116 / 239
第五章 正義の意味
116. 恋話
しおりを挟む第041日―2
カケル達が退出した後、ノルンがガイウスにそっと近寄った。
「父上、あのような戯言は……少々、肝を冷やしましたよ」
「ん? 戯言とは?」
すっとぼけた感じで聞き返してくるガイウスに、ノルンは軽くため息を吐いた。
「クレアの縁談云々の話で御座います」
「何か問題があったか?」
「大ありで御座います。ハーミルのいる場であのようなお戯れは……彼女は、カケルの事を好いております。父上の戯言を聞いた時の彼女の表情、お気付きになられませんでしたか?」
ノルンの言葉に、ガイウスはやや大袈裟に驚いて見せた。
「ほう……それは気付かなんだ。ノルンは、ハーミルよりその事、直接聞いたのか?」
「聞かずとも、態度を見ていれば分かります。彼女はカケルの事になれば、周りが見えなくなる位に御座います」
「では万一、カケルが帝国と敵対した場合、我らが剣聖は迷う事無く、カケルの側に立つ、ということじゃな?」
ガイウスの過激な“もしも”の話に、ノルンの顔が強張った。
「そこまでは申しておりませんが……」
「ははは、冗談じゃ。カケルが帝国と敵対するとは、予も思っておらぬ」
ガイウスは、しかしそこで少し真剣な表情になった。
「ただ、カケルの今の状態は、帝国に取って不都合とは思わぬか?」
「不都合? ですか?」
「うむ。力ある者が、自身を支えてくれる者達と共に帝国の埒外にいる、というこの現状じゃ。その力は、街一つを簡単に滅ぼし、強大な結界を無視して予の居室にまで転移してくる事を可能にする。カケル自身が望まずとも、カケルの力を利用し、或いは彼を唆して、帝国に挑戦してくる者が現れぬ、とも限らぬ」
ガイウスはノルンの反応を確かめる素振りを見せながら、言葉を続けた。
「そのような懸念を払拭するには、誰が見ても、カケルと帝国とが、強固な絆で結ばれている事を示す事が肝要じゃ。カケルと帝室に連なる誰かとの婚姻は、一番分かりやすくそれを示せるとは思わぬか?」
「もしや、クレアをカケルに預けるのは、その為の布石……でしょうか?」
「そうじゃ。クレアは予の従姉妹、シェリルの娘。そなたから見れば、再従姉妹じゃ。一旦、予の養女にしてカケルと娶せれば、カケルと帝国との結びつきを疑う者はいなくなるであろう」
ガイウスの言葉はノルンを困惑させた。
確かに帝国の将来を考えれば、カケルが今後も帝国側に立ち続ける、との保証が欲しい所であろう。
しかしカケルとクレアが結婚すれば、ハーミルは酷く傷つくであろう事は、間違いない。
そして恐らく、妹のメイも……
いずれそのような話が避けられないとしても、もう少し時間をかけて進めるべきではないか?
ノルンが意見を述べようと顔を上げた時、ガイウスが先に言葉を続けた。
「実はコイトス側には、それとなく話を伝えてある。クレアの結婚相手、帝国の方で紹介させてもらえないか、とな。まあ、カケルが既に誰かと恋仲になっているのであればともかく、今のところ、そういう相手はいないのであろう?」
「……確かに、カケルが誰かに執心しているとは聞きませんが……こういうお話は、慎重に進められては?」
「予も無理矢理好き同士でも無い者を添い遂げさせようとは思わぬ。そんな事をすれば、却って逆効果じゃ。だが、予の聞くところによると、カケルとクレアは中々、良い雰囲気であるそうな」
ノルンは、そこではっと気がついた。
そう言えば、最初にカケル達に、コイトスでのバカンスを強く勧めたのは、父、ガイウスであった。
また今回も、カケルをわざわざ“一人で”コイトスに派遣し、クレアと過ごせるよう仕向けている。
カケルにクレアの“監視”を任せるという不自然さも含めて、もしかするとかなり前々から、こういう方向へと道筋を作りにかかっていたのかもしれない。
「ともかく、まだ決まった話ではない。が、ノルンもそういう話があるものとして、心得ておいてくれ」
ノルンは、父の言葉に黙って頭を下げた。
――◇―――◇―――◇――
皇帝ガイウスの幕舎を退出した僕達は、一旦、元の幕舎に戻ってきていた。
