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第114話 大空襲と突然の出立
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この日の朝。篝先生は朝の診察に来なかった。急遽診察自体中止になったのだ。
「なんで? 何かあった?」
「これからすぐに陸軍の施設に向かわれるようで……あっ千恵子さん、篝先生は玄関にいますので聞いてみては?」
「わかった。沼霧さんも来て」
「はい!」
寝間着のまま階段を急いで駆け下りると、まさに篝先生が玄関の扉を開く所だった。母親も玄関にいる。
「篝先生!」
「千恵子さん、今日は診察出来ずにすみません」
「それは大丈夫、急ぎみたいだけどどうしたの?」
「……実は明け方、陸軍の兵士がここに来まして。話があるから朝に来いと。私も何があったのか知らないのです」
「そ、そうなんだ……」
「皆様心配おかけしてすみません。話が終わりましたらこちらに戻りますので、どうかご安心ください」
篝先生は丁寧に頭を下げて詫び、そのまま玄関の扉を勢いよく開けて陸軍の施設に駆け足で向かっていった。
「……」
ぴりぴりとした空気が流れる。何を話していいのかよく分からなくなってくる。
すると玄関にぬらりひょんが目をこすりながらよてよてと歩いてきた。
「何かあったの?」
「……篝先生、見送ってたの」
「千恵子姉ちゃん、おなか減ったね」
「……そうだ、ね……」
静かで重苦しい空気のまま、私達は朝食の麦ごはんを食べた。ぬらりひょんも途中からその空気に気が付いたらしく、口をつぐんでいる。
「ただいま戻りました」
朝食を食べ終え、自室で本を読んでいた所に篝先生が帰宅してきた。私は急いで玄関まで彼を出迎えに行く。
「おかえりなさい、篝先生!」
「千恵子さん……」
篝先生の顔からは汗が少し出て、息が若干荒れている。急いでこちらへと戻ってきたのがひしひしと伝えわってくる。
「すみません、これから大事な話がありますので皆さん集めてくださいますか」
「わ、わかりました……」
私は篝先生に言われたように、居間に母親と沼霧さん、ぬらりひょんを集めた。
「皆さんに話があります。これから私は上京する事になりました」
「え?」
突然の上京の話に、私含めて女性陣は目を丸くさせる。
「昨夜、東京で大規模な空襲がありました。その応援に向かうためです」
「……空襲?」
「そうです、千恵子さん。恐らく川上家のお屋敷からは遠い場所なのでそこは大丈夫かとは思いますが……」
「お屋敷や家族は無事でも関連する建物は焼けてる可能性もあるかもしれないって事?」
「ヨシさん、そうです。今から私は応援に向かう為にただちに上京せよとの指令が入りました。月館島の衛生兵も何名か向かうそうです」
「……篝先生、その……いつ、帰って来れますか?」
「千恵子さん……それは分かりません。今は言えないとしか……」
篝先生が目線を畳の下に落とした。私も薄々は気が付いていた。
……戦争が終わらなければ、まず帰って来ないだろうとは。
私はこういう話をこれまでずっと避けて来た。なるべく考えすぎないようにしていた。だけれど、そうしても無意味な程にもう戦況は著しく悪化しているのだろう。
「篝先生、無事で帰ってきてください」
たとえ彼が妖狐のあやかしだとしても、鉛玉や爆弾が降って来れば死ぬかもしれないのだ。それは嫌だ。困る。
(篝先生には死んでほしくない)
「勿論です。必ず無事に帰ってきます……!」
その言葉を力強く吐きだした篝先生の目は、畳ではなく私達をしっかりと捉えていたのだった。
そして篝先生は立ち上がり、離れに入って荷物をまとめ始めた。それを手伝いに私達も離れに向かう。
「お手伝いありがとうございます」
「いえいえ、日頃から千恵子達がお世話になっていますから。これくらいさせてください」
「篝先生にはいつもお世話になってますから……」
(これくらいはやんないと)
荷物を黒い大きなカバンに詰め込み、彼を玄関まで見送る。私は篝先生の姿をしっかりと目に焼き付ける。
彼を見送りに黒猫のあやかし達を始め、一反木綿ら別荘に住まうあやかし達も玄関にやってきた。沼霧さんの右手にはあの、カエルとそっくりなあやかしもいる。
「では、行ってまいります。千恵子さんのお体の事は沼霧さんと診療所の医師にお願いする形になるかと思います」
「分かりました。また夫には手紙でお伝えします」
「お願いします。では。皆さんの武運を祈ります」
篝先生は深々と頭を下げ、無言で玄関の扉を開けて去っていった。
「……」
静かで、重くて、硬い三拍子そろった空気。私もなんて言い出せればいいのか、この空気をどうやって打ち払うべきか分からない。
というか、話が急過ぎてしばらく篝先生に会えないという実感がまだうっすらとしか私の中では湧いてきていないのだ。
(このまま、会えなくなったらどうしよう。すごくいい医者なのに……)
「皆!そろそろお昼にしましょう!」
そんな空気を断ち切るように、母親からの声が聞えて来た。
「……千恵子、そんな顔してたら先生悲しむわよ。お国の為なんだから笑っていないと」
