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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
180. 対峙
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16日目―――2
「久し振りじゃな。アルファ、そして冥府の災厄よ」
そう口にした女神は、その現実離れした美しい顔に、優しい微笑みを浮かべていた。
しかしそこには、少しも温かみは感じられない。
「アルファよ、なぜ戻って来た?」
女神の問い掛けに、しかし『彼女』は顔を伏せ、身体を小刻みに震わせたまま、声を発することが出来なくなっていた。
僕はそんな『彼女』にちらりと視線を送った後、女神に向き直った。
「あなたが神様ですね。こんにちは。僕はカケルと言います。ちょうど良かった。実は色々、お話したい事もあったんです」
女神は僕に、蔑むような視線を向けて来た。
「お前と話すことは無い。それにお前達がここへ来たのは、ネズミに会うためであろう? 冥府の災厄、いや、異世界人よ」
「!」
まさか女神は、この時間帯に“門”が開くことを知っている?
顔が強張って来るのを感じた。
女神が言葉を続けた。
「残念ながらお前達の待ち人は、今日は来ぬぞ?」
女神は冷たい微笑みを浮かべたまま、今度は『彼女』に呼びかけた。
「アルファよ、長年私によく仕えたお前へのせめてもの情けじゃ。この異世界人を連れて今すぐ南海へ帰れ。この地に近付かぬのなら、お前達に特別の温情をかけてやろう」
『彼女』が顔を上げた。
『彼女』の目には、明らかな迷いの色が浮かんでいた。
女神が優しく諭すように、言葉を継いだ。
「いらぬ考えは捨て、愛しいその男と静かに暮らすのじゃ」
『彼女』が僕の方に顔を向けて来た。
「カ、カケル……」
『彼女』が縋るような視線で僕を見つめてきた。
その顔は不安で圧し潰されそうになっていた。
そして、いつかのあの時と同じ“答え”を求めていた。
だから……
僕は目を閉じ、一度深呼吸をした。
心の中に、在りし日のセリエの笑顔が浮かんできた。
セリエの祖父、ゼラムさんの笑顔も
ヨーデの街の食堂の店員の笑顔も
マーバの村人達の笑顔も
ガルフや鉱山で働くドワーフ達の笑顔も
イーサの村で出会ったセイマさんの笑顔も
シャナの笑顔も
彼女によって導かれ、湖畔の村、リーベルで静かに暮らす獣人達の笑顔も
そして、この世界で関わった全ての人々の笑顔も
再び目を開けた時、僕の傍には燦然と輝く光球が顕現していた。
女神の顔から微笑が消えた。
「それがお前の答えと言うわけじゃな?」
女神は右手を高々と掲げた。
そこに凄まじい輝きを放つ光球が顕現した。
それは『彼女』や守護者達が顕現していた光球とは明らかに異質な力の源。
この世界の超越者が誰であるかを明確に告げる灯。
その発する圧を受け、僕は思わずたじろいでしまった。
しかし僕はもう、心を決めていた。
ここから先は、自らの心に従うのみ。
僕は傍らの光球に手を伸ばした。
光球は僕の想いに応じて紫のオーラを纏う一振りの剣へと、その姿を変えた。
そしてその剣を高々と掲げた。
そこに殲滅の力が宿っていく。
それを女神は能面のような無表情で見つめている。
そして……
僕は文字通り、全身全霊で剣を振り抜いた。
解き放たれた怒涛の様な力の奔流を、しかし女神は、右の手の平を顔の前に翳して受け止めた。
刹那のせめぎ合いの後、僕の放った力は女神を護る不可視の盾によって、虹色の煌めきを残して霧散してしまった。
女神の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
「ふっ。ここは私の世界じゃ。満ちているのは私に従うべき霊力。異物である異世界人が従える事の出来る霊力など、所詮この程度よ」
僕は女神の言葉に引っ掛かりを覚えた。
霊力を……従える?
女神が言葉を続けた。
「人の身に過ぎぬお前と、神たる私との差を思い知らせてやろう」
直後、周囲に異様な“力”が充満していくのが感じられた。
全身の毛が逆立つ感覚が襲ってくる。
そして唐突に、女神の傍に、もう一つ、別の光球が顕現した。
しかもそれは一つに留まらなかった。
一つ、また一つ……
気付くと、庭園は見渡す限り、無数の光球で埋め尽くされていた。
何だこれは?
これら全てが、女神の霊力の源であるとするのなら……!
息を飲む中、それまで片隅で竦み、震えていた『彼女』が、僕を護るように前に出た。
「主よ。お待ち下さい。私達は南海に帰ります。ですから……」
「アルファよ、もう遅い」
女神が『彼女』に視線を向けた。
次の瞬間、『彼女』の身体は3本の光の輪によって拘束された。
そして、慌てて『彼女』に駆け寄ろうとした僕をあざ笑うかの如く、『彼女』の姿は虚空に消え去ってしまった。
僕は女神を睨みつけた。
「『彼女』に何をした?」
女神が小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「元々アレは私の所有物じゃ。お前ごときが勝手に弄ぶなど、不遜の限りと心得よ。それに今は、己が身を心配した方が良いぞ?」
女神が右手を高々と掲げた。
それに呼応するかの如く、周囲に浮かぶ無数の光球が、次々に紫のオーラに縁取られ、殲滅の力を宿した剣へと姿を変えていく。
そして女神が右手を振り下ろすと同時に叫んだ。
「異世界人よ、消え去れ!」
全ての力が焦点に位置する僕に向けて解き放たれるのを感じた直後、僕は……
一瞬の閃光の後、そこには塵一つ残ってはいなかった。
それを確認した女神は、いかにもつまらなそうな表情になった。
「消滅したか。他愛もない……」
しかし聖空の塔最上階、始原の地へ帰還しようとした女神の眉根が、突然撥ねた。
―――シュウシュウ……
先程、異世界人を確かに消滅させたはずの場所で、異変が生じていた。
何かが凝集し、それは湯気を立てながら、人型へと形を整えていく。
そして数秒後、地面に両手をつくあの異世界人が“復活”した。
それを確認した女神の表情が、一気に険しくなった。
「お前のその力、まさか……」
……
…………
次第にカタチを取り戻していくにつれ、意識もまた戻って来た。
どうやら今回も霊力によって、“塵から復活”出来たらしい。
顔を上げた僕の視界の中、険しい表情を浮かべた女神が中空に浮いているのが見えた。
女神は右手を高々と掲げていた。
そこに見覚えのある、黒く禍々しい力が渦を巻き始めていた。
あの力は確か……
僕はかつて、『彼女』が“余分な勇者達”を枝打ちするため、同じ力を解き放とうとしていた時の事を思い出していた。
審判の力。
解き放たれれば、対象はその名を奪われ、存在そのものを消滅させられる。
なんとか逃げないと……
しかし先程一度完全に消滅させられたせいか、身体に力が入らない。
霊力を展開してとにかくこの場からいずこかへ転移しようとしたけれど、何故か上手くいかない。
ならば竜気を……と試みてみたけれど、それも上手くいかない。
視界の中、女神がまさに審判の力を解き放とうとしたその時、僕は何者かに突如襟首を掴まれた。
女神が審判の力を解き放とうとしたまさにその瞬間、カケルの姿が忽然と消え去った。
女神が忌々し気に独り言ちた。
「ネズミめ……隙をつかれたか。まあ良い。次は始原の地であやつを迎え撃つとしよう。ネズミが何を企もうとも、始原の地にいる限り、私の敗北は有り得ない」
――◇―――◇―――◇――
「痛い!」
突如襟首を掴まれ、後ろに引き倒された形になった僕は、頭を床にしたたかに打ちつけてしまった。
慌てて起き上がった僕の目に飛び込んできたのは、どこかの書斎を思わせる壁と天井。
先程までは、花々が風に揺れる屋外の庭園にいたはず。
「一体、何が……」
混乱する中、ふと、背後に誰かが立っているのに気が付いた。
振り返ってみると……!?
