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第五章 正義の意味
110. 僭主
しおりを挟む第038日―2
馬車は僕、ハーミル、ジュノそれにマルクさんの四人が乗り込むと、すぐに走り出した。
幌に開けられた窓から見える外の景色が、飛ぶように後ろへ流れて行く。
かなりの高速で走行しているにも関わらず、この馬車も何か細工がされているのか、殆ど揺れを感じない。
3時間ほどで、馬車はヤーウェン共和国の首都、ヤーウェンの街郊外に到着した。
驚いた事に、帝国軍が接近しているにもかかわらず、城門は開かれていた。
衛兵が厳重な検問を行って入るものの、少ないながら、人や荷馬車の往来も見て取れた。
僕達の馬車には、軍使を示す旗が掲げられていた。
城門に近付くと、その旗に気が付いたらしい衛兵達が近付いてきた。
マルクさんが、にこやかな笑顔で彼等に言葉を掛けた。
「お勤めご苦労様。我等は見ての通り、帝国からの軍使でございます。ヒエロン殿にお取次ぎをお願いしたい」
僕達の馬車は、衛兵達の詰所前の広場で待機するよう告げられた。
特に目隠しもされていなかったため、僕達は幌の中から、街の風景の一部を眺める事が出来た。
「なんだか、のどかですね」
僕は少し拍子抜けした思いであった。
ここから見える範囲内では、人々が普通に通りを歩いている。
普通こういう場合、パニックで街から脱出を図ったり、家の中に閉じこもって震えていたりするのでは?
「ヒエロン殿は、よく人心を掌握しておりますからな」
マルクさんが、意外な言葉を口にした。
「元々共和制を敷いていたこの国で、ヒエロン殿が僭主として全権を握っているのも、彼が人々から絶大な信頼を得ているからこそですよ」
軍使に抜擢されるだけあって、マルクさんはヤーウェン共和国の事情に明るかった。
彼の評では、ヒエロンは若くして洞察力に優れ、いかなる問題にも常に最善手の解決法を示し、頭角を現してきたのだという。
そして数年前、若干28歳にして、推されて今の地位に就いたのだそうだ。
「ヒエロン殿の勘の良さは舌を巻くものがあります。彼は決して、負ける勝負をしない……」
マルクさんの言葉は、僕にとっては意外な物だった。
ではヒエロンは、彼なりに今回は勝算あり、と読んでいると言う事だろうか?
僕はマルクさんに話を振ってみた。
「彼は自分の野心を満たすために、魔王と手を結んで帝国に叛旗を翻した、と聞いていましたが……」
昨晩会話した神樹王国の残党達を率いるロデラは、そう語っていた。
「ある側面において、それは正しいでしょう。しかし彼の野心は、必ずしも彼個人の動機に基づくものでは無いのが始末に悪い。つまり共和国の総意が、彼をしてこの挙に出させた可能性が高いのです」
「この街の人々皆が、帝国への叛旗を支持している、と?」
返事の代わりに、マルクさんは肩をすくめた。
その様子から、彼自身も今回の交渉が上手くいくとは思っていないらしい事が、伝わって来た。
1時間後、馬車の中で待機していた僕達を、一人の衛兵が呼びに来た。
「ヒエロン様がお会いになられます。こちらへ」
馬車から出た僕達四人は、そのまま衛兵達の詰所の中へと案内された。
乗り物を変えて、ヒエロンの所に案内されるものと思っていたけれど、どうも違うようだ。
首を傾げながらも、そのままついて行くと、衛兵達の詰め所の一室で、一人の男性が椅子に腰掛けて僕達を待っていた。
年の頃は三十代前半であろうか?
やや浅黒い肌に彫りが深く、整った顔の男性。
その男性を目にしたマルクさんが、驚いたような雰囲気で声を上げた。
「ヒエロン殿?」
ヒエロン?
確かここ、ヤーウェンの僭主の名前がそうであったはず。
その人物が、笑顔を浮かべながら立ち上がった。
引き締まったその身体は、意外に上背があった。
「ようこそ、ヤーウェンへ」
そして、机を挟んで向かい合う位置に置かれた椅子を指し示した。
「立ち話もなんですし、ささ、掛けられよ」
椅子に腰掛けてから、マルクさんが改めて口を開いた。
「ヒエロン殿、ご無沙汰しております。この度は陛下より軍使に任じられ、こちらへ参りました。まずはお会い下さいまして、ありがとうございます。ですが……」
マルクさんが、少々困惑した雰囲気のまま、言葉を続けた。
「わざわざこのような場所までお越し頂けるとは……」
ヒエロンが笑顔を僕に向けながら、マルクさんに言葉を返した。
「なに、そこの守護者殿は、一回行った所には転移出来るようになるとか。私の寝所に案内して、今晩、帝国軍の兵士達に私の眠りを妨害されたくはありませんからね」
僕は彼の言葉に驚いた。
もしやヒエロンは、僕の素性と能力を把握している?
僕の疑問を見透かしたかのように、ヒエロンが話しかけてきた。
「もう知っているとは思うが、ヤーウェンは魔王と同盟中だ。君の情報は、当然こちらにも伝わっている」
転移云々の話は、皇帝ガイウスの計画が漏れているのか、それとも独自の分析でその危険性に気付いたのか。
いずれにしても、したたかな人物である事は、間違いなさそうだ。
ヒエロンは少しの間、僕に品定めするような視線を向けてきた後、マルクさんの方を向いた。
「それで、用向きは何でしょうか?」
マルクさんは、皇帝ガイウスから託された文書をヒエロンに差し出し、講和の条件に付いて交渉したい旨を伝えた。
文書にしばらく目を通した後、ヒエロンが口を開いた。
「なるほど。中々に厳しい条件ですね。取り敢えずお預かりして、また後日お返事する、というのでは?」
「それでは逆に、ヒエロン殿は、いかなる条件であれば、帝国と和平を結ばれますかな?」
ヒエロンさんが、飄々とした雰囲気のまま、言葉を返してきた。
「捕虜の釈放と、帝国からの完全独立。そして対等な外交関係の樹立……でいかがでしょう?」
マルクさんの方は、人懐っこそうな笑みを浮かべながら、言葉を返した。
「分かりました。ではその旨、文書にして頂けますでしょうか?」
束の間、互いの視線が相手を試すように絡み合った後、ヒエロンが破顔した。
「はっはっは、これではお互い、交渉になりませんな」
ひとしきり愉快そうに笑った後、ヒエロンは僕に、意外な提案をしてきた
「守護者殿、さすがに私の屋敷へは招待出来かねるが、希望するなら、街を案内しよう」
「えっ!?」
「いざこの街に転移して来る時に備えて、色々見ておいた方が良いのでは?」
そう口にしたヒエロンの顔には、悪戯っぽい笑顔が浮かんでいた。
彼の意図が掴めず、僕は困惑した。
ヒエロンは先程、僕を自分の屋敷に招く事の危険性について、正確に看破していた。
それなのに街中は案内する、というのはどういう考えあっての事だろうか?
ロデラに釣り出されて、軍営が襲撃されるきっかけを作ってしまったばかりだ。
これも何かの罠かもしれない。
僕はヒエロンに言葉を返した。
「ヒエロン様、お言葉は感謝しますが、今回はご遠慮しておきます」
「それは残念。だが守護者殿は、これで、少なくともここへは自由に転移できるようになったはず。気が変わったら、個人的にでも、こっそり訪ねて来てもらって結構だ。そうそう、その折にはハーミル殿へのお声掛けもお忘れなく」
ヒエロンは冗談めかした話し方をしているけれど、僕の方は、得体の知れない居心地の悪さを感じていた。
なぜここで、ハーミルの名前が出てくる?
もしや、ハーミルに黙ってロデラ達の下を訪れて、彼女に怒られた事まで見透かされている? と疑うのは、さすがに考え過ぎか。
一方ヒエロンは、それ以上はこの話を引っ張らなかった。
「では返書をしたためますので、しばらくここでお待ち頂きたい」
そう口にした彼は、衛兵達を従えて、部屋を退出して行った。
部屋の中に僕達以外がいなくなるのを待ち構えていたように、ジュノがぼそっと呟いた。
「中々食えない奴みたいだな」
マルクさんが苦笑した。
「そうですね。ヒエロン殿には数回、お会いした事がありますが、いつもあんな感じですよ」
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