【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする

風の吹くまま気の向くまま

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第五章 正義の意味

104. 昔話

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第037日―3


「そうね、こんな昔話があるわ」

そう前置きしてから、ミーシアさんは、ゆっくりと静かに話し始めた。


昔々、豊かな森の中に築かれた、神樹王国と呼ばれるエルフの王国がありました。
精霊に働きかけ、彼等の力を引き出す事が出来るハイエルフ達が、代々王族として国を統治してきました。
王国の中心にそびえ立っていた樹齢数千年の巨木は、神樹として、自然と調和して生きるエルフ達の尊崇を集めてきました。
長く独立自尊の道を歩んできた王国でしたが、人間ヒューマン達が建てたナレタニア帝国が、大陸全土を制覇するに至ると、その傘下に入る事になりました。
人間ヒューマン達が築いた帝国の支配が及んだことにより、一般のエルフ達だけではなく、王族達の中にも外の世界に旅立ち、人間ヒューマン達の街で暮らすようになった者も現れました。

例えば、冒険者ギルドの受付として。

神樹王国は、全てのエルフ達を統べていたわけではありませんでした。
ナレタニア帝国が大陸全土を制覇しても、一部のエルフ達の集落はその威令に服さず、独自の社会を維持し続けていました。
帝国も、王国や共和国を形成する程大きな集団で無ければ、そういった集落の存在を黙認してきました。

或る時、突然その方針が変わりました。

若く有能で、野心あふれる皇帝が登場したのです。
彼は文字通り、大陸を真の意味で完全制覇しようと試みました。
威令に服さない亜人達の集落は、エルフ達のそれも含めて、ほぼ全てが帝国の支配を受け入れるか、壊滅するかの二者択一を迫られました。
壊滅させられた集落から逃れたエルフ達は、神樹王国に庇護を求めました。
すがりついてくる同族達を、振り払う選択肢はありませんでした。

やがて運命の日がやってきました。

突如帝国は、大兵力を神樹王国へ差し向け、帝国に仇なすエルフ達の引き渡しを求めてきました。
神樹王国はなんとか同族を救おうと、懸命な交渉を試みました。
講和条件として、国の象徴であり、王族のハイエルフ達の強大な力の源泉となっていた神樹を切り倒す事さえ、受け入れました。

しかし全ては帝国側の謀略でした。

神樹王国は無力化され、主要な王族達が騙し討ちで殺された後、完全に攻め滅ぼされてしまいました。
王国の滅亡後、10年経過した今、そこは広大な草地が広がっているだけです。


ミーシアさんの“昔話”を聞き終えた僕は、大きな衝撃を受けた。
僕にとって帝国は正義であり、自分や仲間達に恩恵をもたらしてくれる庇護者であった。

しかし彼女の“昔話”の中の帝国は……!

自然、自分の声が震えている事を自覚しながらも、僕はミーシアさんに問い掛けた。

「精霊魔法は、神樹王国の王族であるハイエルフしか使えないのでしょうか?」
「数千年前、始祖ポポロが初めて精霊と交信し、闇を打ち払った、と伝承されているわ。そして彼女の子孫の内、特定の家系――神樹王国の王族――のみがハイエルフと呼ばれ、精霊魔法を使用出来る……」

と言う事は、襲撃者達は10年前に滅ぼされた神樹王国の王族の生き残り、或いは関係者だったのであろう。
そうと考えれば、あの帝国への凄まじいまでの憎悪も理解出来る。
しかしなぜこのタイミングで、軍営に捨て身の攻撃を仕掛けてきたのであろうか?

「多分、ヤーウェン共和国、或いは魔王の陣営等がかかわっているのだと思うわ。王族やその関係者達の帝国への憎悪が、うまく利用されてしまったのでしょうね」

ここまでミーシアさんの話を聞いたところで、僕はハーミルの言葉を思い出した。


―――ミーシアさんはハイエルフよ。それに、前にカケルを一緒に救出しに行った時、彼女、強力な精霊魔法を操っていたわ。


僕のはっとしたような表情に気付いたのであろう。
ミーシアさんが自嘲気味の笑みを浮かべた。

「そうよ。私も神樹王国の王族の生き残り。といっても、もう数十年以上前に王国を飛び出しちゃったんだけどね」
「……ミーシアさんも、やっぱり帝国を憎んでいるんですか?」

僕の言葉に、ミーシアさんはゆっくりと首を横に振った。

「私には、私の生きる道を示してくれた人がいたから……『彼女』のお陰で、私の心は闇に堕ちずに済んだわ」



それは10年前、祖国と同族達が無残にも滅ぼされた日。
心の中にともった闇の炎を吹き消してくれた『彼女』の存在。
失ったモノと一緒に過去に沈むより、道を示してくれた『彼女』と共に未来へ進もうと思えた日。
ミーシアは、改めて自分が結社イクタスに参加した日の事を思い出していた。



ミーシアさんと別れた僕達三人は、西日が周囲を茜色に染め上げる中、皇帝ガイウスの軍営に戻ってきた。
僕達はすぐに皇帝ガイウスの幕舎を訪れた。
既にドミンゴさんからキースさんの状態についての報告を受けていたらしい皇帝ガイウスは、戻ってきた僕達、特にハーミルに笑顔を向けてきた。

「ハーミルよ、そなたの父の回復、まことに喜ばしい。キースが本復して、再び剣術師範の職に復帰してくれる日を楽しみに待っておるぞ」
「ありがとうございます。父も早く陛下のお役に立ちたいと申しておりました」

皇帝ガイウスの言葉を受けて、ハーミルは頭を下げた。
ひとしきり僕達と歓談した皇帝ガイウスは、話が一段落すると、少し真剣な表情になった。

「時にカケルよ、そなたは行った事のある場所なら、100%転移可能と考えても良いのかな?」
「多分、霊力に対する対策がなされていなければ、転移出来ると思います」

皇帝ガイウスは少し考える素振りを見せた後、再び口を開いた。

「実は今度のヤーウェン共和国への最初の軍使、カケルにも同行してもらおうと思ってな」
「軍使……ですか? 今の所、ボレア獣王国の時のような妙案、有りませんが……」

ボレア獣王国の時は、事前に色々準備をして、ある程度目算が立った段階で、軍使としておもむく事が出来た。
しかし今、僕はヤーウェン共和国について、ほとんど何の情報も持ち合わせてはいない。
そんな自分が同行しても、あまり役に立たないのではないだろうか?

首をひねっていると、皇帝ガイウスが、派遣する軍使に同行するよう、僕に依頼してきた理由について説明してくれた。

「軍使に同行してもらうのは、カケルにヤーウェンの中枢の場所へ行ってもらう事が主目的じゃ。軍使の謁見は、ヤーウェンの僭主せんしゅ(※終身大統領のような指導者)邸、或いは元老院等、いずれにしても、やつらにとって主要な施設で行われるはず。一度その場所を訪れたなら、カケルは転移が可能なのであろう?」

僕は皇帝ガイウスの言葉にハッとした。

まさか……?

「交渉が成立すれば良し。成立しなければ、カケルにその主要施設への転移門を設置してもらいたい。我が軍がそこからやつらの中枢へ攻め込めば、損害を最小限に抑えて制圧出来るであろう」

僕は咄嗟に返事が出来なかった。
皇帝ガイウスの言葉は、一見合理的だ。
正面から力ずくで攻撃するよりも、主要施設へ少数精鋭を送り込んで、内部から制圧したほうが、確かに彼我の損害は抑えられるであろう。
しかしそれは同時に、僕が一方的に、帝国の側に加担する事を意味する。
今までの僕なら、そんなに深くは考えなかったであろう。
現実問題として、自分はこうして帝国軍に従軍し、昨晩も襲撃者の撃退の為、霊力を使用した。
だけど僕は、ミーシアさんの“昔話”を聞いてしまった。
果たして今回の戦いは、本当にヤーウェンが一方的に悪いのであろうか?

答えあぐねていると、皇帝ガイウスがいつにもまして険しい視線を僕に向けてきている事に気が付いた、
これはもしかして、僕を試しているのかもしれない。
僕がどこまで協力的なのか、或いは……

僕は心の中の葛藤を押し殺して言葉を返した。

「分かりました。軍使殿との同行、喜んでお引き受けさせて頂きます」

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