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第ニ章 北の地にて明かされる真実
34.父親
しおりを挟む第012日―1
眩い光が徐々に弱まり、自身の拠点への帰還に成功した事を確信したアルラトゥは、そっと目を見開いて周囲の状況を確認した。
そこは北の塔の最上階。
冷たい燐光を発する石壁に囲まれた広間。
その奥には祭壇が設置されている。
周囲に魔力による感知の網を広げてみるが、塔内には配下のモンスター以外は、侵入者や不測の客はいないようであった。
彼女はふっと肩の力を抜き、自分を抱えている巨大なゴーレムに、自分を下ろすよう命じた。
「これで私は彼等にとって、まだ『攫われた可哀想なメイ』のはず」
アルラトゥが、自作自演の誘拐劇を演じたのは、主に彼女自身の事情によるものだった。
本当は、もうしばらくは動かないつもりであった。
しかし、話の流れで帝城に連れて行かれる事になってしまった為、急遽計画を練り直したのだ。
帝城行き自体は、寧ろ彼女にとって好都合であった。
彼女は、今まで竜の巣、宗廟の二か所の祭壇の封印を、この順番で密かに解除してきた。
残るは、ここ北の塔、帝城皇宮最奥部の祭壇、そして最後に始原の地。
彼女が父より聞かされ、自身でも調査した結果、祭壇の封印を正確な順番で解いていけば、『彼方の地』への扉が再び開かれるはずであった。
『『彼方の地』への扉を17年ぶりに開くことが出来れば、父はきっと自分を認めてくれるだろうし、自分を“半端者”等と侮り続けているあのマルドゥクの鼻を明かすことも出来るはずだ。
順番では、次はここ北の塔、そしてその次が皇宮最奥部の祭壇。
そのため、彼女は帝城に行く前に、どうしても北の塔の封印を解いておきたかった。
また、『儀式』に欠かせない霊晶石を補充する必要にも迫られていた。
二週間前、宗廟の祭壇の封印を解いた時、不覚にも力の逆流を受けてしまった。
その際、記憶を失って選定の神殿に転移してしまい、同時に『儀式』に不可欠な霊晶石のストックも失ってしまっていたのだ。
元々、彼女はここ北の塔に拠点を置いており、ここには、17年前に『彼方の地』より持ち出された霊晶石の一部がストックされていた。
自分がここに転移した事は、現場の痕跡を調べれば、ノルンかウムサあたりには看破されるであろう。
しかし、自分のように自在に転移する術を持たない彼等が、『攫われた可哀想なメイ』救出のためここへ駆けつけるには、少なく見積もっても一週間はかかるはず。
その間に霊晶石を補充し、北の塔の祭壇の封印を解いて、またその辺で気を失ったふりでもしていれば、後はお人好しな彼等が、自分を勝手に帝城へ連れて行ってくれるに違いない。
自分に半分流れる人間の血を呪った事もあったが、その人間共を今逆に利用している。
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。
その時、ふと自分の右の側頭部にさしている髪留めがずれているのに気が付いた。
直そうとそこに手を伸ばして、それを買ってくれたカケルの事を思い出す。
神殿で出会って以来、二週間近く一緒に過ごした。
彼と過ごした日々は、それまでの殺伐とした人生とは異質のものであった。
「あいつは私と離れ離れになって、少しは寂しがってくれているかな?」
思わず漏れた自分の言葉にハッとする。
らしくも無い感傷だ。
アルラトゥは慌てて首を振り、霊晶石の補充に向かった。
――◇―――◇―――◇――
第015日―2
転移門から歩く事20分足らずで、ハーミルの家に到着した。
周辺は、この世界の平均的な民家が立ち並ぶ住宅街となっていた。
彼女の家は、周囲の民家よりはやや大き目ではあったけれど、元帝国剣術師範の家にしては、随分質素な印象だ。
「ただいま」
ハーミルが門扉を開けると、留守中、彼女の父の介護を担当していたらしい年配の女性が姿を現した。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「もう、お嬢様はやめて下さい。でも留守中、父の介護、有り難うございました」
ハーミルは若干照れながらも、丁寧にお辞儀した。
彼女は僕を家の中に招き入れると、早速父親の下に向かった。
僕も彼女の父親に挨拶するため、後に続いた。
「お父さん、ただいま」
ハーミルがそっと声を掛ける先には、身じろぎもしない痩せ細った年配の男性が、ベッドに横たわっていた。
彼の目は見開かれてはいたけれど、そこには何の光を感じられなかった。
先程の年配の女性が、留守中の父親の様子について説明するのを、ハーミルは神妙な面持ちで耳を傾けている。
やがて説明を終えた年配の女性が部屋を退出すると、ハーミルは父親の手をそっと握り締めた。
「お父さん、私ね……」
彼女はそのまま、ここ数日来の出来事を語って聞かせ始めたけれど、彼女の父親の表情には、何の変化も現れない。
僕は二人の様子を、ただ黙って見守る事しか出来なかった。
「ごめんね、カケルをほったらかしにしちゃって」
父親への“報告”を終えたハーミルが、少しだけバツの悪そうな顔を僕に向けて来た。
「そんな事、気にしなくていいよ」
少ししんみりしかけた雰囲気を変えるように、ハーミルが両手を打った。
「そうそう、今夜、カケルに泊ってもらう部屋に案内しないとね。うち、部屋だけはやたらあるから。まあ、カケルがどうしてもって言うなら、私の部屋に泊ってもいいけど」
「こらこら、なんか間違いがあったら、困るでしょ?」
「フフン、私にここまで引き摺られてきたひ弱なカケルクン、果たして間違いを起こせるかな?」
冗談めかした雰囲気で、ハーミルが僕の顔を覗き込んできた。
僕は苦笑しつつ、言葉を返した。
「いや、あれはハーミルが腕力強すぎでしょ」
ハーミルが悲しげに顔を伏せた。
「もしかして、腕力強い女の子は嫌い?」
「いや、そういうわけでは……」
慌てて言葉を返そうとして……僕は俯いた彼女の口元がニヤついている事に気が付いた。
「って、絶対、からかっているだろ?」
「ごめんごめん。じゃあ、早速案内するね」
悪戯っぽく笑った後、ハーミルは僕を先導して歩きだした。
正面から見ると、やや大き目の民家にしか見えなかったけれど、結構奥行きが有り、見た目以上に広い家である事が分かった。
部屋数も多く、裏手には道場もあるようだった。
ハーミルは僕を、小奇麗に整頓された一室に案内してくれた。
「じゃあ、ここがカケルの部屋ね。部屋の中の物は適当に使ってもらっていいから、他に必要なものがあったら言ってね」
「ハーミルの家って、中はなんか旅館みたいだよね」
「お父さん、ああ見えて、有名な剣豪だったからね。昔は色んな人が家に泊まったりしていたの。お弟子さんとか、来客とか、食客って名目の単なる居候とか」
そう語るハーミルはとても寂しそうな目をしていた。
こんな広い家に、今、彼女は半身不随の父親とほぼ二人きり。
かつての賑わいを知っている彼女の心の内を占める寂寥感がいかほどのものか、僕には決して推し量る事は出来ないけれど……
だけど僕は、そんなハーミルの顔を見たくなくて……
「お父さんは必ず元気になって、きっと皆も戻ってくる。そうだ、ハーミルが剣術教室やればいいよ。僕も手伝うから、二人で盛り上げていこうよ」
「ふ、二人で?」
「うん。そりゃ、最初はうまくいかないかもだけど、二人で支えあっていけば……ってあれ?」
「さ、支えあって……」
ハーミルが耳まで真っ赤になって俯いている。
口にしておいてなんだけど、二人で支えあっていこうって……何か激しく勘違いさせてないだろうか?
僕の方も顔が赤くなってきた。
「あ、あの、剣術教室を頑張ろうって意味だからね?」
「そ、そうよね? 剣術教室の事よね?」
何故か、ハーミルが少し残念そうな表情を見せた。
「あ、私夕御飯の準備とかあるから、カケルは適当に寛いでいてね」
ハーミルは照れ隠しなのか、急に話題を変えると、小走りで部屋を出て行った。
その日、ハーミルが用意してくれた晩御飯は、何故か無駄に豪勢だった……
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