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第7話 これが医者の妻って事なんだ
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咲良が秀介との3か月のお試し結婚契約を結んだ次の日の早朝。
「おはようございま――」
ふかふかのベッドの上で目を覚ました瞬間、左隣で熟睡している秀介の顔が視界に入る。相変わらずのイケメンっぷりにずっと眺めていたくなる気持ちとそんな彼が隣で寝ている構図への驚きで板挟みになった。
「ぎゃわっ!」
「ん? ああ、咲良。おはよう……」
「起こしちゃってごめんなさい。おっおはようございます……」
ベッドから起き上がろうとすると、秀介に左腕を引っ張られ、布団へと戻される。
「先輩?!」
「もうちょっとだけこうしていい?」
そう言うや否や咲良の胸元に顔を埋められた。彼の形の綺麗な鼻が谷間に当たってむずがゆくなる。
「ひゃっ先輩……! はやく起きないと、遅刻しちゃいますよ!」
「ん、あともう少しだけ……咲良、感じてたい」
こういったシチュエーション自体は咲良の好みではあるが、実際に体験すると中々に羞恥心が昂ってしまう。
ぐりぐりと鼻を押し付けられ、喉奥から嬌声が出てしまいそうになった所で彼はよそよそと起床したのだった。
咲良が用意した朝食は、ごはんと卵焼きとサラダ、そして昨日購入したインスタントの味噌汁と黒豆煮だ。
「ん、うまい。咲良卵焼きどうやって覚えたんだ?」
「自炊は前の勤務先の寮でやってたのでそれで」
「そっかあ。すげえな咲良」
「そんな事ないですよ」
謙遜してしまうが心の奥では好きな人から褒められた喜びであふれている。朝食を食べ終え支度をすると玄関先で秀介を見送る。
「いってきますのチューしよっか?」
「いや、大丈夫です!」
「ごめんやっぱ俺がしたくなったからいい?」
「ちょ、ちょっとだけですよ…」
と言いつつも彼が与えたキスは咲良が妄想するよりも激しいものだった。唇を塞がれると奥に引っ込んでいた舌に絡みつき、じゅるじゅると淫らな水音が響き渡る。
「んんんっ……!」
「んっ……」
「むっ……! ぷはっ! せん、せんぱい! 朝から激しいですよ……!」
「ははっ可愛いからついしたくなった。あとこれ食事代、もし食材買うなら今日の分だけでいいから。帰るときまた連絡する」
火照った身体と震える手つきのまま食事代の5000円を受け取る。そしていってらっしゃい。と笑顔の秀介へ手を振った。
ばたんと扉が閉まると家には咲良だけとなる。皿洗いをした後はリビングのソファに腰かけると静かな空気が広がっていくのを感じた。
「何か、しようかな……」
スマホで転職サイトを検索し、登録。適当に求人を眺めていくもののこれと言ってピンとくるものはない。
「ん~……やっぱり根気強く探さないとダメかあ。それともハロワ行った方がいいのかな」
リストラにあった会社は新卒で入社した会社。給料も良く、寮での暮らしも悪いものではなかっただけに、どうしてもハードルの高さをひしひしと感じてしまう。
それに今は好きな人との同居生活を楽しみたいという純粋な気持ちもあるのだ。
「いっか。でもとりあえず毎日ちらちらサイト見よ。お昼ご飯何にしよう。ってか買い物も行かないとだよね……」
私服に着替えて秀介の家からエレベーターで玄関ホールへ移動すると、にこにこと笑顔を浮かべている松原の姿が目に入った。
「おはようございます!」
「あっ松原さんおはようございます。中崎……えっと、春日咲良です」
「咲良さんおはようございます。これからお買い物でしょうか?」
すんなりと言い当てられて驚きつつもはい。と答える。すると松原は白い大理石のカウンターの下からパンフレットを取り出し、咲良に見せた。
「うちはこういった宅配サービスを行っておりまして。春日さんも時々使っていらっしゃるのですよ」
