃の姿もあった。船に乗った桃玉の左隣に佳賢妃が座る。
「桃玉ちゃんじゃん! おはよ、元気だった?」
「はい、おかげさまで……」
「わが妹と皇帝陛下だけではなく、桃玉とも同じ船とはな」
「……佳淑妃様!」
佳淑妃も船に乗船してきた。龍環はあれ、面識あるの? とでも言いたそうな表情を浮かべている。
「皇帝陛下、李昭容とは何度か話をした仲でございます。妹は……この間李昭容に迷惑をかけましたが」
「ちょ、姉ちゃん! や、皇帝陛下。その……いじめたとかそういうのではありませんので……」
「えっ何したの……?」
結局佳賢妃が剣と槍の稽古から逃げて、桃玉の部屋の棚で隠れていた話は全て、龍環にバラされる事となったのだった。
そんなこんなでいよいよ、水龍表演開幕の時間がやってきた。大道芸人の乗ったやや簡素な船が桃玉の目の前へと現れる。
船に乗った大道芸人は、その場で肩車の体勢を取ると、肩の上に座る人物は棒と白い皿を取り出し、皿回しの芸を始める。
2
あなたにおすすめの小説
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
後宮の下賜姫様
四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。
商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。
試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。
クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。
饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。
これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。
リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。
今日から毎日20時更新します。
予約ミスで29話とんでおりましたすみません。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~
希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。
彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。
劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。
しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる