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秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第二話「走馬灯オルゴール」⑶
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他の客達は変わらず、マテ壺を物色している。オルゴールが鳴っていたことには気づいていないらしい。
由良がオルゴールの裏を見ると、菊の形をした金色のゼンマイが取り付けられていた。
「……今の何だったんだろう?」
「何が?」
「うわっ」
突然声をかけられ、由良は飛び上がる。
顔を上げると、珠緒がマテ壺を手に戻ってきていた。鮮やかな花柄のメキシカンスカルが描かれたマテ壺で、銀のストローが刺さっている。
覗くと、中にはたっぷりのマテ茶の茶葉とお湯が入っていた。お湯はぬるま湯なのか、湯気はさほど立ってはいない。
「本当は回し飲みするんだけどねぇ。注文されるたびに飲んでたら、お腹ぽちゃぽちゃになっちゃう」
「こんなに茶葉が入っていたら、一緒に吸っちゃうんじゃないの?」
「このBombillaっていうストローを触らなければ大丈夫。触ると位置がズレて茶葉が入っちゃうから、気をつけてね」
「本当でしょうね……?」
由良は恐る恐るストローに口をつけ、マテ茶を吸った。言われた通り、ストローには手を触れていない。
すると不思議と茶葉はストローの中には入って来ず、マテ茶のみが口に入ってきた。木の香りと、異国独特の味がする。お湯がぬるめだったので、飲みやすかった。
「変わった匂いと味ね。クセになりそう」
「飲むサラダって呼ばれてるくらい栄養価も高いしねぇ。気に入ったなら、マテ壺とセットで茶葉もいる? お安くしとくよ」
「くッ、買った!」
「いえーい。毎度ありぃ」
珠緒はアンデス柄のビニール袋に、マテ茶の茶葉が入った袋を入れる。
「壺はどれがいい?」
「白いアルパカ柄のやつ……いや、やっぱコーヒー豆柄のを」
「どっちも買っちゃえば? 二つで百円引きだし」
「この商売上手め……」
由良は珠緒の思惑通り、マテ茶の茶葉とマテ壺二つを買う羽目になった。
「そういえば、このオルゴールは商品じゃないの? 値札がなかったけど」
由良がカウンターにあったオルゴールについて尋ねると、珠緒は「あー、それー?」と困った様子で頬をかいた。
「壊れてて、音が出ないんだよー。物はいいから、修理して売ろうと思ってたんだけど、業者さんが来られなくなっちゃって……気に入ったなら、取り置きしておこうか? 来年のオータムフェスまでには直すつもりだからさー」
「……音が出ない?」
由良は眉をひそめた。
オルゴールは先刻、確かに曲を奏でていたはずだ。それも壊れかけの調子外れな音色ではなく、買ったばかりのような美しい音色だった。曲の名前は分からないが、何処かで聴いたことがあるような、懐かしい音色だった。
そのことを珠緒に話したが「うっそだぁ」と信じてはもらえなかった。
「私、何回も試したもん。ゼンマイ巻き過ぎて、手が痺れちゃうくらい」
「じゃあ、もう一回やってみるから。今度はちゃんと聴いてなさいよ」
由良はムッとして、オルゴールのフタを開いた。
珠緒に信じてもらえなかったのが悔しくて、ゼンマイを巻くのをすっかり忘れていた。
「あ、ゼンマイ巻くの忘れてた」
すぐに気づき、フタを閉めようとする。
が、オルゴールはゼンマイを巻いてもいないのに、音を奏で始めた。
「な、んで……?」
同時に、目の前の景色がLost and Foundから洋館の一室へと変わる。
先程見た部屋とは打って変わり、豪奢な子供部屋は閑散としていた。由良とオルゴールの他には、何もない。
「……本当に全て売ってしまったのね」
「っ?!」
声に振り向くと、部屋の前に質素なドレスをまとった西洋人の女性が立っていた。
部屋の中を寂しげに見回している。その顔はどことなく、先程見た子供部屋にいた西洋人の少女の面影があった。
「お父様が事業に失敗されて、何もかも失ってしまった。お屋敷も、家具も、お父様からいただいたオルゴールも。あぁ……これからどうやって生きていけばいいのかしら。せめて、あのオルゴールだけは手元に残しておきたかったのに……」
女性は両手で顔を覆い、泣き崩れる。
由良にはどうすることも出来ず、その場に立ち尽くす。そのうちオルゴールは止まり、由良はLost and Foundに戻ってきた。
由良がオルゴールの裏を見ると、菊の形をした金色のゼンマイが取り付けられていた。
「……今の何だったんだろう?」
「何が?」
「うわっ」
突然声をかけられ、由良は飛び上がる。
顔を上げると、珠緒がマテ壺を手に戻ってきていた。鮮やかな花柄のメキシカンスカルが描かれたマテ壺で、銀のストローが刺さっている。
覗くと、中にはたっぷりのマテ茶の茶葉とお湯が入っていた。お湯はぬるま湯なのか、湯気はさほど立ってはいない。
「本当は回し飲みするんだけどねぇ。注文されるたびに飲んでたら、お腹ぽちゃぽちゃになっちゃう」
「こんなに茶葉が入っていたら、一緒に吸っちゃうんじゃないの?」
「このBombillaっていうストローを触らなければ大丈夫。触ると位置がズレて茶葉が入っちゃうから、気をつけてね」
「本当でしょうね……?」
由良は恐る恐るストローに口をつけ、マテ茶を吸った。言われた通り、ストローには手を触れていない。
すると不思議と茶葉はストローの中には入って来ず、マテ茶のみが口に入ってきた。木の香りと、異国独特の味がする。お湯がぬるめだったので、飲みやすかった。
「変わった匂いと味ね。クセになりそう」
「飲むサラダって呼ばれてるくらい栄養価も高いしねぇ。気に入ったなら、マテ壺とセットで茶葉もいる? お安くしとくよ」
「くッ、買った!」
「いえーい。毎度ありぃ」
珠緒はアンデス柄のビニール袋に、マテ茶の茶葉が入った袋を入れる。
「壺はどれがいい?」
「白いアルパカ柄のやつ……いや、やっぱコーヒー豆柄のを」
「どっちも買っちゃえば? 二つで百円引きだし」
「この商売上手め……」
由良は珠緒の思惑通り、マテ茶の茶葉とマテ壺二つを買う羽目になった。
「そういえば、このオルゴールは商品じゃないの? 値札がなかったけど」
由良がカウンターにあったオルゴールについて尋ねると、珠緒は「あー、それー?」と困った様子で頬をかいた。
「壊れてて、音が出ないんだよー。物はいいから、修理して売ろうと思ってたんだけど、業者さんが来られなくなっちゃって……気に入ったなら、取り置きしておこうか? 来年のオータムフェスまでには直すつもりだからさー」
「……音が出ない?」
由良は眉をひそめた。
オルゴールは先刻、確かに曲を奏でていたはずだ。それも壊れかけの調子外れな音色ではなく、買ったばかりのような美しい音色だった。曲の名前は分からないが、何処かで聴いたことがあるような、懐かしい音色だった。
そのことを珠緒に話したが「うっそだぁ」と信じてはもらえなかった。
「私、何回も試したもん。ゼンマイ巻き過ぎて、手が痺れちゃうくらい」
「じゃあ、もう一回やってみるから。今度はちゃんと聴いてなさいよ」
由良はムッとして、オルゴールのフタを開いた。
珠緒に信じてもらえなかったのが悔しくて、ゼンマイを巻くのをすっかり忘れていた。
「あ、ゼンマイ巻くの忘れてた」
すぐに気づき、フタを閉めようとする。
が、オルゴールはゼンマイを巻いてもいないのに、音を奏で始めた。
「な、んで……?」
同時に、目の前の景色がLost and Foundから洋館の一室へと変わる。
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「……本当に全て売ってしまったのね」
「っ?!」
声に振り向くと、部屋の前に質素なドレスをまとった西洋人の女性が立っていた。
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「お父様が事業に失敗されて、何もかも失ってしまった。お屋敷も、家具も、お父様からいただいたオルゴールも。あぁ……これからどうやって生きていけばいいのかしら。せめて、あのオルゴールだけは手元に残しておきたかったのに……」
女性は両手で顔を覆い、泣き崩れる。
由良にはどうすることも出来ず、その場に立ち尽くす。そのうちオルゴールは止まり、由良はLost and Foundに戻ってきた。
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