パンフレットに記された内容を要約すると、某有名なスーパーから週に2~3度食材を取り寄せできる宅配サービスらしい。24時間対応可能で、食材以外にも一部の日用品を取り寄せ可能だとも明記されている。
「へえ~」
「ご注文がございましたら、こちらからお伝えいたしますので」
「良いんですか?! すっごい、至れり尽くせり……!」
「それがこのマンションの強みでもありますから」
穏やかに笑う松原へ、咲良は注文したい食材を伝える。
「かしこまりました。20分ほどで到着すると思います。また届きましたらご連絡いたしますね。お支払いはその時にお願いします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
マンションの外に出る事無く買い物を済ませられるのはとっても便利だ。一旦秀介の自宅に戻ると改めて広々としたリビングの天井を見上げる。
「これ、妄想した通りのお金持ちの暮らしって感じだ……」
ふと気になったのでベッドルームの隅に置かれた段ボールから、これまで書いてきた同人誌を取り出した。
「これこれ。う~ん、取っておいて本当に良かった……」
初めて小説を書いたのは中学1年の時で、そこから初めて同人誌を出したのが高校1年。母親にバレないように嘘をついたり隠したりしながら、妄想を書きなぐっていた記憶が鮮やかによみがえる。
人生初の同人誌は勿論秀介との妄想を詰め込んだもの。表紙絵は秀介の誕生花であるスズランを色鉛筆で描いたものを使っている。
なお咲良が社会人になってから出した作品の表紙絵はSNSで活動している絵師さんへ有償依頼をお願いしていたものなので、両者を比べるとクオリティは全然違うのがはっきりわかった。
「絵師さんほんと絵がうまいよねえ。私はここまで描けないや」
段ボールの中から同人誌をある分だけ出した。水族館デートを楽しむものや、金持ち設定の秀介と、周囲の目線をかいくぐりながらVIP生活を楽しむ……そして超高級ホテルの最上階でプロポーズ。どれもキラキラした妄想が濃縮されている。
推しキャラの二次創作小説も捨てがたいが、やはり秀介との妄想をつづった作品が一番印象に残る。
「なんだか、現実になっちゃったなぁ。20歳になったら春日先輩と結婚するんだとか書いてあるけど、契約とはいえ本当に結婚しちゃったなんて」
同人誌を執筆していた当時の状況を思い出しながら、独り言をつぶやいてはぺらぺらとページをめくる。それから松原から宅配が到着したと連絡が来た。
◇ ◇ ◇
「帰ってこない……」
時刻は19時。外はあっと言う間に日が暮れ、宵闇が空を支配している。何度スマホを見ても秀介からの連絡はない。
「ご飯どうしよっかなあ、もう作ってはあるけど、先に食べちゃおうかな……お昼の残りもあるんだよねえ」
昼食の残りであるレンチンして蒸かしたかぼちゃを冷蔵庫から取り出し、ご飯をよそおうとした所で手が止まってしまう。
「やっぱり帰って来るの待とう。先輩だって、私と食べた方がおいしいに決まってるはず」
こんなシチュエーションのストーリーも書いたな。と思い出しながらかぼちゃを再び冷蔵庫へとしまった。
テレビをつけると、デートスポットランキングと題したエンタメ番組が映し出される。3位は修学旅行で訪れた巨大な水族館、2位は某レジャー施設、そして1位はオープンしたばかりのプラネタリウムと咲良からすればド定番な観光地が紹介されていった。
だが時間が無情にも経っていく中、秀介からは一向に連絡が来ない。
彼を心配する感情が次々と湧いて出てきては止まらなくなっていく。
「連絡して、みようか」
昨日教えてもらったレーインへメッセージを送ろうとするが、指が震えてうまく打てない。それにメッセージを送ってしまうのはかえって迷惑に当たらないかと不安もよぎる。
結局不安に負けてスマホの画面を閉じてしまった。
「先輩……」
早く帰ってきて。と本音がぽろりと零れ落ちる。それと同時に目の奥がじわじわと熱くなってきた。
もとより秀介は外科医。オペなどもあって多忙なのは咲良自身理解しているつもりだった。しかし彼の帰宅が遅くなっている現実に直面した事で、改めてこれが医者の妻なのかと認識させられてしまう。
「寂しいよ、先輩……」
あふれ出て来る涙を抑えきれないまま時間が過ぎ、時計が23時を指そうとしていた時。咲良のスマホが鳴った。
画面には待ち続けていた人物の名前が大きく表示されている。
「咲良ごめん! 今帰るからもう少し待ってて!」
「はい、はい! 先輩!」
ずっと聞きたかった秀介の声を聴いた途端、胸の中は嬉しさでいっぱいになる。蒸しかぼちゃを冷蔵庫から取り出して電子レンジで温めつつ、夕食である高野豆腐の肉詰めや野菜たっぷりの味噌汁などを再加熱する。
「咲良!」
ご飯をよそったのと秀介がリビングに飛び込んできたのがほぼ同時だった。
「せ、先輩……」
「っごめん! 緊急オペが入って遅くなっちまった。本当にごめん!」
がばっと左横から抱き着かれ、思わず持っていたお茶碗を落としそうになる。何とかカウンターの上に置いてから彼の抱擁をしっかりと受け止めた。
「せ、先輩……」
「目、腫れてる。もしかして泣いてた?」
はっきりと指摘され、大きく首を振った。
「そっか、ごめんな。もっと早く連絡を入れたらよかった……心配かけさせちゃって本当にごめん」
「謝らないでください! 先輩は外科医ですから……でも、ひっく」
止まっていた涙が再びあふれ出しては嗚咽と共に流れていく。止めようにも止まらない状態に秀介は頭をぽんぽんと撫でくれた。
その撫でる仕草がまた愛おしくてたまらない上に、胸がときめく。
「咲良、寂しかったよな。でももう大丈夫だからな」
「ひっく……せんぱい……」
「よし、ご飯食べられそうか? 俺はもうぺこぺこ」
「だい、ぐすっ……たべれ、ます……」
泣きながら食べるご飯は少しだけしょっぱかったが、同時に幸福感にあふれた甘みも感じられたのだった。
「そんなに寂しかった?」
「うう……はい、そうです。すっごく寂しかったです。でも、自分がいけないんです。甘く見ていたから」
「そっか……じゃあ、食べ終わったらたくさんえっちしてあげる」
「へ?」
「おはようございま――」
ふかふかのベッドの上で目を覚ました瞬間、左隣で熟睡している秀介の顔が視界に入る。相変わらずのイケメンっぷりにずっと眺めていたくなる気持ちとそんな彼が隣で寝ている構図への驚きで板挟みになった。
「ぎゃわっ!」
「ん? ああ、咲良。おはよう……」
「起こしちゃってごめんなさい。おっおはようございます……」
ベッドから起き上がろうとすると、秀介に左腕を引っ張られ、布団へと戻される。
「先輩?!」
「もうちょっとだけこうしていい?」
そう言うや否や咲良の胸元に顔を埋められた。彼の形の綺麗な鼻が谷間に当たってむずがゆくなる。
「ひゃっ先輩……! はやく起きないと、遅刻しちゃいますよ!」
「ん、あともう少しだけ……咲良、感じてたい」
こういったシチュエーション自体は咲良の好みではあるが、実際に体験すると中々に羞恥心が昂ってしまう。
ぐりぐりと鼻を押し付けられ、喉奥から嬌声が出てしまいそうになった所で彼はよそよそと起床したのだった。
咲良が用意した朝食は、ごはんと卵焼きとサラダ、そして昨日購入したインスタントの味噌汁と黒豆煮だ。
「ん、うまい。咲良卵焼きどうやって覚えたんだ?」
「自炊は前の勤務先の寮でやってたのでそれで」
「そっかあ。すげえな咲良」
「そんな事ないですよ」
謙遜してしまうが心の奥では好きな人から褒められた喜びであふれている。朝食を食べ終え支度をすると玄関先で秀介を見送る。
「いってきますのチューしよっか?」
「いや、大丈夫です!」
「ごめんやっぱ俺がしたくなったからいい?」
「ちょ、ちょっとだけですよ…」
と言いつつも彼が与えたキスは咲良が妄想するよりも激しいものだった。唇を塞がれると奥に引っ込んでいた舌に絡みつき、じゅるじゅると淫らな水音が響き渡る。
「んんんっ……!」
「んっ……」
