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第五章 正義の意味
112. 使者
しおりを挟む第039日―1
翌朝、ガイウスは全軍に、ヤーウェン共和国への行軍再開を命令した。
ヤーウェン側は盟約を結んでいる魔王側から、霊力に関して情報を提供されていると考えられた。
今までの経緯からみて、霊力に関しては帝国側よりも、魔王側の方が遥かに豊富な知見を有しているのは間違いない。
加えてヒエロンの言動からみて、街中への転移等、霊力頼みの奇襲に対しては、何らかの対策が取られている可能性があった。
そこで昨晩の軍議では、まずは正攻法でヤーウェンの街を攻囲し、傘下の諸侯の参集を待って、総攻撃を行う事と決した。
ガイウス率いる帝国軍は、途中さしたる抵抗も無く、その日の夕方には、ヤーウェンの街を望見出来る場所に到達した。
ヤーウェンの街は既に城門が固く閉ざされており、徹底抗戦の構えが見て取れた。
夕方、僕は皇帝ガイウスから呼び出しを受けた。
「何か御用でしょうか?」
僕が幕舎を訪れた時、皇帝ガイウスは丁度、側近と何事かを相談中であった。
しかし彼は僕に気付くと、すぐに笑顔を向けて来た。
「すまんな、急に呼び立てて」
皇帝ガイウスに促され、僕は用意されていた椅子に腰かけた。
「実はカケルに、コイトス王国に使いに出てもらいたい」
「コイトスに、ですか?」
「うむ。カケルは、コイトスとは少なからず縁があろう。転移門を開き、あちらへ赴いて、コイトスも此度の戦いに参集するよう言伝をお願いしたい」
僕は少し不思議な感じがした。
コイトスは、このナレタニア帝国が制覇する大陸の中でも、南岸、亜熱帯の地域にある海洋国家だ。
ここ、ヤーウェン共和国の位置する北方まで、結構な距離があるはず。
その距離を行軍して来るとなると、コイトスの軍がここへ到着するのは、相当先の話になるのではないだろうか?
もしかして皇帝ガイウスは、ヤーウェンを包囲して、のんびり兵糧攻めにでもするつもりなのだろうか?
僕は心の中の疑問を、そのまま口にしてみた。
「コイトスに赴くのは構いませんが、こちらにコイトスの軍が到着するのは、相当先になるのでは?」
皇帝ガイウスが苦笑した、
「確かにそのまま普通に行軍してくれば、ここへ到着するのは、数週間以上先。さすがにその頃までには、ヤーウェンの件は片付いてしまっておるわい」
もしかして?
「カケルには、この地とコイトスとを繋ぐ巨大な転移門を設置してもらいたい。コイトスには、軍の出立準備が出来次第、順次、その転移門を通って、こちらに軍を送り込むよう伝えて欲しい。コイトスとこの地との間に軍が移動できる規模の転移門を維持出来るなら、疲弊した兵士達をコイトスに送って、休養を与える事も出来よう」
そう語ると、皇帝ガイウスは事前に準備していたのであろう、封印を施された書状を差し出してきた。
僕は書状を受け取ると、臣礼を取り、皇帝ガイウスの幕舎を退出した。
外では、皇帝ガイウスの側近の一人が僕を待っていた。
「カケル殿、こちらへ。転移門を設置して頂く場所にご案内します」
言われるままについて行くと、高い柵で囲まれた、広場へと案内された。
入り口に見張りの衛兵が立つその場所は、優に千人近くが入れそうな広さがあった。
どうやら、ここに転移の扉を設置せよ、という事らしい。
僕は右腕の腕輪に意識を集中しながら、光球を顕現した。
そしてコイトスの、あの懐かしい海辺の砂浜とこの場所とを繋ぐ、巨大な転移門を心に描きながら、光球に右手を伸ばした。
光球が消え去り、代わりに不思議な揺らめきに縁取られた、高さ十メートルはあろうかという、巨大な半円形の黒い穴が出現した。
一部始終を目にしていた側近と衛兵達からどよめきが上がった。
僕としても、これ程大きな転移門を作り出したのは初めての経験であった。
どれ位の時間、維持し続けられるかは不明だけど、とにかくこの転移門を潜り抜け、コイトスへと向かう事にした。
転移門を潜り抜けた先、眼前には美しいコイトスの浜辺が広がっていた。
少し時差が有るのか、或いは緯度の関係か、この地の太陽はまだ、抜けるような青空の高い所で輝いている。
今、僕が立っている場所から100メートル程離れた先には、あの、ハーミルと束の間のバカンスを楽しんだ、二階建ての白い建物――クレア様の別邸――が見えた。
僕はその建物まで歩いて行き、丁度ベランダの掃除をしていたメイドの一人に来意を伝えた。
そのメイドは、すぐに執事のマロリーさんを呼んできてくれた。
「カケル様!? これはまた急なお越しで……一体どうされたのですか?」
僕は訝るマロリーさんを砂浜に連れ出し、そこに設置した巨大な黒い穴を指し示しながら、事情を説明した。
初めて目にするであろう転移門を前に、マロリーさんは驚愕した表情を浮かべていたけれど、後をメイド達に託し、すぐに僕を王宮へと案内してくれた。
王宮では、一足先に知らせを受けていたらしい国王のドテルミ様とその妹の王女クレア様が、僕を出迎えてくれた。
「カケル様、お久し振りでございます」
「カケル殿、此度は皇帝陛下のお使者とか。さ、どうぞ中へ」
二人に促される形で、僕はドテルミ様の執務室へと通された。
そして事情を説明してから、皇帝ガイウスから託されていた書状を差し出した。
書状を一読したドテルミ様は、一瞬、大きく目を見開いた後、僕に声を掛けてきた。
「取り敢えず、一両日あれば先遣隊を送り出せるだろう。その間、カケル殿は皇帝陛下から何か指示を受けているかな?」
「特に何も……一応、復命のため、一度陛下の軍営に戻ろうかと」
「書状によれば、当方の先遣隊と共にあちらに戻るように、と書かれているが?」
「?」
そんな話は聞いていなかったけれど、転移門を軍隊が輜重と共に潜り抜けるのは、これが初の試みのはず。
途中で転移門が消失した場合等、不測の事態に備えて、僕がコイトスからの先遣隊に同行するのは、自然な流れとも感じられた。
「了解しました。それでは一旦、あちらに戻って、明朝すぐにまたこちらに戻ってきますね」
「……あちらには戻らず、準備を整える間、こちらに留まってはもらえないだろうか? なにせ、このような形での出征は前例がない。何かあれば、カケル殿とすぐに相談出来るようにしておきたい。皇帝陛下から何も指示を受けていないのであれば、クレアの別邸にでも滞在して、のんびり過ごしてもらっても構わない」
ドテルミ様に引き留められて、僕は思案した。
そう言えば今回の急なコイトス行き、ハーミルやジュノに伝える暇が無かった。
急にまた勝手にいなくなった、とあとで怒られるかもしれないけれど、事情が事情だ。
二人には、皇帝ガイウスかノルン様あたりから、話をしてもらえるだろう。
それに正直な所、あの軍営からは少し距離を置きたいと感じていた。
あそこにいると、この大きな戦争に、否応なしに組み込まれて行く自分の小ささを思い知らされる感じがして、少々神経が参っていた所だ。
良い機会だから、今日明日位、一人のんびり、南の海で息抜きさせてもらおう。
「分かりました。それでは宜しくお願いします」
ドテルミ様の執務室を退室した僕は、マロリー様の案内でクレア様の別邸に戻った。
「カケル様、また短い間ではございますが、ごゆっくりお過ごし下さい」
マロリーさんは、僕を以前滞在した時と同じ部屋に案内してくれた。
「着替え一式等もこちらでご用意させて頂きました。他にご用命がございましたら、お気軽にお申し付け下さい」
すぐに帰るつもりでいた僕は、当然ながら着の身着のままであった。
それを察したマロリーさんが、色々用意してくれたのであろう。
僕はマロリーさんの気配りに、改めて感謝した。
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