107 / 314
秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第二話「走馬灯オルゴール」⑵
しおりを挟む
ところで、と店内を見回していた紅葉谷が珠緒に尋ねた。
「今年は秋色インクを取り扱っていないのでしょうか? それらしい商品が見当たらないのですが」
「うん、在庫切れだった。個人で作られてるから、生産に限界があるんだって」
「そうですか……残念」
紅葉谷は肩を落とす。
すると「でもぉ、」と珠緒は続けて言った。
「オータムフェスに参加してる他のお店は仕入れられたって聞いたよ。何店舗かあるけど、教えようか?」
「ぜひ!」
途端に紅葉谷の顔がパッと明るくなる。
由良も嬉しそうな紅葉谷を見て、安堵した。
「はい、これお店の名前」
「ありがとうございます!」
紅葉谷は珠緒から店の名前を書いたメモを受け取り、踵を返す。
そのまま猛ダッシュでLost and Foundを飛び出して行った。
「じゃ、添野さん! 秋色インクが見つかったら、戻ってきますから!」
「はい。いってらっしゃい」
由良は遠ざかっていく背中を見送る。
再び珠緒に向き直ると、珠緒は「ふーん」と意味ありげに目を細めていた。
「あーいうのがタイプなんだ? ちょっと意外」
「……そういうのじゃないわよ。ただの店員と客」
「え~? ホントかなぁ?」
珠緒はなおも疑いの目を向けてくる。由良は珠緒の視線から逃れようと、商品を物色した。
真っ先に目についたのは、アンティークもののカフェテーブルの上に所狭しと並べられた小さな壺だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、全体的に丸っこい。デザインは様々で、一つとして同じものはなかった。
その唯一無二なところに惹かれるのか、「あれがいい」「これもいい」と他の客達がテーブルを囲み、品定めしていた。
「あの小さい壺、何?」
「マテ壺だよ。マテ茶を飲む時に使うの。試しに壺使って飲んでみる? 一杯、二百円」
「ちゃっかりしてるなぁ」
由良は文句を口にしつつも、百円玉を二枚差し出した。
珠緒は代金を受け取ると、「そこで待ってて」とレジ横のカウンターを指差し、バックルームへ引っ込んだ。
由良は言われた通り、カウンターの前に立って、待つ。カウンターも商品の一つらしく、ご丁寧に値札が置いてある。木製のビンテージもので、状態が良く、そこそこの値がついていた。
その手のマニアならば喉から手が出るほど欲しいであろう代物だったが、由良には他に興味を惹かれる骨董品があった。
「これ……値札がついてないけど、売り物かな? すごく綺麗」
それはカウンターの隅に追いやられていた、黒い漆塗りの小さな箱だった。表面に金の蝶や花の蒔絵が描かれており、照明を反射してピカピカと輝いている。年代物らしく、ところどころに修繕された跡が残っていた。
「中には何が入ってるんだろう?」
由良は興味本位で、箱のフタを開けてみた。
次の瞬間、箱からオルゴールの音が鳴り響いた。店内の喧騒が、一気に静まり返る。
「あ、ごめんなさ……い?」
由良は他の客に謝ろうと振り返った。まさか、箱がオルゴールだったとは思ってもいなかった。
だが振り返ると、そこは珠緒の店ではなく、見知らぬ洋館の一室へと変わっていた。
「……何処、ここ?」
フタを閉めようとしていた手が止まる。辺りを見回してみたものの、珠緒の店だった片鱗は何処にもない。
天蓋つきの大きなベッド、ピンクの花柄の壁紙、椅子に座っている熊のぬいぐるみ、煌びやかな調度品……住んでいるのはさしずめ、貴族の娘といったところか。
唯一、箱型のオルゴールだけはカウンターに代わって現れたドレッサーの上に存在していた。中には大粒の宝石があしらわれた大量のアクセサリーがぎっしりと詰まっていた。
「お父様、本当? 本当にこのオルゴール、私にくれるの?」
そこへ部屋の主と思われる西洋人の少女が現れ、オルゴールを覗き込んだ。金髪碧眼の可愛らしい少女で、袖口やすそに白いフリルがたっぷりついたピンク色のドレスを身にまとっていた。
少女のそばには彼女の父親らしき、若い男性が立っている。こちらも立派なヒゲを生やし、仕立ての良いスーツをまとっていた。
「もちろんだとも。今日はお前の誕生日だからね。知り合いの時計職人に頼んで、特別に作ってもらったんだ。箱の模様はマキエという、ニホンの伝統工芸なんだよ」
「わぁ、すっごく綺麗! ありがとう、お父様!」
少女は嬉しそうに父親に抱きつく。二人には由良の姿は見えていないようだった。