「むっ……! ぷはっ! せん、せんぱい! 朝から激しいですよ……!」
「ははっ可愛いからついしたくなった。あとこれ食事代、もし食材買うなら今日の分だけでいいから。帰るときまた連絡する」
火照った身体と震える手つきのまま食事代の5000円を受け取る。そしていってらっしゃい。と笑顔の秀介へ手を振った。
ばたんと扉が閉まると家には咲良だけとなる。皿洗いをした後はリビングのソファに腰かけると静かな空気が広がっていくのを感じた。
「何か、しようかな……」
スマホで転職サイトを検索し、登録。適当に求人を眺めていくもののこれと言ってピンとくるものはない。
「ん~……やっぱり根気強く探さないとダメかあ。それともハロワ行った方がいいのかな」
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それに今は好きな人との同居生活を楽しみたいという純粋な気持ちもあるのだ。
「いっか。でもとりあえず毎日ちらちらサイト見よ。お昼ご飯何にしよう。ってか買い物も行かないとだよね……」
私服に着替えて秀介の家からエレベーターで玄関ホールへ移動すると、にこにこと笑顔を浮かべている松原の姿が目に入った。
「おはようございます!」
「あっ松原さんおはようございます。中崎……えっと、春日咲良です」
「咲良さんおはようございます。これからお買い物でしょうか?」
すんなりと言い当てられて驚きつつもはい。と答える。すると松原は白い大理石のカウンターの下からパンフレットを取り出し、咲良に見せた。
「うちはこういった宅配サービスを行っておりまして。春日さんも時々使っていらっしゃるのですよ」
パンフレットに記された内容を要約すると、某有名なスーパーから週に2~3度食材を取り寄せできる宅配サービスらしい。24時間対応可能で、食材以外にも一部の日用品を取り寄せ可能だとも明記されている。
「へえ~」
「ご注文がございましたら、こちらからお伝えいたしますので」
「良いんですか?! すっごい、至れり尽くせり……!」
「それがこのマンションの強みでもありますから」
穏やかに笑う松原へ、咲良は注文したい食材を伝える。
「かしこまりました。20分ほどで到着すると思います。また届きましたらご連絡いたしますね。お支払いはその時にお願いします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
マンションの外に出る事無く買い物を済ませられるのはとっても便利だ。一旦秀介の自宅に戻ると改めて広々としたリビングの天井を見上げる。
「これ、妄想した通りのお金持ちの暮らしって感じだ……」
ふと気になったのでベッドルームの隅に置かれた段ボールから、これまで書いてきた同人誌を取り出した。
「これこれ。う~ん、取っておいて本当に良かった……」
初めて小説を書いたのは中学1年の時で、そこから初めて同人誌を出したのが高校1年。母親にバレないように嘘をついたり隠したりしながら、妄想を書きなぐっていた記憶が鮮やかによみがえる。
人生初の同人誌は勿論秀介との妄想を詰め込んだもの。表紙絵は秀介の誕生花であるスズランを色鉛筆で描いたものを使っている。
なお咲良が社会人になってから出した作品の表紙絵はSNSで活動している絵師さんへ有償依頼をお願いしていたものなので、両者を比べるとクオリティは全然違うのがはっきりわかった。
「絵師さんほんと絵がうまいよねえ。私はここまで描けないや」
段ボールの中から同人誌をある分だけ出した。水族館デートを楽しむものや、金持ち設定の秀介と、周囲の目線をかいくぐりながらVIP生活を楽しむ……そして超高級ホテルの最上階でプロポーズ。どれもキラキラした妄想が濃縮されている。
推しキャラの二次創作小説も捨てがたいが、やはり秀介との妄想をつづった作品が一番印象に残る。
「なんだか、現実になっちゃったなぁ。20歳になったら春日先輩と結婚するんだとか書いてあるけど、契約とはいえ本当に結婚しちゃったなんて」
同人誌を執筆していた当時の状況を思い出しながら、独り言をつぶやいてはぺらぺらとページをめくる。それから松原から宅配が到着したと連絡が来た。
◇ ◇ ◇
「帰ってこない……」
時刻は19時。外はあっと言う間に日が暮れ、宵闇が空を支配している。何度スマホを見ても秀介からの連絡はない。
「ご飯どうしよっかなあ、もう作ってはあるけど、先に食べちゃおうかな……お昼の残りもあるんだよねえ」
昼食の残りであるレンチンして蒸かしたかぼちゃを冷蔵庫から取り出し、ご飯をよそおうとした所で手が止まってしまう。
「やっぱり帰って来るの待とう。先輩だって、私と食べた方がおいしいに決まってるはず」
こんなシチュエーションのストーリーも書いたな。と思い出しながらかぼちゃを再び冷蔵庫へとしまった。
テレビをつけると、デートスポットランキングと題したエンタメ番組が映し出される。3位は修学旅行で訪れた巨大な水族館、2位は某レジャー施設、そして1位はオープンしたばかりのプラネタリウムと咲良からすればド定番な観光地が紹介されていった。
だが時間が無情にも経っていく中、秀介からは一向に連絡が来ない。
彼を心配する感情が次々と湧いて出てきては止まらなくなっていく。
「連絡して、みようか」
昨日教えてもらったレーインへメッセージを送ろうとするが、指が震えてうまく打てない。それにメッセージを送ってしまうのはかえって迷惑に当たらないかと不安もよぎる。
結局不安に負けてスマホの画面を閉じてしまった。
「先輩……」
早く帰ってきて。と本音がぽろりと零れ落ちる。それと同時に目の奥がじわじわと熱くなってきた。
もとより秀介は外科医。オペなどもあって多忙なのは咲良自身理解しているつもりだった。しかし彼の帰宅が遅くなっている現実に直面した事で、改めてこれが医者の妻なのかと認識させられてしまう。
「寂しいよ、先輩……」
あふれ出て来る涙を抑えきれないまま時間が過ぎ、時計が23時を指そうとしていた時。咲良のスマホが鳴った。
画面には待ち続けていた人物の名前が大きく表示されている。
「咲良ごめん! 今帰るからもう少し待ってて!」
「はい、はい! 先輩!」
ずっと聞きたかった秀介の声を聴いた途端、胸の中は嬉しさでいっぱいになる。蒸しかぼちゃを冷蔵庫から取り出して電子レンジで温めつつ、夕食である高野豆腐の肉詰めや野菜たっぷりの味噌汁などを再加熱する。
「咲良!」
ご飯をよそったのと秀介がリビングに飛び込んできたのがほぼ同時だった。
「せ、先輩……」
「っごめん! 緊急オペが入って遅くなっちまった。本当にごめん!」
がばっと左横から抱き着かれ、思わず持っていたお茶碗を落としそうになる。何とかカウンターの上に置いてから彼の抱擁をしっかりと受け止めた。
「せ、先輩……」
「目、腫れてる。もしかして泣いてた?」
はっきりと指摘され、大きく首を振った。
「そっか、ごめんな。もっと早く連絡を入れたらよかった……心配かけさせちゃって本当にごめん」
「謝らないでください! 先輩は外科医ですから……でも、ひっく」
止まっていた涙が再びあふれ出しては嗚咽と共に流れていく。止めようにも止まらない状態に秀介は頭をぽんぽんと撫でくれた。
その撫でる仕草がまた愛おしくてたまらない上に、胸がときめく。
「咲良、寂しかったよな。でももう大丈夫だからな」
「ひっく……せんぱい……」
「よし、ご飯食べられそうか? 俺はもうぺこぺこ」
「だい、ぐすっ……たべれ、ます……」
泣きながら食べるご飯は少しだけしょっぱかったが、同時に幸福感にあふれた甘みも感じられたのだった。
「そんなに寂しかった?」
「うう……はい、そうです。すっごく寂しかったです。でも、自分がいけないんです。甘く見ていたから」
「そっか……じゃあ、食べ終わったらたくさんえっちしてあげる」
「へ?」
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