「……そうだよね」
「せっかくだし、お昼は雑炊で夕食はほうとうにしましょう。千恵子が好きな食べ物でしょ?」
「うん」
こういう時の母親の声は頼りになるが、まだ不安で一杯である。
「なんで? 何かあった?」
「これからすぐに陸軍の施設に向かわれるようで……あっ千恵子さん、篝先生は玄関にいますので聞いてみては?」
「わかった。沼霧さんも来て」
「はい!」
寝間着のまま階段を急いで駆け下りると、まさに篝先生が玄関の扉を開く所だった。母親も玄関にいる。
「篝先生!」
「千恵子さん、今日は診察出来ずにすみません」
「それは大丈夫、急ぎみたいだけどどうしたの?」
「……実は明け方、陸軍の兵士がここに来まして。話があるから朝に来いと。私も何があったのか知らないのです」
「そ、そうなんだ……」
「皆様心配おかけしてすみません。話が終わりましたらこちらに戻りますので、どうかご安心ください」
篝先生は丁寧に頭を下げて詫び、そのまま玄関の扉を勢いよく開けて陸軍の施設に駆け足で向かっていった。
「……」
ぴりぴりとした空気が流れる。何を話していいのかよく分からなくなってくる。
すると玄関にぬらりひょんが目をこすりながらよてよてと歩いてきた。
「何かあったの?」
「……篝先生、見送ってたの」
「千恵子姉ちゃん、おなか減ったね」
「……そうだ、ね……」
静かで重苦しい空気のまま、私達は朝食の麦ごはんを食べた。ぬらりひょんも途中からその空気に気が付いたらしく、口をつぐんでいる。
「ただいま戻りました」
朝食を食べ終え、自室で本を読んでいた所に篝先生が帰宅してきた。私は急いで玄関まで彼を出迎えに行く。
「おかえりなさい、篝先生!」
「千恵子さん……」
篝先生の顔からは汗が少し出て、息が若干荒れている。急いでこちらへと戻ってきたのがひしひしと伝えわってくる。
「すみません、これから大事な話がありますので皆さん集めてくださいますか」
「わ、わかりました……」
私は篝先生に言われたように、居間に母親と沼霧さん、ぬらりひょんを集めた。
「皆さんに話があります。これから私は上京する事になりました」
「え?」
突然の上京の話に、私含めて女性陣は目を丸くさせる。
「昨夜、東京で大規模な空襲がありました。その応援に向かうためです」
「……空襲?」
「そうです、千恵子さん。恐らく川上家のお屋敷からは遠い場所なのでそこは大丈夫かとは思いますが……」
「お屋敷や家族は無事でも関連する建物は焼けてる可能性もあるかもしれないって事?」
「ヨシさん、そうです。今から私は応援に向かう為にただちに上京せよとの指令が入りました。月館島の衛生兵も何名か向かうそうです」
「……篝先生、その……いつ、帰って来れますか?」
「千恵子さん……それは分かりません。今は言えないとしか……」
篝先生が目線を畳の下に落とした。私も薄々は気が付いていた。
……戦争が終わらなければ、まず帰って来ないだろうとは。
私はこういう話をこれまでずっと避けて来た。なるべく考えすぎないようにしていた。だけれど、そうしても無意味な程にもう戦況は著しく悪化しているのだろう。
「篝先生、無事で帰ってきてください」
たとえ彼が妖狐のあやかしだとしても、鉛玉や爆弾が降って来れば死ぬかもしれないのだ。それは嫌だ。困る。
(篝先生には死んでほしくない)
「勿論です。必ず無事に帰ってきます……!」
その言葉を力強く吐きだした篝先生の目は、畳ではなく私達をしっかりと捉えていたのだった。
そして篝先生は立ち上がり、離れに入って荷物をまとめ始めた。それを手伝いに私達も離れに向かう。
「お手伝いありがとうございます」
「いえいえ、日頃から千恵子達がお世話になっていますから。これくらいさせてください」
「篝先生にはいつもお世話になってますから……」
(これくらいはやんないと)
荷物を黒い大きなカバンに詰め込み、彼を玄関まで見送る。私は篝先生の姿をしっかりと目に焼き付ける。
彼を見送りに黒猫のあやかし達を始め、一反木綿ら別荘に住まうあやかし達も玄関にやってきた。沼霧さんの右手にはあの、カエルとそっくりなあやかしもいる。
「では、行ってまいります。千恵子さんのお体の事は沼霧さんと診療所の医師にお願いする形になるかと思います」
「分かりました。また夫には手紙でお伝えします」
「お願いします。では。皆さんの武運を祈ります」
篝先生は深々と頭を下げ、無言で玄関の扉を開けて去っていった。
「……」
静かで、重くて、硬い三拍子そろった空気。私もなんて言い出せればいいのか、この空気をどうやって打ち払うべきか分からない。
というか、話が急過ぎてしばらく篝先生に会えないという実感がまだうっすらとしか私の中では湧いてきていないのだ。
(このまま、会えなくなったらどうしよう。すごくいい医者なのに……)
「皆!そろそろお昼にしましょう!」
そんな空気を断ち切るように、母親からの声が聞えて来た。
「……千恵子、そんな顔してたら先生悲しむわよ。お国の為なんだから笑っていないと」
「……そうだよね」
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