やがてオルゴールの音色が弱まり、完全に止まると、洋館は珠緒の店へと姿を戻した。
「今年は秋色インクを取り扱っていないのでしょうか? それらしい商品が見当たらないのですが」
「うん、在庫切れだった。個人で作られてるから、生産に限界があるんだって」
「そうですか……残念」
紅葉谷は肩を落とす。
すると「でもぉ、」と珠緒は続けて言った。
「オータムフェスに参加してる他のお店は仕入れられたって聞いたよ。何店舗かあるけど、教えようか?」
「ぜひ!」
途端に紅葉谷の顔がパッと明るくなる。
由良も嬉しそうな紅葉谷を見て、安堵した。
「はい、これお店の名前」
「ありがとうございます!」
紅葉谷は珠緒から店の名前を書いたメモを受け取り、踵を返す。
そのまま猛ダッシュでLost and Foundを飛び出して行った。
「じゃ、添野さん! 秋色インクが見つかったら、戻ってきますから!」
「はい。いってらっしゃい」
由良は遠ざかっていく背中を見送る。
再び珠緒に向き直ると、珠緒は「ふーん」と意味ありげに目を細めていた。
「あーいうのがタイプなんだ? ちょっと意外」
「……そういうのじゃないわよ。ただの店員と客」
「え~? ホントかなぁ?」
珠緒はなおも疑いの目を向けてくる。由良は珠緒の視線から逃れようと、商品を物色した。
真っ先に目についたのは、アンティークもののカフェテーブルの上に所狭しと並べられた小さな壺だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、全体的に丸っこい。デザインは様々で、一つとして同じものはなかった。
その唯一無二なところに惹かれるのか、「あれがいい」「これもいい」と他の客達がテーブルを囲み、品定めしていた。
「あの小さい壺、何?」
「マテ壺だよ。マテ茶を飲む時に使うの。試しに壺使って飲んでみる? 一杯、二百円」
「ちゃっかりしてるなぁ」
由良は文句を口にしつつも、百円玉を二枚差し出した。
珠緒は代金を受け取ると、「そこで待ってて」とレジ横のカウンターを指差し、バックルームへ引っ込んだ。
由良は言われた通り、カウンターの前に立って、待つ。カウンターも商品の一つらしく、ご丁寧に値札が置いてある。木製のビンテージもので、状態が良く、そこそこの値がついていた。
その手のマニアならば喉から手が出るほど欲しいであろう代物だったが、由良には他に興味を惹かれる骨董品があった。
「これ……値札がついてないけど、売り物かな? すごく綺麗」
それはカウンターの隅に追いやられていた、黒い漆塗りの小さな箱だった。表面に金の蝶や花の蒔絵が描かれており、照明を反射してピカピカと輝いている。年代物らしく、ところどころに修繕された跡が残っていた。
「中には何が入ってるんだろう?」
由良は興味本位で、箱のフタを開けてみた。
次の瞬間、箱からオルゴールの音が鳴り響いた。店内の喧騒が、一気に静まり返る。
「あ、ごめんなさ……い?」
由良は他の客に謝ろうと振り返った。まさか、箱がオルゴールだったとは思ってもいなかった。
だが振り返ると、そこは珠緒の店ではなく、見知らぬ洋館の一室へと変わっていた。
「……何処、ここ?」
フタを閉めようとしていた手が止まる。辺りを見回してみたものの、珠緒の店だった片鱗は何処にもない。
天蓋つきの大きなベッド、ピンクの花柄の壁紙、椅子に座っている熊のぬいぐるみ、煌びやかな調度品……住んでいるのはさしずめ、貴族の娘といったところか。
唯一、箱型のオルゴールだけはカウンターに代わって現れたドレッサーの上に存在していた。中には大粒の宝石があしらわれた大量のアクセサリーがぎっしりと詰まっていた。
「お父様、本当? 本当にこのオルゴール、私にくれるの?」
そこへ部屋の主と思われる西洋人の少女が現れ、オルゴールを覗き込んだ。金髪碧眼の可愛らしい少女で、袖口やすそに白いフリルがたっぷりついたピンク色のドレスを身にまとっていた。
少女のそばには彼女の父親らしき、若い男性が立っている。こちらも立派なヒゲを生やし、仕立ての良いスーツをまとっていた。
「もちろんだとも。今日はお前の誕生日だからね。知り合いの時計職人に頼んで、特別に作ってもらったんだ。箱の模様はマキエという、ニホンの伝統工芸なんだよ」
「わぁ、すっごく綺麗! ありがとう、お父様!」
少女は嬉しそうに父親に抱きつく。二人には由良の姿は見えていないようだった。
やがてオルゴールの音色が弱まり、完全に止まると、洋館は珠緒の店へと姿を戻した。
0
あなたにおすすめの小説
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる