贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10.5話「ブラック・クリスマス side暗梨」

伍:フラグ去って、またフラグ

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「……おかえりなさいませ、黒縄様」
 日付が変わるまで残り数分と迫った頃、朱羅が黒縄の妖力を魔石で吸い取り、正常な状態に戻した。
 同時に、名曽野市に満ちていた異常な妖気が消える。救助作業に当たっていた暗梨も、異形化した物体達が急速に力を失っていくのを感じた。
「結局、ギリギリじゃない! 見た目通り、トロい鬼ねぇ」
 思わず悪態をつく。間に合わなければ一人で脱出しようと目論んでいた。
「人間共は全員回収したし……あとはアイツらね。あー、忙し」
 面倒くさそうに、陽斗と蒼劔のもとへ飛ぶ。
 彼らと一悶着あった後、五代アイを回収し、共に集合地点へ送ることになった。
「それじゃ、結界の外に移動……」
 その時、歩道を歩く目覚まし時計に目がいった。小さな足をコミカルに動かし、トコトコと歩いている。
 時計の針は日付が変わる十秒前を指していた。直後、暗梨はこの街へ来たもう一つの目的を思い出した。
「あーっ! イルミネーション!」
「イルミネーション?」
「それって、神服部さんが言ってたやつ?」
「そう、それ!」
『でもぉ、暗梨氏ぃ? 前カレのことは吹っ切れたんじゃなかったっけぇ?』
「饗呀様のことじゃないわ! 新しい恋人と出会えますようにって祈願しようと思ってたのよ!」
「あっ、ちょっと!」
 暗梨は陽斗達を放置し、名曽野駅の構内へ飛んだ。

       ・
 
 イルミネーションは燃えていた。ごうごうとうなりを上げ、オレンジ色に揺らめく。
 異形となり暴れ回った結果、電線から火花が散って燃え移ったのだ。
「……」
 燃え盛るイルミネーションを前に、暗梨は立ち尽くす。
 しばらくすると、同じく異形と化した天井のスプリンクラーが「カナシイ、カナシイ」と嘆きながら大号泣し、涙で火を消した。イルミネーションは無事鎮火し、後には黒い炭だけが残った。ついでに、下にいた暗梨もずぶ濡れになった。
「……」
「残念。イルミネーション、見られると思ったのに」
「ひゃあッ?!」
 暗梨の心の声を代弁するかのように、横から声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、十代半ばくらいの見知らぬ青年が眠そうに欠伸をしていた。
「ちょっと、ドブ! まだ生き残りがいるんだけど!」
『うそーん?! さっきまでいなかったのにぃぃ! ゲロパジョボベボバッ!』
 五代も驚き、奇声を上げる。
 慌てて青年の情報を読み取るが、満足のいく情報は得られなかったらしく『ゔーん』とうなるばかりだった。
『なんか……構内のベンチでずっと寝てたっぽい。気配を遮断できるのかな? 寝てる間、全然異形に襲われてない。暗梨氏も何回か前を通りかかってたお?』
「嘘ぉ?! まさか、こいつ術者じゃないでしょうね?」
 暗梨は青年を睨む。
 気配の隠匿は術者の得意分野だ。人によって精度の良し悪しはあるが、五代すらも欺くとなると相当な腕の持ち主に違いない。
「?」
 青年は暗梨を見て、小首を傾げる。術者どころか、警戒している気配が全くない。
 それどころかずぶ濡れの暗梨を見て、着ていたコートを羽織らせた。
「ん」
「あ、ありがとう……」
 不意打ちの優しさに、暗梨は戸惑う。
 鬼なので風邪を引く心配はないのだが、その後も青年はハンカチで暗梨の髪や顔についた水滴を拭ったり、手を握って温めようとしてくれたりした。一向に温まらない暗梨の手に、青年は心配そうに顔を曇らせた。
「どうしよう。手、全然温まらない」
「そりゃそうよ、鬼なんだから。アンタだって、術者なら知ってるでしょ?」
「じゅつしゃ?」
 青年はまたも首を傾げる。どうも、会話が噛み合っていない。
 すると、『暗梨氏や』と五代がイヤホン越しに助言した。
『また気配消される前に転移させといた方がいいんでない? 術者かどうかはともかく、このまま残しちゃったら巻き込んじゃうからさぁ』
「それもそうね」
 暗梨はコートを青年に返し、礼を言った。
「心配してくれてありがと。さっきまで最悪な気分だったけど、ちょっと気が紛れたわ」
「……そう」
 青年は暗梨からコートを受け取ると、優しく微笑んだ。
「良かった」
「……」
 暗梨はうっかり、青年の笑顔に見惚れる。饗呀との悪き記憶で心が荒んでいた分、眩しく見えた。
「さ、さようなら!」
 ハッと我に返り、青年を節木駅へ送る。
 イヤホンからは『ニヨニヨ』と五代の気持ち悪い鳴き声が聞こえた。
『暗梨氏、良かったじゅぁ~ん。新しいラァブ見つけてぇ~』
「ち、違う! 人間なんて眼中にないわよ! ましてや、術者かもしれないやつなんかに!」
『ハァイ! フラグ立ちましたー! ギャルゲー歴百年のオイラには分かる! これは絶対、フラグ立った! あのハンサムボーイ、絶対また会うね! そん時が勝負だぜぇ、暗梨氏ぃ』
「あーもう、うるさいうるさい! 興味ないってば!」
 暗梨は耳からイヤホンを外してポケットへ突っ込むと、陽斗達のもとへ戻った。
 ……暗梨はまだ知らない。五代の予言は、よく当たることを。

