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第七章 忍び寄る悪夢
234.設定
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第054日―3
ヒエロンが持つ“勇者としての力”。
彼が魔王城で語った内容全てが真実かどうかは分からないけれど、彼はナイアの攻撃を完璧なまでに読み切り、僕が数千年前の世界へと召喚された事まで見通していた。
少なくとも、彼には所謂“運命”の道筋みたいなのが“視えている”、と考えなければ辻褄が合わないのもまた事実。
シャナの目が細くなった。
「つまり、先読みの力?」
「多分……」
シャナは少しの間何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「ならばヒエロンは、今から帝国が提案する翡翠の谷の合同調査についても、既に答えを持っている?」
「そうなるのかな?」
シャナが真剣な表情になった。
「カケル。私もその調査団に加えて欲しい」
「勿論だよ。実は僕もシャナについてきて欲しいって思っているから、こうして話を聞いてもらったんだ」
ゼラムさんと関りがありそうな翡翠の谷。
“世界をあるべき姿”に戻したがっているヒエロンと魔王エンリル。
この状況下で、シャナを蚊帳の外に置く選択肢は存在しない。
シャナが嬉しそうな表情になった。
「……カケルはやはり、私を頼りにしてくれている」
そう話しながら、彼女は僕にそっと身を寄せてきた。
それに目ざとく、ハーミルが反応した。
「ちょ、ちょっと、シャナさん?」
「なに? ハーミル?」
「いや、ほら、一応、私がカケルのか、彼女と言うか……」
ハーミルの言葉を聞いたシャナは、すんなり僕から身を離してくれた。
「そういう設定だった。ごめんなさい」
「設定と言うか……」
「設定では無い?」
「設定……です。はい」
ハーミルは、なぜか諦めたようにがっくりと肩を落とした。
二人のやり取りを見ていた僕は、思わず噴き出してしまった。
どうやらシャナは、ハーミルが僕の恋人のフリをする事を正確に見抜いているらしい。
僕の様子に気付いたハーミルが、軽く睨んできた。
僕は慌てて、笑いを嚙み殺した。
「ごめんごめん。まあ、翡翠の谷の話は、正式に決まれば陛下から話があると思う。その時は、二人とも宜しく。あと、ヒエロンさんの話、しばらく皆には黙っていてね」
先にシャナを退出させた僕はハーミルと二人きりになると、改めて恋人騒動について、ハーミルに頭を下げた。
「ノルン様から聞いていると思うけど、今回は、僕の騒動に巻き込んだ形になってごめんね」
経緯はともかく、ハーミルはノルン様から頼まれて、恋人役を引き受けてくれた形になっているはず。
ハーミルは一瞬キョトンとした後、笑顔になった。
「別に構わないわよ。でもカケル、本当にいいの?」
「何が?」
「だって、クレア様と結婚したら、可愛いお姫様と一緒にどこかの領主様になれたかもしれないのに」
「僕には、そんな願望は無いよ」
僕は苦笑した。
「まあ、シャナにはバレてそうだけど、クレア様の前では、ハーミルが恋人ですって感じにしておけば良いのかな?」
ハーミルが何とも言えない表情になった。
「その事なんだけど……クレア様の前では、私達がそういう関係ですって殊更強調したりしない方が良いかも」
「どうして?」
「クレア様が傷付くと思うし」
「クレア様が? 傷付く?」
どういう意味だろう?
あ! そうか!
つまり今、恐らくクレア様には付き合っている人はいないわけで、
その状態で僕とハーミルが恋人同士ですって雰囲気を全面に出せば、“はいはい、おなかいっぱいです”って呆れられるとか、“私は独りなのに……”って落ち込んでしまうとか、そういう事だな。
自分なりに納得していると、ハーミルが何故か嘆息した。
「(まったく、鈍感さもここまで来れば国宝級ね)……」
「なんか言った?」
「気にしないで。とにかく今まで通り、普通にしとこ? ヘンな芝居したら、ボロが出ちゃうかもしれないし」
「それもそうだね」
「とりあえず皆の所に戻ろうか? あんまり二人っきりでいると、本当にヘンな噂立っちゃうかもよ?」
僕達が区画から出て共有スペースに戻ると、先程までは姿を見せていなかったナイアが出てきていた。
彼女は僕に気付くと声を掛けてきた。
「カケル! やっぱり、あんたもこっちに呼び戻されたんだね。なんか翡翠の谷とやら巡って、面白い話になっているらしいじゃないか」
彼女の顔には、もう完全に獲物をロックオンしましたみたいな表情が浮かんでいた。
僕は彼女に近付き、囁いた。
「もしかして合同調査が受け入れられて、ヒエロンさんが調査に参加していたら、翡翠の谷でヒエロンさんを斃そうとか考えているんじゃ……」
「当り前だろ? あんたにも今度ばかりは手伝って貰えれば、ありがたいんだけどね」
どう答えるべきか口ごもっていると、ナイアは意外とすんなりその話を切り上げた。
「まあともかく、調査団の話が決まってからさね」
共用スペースでは、クレア様やシャナ達が暇つぶしに、カードゲームを始めようとしているところであった。
僕もその輪に加わろうとして、ふと、ジュノの姿が見えない事に気が付いた。
「ジュノ、まだ部屋から出てきてないのかな?」
「そうみたい。最近あの子、付き合い悪いから」
ハーミルが、興味無さそうに言葉を返してきた。
先程も似たような会話を交わした事を思い出した僕は、ジュノの区画を訪れてみた。
「ジュノ、いる?」
扉を叩いて待つ事十秒程度で、ジュノが、を出した。
「カケルか……帰って来たんだな」
「うん。なんか最近、引きこもっているって、みんな心配していたよ? もしかして体調でも悪いの?」
「心配するな。オレはいつでも元気だぜ」
「そっか……みんなでカードゲームしようって話になっているけど、ジュノもどう?」
「悪いな。オレは遠慮させてもらうよ」
久し振りに見たジュノの顔色が、酷く悪いような気がした。
しかし本人が大丈夫と言っているのに、あまり無理強いも出来ない。
諦めた僕は、共用スペースへと戻って行った。
…………
……
その日の夕方、僕、ハーミル、ジュノ、そしてナイアの4人は、皇帝ガイウスから呼び出され、彼の幕舎を訪れていた。
皇帝ガイウスは僕達に、椅子に腰かけ、寛ぐよう促してきた。
彼の隣には、ノルン様の姿もある。
「急に呼び立ててすまぬな」
皇帝ガイウスは、機嫌の良さそうな笑顔を僕達に向けてきた。
「ヤーウェンから、翡翠の谷の合同調査について受け入れると連絡が入った」
皆を代表する形で、僕は皇帝ガイウスに聞いてみた。
「それで、こちらから派遣する人員等は決定されたのでしょうか?」
「うむ。既に先方には伝えてあるのじゃが、そなたらとノルンらの同行も受け入れよった」
途中で、ナイアが言葉を挟んできた。
「陛下におたずねしたいのですが」
「勇者ナイアよ。申してみよ」
「向こうの調査団には、ヒエロンも参加するのでしょうか?」
「参加する、と伝えてきおった」
「へぇ……」
皇帝ガイウスの言葉を聞いたナイアの目が細くなった。
「それでは調査の後先に関わらず、ヒエロンをその場で殺すのは、許可して頂けるのでしょうか?」
ナイアの発言に、その場の雰囲気が一挙に緊張した。
皇帝ガイウスが言葉を返した。
「勇者ナイアよ。気持ちは分かるが、翡翠の谷に眠るゼラムの秘宝とやらの確認が先じゃ」
「ヒエロンを殺せば、ヤーウェンも容易に陥落しましょう。翡翠の谷の調査は、その後ゆっくり行われてはいかがでしょうか?」
静かに二人の会話に耳を傾けていたノルン様が、口を挟んできた。
「勇者ナイアよ。陛下には陛下のお考えがある。軽挙妄動はなるまいぞ」
ナイアはなおも何かを言いたそうではあったけれど、それっきり押し黙ってしまった。
皇帝ガイウスは、改めて僕に声を掛けてきた。
「カケルよ。ヤーウェン側は此度の合同調査を受け入れるに当たって、条件を一つ付けてきおった」
「条件? ですか?」
「こちらの調査団はヤーウェンの街中を通過しない事。つまり直接、翡翠の谷に転移して来いと要求してきたのじゃ」
ヒエロンが持つ“勇者としての力”。
彼が魔王城で語った内容全てが真実かどうかは分からないけれど、彼はナイアの攻撃を完璧なまでに読み切り、僕が数千年前の世界へと召喚された事まで見通していた。
少なくとも、彼には所謂“運命”の道筋みたいなのが“視えている”、と考えなければ辻褄が合わないのもまた事実。
シャナの目が細くなった。
「つまり、先読みの力?」
「多分……」
シャナは少しの間何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「ならばヒエロンは、今から帝国が提案する翡翠の谷の合同調査についても、既に答えを持っている?」
「そうなるのかな?」
シャナが真剣な表情になった。
「カケル。私もその調査団に加えて欲しい」
「勿論だよ。実は僕もシャナについてきて欲しいって思っているから、こうして話を聞いてもらったんだ」
ゼラムさんと関りがありそうな翡翠の谷。
“世界をあるべき姿”に戻したがっているヒエロンと魔王エンリル。
この状況下で、シャナを蚊帳の外に置く選択肢は存在しない。
シャナが嬉しそうな表情になった。
「……カケルはやはり、私を頼りにしてくれている」
そう話しながら、彼女は僕にそっと身を寄せてきた。
それに目ざとく、ハーミルが反応した。
「ちょ、ちょっと、シャナさん?」
「なに? ハーミル?」
「いや、ほら、一応、私がカケルのか、彼女と言うか……」
ハーミルの言葉を聞いたシャナは、すんなり僕から身を離してくれた。
「そういう設定だった。ごめんなさい」
「設定と言うか……」
「設定では無い?」
「設定……です。はい」
ハーミルは、なぜか諦めたようにがっくりと肩を落とした。
二人のやり取りを見ていた僕は、思わず噴き出してしまった。
どうやらシャナは、ハーミルが僕の恋人のフリをする事を正確に見抜いているらしい。
僕の様子に気付いたハーミルが、軽く睨んできた。
僕は慌てて、笑いを嚙み殺した。
「ごめんごめん。まあ、翡翠の谷の話は、正式に決まれば陛下から話があると思う。その時は、二人とも宜しく。あと、ヒエロンさんの話、しばらく皆には黙っていてね」
先にシャナを退出させた僕はハーミルと二人きりになると、改めて恋人騒動について、ハーミルに頭を下げた。
「ノルン様から聞いていると思うけど、今回は、僕の騒動に巻き込んだ形になってごめんね」
経緯はともかく、ハーミルはノルン様から頼まれて、恋人役を引き受けてくれた形になっているはず。
ハーミルは一瞬キョトンとした後、笑顔になった。
「別に構わないわよ。でもカケル、本当にいいの?」
「何が?」
「だって、クレア様と結婚したら、可愛いお姫様と一緒にどこかの領主様になれたかもしれないのに」
「僕には、そんな願望は無いよ」
僕は苦笑した。
「まあ、シャナにはバレてそうだけど、クレア様の前では、ハーミルが恋人ですって感じにしておけば良いのかな?」
ハーミルが何とも言えない表情になった。
「その事なんだけど……クレア様の前では、私達がそういう関係ですって殊更強調したりしない方が良いかも」
「どうして?」
「クレア様が傷付くと思うし」
「クレア様が? 傷付く?」
どういう意味だろう?
あ! そうか!
