贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

拾陸:鳥の巣

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 あまりの奇抜さに、陽斗も蒼劔も塔を見上げ、立ち尽くした。
「うわぁ……すっごく派手な塾だね」
「あぁ。前衛的だな」
「元からなわけないでしょ。黒いチビのせいで異形化したのよ」
 暗梨も忌々しそうに塔を睨む。
 彼女の言う通り、この建物はありふれた雑居ビルだった。奇抜な造りでも無ければ、異形でもない。かろうじて入口に「秀星しゅうせい塾」と彫られた立派な看板が残されていた。
「秀星塾って……遠井君がかよってる塾じゃない? もしかして、まだ中にいるの?」
 陽斗は看板を見て、青ざめる。
 五代は『そだよー』と緊張感のカケラもない調子で返した。
『授業中に建物が異形化したもんだから、中にいた生徒や校舎の大半は逃げ遅れちゃったみたいダネー。その上、内部が異界化して、常に構造がコロッコロ変わってる。おかげで暗梨氏は座標がつかめなくて転移できないし、オイラや五代アイの能力をもってしても、救助者の正確な位置が特定できない。そもそも、入口が開かないから中に入れないしね! ぷんすかぷん!』
「異界化か……厄介だな。ただ異形に変わっただけならば、外から建物のみを斬るだけで済んだというのに。今の状態で塾を浄化しては、中にいる人間達が永遠に異界に取り残されてしまう」
 塾にいる人間達の現状を知り、蒼劔は難しい顔をした。
 異界とは、その場所であってその場所ではない世界。異形化した塾がこの世界と中の異界とを繋いでいる以上、消してしまえば中にいる塾生や講師達を助け出すことは二度と出来なくなる。もちろん、遠井とも永遠に会えない。
「そんな……!」
 蒼劔の言葉に、陽斗も絶句した。
 遠井とはそこまで仲が良かったわけではなかったが、同じオカルト研究部に所属していた仲間として、見捨てるわけにはいかなかった。
「どうにかして助けに行けないの?! あの鳥さんに中に入れてくれるよう、説得するとかさぁ!」
 陽斗は塔の頂上で大きくあくびをしている鳥のモニュメントを指さす。
 すると暗梨が「安心して」と陽斗を見下ろし、ニヤリと笑った。
「アンタがいれば入れるわ」
「僕?」
 直後、
「コケェ~」
 塾の入口にある自動ドアが、巨大な透明の鳥のくちばしへと変化し、陽斗達に襲いかかった。
 正確には、ウェストポーチの中にいる陽斗を狙っていたが、巨大過ぎてそばにいた蒼劔も暗梨も巻き込まれた。上空を飛んでいた五代アイもくちばしの中へ飛び込む。
「っ?!」
「うわぁっ!」
「ほら来た」
 蒼劔はとっさに飛びのこうとしたが、暗梨にウェストポーチのヒモを握られ、その場に留まらざるを得なかった。
 三人と一体は大人しく巨大なくちばしに食べられ、
「ゴクン」
と、塾の内部へと送り込まれた。