「シャナ!?」
造り物のように綺麗な顔。
すっと長く伸びた耳。
腰まで届く緩やかなウェーブのかかった浅緑色の髪。
質素な貫頭衣を身に着けたその少女は、しかしシャナとそっくりな顔とは裏腹に、シャナとは明らかに異なる声で頭を下げてきた。
「遅くなってごめんなさい。本当は、もっと早くに“門”を開こうとしたのですが、女神に阻まれてしまいました。私の名前はポポロ。あなたをこの世界に召喚した者です」
「久し振りじゃな。アルファ、そして冥府の災厄よ」
そう口にした女神は、その現実離れした美しい顔に、優しい微笑みを浮かべていた。
しかしそこには、少しも温かみは感じられない。
「アルファよ、なぜ戻って来た?」
女神の問い掛けに、しかし『彼女』は顔を伏せ、身体を小刻みに震わせたまま、声を発することが出来なくなっていた。
僕はそんな『彼女』にちらりと視線を送った後、女神に向き直った。
「あなたが神様ですね。こんにちは。僕はカケルと言います。ちょうど良かった。実は色々、お話したい事もあったんです」
女神は僕に、蔑むような視線を向けて来た。
「お前と話すことは無い。それにお前達がここへ来たのは、ネズミに会うためであろう? 冥府の災厄、いや、異世界人よ」
「!」
まさか女神は、この時間帯に“門”が開くことを知っている?
顔が強張って来るのを感じた。
女神が言葉を続けた。
「残念ながらお前達の待ち人は、今日は来ぬぞ?」
女神は冷たい微笑みを浮かべたまま、今度は『彼女』に呼びかけた。
「アルファよ、長年私によく仕えたお前へのせめてもの情けじゃ。この異世界人を連れて今すぐ南海へ帰れ。この地に近付かぬのなら、お前達に特別の温情をかけてやろう」
『彼女』が顔を上げた。
『彼女』の目には、明らかな迷いの色が浮かんでいた。
女神が優しく諭すように、言葉を継いだ。
「いらぬ考えは捨て、愛しいその男と静かに暮らすのじゃ」
『彼女』が僕の方に顔を向けて来た。
「カ、カケル……」
『彼女』が縋るような視線で僕を見つめてきた。
その顔は不安で圧し潰されそうになっていた。
そして、いつかのあの時と同じ“答え”を求めていた。
だから……
僕は目を閉じ、一度深呼吸をした。
心の中に、在りし日のセリエの笑顔が浮かんできた。
セリエの祖父、ゼラムさんの笑顔も
ヨーデの街の食堂の店員の笑顔も
マーバの村人達の笑顔も
ガルフや鉱山で働くドワーフ達の笑顔も
イーサの村で出会ったセイマさんの笑顔も
シャナの笑顔も
彼女によって導かれ、湖畔の村、リーベルで静かに暮らす獣人達の笑顔も
そして、この世界で関わった全ての人々の笑顔も
再び目を開けた時、僕の傍には燦然と輝く光球が顕現していた。
女神の顔から微笑が消えた。
「それがお前の答えと言うわけじゃな?」
女神は右手を高々と掲げた。
そこに凄まじい輝きを放つ光球が顕現した。
それは『彼女』や守護者達が顕現していた光球とは明らかに異質な力の源。
この世界の超越者が誰であるかを明確に告げる灯。
その発する圧を受け、僕は思わずたじろいでしまった。
しかし僕はもう、心を決めていた。
ここから先は、自らの心に従うのみ。
僕は傍らの光球に手を伸ばした。
光球は僕の想いに応じて紫のオーラを纏う一振りの剣へと、その姿を変えた。
そしてその剣を高々と掲げた。
そこに殲滅の力が宿っていく。
それを女神は能面のような無表情で見つめている。
そして……
僕は文字通り、全身全霊で剣を振り抜いた。
解き放たれた怒涛の様な力の奔流を、しかし女神は、右の手の平を顔の前に翳して受け止めた。
刹那のせめぎ合いの後、僕の放った力は女神を護る不可視の盾によって、虹色の煌めきを残して霧散してしまった。
女神の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
「ふっ。ここは私の世界じゃ。満ちているのは私に従うべき霊力。異物である異世界人が従える事の出来る霊力など、所詮この程度よ」
僕は女神の言葉に引っ掛かりを覚えた。
霊力を……従える?
女神が言葉を続けた。
「人の身に過ぎぬお前と、神たる私との差を思い知らせてやろう」
直後、周囲に異様な“力”が充満していくのが感じられた。
全身の毛が逆立つ感覚が襲ってくる。
そして唐突に、女神の傍に、もう一つ、別の光球が顕現した。
しかもそれは一つに留まらなかった。
一つ、また一つ……
気付くと、庭園は見渡す限り、無数の光球で埋め尽くされていた。
何だこれは?
これら全てが、女神の霊力の源であるとするのなら……!
息を飲む中、それまで片隅で竦み、震えていた『彼女』が、僕を護るように前に出た。
「主よ。お待ち下さい。私達は南海に帰ります。ですから……」
「アルファよ、もう遅い」
女神が『彼女』に視線を向けた。
次の瞬間、『彼女』の身体は3本の光の輪によって拘束された。
そして、慌てて『彼女』に駆け寄ろうとした僕をあざ笑うかの如く、『彼女』の姿は虚空に消え去ってしまった。
僕は女神を睨みつけた。
「『彼女』に何をした?」
女神が小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「元々アレは私の所有物じゃ。お前ごときが勝手に弄ぶなど、不遜の限りと心得よ。それに今は、己が身を心配した方が良いぞ?」
女神が右手を高々と掲げた。
それに呼応するかの如く、周囲に浮かぶ無数の光球が、次々に紫のオーラに縁取られ、殲滅の力を宿した剣へと姿を変えていく。
そして女神が右手を振り下ろすと同時に叫んだ。
「異世界人よ、消え去れ!」
全ての力が焦点に位置する僕に向けて解き放たれるのを感じた直後、僕は……
一瞬の閃光の後、そこには塵一つ残ってはいなかった。
それを確認した女神は、いかにもつまらなそうな表情になった。
「消滅したか。他愛もない……」
しかし聖空の塔最上階、始原の地へ帰還しようとした女神の眉根が、突然撥ねた。
―――シュウシュウ……
先程、異世界人を確かに消滅させたはずの場所で、異変が生じていた。
何かが凝集し、それは湯気を立てながら、人型へと形を整えていく。
そして数秒後、地面に両手をつくあの異世界人が“復活”した。
それを確認した女神の表情が、一気に険しくなった。
「お前のその力、まさか……」
……
…………
次第にカタチを取り戻していくにつれ、意識もまた戻って来た。
どうやら今回も霊力によって、“塵から復活”出来たらしい。
顔を上げた僕の視界の中、険しい表情を浮かべた女神が中空に浮いているのが見えた。
女神は右手を高々と掲げていた。
そこに見覚えのある、黒く禍々しい力が渦を巻き始めていた。
あの力は確か……
僕はかつて、『彼女』が“余分な勇者達”を枝打ちするため、同じ力を解き放とうとしていた時の事を思い出していた。
審判の力。
解き放たれれば、対象はその名を奪われ、存在そのものを消滅させられる。
なんとか逃げないと……
しかし先程一度完全に消滅させられたせいか、身体に力が入らない。
霊力を展開してとにかくこの場からいずこかへ転移しようとしたけれど、何故か上手くいかない。
ならば竜気を……と試みてみたけれど、それも上手くいかない。
視界の中、女神がまさに審判の力を解き放とうとしたその時、僕は何者かに突如襟首を掴まれた。
女神が審判の力を解き放とうとしたまさにその瞬間、カケルの姿が忽然と消え去った。
女神が忌々し気に独り言ちた。
「ネズミめ……隙をつかれたか。まあ良い。次は始原の地であやつを迎え撃つとしよう。ネズミが何を企もうとも、始原の地にいる限り、私の敗北は有り得ない」
――◇―――◇―――◇――
「痛い!」
突如襟首を掴まれ、後ろに引き倒された形になった僕は、頭を床にしたたかに打ちつけてしまった。
慌てて起き上がった僕の目に飛び込んできたのは、どこかの書斎を思わせる壁と天井。
先程までは、花々が風に揺れる屋外の庭園にいたはず。
「一体、何が……」
混乱する中、ふと、背後に誰かが立っているのに気が付いた。
振り返ってみると……!?
「シャナ!?」
造り物のように綺麗な顔。
すっと長く伸びた耳。
腰まで届く緩やかなウェーブのかかった浅緑色の髪。
質素な貫頭衣を身に着けたその少女は、しかしシャナとそっくりな顔とは裏腹に、シャナとは明らかに異なる声で頭を下げてきた。
「遅くなってごめんなさい。本当は、もっと早くに“門”を開こうとしたのですが、女神に阻まれてしまいました。私の名前はポポロ。あなたをこの世界に召喚した者です」
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