つまり今、恐らくクレア様には付き合っている人はいないわけで、
その状態で僕とハーミルが恋人同士ですって雰囲気を全面に出せば、“はいはい、おなかいっぱいです”って呆れられるとか、“私は独りなのに……”って落ち込んでしまうとか、そういう事だな。
自分なりに納得していると、ハーミルが何故か嘆息した。
「(まったく、鈍感さもここまで来れば国宝級ね)……」
「なんか言った?」
「気にしないで。とにかく今まで通り、普通にしとこ? ヘンな芝居したら、ボロが出ちゃうかもしれないし」
「それもそうだね」
「とりあえず皆の所に戻ろうか? あんまり二人っきりでいると、本当にヘンな噂立っちゃうかもよ?」
僕達が区画から出て共有スペースに戻ると、先程までは姿を見せていなかったナイアが出てきていた。
彼女は僕に気付くと声を掛けてきた。
「カケル! やっぱり、あんたもこっちに呼び戻されたんだね。なんか翡翠の谷とやら巡って、面白い話になっているらしいじゃないか」
彼女の顔には、もう完全に獲物をロックオンしましたみたいな表情が浮かんでいた。
僕は彼女に近付き、囁いた。
「もしかして合同調査が受け入れられて、ヒエロンさんが調査に参加していたら、翡翠の谷でヒエロンさんを斃そうとか考えているんじゃ……」
「当り前だろ? あんたにも今度ばかりは手伝って貰えれば、ありがたいんだけどね」
どう答えるべきか口ごもっていると、ナイアは意外とすんなりその話を切り上げた。
「まあともかく、調査団の話が決まってからさね」
共用スペースでは、クレア様やシャナ達が暇つぶしに、カードゲームを始めようとしているところであった。
僕もその輪に加わろうとして、ふと、ジュノの姿が見えない事に気が付いた。
「ジュノ、まだ部屋から出てきてないのかな?」
「そうみたい。最近あの子、付き合い悪いから」
ハーミルが、興味無さそうに言葉を返してきた。
先程も似たような会話を交わした事を思い出した僕は、ジュノの区画を訪れてみた。
「ジュノ、いる?」
扉を叩いて待つ事十秒程度で、ジュノが、を出した。
「カケルか……帰って来たんだな」
「うん。なんか最近、引きこもっているって、みんな心配していたよ? もしかして体調でも悪いの?」
「心配するな。オレはいつでも元気だぜ」
「そっか……みんなでカードゲームしようって話になっているけど、ジュノもどう?」
「悪いな。オレは遠慮させてもらうよ」
久し振りに見たジュノの顔色が、酷く悪いような気がした。
しかし本人が大丈夫と言っているのに、あまり無理強いも出来ない。
諦めた僕は、共用スペースへと戻って行った。
…………
……
その日の夕方、僕、ハーミル、ジュノ、そしてナイアの4人は、皇帝ガイウスから呼び出され、彼の幕舎を訪れていた。
皇帝ガイウスは僕達に、椅子に腰かけ、寛ぐよう促してきた。
彼の隣には、ノルン様の姿もある。
「急に呼び立ててすまぬな」
皇帝ガイウスは、機嫌の良さそうな笑顔を僕達に向けてきた。
「ヤーウェンから、翡翠の谷の合同調査について受け入れると連絡が入った」
皆を代表する形で、僕は皇帝ガイウスに聞いてみた。
「それで、こちらから派遣する人員等は決定されたのでしょうか?」
「うむ。既に先方には伝えてあるのじゃが、そなたらとノルンらの同行も受け入れよった」
途中で、ナイアが言葉を挟んできた。
「陛下におたずねしたいのですが」
「勇者ナイアよ。申してみよ」
「向こうの調査団には、ヒエロンも参加するのでしょうか?」
「参加する、と伝えてきおった」
「へぇ……」
皇帝ガイウスの言葉を聞いたナイアの目が細くなった。
「それでは調査の後先に関わらず、ヒエロンをその場で殺すのは、許可して頂けるのでしょうか?」
ナイアの発言に、その場の雰囲気が一挙に緊張した。
皇帝ガイウスが言葉を返した。
「勇者ナイアよ。気持ちは分かるが、翡翠の谷に眠るゼラムの秘宝とやらの確認が先じゃ」
「ヒエロンを殺せば、ヤーウェンも容易に陥落しましょう。翡翠の谷の調査は、その後ゆっくり行われてはいかがでしょうか?」
静かに二人の会話に耳を傾けていたノルン様が、口を挟んできた。
「勇者ナイアよ。陛下には陛下のお考えがある。軽挙妄動はなるまいぞ」
ナイアはなおも何かを言いたそうではあったけれど、それっきり押し黙ってしまった。
皇帝ガイウスは、改めて僕に声を掛けてきた。
「カケルよ。ヤーウェン側は此度の合同調査を受け入れるに当たって、条件を一つ付けてきおった」
「条件? ですか?」
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