       ・

 くちばしの先はエントランスに繋がっていた。
「なーんだ。あのまま胃袋に落とされると思って、覚悟してたの……」
 に、と暗梨が続けようとした瞬間、蒼劔と暗梨の体が浮き上がり、放り出された。
「キャァァァァ! 落ちるッ! 落ちるッ!」
「この建物……重力が逆さになっているのか?!」
 塾はエントランスがある中央が吹き抜けになっており、最上階の天井まで一切の障害物がなかった。二人とも真っ逆さまに落下していく。
 塾の内部は円形で、円周に沿って廊下が螺旋状に伸びている。円周の外側に教室、内側に手すりが設置されていたが、陽斗達のいる吹き抜けからは届きそうもなかった。
「はやーい! 蒼劔君、外はどうなってるの?」
 蒼劔と暗梨が焦る一方、陽斗は高速で流れていく景色をウェストポーチの中から楽しんでいた。
「後で見せてやる。今は大人しくしていろ」
「はーい」
「ったく、他人事だと思って呑気なんだから……」
 一人安全地帯にいる陽斗に、暗梨は舌打ちした。
「どうすんの? このまま落下したら、さすがの私達でも無事じゃ済まないんじゃない?」
「……そうだな」
 蒼劔は天井を見上げ、眉をひそめる。
 落下地点である天井には、生きた無数の巨大な鳥の顔が埋め込まれていた。
 落ちてくる陽斗達を食らわんと、真っ赤に濡れたくちばしを「ガチガチ」と開閉させている。建物の鉄筋が変化して生まれた異形らしく、その歯は刃のように鋭く輝いていた。
「暗梨、転移を」
「壁がないから無理!」
「では、次からは壁を持ち歩いておけ」
 蒼劔は手すりに向かって、左手から刀を放った。刀の柄には鎖が繋がっており、放った先にある手すりへと上手く絡まった。
 三人はくちばしの先で方向転換し、廊下へと飛んで行った。
「いやぁぁぁっ! 方向転換するならするって言いなさいよぉぉぉッ!」
「わーい! アトラクションみたーい! 乗ったことないけど!」
 暗梨は必死にウェストポーチのヒモを握りしめ、絶叫する。落ちる心配のない陽斗は遊園地感覚で楽しんでいた。
 巨大な鳥の顔達は目の前で獲物を逃し、悔しそうにくちばしを「ガチガチ」と噛みしめる。その音は次第に遠ざかっていき、蒼劔は無事廊下へ着地した。
「ぐえ」
 暗梨だけは着地に失敗し、豪快に廊下へ転がった。特殊な能力を持ってはいるものの、実戦に関しては素人だった。
「暗梨さん、大丈夫?」
 陽斗がウェストポーチの中から声をかけると、暗梨はキッと涙目で蒼劔を睨んだ。
「ひどい! 私がいなかったら、ここにいる人間共はアンタが一人で助け出さなくちゃいけないのよ?!」
「陽斗を巻き込んだ罰だ。さっさとポーチのヒモから手を離せ」

       ・
 
 塾の内装は外観以上に派手だった。
 どこもかしこもカラフルな蛍光色で塗られ、教室はあべこべの向きになっている。ドアが上にあったり、黒板が床にあったり……椅子や机もカラフルな蛍光色だった。
 そして一番不思議だったのは、どの教室も無人であるということだった。人間の気配はするが、何処にもいない。
 代わりに、虹色の七面鳥の被り物をした学生や大人が、そこかしこに徘徊していた。
「コケ~」
「クワックワッ」
 彼らは陽斗達を無視し、ひたすら鳥の鳴き真似をしつつ、徘徊する。
 席につき、授業を受けている者は一人もいない。塾とは思えぬ、異様な光景だった。
「……五代。まさかとは思うが、あれが逃げ遅れた人間達か?」
『らしいね。潜入させた五代アイで見たら、一目瞭然。異界の影響を受けて、半分異形化してる。一刻も早くあの趣味の悪いマスクを切除しないと、手遅れになるかもだぜ』
「要するに、あの被り物を斬れば正気に戻るんだな?」
 蒼劔は目についた人間が被っている七面鳥のマスクを片っ端から斬った。
 斬られた七面鳥のマスクは青い光の粒子となり、消える。マスクを失った人間は糸が切れた人形にようにその場で倒れ、動かなくなった。
「し、死んでないよね?」
『へーきへーき! ずっと徘徊してたから、疲れて眠っちゃったのよん。早くそこから連れ出さないと、状況説明もろもろ面倒臭いぜ?』
「はいはい、分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
 暗梨は元に戻った人間達を渋々、名曽野市の外へ転移させた。
 外の座標が安定しているため、塔の中から外へ転移させることは出来た。
「しかし……一体何故、あのようなマスクを被っていたのだ? 異界の影響か?」
『ま、そんなところかにゃ』
 蒼劔の疑問に、五代は答えた。
『ちょっぴりタチが悪いところは、全員被ったってこと。己の欲望や願望を叶えるために、ね』
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