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第四章 すれ違う想い
84. 処分
しおりを挟む第033日―4
「実は、攻撃してきていた当人を連れて来た」
僕の言葉を聞いたハーミルが、訝しげな顔になった。
「! ……どこにいるの?」
僕は【彼女】をベッドに横たえると、レルムスのローブをゆっくりと取り去った。
ハーミルとジュノには、虚空から徐々に【彼女】が出現してくるように見えたはず。
驚く二人に、僕は事の経緯を説明した。
ただしジュノの手前、【彼女】が使用していたのは、“強力な魔法のような特殊能力”、とぼかしたけれど。
「……というわけで、どうしたらいいと思う?」
しかし二人共、当惑した顔をして黙り込んでしまった。
特にハーミルは、自分の右耳のピアスを弄りながら、じっと考え込んでいる。
時々やっているあの癖、きっと自分では意識してないんだろうな。
僕がそんな場違いな事を考えていると、ジュノが口を開いた。
「やっぱり、皇帝陛下に知らせて、任せるしかないんじゃないか?」
「でも多分、帝国軍の魔導士達では、彼女の“特殊能力”を制御するのは難しいと思うんだ」
「その時は殺すしかないと思うぜ」
確かに、ヴィンダで【彼女】は許されざる行為を行った。
しかし僕は、簡単に“殺す”という言葉を使うジュノに、少し不快感を抱いた。
どうもジュノには、人の生き死にを深刻に考えていないような言動が、時々見られる。
もっとも、限定的にせよ、霊力を使用できる【彼女】を殺し切れるかどうかは未知数だけど。
取り敢えずまだ目を覚まさない【彼女】を、僕達は三人がかりで縛り上げた。
それを見届けてから、僕は急いで皇帝ガイウスの幕舎へ報告に向かった。
「おおっ! カケルよ、心配しておったぞ」
椅子に腰掛け、ノルン様や側近達と何かを相談していたらしい皇帝ガイウスは、僕が幕舎に入ってくると、立ち上がって出迎えてくれた。
僕は皇帝ガイウスに、ボレアの城壁で【彼女】を捕縛し、自身の幕舎へ連れて来ている事を、手短に報告した。
皇帝ガイウスは、大きく目を見開いた。
「なんと! 【彼女】を捕縛したと!?」
「はい、でも今は単に縄で縛り上げているだけなので、目を覚ましたら“特殊能力”を使って逃走されてしまうかもしれません。何か、魔法の拘束具みたいなのは、無いでしょうか?」
僕の言葉を聞いた皇帝ガイウスは、しばらく何かを考える素振りをした後、口を開いた。
「では一応、宮廷魔導士長のジェイスンをカケルの幕舎に派遣しよう。【彼女】に効果的かどうかは分からぬが、拘束の術式を試してみようぞ。それまでは、カケルの力に頼らざるを得ない。引き続き、【彼女】の監視を頼む」
「かしこまりました」
皇帝ガイウスへの報告を終えた僕は、すぐにハーミルとジュノの待つ幕舎に戻った。
幕舎に入ると、ハーミルとジュノが武器を手に臨戦態勢を取って、ベッドの上の【彼女】と相対していた。
【彼女】は縛り上げられたまま、ベッドの上で上半身を起こしていた。
「ハーミル! ジュノ!」
「カケル! ついさっき、【彼女】が目覚めたわ」
ハーミルは視線を【彼女】に固定したまま、僕に状況を説明してくれた。
不思議な事に、ハーミル達から明確な戦意を向けられているにも関わらず、ベッドの上の【彼女】は何をするでもなく、ただ虚ろな表情を浮かべているのみ。
霊力を展開した僕は、慎重に【彼女】に近付いた。
僕に気付いたらしい【彼女】の顔に、戸惑いのような表情が浮かぶのが見えた。
「……君、名前は?」
「キミ、ナマエハ?」
最初にボレアの城壁でそうであったように、再び【彼女】は、僕の言葉をオウム返ししてきた。
その様子は生き物と言うより、壊れた機械仕掛けの人形を連想させた。
今のところ、【彼女】が霊力を展開したり、逃げ出そうとしたりする様子は見られない。
そのまま彼女の“監視”を続けていると、僕の背後、幕舎の入り口から誰かが入って来る気配がした。
先程、皇帝ガイウスが口にしていた宮廷魔導士長のジェイスンさんが来たのだろうか?
しかし振り返ってみると、そこにはジェイスンさんでは無い、僕のよく見知った人物の姿が有った。
「イクタスさん!?」
「久し振りじゃな、カケル、ハーミル」
「……誰だ、このじいさんは?」
僕は、イクタスさんに怪訝そうな視線を向けるジュノに、イクタスさんの事を簡単に紹介した。
それにしてもイクタスさん、図ったように良いタイミングで現れた。
「おぬし、何か用事があって、わしの魔法屋を訪ねて来たのじゃろう? わしはちょうどおぬしと入れ違いで魔法屋に戻ってな。こうして追いかけてきてやったのじゃ」
イクタスさんは、僕の疑問を見透かしたかのようにそう話すと、カラカラと愉快そうに笑った。
まあ、それはさておき、元々僕はイクタスさんに、【彼女】の事を相談しようと思っていた。
だから改めて彼に、これまでの経緯、そして僕が“視た”【彼女】の出自について詳細を話し、助言を求めてみた。
話を聞き終えたイクタスさんの表情が険しくなった。
「霊晶石を核にホムンクルスを作出するとは……」
「レイショウセキって何だ?」
僕達の会話の中で飛び交う単語の意味が理解出来ないらしいジュノは、目を白黒させている。
このまま共に行動するなら、ジュノにもいつか、霊力について説明しないといけない日が来るだろう。
イクタスさんが束の間沈黙した後、再び口を開いた。
「カケルよ、この娘の中にある、霊晶石の位置が分かるか?」
僕は霊力を展開したまま、【彼女】を詳細に観察した。
そして丁度心臓に当たる部分に、淡く輝く霊力の光が“視える”事に気が付いた。
「胸の心臓に当たる部分に“光”が見えます」
「……おぬしの“力”を以ってすれば、この娘の身体を貫き、その霊晶石を掴むことは容易なはずじゃ。そしてその霊晶石を抜き去れば、恐らくこの娘は元の土塊へと戻る」
それはつまり、【彼女】を“殺せ”という事だろうか?
いや、元々ホムンクルスはゴーレムと同じで、生きていない??
しかし【彼女】は言葉を発し、抱きかかえたその身体には温もりがあり……
イクタスさんから突如提示された【彼女】の処分方法に、僕の心は激しく動揺した。
それを語ったイクタスさん自身の顔にも、深い苦悩の色が見て取れた。
【彼女】は、自身の処分方法が目前で語られているにも関わらず、ベッドの上で僅かに戸惑いの表情を浮かべたまま、ただじっと座っている。
重苦しい沈黙を破って、僕はイクタスさんに問いかけてみた。
「他に……他に何か方法は無いですか? 彼女を無力化できるような何か……」
しかしイクタスさんは、ゆっくりと首を横に振った。
「恐らくナブーは、その娘が敵の手に落ちた時の事を考えて、無力化されないよう幾重にも保険を掛けておるはずじゃ。残念ながら、短時間でその全てを破るのは至難の業であろう。加えて言えば、最終的には、霊力を操る存在を無力化できるのは、それを上回る霊力を操る存在のみ」
「でも、今【彼女】は霊力を展開していません。何とか今のうちに封印みたいな事が出来れば……」
イクタスさんはちらっと【彼女】に視線を向けてから言葉を返してきた。
「わしを含めて、霊力を封印する術を、この世界の住民は持ち合わせておらぬ。その娘が霊力を展開しておらぬと申すのなら、今は単に命令待ちの状態に過ぎないのであろう。ナブーがいかにしてその娘に命令を下すのか不明じゃが、一旦新たな命令が下れば、その娘は再び霊力を展開し、忠実に任務をこなすであろう」
それは再びどこかの街が滅ぶかもしれない、という事を意味する。
【彼女】は早急に無力化するべきであろう。
そして【彼女】を無力化するには、結局、【彼女】の霊晶石を抜き去るしかなく、それは、【彼女】を“殺す”事……
僕は喉がひりつくように乾いていくのを感じた。
そんな僕の心を見透かしたかのように、ハーミルが口を開いた。
「カケル、“コレ”はたまたま人の形をしているけど、人間じゃないわ。そもそも生きてすらいない。今、カケルがためらっている。それこそが“コレ”を壊されないよう、ナブーのかけた保険の一つかもしれないって思わない?」
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