心の落とし物

緋色刹那

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秋編②『金貨六枚分のきらめき』

第二話「走馬灯オルゴール」⑵

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 ところで、と店内を見回していた紅葉谷が珠緒に尋ねた。
「今年は秋色インクを取り扱っていないのでしょうか? それらしい商品が見当たらないのですが」
「うん、在庫切れだった。個人で作られてるから、生産に限界があるんだって」
「そうですか……残念」
 紅葉谷は肩を落とす。
 すると「でもぉ、」と珠緒は続けて言った。
「オータムフェスに参加してる他のお店は仕入れられたって聞いたよ。何店舗かあるけど、教えようか?」
「ぜひ!」
 途端に紅葉谷の顔がパッと明るくなる。
 由良も嬉しそうな紅葉谷を見て、安堵した。
「はい、これお店の名前」
「ありがとうございます!」
 紅葉谷は珠緒から店の名前を書いたメモを受け取り、踵を返す。
 そのまま猛ダッシュでLost and Foundを飛び出して行った。
「じゃ、添野さん! 秋色インクが見つかったら、戻ってきますから!」
「はい。いってらっしゃい」

 由良は遠ざかっていく背中を見送る。
 再び珠緒に向き直ると、珠緒は「ふーん」と意味ありげに目を細めていた。
「あーいうのがタイプなんだ? ちょっと意外」
「……そういうのじゃないわよ。ただの店員と客」
「え~? ホントかなぁ?」
 珠緒はなおも疑いの目を向けてくる。由良は珠緒の視線から逃れようと、商品を物色した。
 真っ先に目についたのは、アンティークもののカフェテーブルの上に所狭しと並べられた小さな壺だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、全体的に丸っこい。デザインは様々で、一つとして同じものはなかった。
 その唯一無二なところに惹かれるのか、「あれがいい」「これもいい」と他の客達がテーブルを囲み、品定めしていた。
「あの小さい壺、何?」
「マテ壺だよ。マテ茶を飲む時に使うの。試しに壺使って飲んでみる? 一杯、二百円」
「ちゃっかりしてるなぁ」
 由良は文句を口にしつつも、百円玉を二枚差し出した。
 珠緒は代金を受け取ると、「そこで待ってて」とレジ横のカウンターを指差し、バックルームへ引っ込んだ。
 由良は言われた通り、カウンターの前に立って、待つ。カウンターも商品の一つらしく、ご丁寧に値札が置いてある。木製のビンテージもので、状態が良く、そこそこの値がついていた。
 その手のマニアならば喉から手が出るほど欲しいであろう代物だったが、由良には他に興味を惹かれる骨董品があった。
「これ……値札がついてないけど、売り物かな? すごく綺麗」
 それはカウンターの隅に追いやられていた、黒い漆塗りの小さな箱だった。表面に金の蝶や花の蒔絵が描かれており、照明を反射してピカピカと輝いている。年代物らしく、ところどころに修繕された跡が残っていた。
「中には何が入ってるんだろう?」
 由良は興味本位で、箱のフタを開けてみた。

 次の瞬間、箱からオルゴールの音が鳴り響いた。店内の喧騒が、一気に静まり返る。
「あ、ごめんなさ……い?」
 由良は他の客に謝ろうと振り返った。まさか、箱がオルゴールだったとは思ってもいなかった。
 だが振り返ると、そこは珠緒の店ではなく、見知らぬ洋館の一室へと変わっていた。
「……何処、ここ?」
 フタを閉めようとしていた手が止まる。辺りを見回してみたものの、珠緒の店だった片鱗は何処にもない。
 天蓋つきの大きなベッド、ピンクの花柄の壁紙、椅子に座っている熊のぬいぐるみ、煌びやかな調度品……住んでいるのはさしずめ、貴族の娘といったところか。
 唯一、箱型のオルゴールだけはカウンターに代わって現れたドレッサーの上に存在していた。中には大粒の宝石があしらわれた大量のアクセサリーがぎっしりと詰まっていた。
「お父様、本当? 本当にこのオルゴール、私にくれるの?」
 そこへ部屋の主と思われる西洋人の少女が現れ、オルゴールを覗き込んだ。金髪碧眼の可愛らしい少女で、袖口やすそに白いフリルがたっぷりついたピンク色のドレスを身にまとっていた。
 少女のそばには彼女の父親らしき、若い男性が立っている。こちらも立派なヒゲを生やし、仕立ての良いスーツをまとっていた。
「もちろんだとも。今日はお前の誕生日だからね。知り合いの時計職人に頼んで、特別に作ってもらったんだ。箱の模様はマキエという、ニホンの伝統工芸なんだよ」
「わぁ、すっごく綺麗! ありがとう、お父様!」
 少女は嬉しそうに父親に抱きつく。二人には由良の姿は見えていないようだった。
 やがてオルゴールの音色が弱まり、完全に止まると、洋館は珠緒の店へと姿を戻した。
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