そして引っ越す為の荷作りをしつつ、引越し先の幕舎の設営を待つ事になった。
二度にわたる襲撃で、軍営内の予備の幕舎が心許なくなっていた。
兵士達の中には、幕舎無しの野営を強いられる者達も出始めていた。
そのため今回、皇帝ガイウスはコイトスに対し、他の軍需物資と共に、多量の幕舎の供出も命じていたようだ。
僕達の引っ越し先である、大きめの幕舎もまた、コイトスから持ち込まれた物と聞いていた。
ちょうどお昼ご飯を食べ終えた頃、僕達の新しい幕舎の設営が終わった、との知らせが届いた。
僕、ハーミル、ジュノ、それにクレア様達、コイトスからの“客人”数名は、案内の衛兵に連れられて、新しい幕舎へと向かった。
新しい幕舎は、皇帝ガイウスの幕舎のすぐ隣に設置されていた。
外観は他の幕舎と同様、地味な色合いだったけれど、内部は、それまで僕達の滞在していた幕舎の倍ほどの広さがあった。
また、簡単な仕切りしかなかった前の幕舎とは異なり、内部はしっかりとした壁と扉で区切られ、さながら仮設住宅のような造りになっていた。
質素なテント暮らしに若干飽きが来ていた感じのハーミルは、内部の造りを見て、素直に喜んでいた。
「すごいね~。これってきっと、クレア様も滞在するからだよね。何だか役得って感じ」
「一番奥の区画は、クレア様とコイトスの方々がご使用下さい。カケル様、ハーミル様、ジュノ様は、それぞれお好きな部屋をお使い頂くように、との事で御座いました」
案内の衛兵が去って行った後、僕達は、各々に与えられた部屋で荷解きを行った。
その後、六畳ほどの広さのある自分の部屋で一息ついていると、扉を誰かがノックした。
―――コンコン。
ハーミルかな?
「どうぞ」
しかし僕が扉を開くと、そこにはクレア様の姿があった。
彼女は、キラを伴っていた。
「クレア様? それにキラさん、どうされました?」
僕の問い掛けに、クレア様がにっこり微笑みながら言葉を返してきた。
「いえ、しばらくお世話になりますので、ご挨拶を、と思いまして」
「お世話だなんてそんな。クレア様達こそ、色々窮屈な思いをされてらっしゃるのでは?」
僕は二人を部屋の中に招き入れた。
型通りの挨拶の後、僕達はひとしきり談笑した。
のんびりとした雰囲気で会話に応じてくれているクレア様からは、人質にされているといった雰囲気は感じられない。
僕はその事に、少しだけホッとした。
そんな事を考えていると、キラさんが話題を変えてきた。
「ところでカケル様は、随分とハーミル様と仲が良さそうですね。お二人は、どのようなご関係ですか?」
「キラ! その話はまだ……」
「いえ、姫様、こういう事は最初にはっきりさせておきませんと」
キラさんの唐突な問い掛けと、それをたしなめるかのようなクレア様のやりとりに、少し違和感を覚えたけれど、とにかく僕は率直な気持ちを言葉にして返してみた。
「ハーミルですか? 大切な仲間ですよ。いつも僕の事を気遣ってくれて、彼女には本当に感謝しています」
キラさんが、探るような視線で質問を重ねてきた。
「深い仲におなりになってらっしゃるとかは……」
深い仲?
もしかすると、恋人同士と勘違いされているのだろうか?
「それはないですよ。って言うより、ハーミルからしたら、僕はそういう対象に入ってないと思いますが」
思わず苦笑してしまった僕の言葉を聞いたキラさんは、少し意外そうな顔になった。
「それではカケル様は、どなたかとご結婚されるご予定は?」
「結婚!? ですか?」
彼女のその言葉に、先程の皇帝ガイウスの“冗談”が自然に思い起こされた。
一瞬、上ずってしまった声を押さえながら、僕は言葉を続けた。
「結婚も何も、僕はまだ17歳ですよ」
「もう17歳でいらっしゃるなら、そろそろご結婚を考えられてもおかしくない年齢だとは思いますが。結婚まではいかなくとも、想い人のような方はいらっしゃらないのでしょうか?」
0
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる