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第七章 忍び寄る悪夢
226.宿命
しおりを挟む第053日―3
「あなたこそ、この場所について、何か知っているのですか?」
逆に問い掛け返された形になった魔王エンリルが、ニヤリと笑った。
「知っている、とも言えるし、知らない、とも言える」
禅問答のような返答?
しかしその意味を自分なりに解釈する前に、魔王エンリルがさらに言葉を継いできた。
「お前は、これらの名前に聞き覚えは無いか?」
そして彼は一語一語、丁寧に区切りながら、ゆっくりと個人名を挙げ始めた。
「ポポロ、エレシュ、ゼラム、ガルフ……」
自分でも顔色が変わるのを感じた。
何故この場所、このタイミングで、この男の口から彼らの名前が!?
魔王エンリルはしばらく僕を観察するような素振りを見せた後、呟くように言葉を吐き出した。
「そうか……彼等に、実際に会ったのだな……」
僕は心の動揺を無理やり抑え込みながら、魔王エンリルに問い掛けた。
「……なぜ、そう思うのですか?」
「禁呪に連れ去られたであろう? 数千年前の世界に」
「!」
僕は絶句した。
魔王エンリルが愉快そうな表情になった。
「フフフ、何故私がそれを知っている? と言いたげだな。良いだろう。教えてやる」
そう話すと、魔王エンリルは後ろを振り向き、何者かに対して声を掛けた。
その声に応じるように、背後の生い茂る木々の影から、一人の男が姿を現した。
引き締まった長身に、整った顔。
「ヒエロンさん!?」
今、ガイウス率いる帝国軍に反旗を翻し、ヤーウェン城内に立てこもっているはずの人物。
ヤーウェンの僭主ヒエロンが、満面の笑みをたたえながらこちらにゆっくりと歩み寄って来た。
彼は魔王エンリルの隣に立つと、芝居がかった口調で、恭しい礼をして見せた。
「守護者殿。この世界へ無事の帰還、お祝い申し上げる」
僕はヒエロンを軽く睨んだ。
「何故、あなたがここにいるのですか?」
「これは異な事を。ご存じの通り、ヤーウェンは魔王エンリル殿と同盟を結んでいる。盟友同士、こうして親交を深めるのに、他に理由は必要あるまい」
魔王城とヤーウェンとの間を結ぶ転移の魔方陣みたいなのが、設置されているのかもしれない。
或いは魔王エンリル自ら、ヒエロンの転移による“送迎”を買って出ている可能性も。
僕は険しい表情のまま、魔王エンリルに問い掛けた。
「ヒエロンさんがここに居る事と、僕が禁呪で数千年前云々って話、どう繋がるのですか?」
ヒエロンが代わって言葉を返してきた。
「あの禁呪、ヤーウェンの上空に出現したではないか。私も当然目にしている」
「禁呪を見たとしても、それが数千年前の世界に僕を連れ去ったって、どうして分かるのですか?」
「分かるさ。帝国は懸命に隠そうとしてはいたけれど、君が数日間、この世界を留守にしていたのは確実だ。あの禁呪騒ぎの直後、コイトスへと繋がる転移門は消失し、帝国側の警戒態勢が飛躍的に高まった。同時に、君の所在は不明となった。そしてそれから数日後、正確には5日前、厳戒態勢の中、選定の神殿にノルン殿下や勇者達が終結した。その後、君がこうして、再びこの世界での活動を開始した」
ヒエロンは、僕の反応を確認するかのように言葉を切った。
「つまり、君は禁呪によりこの世界から連れ去られ、『彼方の地』を経由してこの世界に戻って来た、と結論付けられる。そして君は、連れ去られた世界で、ポポロ、エレシュ、ゼラム、ガルフに出会った。彼等は皆、数千年前の神話の時代の英雄達、と伝承されてきた存在だ。ああ、否定せずとも結構だよ。君が彼等の名前を耳にした時の反応。それが全てを雄弁に物語ってくれているからね」
僕はヒエロンに対し、得体の知れない気持ち悪さを感じた。
なんだ、これは?
ヒエロンは元々、勘が鋭い、と聞いてはいた。
しかしこれは、勘の鋭さだけで説明出来る話……では無い気がする。
僕は少し話題を変えてみた。
「……ヤーウェンの街、留守にしても大丈夫なのですか?」
「おや? 我が民を気遣ってくれるのかな? ありがたい話だ。だが心配無用。しばらく帝国は動かんよ。それより……」
ヒエロンが話しながら、身を乗り出してきた。
「何を見た? 数千年前のあの世界で。中央に巨大な塔のそびえる円形都市が存在する世界で。君はこの世界の本来あるべき姿を見た。違うかな?」
あるべき姿?
精霊達から世界を奪い、
自分の都合で改変し、
自分の創り出した命を、
自分のための使い捨ての道具のように扱っていた女神が君臨した世界
あれがあるべき姿である、等という言葉は断じて肯定できない。
だからこそ、僕は女神と戦った。
ヒエロンに反論しようと口を開きかけたところで、僕の背後で扉が開く音がした。
そしてヒエロンと魔王エンリルが、一斉に身構えた直後……
凄まじい魔力が、僕の背中越しに、彼等へと襲い掛かった。
しかしそれは、彼等を護る何らかの力により弾かれた。
振り返った僕の視界の中、玉座の間の入り口付近、多数の使い魔達を従えたナイアが仁王立ちしていた。
彼女の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「ようやく会えたねぇ、魔王エンリル」
僕は彼女に声を掛けた。
「ナイアさん? どうしてここに?」
今朝、ナイアは帝都のハーミルの家にいた。
彼女が前言を翻し、大人しく“留守番”している事を放棄したとしても、ここへやって来るには早過ぎないか?
戸惑っていると、魔王エンリルがナイアに呼びかけた。
「勇者ナイア。私の別荘での饗応(※もてなす事)、存分に楽しんで頂けたかな?」
「楽しかったよぉ? 楽しすぎて、ついつい4日間も過ごしちゃった。お礼にあんたを殺してあげる」
目をぎらつかせてそう答えたナイアは、剣を右手に構え、滑るように魔王エンリルに肉薄した。
彼女はそのままエンリルに斬りかかるかに見せて、いきなり方向転換した。
そして目にも止まらぬ速さで腰に差していたダガーのような武器を左手で抜き、中央に浮かぶあの黒い水晶目掛けて投擲した。
しかしそれは一瞬早く、ナイアと黒い水晶との間に割り込んでいたヒエロンによって、叩き落された。
ナイアが不快そうに鼻を鳴らした。
「あんた、魔王の腰巾着だね? 一般人は大人しく引っ込んでいてもらおうか。じゃないと、死ぬよ?」
ヒエロンがニヤリと笑った。
「フフフ、勇者ナイア、お初にお目にかかる。私が一般人かどうか、試してみてはどうかな?」
油断なく身構えたナイアが、僕とメイの傍に素早く移動してきた。
彼女が囁いてきた。
「あんたらに手伝ってくれとは言わない。せめて邪魔だけはしないでもらえると、助かるんだけど」
「ナイアさん、どうしても戦うんですか?」
「そりゃそうさ。魔王と勇者がここにいる。戦う理由を説明するのに、これ以外、何かいるのかい?」
カケルとメイに言葉を掛けた後、ナイアは自身の魔力で極限まで強化した使い魔達に、エンリルを攻撃するよう命じた。
彼等は見事な連係プレーで、エンリルに襲い掛かった。
エンリルは落ち着いた表情で、ナイアの使い魔達に対し、魔力を解き放った。
使い魔達は断末魔の悲鳴を上げ、次々と倒されていく。
しかし、複数の敵に同時に対処したエンリルの側にも、隙が生じていた。
その隙をつくかのように、ナイアが再びエンリルに突撃した。
彼女は胸元から“何か”を取り出すと、エンリル目掛けて投げつけた。
一瞬にして態勢を立て直していたエンリルは、それを易々と躱した。
目標を見失ったその“何か”を、生き残っていたナイアの使い魔がキャッチした。
「フフフ、どこを見て投げておる?」
「今のは陽動だよ!」
その間に、エンリルに肉薄したナイアは、至近距離から魔力を解き放った。
しかしそれも、エンリルに躱された。
最後にナイアは、手の中の剣をエンリルの心臓目掛けて突き出した。
ナイアが突き出してきた剣を躱そうとして……エンリルの背筋を冷たい物が走った。
最初にナイアが投げつけてきたのは、彼女の聖具、タリスマンであった。
聖具はいかなる攻撃によっても破壊不能。
特に魔法は、全て反射される。
どうやらナイアは、使い魔がキャッチしたタリスマンと自分との位置関係を正確に調整して、魔力を解き放っていたようだ。
その魔力はタリスマンに反射されると同時に、その聖なる力が加えられていた。
―――聖なる力による攻撃は、魔王がいかなる加護で防御してもそれを貫通する
聖なる力が加えられた魔力は、エンリルがナイアの剣を躱した時に位置するであろう場所目掛けて、正確に反射されていた。
―――まずい!
エンリルの顔に焦りの表情が浮かんだ。
エンリルは一瞬の判断で、急所をずらしつつ、ナイアの剣に貫かれる方を選択した。
しかしナイアは、エンリルの選択に対応して、剣の軌道をわずかに修正してきた。
剣の軌道は依然、正確に自身の心臓を貫くコースを取っている。
―――やはり私もまた、勇者には勝てぬのか……
初めて自身の死を意識したエンリルは、静かに目を閉じた。
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