         ・

「メリークリスマス!」
「アンド……名曽野市集団幻覚の謎、徹底討論かーい!」
 騒動から一夜明けた十二月二十五日、クリスマス。
 暗梨は再び開催された、節木荘のクリスマスパーティに参加していた。他の面々は昨日参加できなかった黒縄と遠井のために集まったようだが、暗梨だけはただ自分が楽しみたくて来ていた。
「暗梨君。改めて礼を言わねばならないね」
「礼?」
 隣に座っていた不知火が改まって言う。
 陽斗達は料理に、オカ研は討論会に夢中で、二人の会話を聞いている余裕はなかった。
「名曽野市での一件……君がいなければ、被害はもっと深刻になっていた。いろいろ問題行動もあったようだが、多めに見るとしよう。本当にありがとう」
「何よ、藪から棒に。また何か企んでいるんじゃないでしょうね?」
 暗梨はうさんくさそうに不知火を睨む。
 不知火は「どうだろうね」とはぐらかした。
「君が正式に私の式神になってくれたらいいなぁとは思ってるけど」
「ガッツリ企んでるじゃない」
 暗梨はいつものように断ろうとして、思いとどまった。
 昨日名曽野市で助けた人々の顔が、頭の中に浮かぶ。やがて彼らの顔は、彼岸華村の住人達の顔と重なった。
(……なんであの人間達とあいつらの顔が重なるのか、ずっと疑問だった。でも、人間達を全員助け出した時、分かった)
 暗梨は悔しそうに唇を噛んだ。
(私……後悔してたんだ。彼岸華村をめちゃくちゃにしたこと。饗呀といる間はなんとも思わなかったけど、今なら分かる。私達がとんでもないことをしでかしたって。陽斗達あいつらが来なければ、もっと酷いことになってたって……)
 饗呀の呪縛から解き放たれた今、暗梨の心に満ちていたのは、彼らに対する罪悪感だった。饗呀の正体を知っていた暗梨だけが、あの惨劇を止められたのに、と。
 だが、その罪悪感は昨日人間達を助け出したことで、幾分か解消されつつあった。
「……いいわよ。契約してやっても」
「ぶぼっ?」
 不知火はコーラを飲みながら「本当?」と確認する。
 「飲みながら喋らないで」と暗梨は睨んだ。
「いくら人間を助けたところで、明梨や鬼怒川、死んだ他の住人達は戻ってこない。人間を救えば、その罪が許されるとも思ってない。ただ、私が私を許せるまでは……貴方の力になってやってもいいかなって」
「……そうかい」
 不知火は目を細め、暗梨の頭をうりうりと撫でた。
「いい心がけだと思うよ。これからよろしく」
「ギャーッ! 髪型が崩れる!」

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